3‐3 キミが知る必要は一切ないことだぞ

「――まず言っておくが、キミが知る必要は一切ないことだぞ」


 ムジカの質問に対して。厳しい顔をしたアルマの、最初の返答がそれだった。


「付け加えるならば、本来キミが知ってはならないことでもある。管理者と調律者、二つの血族だけが知ることを許された知識だ――それでも、キミは訊くのかね?」

「……知ったら、あんたが俺を殺さにゃならないんだっけか?」

「……言ったね、そんなことも」


 それはスバルトアルヴへ向かう道中、アルマ自身が言ったことだ。知ること、ただそれだけが禁忌となる知識もあると。

 そのことをアルマも覚えていたのだろう。彼女は暗く、表情を陰らせたが――

 今更アルマにこちらを殺す気があるとも思わない。ムジカは呆れ顔で応じた。


「こう言っちゃなんだが、今更だろ。半分は足突っ込んでるようなもんだし。このままほったらかしは何というか、中途半端で気持ちが悪いよ」

「そうかね……まあ、その半分は私のせいか。よかろう、全部教えるよ――……なんだね、その年少者を生暖かく見守るような微妙に腹の立つ顔は」

「いや、少しは変わったかなあって。この期に及んで出し渋るようなら説教してやろうかと思ってたんだが。約束してたろ、帰ったら本気で説教してやるって」

「え? この前のアレが説教ではなかったのかね!?」

「んなわけあるか。アレはあんたが引きこもってたから引きずり出したってだけだろ」


 本気で驚いているらしいアルマにジト目を向けてから、ムジカは嘆息した。


「本当なら、あの後思いっきり説教してやるつもりだったんだけどな。ほら、あんた寝ちまったし。まあ反省してるってんなら許してやるよ。だからほら、キリキリ吐け」

「お、おお……寛大なんだか狭量なんだかよくわからん許しだねそれは」


 実際にどちらなのか判断つかなかったらしい。アルマは微妙な表情を浮かべたが。


「まあ正直に言ってしまえば、語る内容自体は大したものではないんだよ。というのも……我々にできることは何もない。ただ待つこと、それだけを予言者は我々に望んだのだから」


 なんにしてもアルマの語り出しは、そんな風にして始まった。


「まず、この空は何のために在るのか――これはこの前、キミにも語ったね。スバルトアルヴがゼロポイントを目指した理由、すなわち地上にいる全ての元凶、オリジナル・メタル・ユニットの破壊。それこそがこの空が在る理由だと」

「……そういやそんな話だったっけか。んでスバルトアルヴはその戦力としてメタルに頼ろうとしてあの騒動になったんだったか?」

「うむ。メタルを滅ぼすためにメタルを使うなんて、発想自体がある種の本末転倒なんだがね……まあそこはいい」


 どうにも最後の戦闘のせいでうろ覚えだが、スバルトアルヴの炉で――激昂したアルマに――聞かされた記憶がある。スバルトアルヴが〝航路〟を外れるという暴挙を犯した理由だ。

 とにもかくにも、とアルマが話を戻す。


「この空に在る人類の最終目標、それが地上の奪還。そしてそのためのオリジナル・メタル・ユニットの破壊だ。だが現状、我々にはそれを成し遂げるだけの力がなくてね。だからこそ我々――つまり管理者サイドはその使命を果たせる者が現れるのを待っている、というわけだ。それこそが、この空が在る理由でもある」

「どこぞで聞かされた話だが……それが、管理者たちが現れるのを待ち続けている〝適格者〟とかいうやつってことでいいのか?」


 アーサーの遺言のことだが、あれはここに繋がる話だったらしい。

 意識が朦朧としていた時に聞かされた遺言だったので、最初は夢かとも思っていたのだ。ただ単なる夢にしては妙に意味深だったので、リムに似顔絵を描かせて調べようとした――それが妙な流れでラスターに知られるというアクシデントもあったが。なんにしても、おかげでアレが単なる夢でないことは分かった。

