第20話 うれしはずかしシスターズ・ラブ 前編
「足りない……」
登校途中、あたしはひとりこう呟いた。
いや実は今日はハルさんと一緒に登校する予定だったんだけども、先方がどーしても外せない用事(要するにカレシ絡みである)が急遽発生したために泣く泣くあたしとの友情よりそちらを優先してしまったものだからして、女の友情とは斯くも儚いものかと慨嘆しながら登校してはみたんだけど(冗談だぞ)。
その状況で今考えることなんて卯実と莉羽という、おこがましいけど今のあたしにとっては親友になって欲しいナンバーワンな存在の、ここ最近の動向についてなのだ。
要するにだな、全っ然足りないのだ。あたしという存在を省いた、百合姉妹らしさというものが。もっと、もっと百合姉妹分を堪能したい。卯実と莉羽という、至高の組み合わせが幸せになる。あたし、もっと幸せになる。みんな幸せ。良き。
「と言われても……」
まあそんなアホな話を本人相手に教室でするわけにはいかず、珍しくご友人とタイミングが合わず、何かぼっち仕草していた莉羽を誘ってお昼にしてみた。
ちなみに場所は、というともちろん第三講堂は十二月に入って使えるわけもなく、いつぞやの被服科の準備室。鍵はまだかかってないけど、床に溜まってる埃がなんか綺麗になってたから、ここもいつまでも使えるもんじゃなさそうだなあ。
「最近卯実とはどーなんです?仲良くしてます?」
「佳那妥の言う『仲良く』ってどの程度なの?」
「そんなもん第三者に言わせないでくださいよ恥ずかしい」
「恥ずかしいことをわたしに言わそうとしてたわけっ?!」
愛するお姉ちゃんとの睦みごとを思い返してもじもじする莉羽とか割とご褒美な気はするけど、最近の莉羽の言動見てると、興に乗って暴走する可能性が高い。
でもそれによって補充出来る養分は確かにあるので、ここは萌え死覚悟で吐かせようと思う。
「いや、吐かせようと思う、じゃなくて。そんなことして佳那妥に何の得があるの?そーゆー趣味なのは分かってるけど、それ以外で」
「趣味といってもそんなあからさまに友だちをネタに妄想こいて盛り上がるよーな真似はしませんよ。一応しますけど。でも最近気付いたのが、莉羽と卯実が仲良くしてるとこ想像してもただ単に微笑ましいとか、ふふっなんかいいなっ、………って思う方が多いのかな、って」
「……なんかわたしも佳那妥の好きそうな小説とかマンガとか読んでみたけど、まだそういうのは分かんないなあ」
あら。別におすすめとかはしてないのに、自分から手に取ってみるとはちょっと意外。
「好みとかそういうのあります?好きそうなのあったら教えてあげられるかもですけど」
「うーん……なんか好みというか、ちょっと引っかかったのはね。好きあってる人がいるのに、その二人とも共通の友人になんか惹かれていく、って話」
「ほうほう。NTR……ともちょっと違いますね。でも百合ジャンルにおいてはちょっと珍しいかも」
「そうなの?」
「ええまあ。ていうかどちらかといえば百合好きの間では主人公カプに他の絡みが生まれるのって嫌われるので、商業でそーいうのは割と珍しいですね」
「あ、これ買った本じゃなくて、SNSに上がってたの。連載?されててまだ途中みたいだけど」
「へー。あたしの知らないのに辿り着くとは莉羽もなかなかやりますね。あ、よかったら作者とか作品名教えてもらえません?後でチェック入れてみますー」
「あ、うん。送っとくね」
まだ空になってないおべんと箱を膝の上に、銜え箸のままスマホを取りだして何やら操作する莉羽。すぐに着信。ちょっとお行儀悪い。
「はい。まあお姉ちゃんも見てるみたいだから、佳那妥も読んだら感想交換しよ?」
それはどうなんだろう。BLジャンルだとうかつに感想戦したりすると戦争が勃発するらしいし。GL好き女子ってあんま知り合いにいないからその辺は分かんないなあ。
「ありがとうございます。今晩早速読んでみますね」
「けっこう長いからあんまり無理しないでね」
趣味に時間費やすのはちっとも無理じゃないですよ、って言ったら苦笑してた。
で、それを折に食事に専念して、お昼休みも半ばを過ぎた頃に莉羽の弁当箱も空になる。
あんまり時間が経つとこの部屋の周りにも人がやってくるので、早々に片付けて退出の支度。
「あ、佳那妥?今度の週末来るでしょ?」
「そうですね。コントローラー自前でうかがいます」
例の買ったゲーム機、一緒に買ったゲームが三人以上で遊べることを知った二人が、遊びに来いー、との仰せなのだった。別にあたしじゃなくて他に遊ぶ友だちいるんじゃないかな、とも思ったんだけど、一緒にゲームで遊ぶ友だちとかいなくて、と困ったように笑ってた。今どきの女子高生なんだからゲームくらいすると思うんだけど、スマホのゲームとゲーム機のゲームは違うみたい。むつかしい。
