第12話 かなたたん、ぴんち

 ハルさんも雪之丞もアテに出来ない。だって二人は今日はでーとしにいくと言っていたから。がっでむ。

 あいしあうふたりをじゃまするほどやぼじゃないあたしは、誰にも相談することも出来ずに莉羽からの呼び出しにガクガクブルブルしながら、家を出た。無視など出来なかったのである。いやていうかLINEみたく既読がつくわけでもないんだから「あ、ごめーん読んでなかったー。キャハ☆」とかやっておけばよかったんじゃないだろうか……あたしのキャラ的に無理があるなあ。あと問題の先送り以外のなにもんでもないし。

 品槻家に向かう途中、学校の前を通り過ぎる。土曜日だから部活でもやってんのだろうか。うちの学校、ごく一部の運動部以外は特にクラブ活動も熱心じゃないから(一応上位進学校だし)、特に賑やかとかそういう感じがしないのは……。


 「ううっ、来週からここはあたしにとって味気ない寂しい場所になるんだぁ……」


 って思えて仕方がないせいなのかもしれない。


 莉羽からのDMはただ単に「うちへおいでよ」的な内容だったに過ぎない。けどそれが余計に不穏な空気を醸し出していて、あたしは「はい」とだけ返信して、そいで何時に来いとかなんとかそういう事務的な感じのが来て、ただ言われた時間に先日おじゃましたばかりの二人の家に行くことになった。きっと処刑されに。ああああ今からでも謝れば許してもらえるんだろうか……。




 そこそこ年季の入ったマンションだけど、決してお安い分譲マンションなんかではない。と思う。

 なので、エントランスに入るのにもいちおー部屋を呼び出さないといけない……てことで、ぽちり。


 『はーい。佳那妥ー?』

 「ひゃいっ!」

 『……なんで緊張してるの?』


 いやだって、モニターあるのに画面が映んないんだもん。インターホン特有のこもり気味の音声のおかげで莉羽の機嫌もさっぱり分かんないし。


 『あ、ごめんね。うちカメラが映らないように設定してあって。女の子が二人だからって。お父さんが』


 なるほど。


 『開けたから入ってきていーよ。部屋分かるよね?』

 「あっ、はい……あの、卯実……さんも一緒で?」

 『なんでさん付けに戻ってるの?もちろん一緒だけど。知ってるでしょ』


 そりゃ知ってるけど。二人で待ってる、って言ってたし。うう……圧がなんか二倍になりそう……。とにかく、自動扉のロックは開けてくれたみたいなので、さっさと入ろう。待たせて怒られるのもイヤだし……。

 で、ホールの奥にあるエレベーターに向かうと、途中降りてくる人たちも何人かいた。土曜日の午後だし、お昼を食べに行ったりする家族連れかなあ。子どもが一緒だったりする。なんとなく、そんな人たちとすれ違う時に会釈したりしなかったり、住んでる人たちがなんか上品なマンションだよね……。

 そういえば確認してなかったけど、品槻さんちのご両親はいるのかな。二人で待ってるって言ってたんだし、普通に考えればいないと思うんだけど……あるいは逆にあたしを待ち構えていて「うちの娘たちで不埒な想像していたのはあんたか!」みたいな展開になったりして……うう、お腹痛くなってきた。

 ……とか考えているうちに品槻家の前に立つ。ここまで来て引き返すというのは流石にありえず、怒っていたとしてもどうにか許してもらえる方法を考えよう……と決意して、呼び鈴のボタンを押した。


 『はい、佳那妥ね?開いてるから入ってきていいわ』


 今度は卯実の声だった。やっぱり二人揃って待っている、というのは間違い無いみたい。

 一度大きく息を呑んで覚悟を決めると、あたしは怖々とノブを回して、扉を開いた。地獄の釜が開くように見えたのは気のせいだと思いたい。


 「お、お……おおおおじゃましますぅ…………わはぁっ?!」

 「きゃっ!……あ、あのね佳那妥。いきなり頓狂な声出してびっくりさせないでよ」

 「わは、あは、あはは……しゅみますぇん……」


 下駄箱にしなだれかかるようにへたり込んだあたしは、腰に両手を当てて仁王立ちみたいな格好でこちらを見下ろす卯実を見ることが出来なくて、腰が抜けたみたいになっていた。


