第22話 冬が始まる
「カナぁ?クリパどーするよ」
「ん?あー、こっちはこっちでするからハルさんは雪之丞と仲良くおやりー」
「別にあーしらに遠慮なんかしなくてもいいんだけどなあ」
そうは言っても馬に蹴られるのは御免被る。ていうか去年も既にハルさん雪之丞付き合い始めていたから、二人でお過ごしー、と言ったのにかなり強引に挟まれてしまってた。今年は卯実と莉羽っていう友だちがいるからだろう、ハルさんの勧誘にもそれほど強引さはなくて、割と簡単に「んじゃ、それぞれで」って話にまとまった。
でもまあ、ハルさんも雪之丞も大事な友だちではあるから、クリパはともかく年越しは一緒にしたいなあ。
「昼はどーするよ。あーしも今日はアテがねーし。久しぶりに一緒にするか?」
「んー……ま、たまにはいっか。学食?」
「いや、登校前にコンビニでパン買ってきた。カナは?」
「ああ、そいじゃあたしは購買行ってくるよ。待っててくれる?」
「あいよ」
ということで、昼休みの予定は定まった。もうすぐ冬休みになるという、十二月の朝だった。
「やばいやばい、出遅れたっ」
この学校は市内でも上位の進学校なだけあって、食事時にガツガツしてるよーな生徒は多くないけれど、それでも人気のあるパンなんかは無くなるのは早い。なもんで、出遅れるとマーガリン入りコッペパンとか微妙なものしか残らないのだ。
あたしの場合、例のしらすホットサンドを常食してたというかほとんど取り置き状態だったので、遅れて言っても「おばちゃん、いつもの!」なんて、行きつけの居酒屋に行くサラリーマンのおっちゃんみたいな真似が許されていたから、こうしてパンの争奪戦に参加するというのは……。
「あう……まああんぱんとミルクコーヒーでいいかあ…」
どんくさい身にとっては結構キビシイものがある。
で、出来ればポテサラコッペとかがあればなあ、と思いつつ戦利品を抱えて教室に戻ろうとした時だった。
「ちょっと、いい?」
良くないです。教室では幼馴染がお腹空かせて待ってるんです。
……って、無視したくなるよーな声に呼び止められた。
だってあたしの場合、こう、経験上、声色に含まれる悪意にけっこー敏感なんだもん。ならざるを得なかったんだもん……しゃーない、か、と聞きこぼえのある声に向かって、振り返った。
「椎倉さん。ちょっと付き合ってもらえるかしら」
明らかにこっちを小馬鹿にしたよーな表情の、三人組。
場所は購買のある、体育館に向かう通路から校舎棟に戻る渡り廊下の端っこ。人通りの多い、校舎との合流地点からは影になっていて、作為的な場所の選択に内心ため息。
顔ぶれは同じクラスの、四条とかいう女の子、プラス二人。割と莉羽と一緒にいることの多い組み合わせだ。てことは、と大体用件は察しがついた。莉羽に迷惑かけたくないし、無視するのも上手くないかあ。
「……っと、いいですけど、ここで、です?」
「そうね。ちょっと静かな場所に移動しましょう」
あ、はいはい。そういうことなら得意です。人気のない場所を探すのは陰キャの必携スキルなんで、とむしろ先導して移動しようとしたら。
「ちょっとどこ行くのよ!」
「あうっ」
肩を掴まれて、引っ張られた。いちいち乱暴にしないと気が済まないのだろーか。
「勝手に動かないで!」
「えー……でも人目につかない場所の方がいいんじゃ…」
「そ、そうだけど……いいから私たちについてきなさい!」
四条さんが先に歩き出すと、残る二人のうち一人がその後についていき、もう一人はあたしの背中を乱暴に押しやってそっちについていくよう誘導する。別にそんなことしなくたって言うこと聞きますって。逆らっても無駄だし。
ただ、彼女らは結局、そんな日陰モノの好みそーな薄暗くて人目につかない場所に心当たりなんか無かった。なので彼女らの機嫌を害さないよーに、程よく誘導して校舎端の階段下に連れてきた。感謝するよーに。
「それであなたに聞きたいのはね」
「あっ、はい」
こーいうとこだけは巧みなことに、あたしが逃げられないように廊下側を三人で塞いで、そんで三人並んでいかにもー、な威圧感を醸し出してくる。慣れっこだ、こんなの。
「品槻さんたちとどういう関係なの?あなた」
ですよねー。そろそろ来ると思ってました。ただ学校では一緒にいないようにしてたし、登下校だっていつぞやの時以外は別行動だし。そもそも家の方角逆なんだし。
「どういうと言われても……そのっ、同じクラス……」
「嘘言わないで!ケーズで品槻さんと手を繋いで歩いてたって見た人がいるんだから!なんであなたみたいなのがりーこと一緒にいるのよ!」
りーこ……あんま似合わないなあ。
「それに最近、りーこだけじゃなくてうーみも付き合い悪いって!品槻さんたちいつも一緒にいるから、うーみの邪魔もしてるんでしょ?!」
「そんな……邪魔とかそんなんじゃなくて……」
「嘘言わないで!」
またかい。そして四条さんだけじゃなくて、他の二人もキーキーやいのやいのと傘にかかってあたしを罵ってる。そんなおっきな声出したら、廊下にまで聞こえるんじゃないかなあ。
……しゃーない。ハルさんが待ってるし手短に済まそ。
「はっ、はい……ごめんなさい。あたしが悪いので、もう許してください」
「……わかればいいのよ。もうりーこにもうーみにも話しかけないこと。いえ、私たちの視界にも入らないで。キモいから」
「あっ、はい……」
大人しくしおれておく。大体こーしてりゃこーいう人たちは満足して解放してくれるんだ。あたし知ってる……と、思ったんだけれど。
「……なぁんかサ、私らのこと馬鹿にしてない?あんた」
え?