そんな約束をして被服科準備室を出る。今日も目撃者はなし。
「じゃ、あたしはここで」
「こないだも言ったんだけど、一緒に教室戻らないの?」
「こないだも言いましたが、他に用事がありまして」
「……変な遠慮はしてないよね?」
ぎく。
まあ実は、している。あたしなんかと一緒にいるところを頻繁に目撃されたんじゃあ、二人を困らせやしないかなあ、って。
でもそれを正直に言ったところで誰が得するわけでもないので、あたしはいつも通り無表情にほんの少し隠し味として微笑…というより自嘲の笑みを加えた顔で答えた。
「今さら莉羽に遠慮するよーなあたしじゃないですよ。そいじゃ」
「あ……うん。また後でね」
……振り返った時に背中の方からかけられた声に、ちょっと胸が痛んだ。
・・・・・
「ひゃっほー!またわたしの勝ちで六連勝たっせーいっ!お姉ちゃんも佳那妥も弱すぎぃっ!」
「ああもうっ!佳那妥っ、次は手を組んでまず莉羽を叩くわよ、いいわねっ!」
「えー……さっきそうしたら連携出来なくて結局莉羽に隙突かれたじゃないですかぁ……」
莉羽はめきめきと上達して、サシで対決しても簡単には勝てなくなっていた。あたしはとんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれない……。
次の土曜の午後、あたしはまたもや品槻家にお邪魔している。
家族は今日は休日出勤とのことで、家には姉妹とあたしの三人だけ。で、夜まで。
あたしになんか構わず二人でいればいいのに。でなければそれぞれの友だちと過ごすとか。まあお呼ばれされてからそれを言うのも野暮というか要らんお世話だと思うので言わないけど。
「さあ佳那妥、今度こそこの生意気な妹にひと泡吹かせてやるわよっ!」
「あ、ごめーんわたしお手洗い行って来るね!」
「勝ち逃げする気っ?!」
「解釈はお好きなようにー。じゃあ佳那妥ぁ、お姉ちゃんの相手お願いね!」
むー、とぶんむくれする卯実に向かって勝ち誇ったような笑顔を見せると、莉羽はまた楽しそうな足取りで部屋を出ていった。
「……もー、しょうがないなあ。佳那妥、ちょっと練習する?戻って来たときに目にもの見せてあげよ?」
「あー、ごめんなさい。ちょっと目が疲れたので休みます…」
「あら。気がつかなかったわ。なんなら横になってる?ほら、どうぞ」
と、自分のももをぽんぽんと叩く卯実。これつまり、膝枕してやるから頭よこせと、そういうことだ。でもなあ。
「…莉羽に悪いからいーですよ」
「別に初めてってわけでもないでしょ。ほらいらっしゃい」
「あう」
半ば強引に、引きずり倒されるみたいに体を横にされた。そういやいつぞや夜の公園でもされたんだっけ。
「……ふぅん。確かに疲れた目をしてるわね。勉強でもしてた?」
「あー、まあ……そんなところで」
「ふふ。頑張るね、佳那妥」
「………」
ウソです。実は莉羽に教えてもらった百合コミックを繰り返し読んでいたんです。教えてもらった日だけじゃなくて、次の日も、その次の日も。
その内容が引っかかった、っていう莉羽の言葉に、あたしも何かつっかえたものを覚えて、その意味を知ろうとして、何度も読んでいたんです。
そのマンガは、特別絵が上手いわけじゃなかった。むしろ絵だけなら稚拙といっても良かった。
けれど、莉羽が教えてくれて予め覚悟はしていたけれど、その内容はひどくあたしの心にも陰りをもたらすものだった。
主人公は二人の少女。幼馴染みで、一歳違いだけど家が隣同士のせいか姉妹のように育ち、年下の子は年上の子をお姉ちゃんと呼んで慕っていた。
それが恋仲に至るところの描写は無かったけれど、物語が始まった段階では既にそんな関係になっていて、ちょっと秘密の関係を二人で楽しんでいるみたいな導入だった。
物語に変化が起こったのは、二人の家の向かいに引っ越してきた第三の女の子の存在だ。その子は、特に目立つようなところがあったわけじゃないけれど、秘密の関係だった二人のことをひょんなことから知って、でもその関係を否定することはなく、むしろ祝福するようでさえあった。それがために主人公の二人は第三の女の子と一緒に過ごすことが多くなり、どちらも三人目の女の子のことをいろんな意味で意識し始めた……というところまでが、連載の進んだところだ。
まあ言うたらなんだけど、主人公の二人が卯実と莉羽、第三の女の子があたしという風になぞらえることも出来なくはない内容だと思う。莉羽が引っかかる、と言ったのも多分そのことなんだろう。