 「大丈夫?ほら、上がって」

 「どっ、どど、どうもっ?!」


 そんな不様さらしてるあたしに差し出された手にはあたしを萎縮させるようなものがあろうはずがない……ないと思うのに、そう強いられたみたいにあたしは卯実の手を怖々とって、それで目も合わせられずに全然力を借りずに立ち上がった。そして慌てて手を放し、亜麻色のフレアスカートのお尻とかももの辺りを手で払って、不審に思われないように取り繕う。

 落ち着け。落ち着けあたし。卯実の態度には(それほど)おかしなところはない。おかしいと思うのはあたしに後ろ暗いところがあるからだ、ってそれ全然ダメだよねっ?!……いやいや、だからといってここでバタバタしてたら持たれなくてもいい疑いをアンプリファイアーしてしまう。意味がよく分からないけど。

 うんそう、大丈夫大丈夫。あたしは口に出さなければ頭は悪い方ではない、ハズ。いつものよーに余計なことを考えないよう全力で煩悩をフル回転……うん、莉羽があたしを今日家に呼んだのは間違い無く、愛しのお姉ちゃんと結婚しますっ!……ってあたしに報告するため。そうに違いない。だからあたしが慌てる必要なんか何も無い。全然なぁい!……よし落ち着いた。これで顔を上げて卯実ににっこりと微笑みの一つで見せれば万事かいけt


 「お姉ちゃあん、佳那妥来たんでしょ?早く上がってもら……」

 「大っ変もうしわけございませんでしたっっっ!!」

 「「え?」」


 あ。

 莉羽の声が聞こえた途端、宇宙刑事の変身よりも早いスピードで土下座しているあたしだった。


 「えーと。佳那妥?別に遅刻なんかしてないから謝らなくてもいーよ?ほら早く上がって。言った通りお昼ご飯食べてきてないよね?」

 「え、ええ……ええっと……」

 「ふふっ、まあご想像の通り、佳那妥とお昼一緒にしたかったの。上がって。ね?」

 「…………はっ、はい」


 ………学園のアイドル転じて聖母マドンナの微笑みに魅了され、従前の心配ごとを全てすっとばしてしまったあたしのことを、一体人類の誰が責められようか。

 それから、いい匂いの漂ってくるダイニングに案内される。木枠に曇りガラスをはめたドアを開けてあたしが見たものは。


 「お、おおー……」


 眩しかった。そこにあった光景はひたすらに眩しかった。

 愛し合う姉妹が仲睦まじくキッチンに立ち、手ずからにこれらの品々を作りたもうたかと思うと、あたしは天地全てを統べる存在に深く、深ぁく感謝を捧げなければならない、という念に駆られるのだ。


 「……とうと」

 「あ、ほらほら早くコート脱いで、手を洗ってきて。わたしもお姉ちゃんもお腹空かして待ってたんだから!」

 「あっ、はい」


 ……あっぶねぇぇぇぇ!またやらかすとこだったっ。ただでさえコッチ方面で疑念持たれてるってのに自分から悪材料追加投入してどうすんだあたしっ。

 卯実に「はい、コートちょうだい」と言われ上着を脱いで渡すと、洗面台に押しやられて一時神前の食卓からしばしの別れ。ちょっと見ただけだったけど、あれは紛れもなくチーズフォンデュの用意。ちなみにチーズは大好物のあたしである。じゅるり。

 あと手を洗ってるうちにもレンチンの音がしてたから、他にも品があるんだろうか。高校生が作る休日の昼食にしては手が込んでるなあ。もしかしてご家族さんが作っていったのかもしれないけど。あ、そういえばお菓子持たされたんだった。失礼な子にならずに済んだ。母上に感謝。

 しかしお昼からチーズフォンデュかあ。めちゃくちゃ贅沢ってわけでもないけど、洗い物大変だしそんな気軽にできるものでもないよね。まあ折角だから楽しませてもらお、と……この時点でここに来たときに抱いていた懸念とか完全にどっかに行ってしまっていたのだった。


