章間 神殺しを目論む女 湊崎

 世界に夜の帳が降りた。

 窓辺りに座った女は、空に瞬く満月を眺めていた。

 月明かりが浮かび上がらせる女の造形は、一級の芸術品のように美しかった。

 高い位置で結わえられた射干玉ぬばたま色の髪。長い睫毛に縁取られた紅色の眼差し。桜色の唇。どのパーツも形が整っており、気品を感じさせる。豊満な肢体は黒いスーツに覆われ、手元には御猪口。彼女の傍らのテーブルの上には、白磁の徳利が置かれていた。

 女は空になった御猪口を揺らし、肩を竦める。それから徳利へ手を伸ばしたところで、部屋の扉がノックされた。


「失礼します、頭領」


 女の返事を待たず部屋へ入ってきたのは、背の高い男だった。年齢は女と同年代くらい、二十代半ばほどだろうか。健康的な浅黒い肌、着ているスーツの上からでも分かるがっしりとした筋肉質の肉体。後ろへ撫でつけられた銀色の髪は月光で煌めいている。きりりとした眼は、徳利の注ぎ口を触っている女へと注がれていた。


「すみません、休息中のところ」

「構わないわ、瀧野。……ここに、貴方が来たということは、あのお嬢さんには喋っていただけたの?」

「えぇ。氷室の若頭領より、神器『椿』の執行人は、帝都から派遣された管理官の手によって、帝都へ逃げたとのことでした」

「そう……」


 すっと女の目が伏せられる。真一文字に引き結ばれた唇が、一瞬だけ僅かに震えた。しかし、それ以上の言葉は零れない。


「頭領、これからいかがいたしますか。……もう少しあの護衛の女をいたぶってみましょうか。我々の目的は神器執行人全てです。これまでの尋問での言動を見るに、氷室の若頭領の内面は脆い。もう少し揺さぶれば、神器に関係する情報をさらに仕入れることが出来るかもしれません」

「それはいいわ。あの娘、解放してあげなさい。もう不用品よ」


 女は御猪口へ酒を注ぎ入れる。そして、その杯を一気に煽った。くらりと視界が揺れる。カッと熱を帯びる喉、食道、胃。決して良い飲み方ではないのだろうが、この熱くなる感覚が女に生を感じさせる。


「かしこまりました。そのようにいたします。……して、今後の行き先は、帝都ですか」

「えぇ。すぐに皆に出立の準備をするよう命じなさい。この夜が明けたら、我々は帝都へ行く。執行人様を汚い政府の犬の手からお救いするのよ」

「御意」


 瀧野は女へ頭を下げ、きびきびとした動きで部屋から出て行った。再び、部屋の中は静寂に包まれる。女は再度、御猪口へ最後の一滴まで酒を注ぐ。揺れる水面を見つめる瞳は、憐憫の色を宿していた。


「あぁ、執行人様。哀れなお人……。我々から逃げずにここで神器を手放していれば、貴方様はこの地で幸せに生きていくことが出来たでしょうに……」


 再度杯を煽り、女は窓へ顔を向けた。硝子を隔てたその先で、満月は静かに輝き続けている。その月光が、決意に燃える赤眼をより一層滾らせていた。


「見ていて。全てを押し付けた神様も、見ていることしかしない有象無象の人間も、ことごとく皆、私が壊してやるから」


 ことりと音を立てて置かれた御猪口。それは合戦前の石鳴らし、あるいはホラ貝の音のように静寂を打ち破る。


 さぁさ。いざ、いざや。神と人の戦いの始まりである。

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