でも、正直言って心理描写もその他の関係性の描写も雑だったり、そのせいで関係性の展開も説得力が今ひとつに思えて、マンガとして面白いとは到底言えない。
だから、余計に、だ。莉羽が引っかかってしまう、と言った理由が、気になるんだ。
名作からはほど遠いそのマンガの、一体何が気になったんだろう。
自分たちの関係にどこか似ているから、ってだけで引っかかるっていうのも、ちょっと安直な気がする……そういえば卯実もそのマンガ読んでるって言ってたんだっけ。
「……あの、卯実?」
「ん?なあに?」
膝枕をされながらぼけーっとしてたあたしを、卯実はまたのぞき込んでいたみたいだった。あたしの顔なんかずっと見てられるとか、どーいう趣味してるんだろう、このひと。まあいいけど。
「一つ聞いて、いすか?」
「ん、なんでもどうぞ。私ほんとはね、佳那妥のこと……」
「いやそーいうコワい話じゃなくて」
「失礼ね」
冗談にしてもタチが悪い。ふくれっ面になった卯実の頬を、指で突く。最初びっくりしてたけど、ほんわか笑って「なあに?」って答えてた。
「えっと、大したことじゃないんですけど、こないだ莉羽に教えてもらったマンガがあって。なんか卯実も読んでるって聞いたので、どんな感想なのかなー、と思って」
「卯実に?マンガ……どれのこと?」
「タイトルが……」
と教えてあげたけどすぐには分からなくって、家が隣同士の幼馴染みの女の子二人の向かいの家になんかぽやーっとした女の子が引っ越してくる話、って言ったら「ああ、あれね」とちょっと難しい顔になっていた。
「うん。確かに読んでるけど。それがどうしたの?」
「どうっていうか、どんな感想持ったのかな、って。それだけです」
「どんな感想、と言われても……特別面白いマンガ、ってわけでもないし」
「ですよねー……」
まあそうだろうなあ。生まれて初めてマンガを読みました、ってくらいでないかぎり、積極的に感想語りたくなるって内容でもない。きっと一生懸命に描いただろう作者の人には申し訳ないけれど。
「莉羽は何か言ってたの?」
「莉羽?えーと、何か引っかかる、みたいなことを。まあ引っかかるとか引っかからないとかを問題にするなら、あたしもちょっと気にはなったなあ、ってくらいのものですけど」
「そうねえ……まあ私も似たようなことは思ったから、読み続けてはいるけど。でも……」
「でも?」
考えていることをまとめようとしてか、卯実はおとがいに人差し指をあてて首を傾げていた。あたしはそれを見上げるだけだけど、そんな仕草でも絵になるひと……うそです胸元の強化装甲のおかげで顔が見えません。うぐぅ。
「なんだか、結末を見るのが怖くて」
そして、卯実が意外にのんびりとした口調でそんなことを言った時。
「あーーーっ!!」
帰ってきた。莉羽が。
「何やってんのよ二人ともっ!!」
で、当然こうなるよね。今までのパターンからして。はいはい、すぐにお姉ちゃんはお返ししますよー、とむっくら起き上がって卯実の側からつつつ、と離れるあたし。
「もうっ、佳那妥のばか!わたしというものがありながら!!」
「えっ、そっち?」
てっきり卯実に抱きついて「お姉ちゃんは渡さないんだからっ!」とかやるかと思ったら、あたしの前に正座していた。
「あのー、どっちかってーと、卯実は莉羽のもので、莉羽は卯実のもので、あたしはそれを外から生暖かく見守る立場なんですけど」
「そうだけどっ!基本的にはそうなんだけどっ!!」
なんだ基本的って。姉妹百合に基本も例外もあるものか。
「うー!!」
なんとかして、と卯実に救いを求めたら、頬を掻きながら目を逸らされた。薄情者ー。
「……あのー、莉羽さん。分かりました。なんかあたしに至らない点があったみたいなので、ここは一つ罰を与えてください。それで手打ちにしましょうそうしましょう」
なんかもー、大変めんどくさい。言うこと聞けば大人しくなってくれると思ったので、そのように提案したならば。
「………分かった。今のわたしの気持ちを佳那妥に理解してもらいます。そこでわたしとお姉ちゃんがいちゃいちゃするのを見てなさい。いい?!」
は?
何すかそのご褒美。全然罰になってないんですけど……と反駁する間もなく、何故か。なーぜーかー、莉羽は四つん這いになって姉の方ににじり寄っていっていた。
「え?ちょっ、ちょっと莉羽?!」
お姉ちゃんが大ピンチ。わくわく。
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