 「…お、お待たせしましたぁ。あ、家から菓子を持たされてきたので。えっと…」

 「いいからいいから。ほら佳那妥早く座って。莉羽がすっかりお腹空かして待っていたんだから」

 「それわざわざ言わなくてもいーじゃん!お姉ちゃんだって佳那妥がなかなか来ないー、って何度も電話かけようとしてたじゃん」

 「そんな昔のことは忘れたわねー」

 「そーやってわたしのことだけダメな子扱いするー。お姉ちゃんズルい!」


 口を尖らせ抗議する莉羽と、余裕たっぷりにそれをいなす卯実。そこにあるのはあたしの邪悪な妄想とは無関係な、どこにでもいる仲の良い家族の姿だ。いくらあたしでもそれを見てヨコシマな思いに身を窶したりはしない。しないんだってば。


 「ほら莉羽、パスタ解凍してきて。あのね、佳那妥。うちのオリジナルメニューなんだけど、チーズに自家製のソースを足してスパゲティからめると最高なの。いくらでも食べられるわよ?」

 「なんですかそれカロリーの煉獄ですかでも味覚の天国だからしょーがないでーすねー」


 あはは、なによそれ、と笑いながら支度は進む。あたしもお皿の準備くらいは手伝った。どう考えても休日の午後の、友だちの家での楽しい時間だった。




 で、帰りは全力疾走で帰らないといけないんじゃないだろーか、と我に返った頃には既に手遅れ。ダイニングのテーブルはすっかり空になった皿ばかり。スパゲティもパンも図々しくお代わりを重ね、特にスパゲティなんか三〇〇グラム以上食べたんじゃないだろうか。茹でた後じゃなくて茹でる前換算で。さすがにヤベェ。


 「ふぅ……これは久しぶりに食べまくったわね…」

 「……だねぇ…佳那妥がほんっとよく食べるんだもん。つられてわたしも普段の三倍はいっちゃった」

 「三倍?二倍もいってないんじゃないかしら。あのね、佳那妥。この子こう見えても結構食べ……」

 「それ以上言ったら後片付けボイコットするよ、お姉ちゃん!」

 「あ、じゃああたしがその分片付けするので詳しい話を……」

 「かなたっ?!」


 ……あー、たのしー……やべーくらいたのしー……悪意のない軽口の応酬、ちゃんと分かってる相手との会話ってこういうものなんだよなあ……ハルさんや雪之丞とも分かってはいるけど、あの二人はもうあたしのいない時間の方が多いもんなー……やっぱダメだ。あたしの趣味とかそういうのと関係なくこの二人とは一緒にいると楽しいや……なんでだろー……。

 と、眠くて判断も鈍ってきたなあ、と思った時だった。


 「あ、そうそう。佳那妥、佳那妥。これなに?」

 「え?」


 眠気に負けてテーブルの上の自分の腕を枕にし、ついでにまぶたが重力に逆らえなくなって半分ほど落ちてたあたしの目の前に、莉羽がタブレットを置く。ちょっと前の型のiPadだけど、莉羽のかな?


 「佳那妥のSNSのアカウントだけど、なんかフォローしてるアカウント眺めてたらね。ほらこれとかこれとか。おもしろいねー」


 え?今何つった?あたしのアカウントの……フォロー……?確か莉羽には本アカ教えてないからだいじょ……。


 「ああ、これね。ね、佳那妥。こないだ佳那妥の言ってた『しまいゆり』って、こーいうののことを言うのよね?」


 あたしがガバと跳ね起き、莉羽があたしに突き付けていたiPadの画面を見つめる。眠気なんかどっかに飛んでいった。

 そう、どうせDMのやりとりだけやれればいーだろ、とろくにポストもしてないアカウントの方を教えてはあったんだけど、そっちはそっちで趣味用の読み専アカだから、フォローしてるアカウントは趣味丸出しのものばかり。

 つまり。


 「あ、あの……あのあのあの……その、フォローアカ……ずぇんぶ見たり……しま、した……?」

 「うん、見た。可愛い女の子だけのマンガとか、結構面白かったよ!」


 ………………………終わった。なにもかも。

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