ちょっと予想外の反応に驚いて顔を上げると、四条さんじゃなくて後ろの方から別の人が乗り出して、縮こまったあたしの上から見下ろすような格好になっていた。
「そ、そんなことないですっ、あた、あたし謝りますからっ!ごめんなさい!」
「本当?なんかこう、俯いたままこっちを舐めてるように思えンだけどさあ」
お、おかしいなあ……確か今まではこうしてたらゲラゲラ笑いながらどっか行っちゃったのに……ハ、ハルさぁん……。
「……ふーん。そうかもね。ちょっと椎倉ぁ?アタシたちと目を合わせてみ?ほら顔上げろ」
「ひぅっ……」
あごを掴まれて無理やり顔を上げさせられた。どう見ても嘲りとか見下した態度とか、そういう目つきで、あたしのことを見下ろしてる……こ、こわ………や、いやだ……たすけっ……。
「……フゥン。そうだね、これはどう見ても私たちを小馬鹿にした態度よね」
そっ、そんなぁ……違う、違いますっ、お願いやめてっ!そうですあたしが悪いんです、莉羽や卯実と知り合ったりしたあたしがわる………お願い、もう近づかないから、やめてっ、許して………ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………
「あはっ、ほらサヨ、もうこいつ泣きそうじゃん!やめてやんなよ、弱いものイジメみたいじゃん!」
「弱いものイジメ?冗談じゃないわよ。こんなみっともないブス、りーことうーみの側にいたら犯罪だわ。いい?私たちは正しいことをしてるの。椎倉さん、あなたのために忠告するわね。明日から学校に来んな。りーことうーみの視界に入るな。キモい」
「サヨ言い過ぎー!あははっ!」
あ、ああ………やだ、やだあたし、また…………また、間違っちゃったの……?許して…もういや、怖いのも痛いのもいやぁ………ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ……。
「お?おお?泣きそう?泣いちゃうの?」
「ちょっと椎倉さん?泣いたりしたら私たちが悪者みたいじゃない。ほらやめなさいよ。泣くなっての……泣くなって言ってんでしょキモいヤツ!」
「あうっ!」
張られた。頬を。我慢もできない涙はポロポロ溢れてきてて、その涙ごと顔を叩かれた。
ふらふらとあたしはへたり込み、ニヤニヤした怖い笑いを浮かべてる三人に見下ろされてる。
いやだ……怖いよぅ……たすけて、だれかたすけてぇ……。
「何してやがんだテメェらァッッ!!」
「え?…ぎゃっ?!」
……あ?
さんにんでかげになっていたばしょが、とつぜんわれてあかるくなったとおもったら、すごくおっきなこえがして、こわいのが、とんでっちゃった。
「おいカナタ!大丈夫かっ?!」
「ハル……ちゃん?」
「っ!……ああ、ハルちゃんだぞ!もう心配ない、怖いのはどっか行ったからなっ!!」
ハルちゃん……あは、ハルちゃんだぁ……ハルちゃん、ハルちゃぁん……だいすきっ!
・・・・・
まあその、なんてーかさ。
こいつ、小学校の頃にさ、すんごく仲の良い友だちいたんだよ。女の子二人の。
で、その二人はな、あんたたちみたいな関係……って、小学生にそんなんあるわけないけど、でもカナをいれて三人で仲良かったのに、いつの間にかカナをハブにして二人でずっと一緒にいる関係になっちゃってさ。
子どもの話だよ。カナはそれでどうして二人に疎まれるようになったのかよく分かんなくて。一緒に遊ぼう、どうして自分を置いていっちゃうの、って必死に絡んで、それでその二人だけじゃなく、カナとはあんまりだけどその二人とは仲のいい他の友だち連中にもいじめられるようになって、さ。
ああ、二人組の方はそりゃあひでえ奴らだったよ。どうしたらいいのかわかんなくて泣いてるカナを、もうこっちに来るなー、とか近寄るなバイキン、とか。
カナってさ、割とこう、ちゃんとしてれば可愛いだろ?あんたらほどじゃないかもだけど。でもカナは自分にはそんな自覚なくて、よくよく考えたらその二人はカナに嫉妬してたんだよ。自分たちよりも可愛い佳那妥ちゃんが近くにいると、お互いの関係が壊れちゃう、他の人がちが自分にじゃなくて佳那妥ちゃんに取られちゃう、って。アホらしいけど、子供なんてそう考えたっておかしくないもんさ。
だから、カナは一人になった。そうすればみんな丸く収まると思って身を引いたんだ。
自分をいじめた奴らに対しても、ごめんなさいじぶんがわるかったです、あやまりますごめんなさい、って。
その二人組はな、それを見てスッとしたんだよ。自分たちに嫉妬なんて汚い感情を抱かせたのは椎倉佳那妥が悪い、自分たちは間違ってない、って。とんでもねー話さ。当時に今のあーしがその二人の前にいたらきっとぶん殴ってたと思うよ。
あの、琴原さんはどうしてそんなに昔の佳那妥の事情に詳しいんです?
あなたはその頃の佳那妥を知っているんですか?
知っているかも何も……その二人組のクソガキのうちの一人が、あーしだったからさ。
誰よりも、その当時のことを思い出さないようにしているカナよりも、あーしはその事情に詳しいわけさ。
「……んー、別にあたしはハルさんが悪いだなんて思ってないよ」
「佳那妥っ?!」
「佳那妥!」
目が覚めた。体を起こした。なんかぱさりと音がして、手拭いみたいなのが体から落ちた。左側の頬が熱を持ってるみたいだから、濡らした手拭いで冷やしててくれたのかな。
場所は、学校でベッドがあるところなんて保健室くらいのものだろーから、と見回すと、ベッドの脇に、ハルさんと卯実と莉羽の三人がいた。なんかめっちゃ難しい顔をしてる。特に莉羽なんか泣きそうだった。
「んー……おはよ。学校でマジ寝なんてあんまないし珍しい経験しちゃったよ」
「アホ」
手元に落ちた手拭いを拾ったハルさんは、あたしの顔の左側にそれを押し当て、もうしばらくそうしてろ、と言った。実際腫れてるのは間違いないだろうけど、それを見て莉羽が泣きそうな顔をさらにくしゃっとしてたから、当てつけのつもりなんだろうか。莉羽の友だちだったもんなあ……あ、そうだ。
「ハルさんハルさん、さっきの三人さんは?あーいやその前に助けてくれてありがとね」
「ばか。ありがとうなんて言われる立場じゃねーだろあーしは……ぐしゅっ」
あらら。莉羽より先にハルさんが泣いちゃった。あたしの顔に当てられてた手拭いだけど、この際ハルさんの泣き顔なんか見たくないから使っちゃえ。
「よしよし。ハルちゃんはいっつもあたしの側にいてくれたから、こんな時くらい頼ってくれよー。ね?」
「うー……カナタのアホー……」
「………」
「…………」
アホはないだろアホは、と卯実と莉羽の姉妹にも同意を求めようとしたら、そっちもなんだか泣きそうな顔になってる。こりゃあ今日は何やっても修羅場るだろーなあ……。
「莉羽、今何時?」
「え?……ええっと、もう午後の授業終わっちゃう時間、だけど……」
「ん。じゃあさ、あたしはハルさんと一緒にこのまま帰るよ。悪いけどあたしたちの鞄、持ってきてくれる?」
「あ……佳那妥ぁ、悪いんだけど琴原さんはサヨ……四条たちに暴力を振るったってことで先生に呼ばれてて……」
「こんな時くらいサボったっていーじゃんよ。そっちは後であたしも一緒に叱られるからさ、お願い」
「………うん、わかった」
「あ、あと」
腰を浮かせかけた莉羽を呼び止め、これ多分言ったら負担に感じるだろうなあ、と思いつつも、余計なひと言を付け加える。
「あのね、誰も悪いわけじゃないから。四条さんたちとけんかなんかしないで。ね?」
「……自信ないよぅ……でも、佳那妥がそういうなら……今日はそうする」
「うん」
結局最後まで、卯実の方は何も言わなかった。ハルさんは、家に帰るまでずぅっと、泣き通しだった。
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