 であれば気になるのが、あの〝夢〟の意味――そして〝適格者〟なる存在だが。


「そうだ。それこそが――……待った、何だって?」


 その辺りで不意に、呆然と。アルマが言葉を止めて、食い入るようにこちらを見つめてくる。

 その反応にムジカも思わずきょとんとするが。

 数えて三秒。何かを噛みしめるような間を開けると……アルマは眉間にしわを寄せて、改まってこう訊いてきた。


「助手よ。?」

「? どうしてって。アーサーとかいうやつから話を聞いたからだけど――」

「待て。待て待て、本当に待ちたまえ……アーサーってアレかね? 金髪に碧眼の優男?」

「あ、ああ。合ってる合ってる。こんなやつだ」


 と、ムジカは携帯端末を操作すると、リムに作ってもらった似顔絵を目の前に投影した。

 それを見たアルマというと、余計に眉間のしわを深くして、思いっきり顔をしかめてみせた。

 そのしかめっ面のまま、更に数秒。ため息を挟むと、眉間のしわを揉みながら言ってくる。


「助手よ、助手よ。確かキミ、あの炉でノブリス〝スバルトアルヴ〟を起動した時、システムからメッセージを受け取ってたはずだな? 私も一緒に見ていたから、間違えるはずがない――確か、こうだったはずだ。〝汝、適格者ニ非ズ〟と」

「あ、ああ。そのせいだったのか、ノブリスの起動中はずっと激痛走りっぱなしでひどい目にあったけど」

「ああ、そこは仕方ない。適性のない者が<デューク>を動かそうとした際の、システム側からの拒絶反応だ。それを無視して動かしてたキミも大概おかしなことをやってるんだが……まあそこはいい。一旦はいい、置いておく」


 コホンと咳ばらいを一つ置いて、先を続ける。


「いいか、助手よ。あのメッセージ――つまりはアーサーを名乗った男の〝遺言〟というのはな? <デューク>を起動できたた者だけに……その資格がある者だけに伝わるよう、厳重にセキュリティの施されたものなんだ。当然、その資格がない者は見ることができない。それはいいね?」

「ああ」

「だから本来なら、キミがアーサーの遺言を受け取れるはずがないんだよ。だってキミは、

「……あん?」

「〝汝、適格者ニ非ズ〟だよ」


 と、そこでアルマは指を一本ピンと立てた。


「魔道機関についていたレギュレーターのおかげで、あの時〝スバルトアルヴ〟は<マーカス>級としては起動したがね? そもそもキミ、魔力適正は<カウント>までだろう? アレを<デューク>として起動させようとしても、単純に魔力量が足りてないんだよ」

「……つまり?」

「キミはあの時点では、〝スバルトアルヴ〟を<デューク>として起動させられていない。だからシステムもキミを〝適格者〟ではないと否定した。となれば当然、キミはアーサーの遺言を聞く資格を持ってなかったということになる」


 なのになんで、アーサーの遺言をキミが受け取れてしまっているのか、と。

 怪しげとも疑わしげともつかぬしかめっ面に睨まれるが、ムジカとしては困惑するしかない。


「何か変なことが起きたらしいってことは伝わってきた。が、それってどれくらい変なことなんだ?」

「到底あり得てはならないことが起きた、というレベル感の話だよ、キミ。<デューク>のセキュリティは浮島の基幹システムと同等以上の強固さを誇るんだぞ? しかも浮島のそれと違って、こちらにはハッキング用の〝裏口〟もない。それをろくなアプローチもなしに突破というのは本来あり得ないんだよ、本当に」


 それから彼女は少し考えこむと、未だ釈然としないムジカにこう言ってくる。


「〝何にもしてないのに壊れた〟の〝何にも〟の部分が、本当に何にもしてないことなんてあると思うかね?」

「それは、まあ……でも俺、別に何にもしてないぞ?」

「だからおかしいって言ってるんだがね……」


 難しい顔で見た視線の先で、アルマも難しい顔をする。お互い釈然としないまま、しばらく困惑を分かち合った。

 と、ぽつりとアルマが訊いてくる。


「……ちなみにだが助手よ。アーサーの遺言を聞いたなら、相手によってメッセージの〝深度〟が変わることに気づいていると思うが。キミはどこまで聞いたのかね?」

「あん? どこまでって……確か、〝誰だお前〟って言われたところまでだけど」

「〝誰だお前〟? 〝誰だお前〟って言ったのかね? アーサーがキミに?」

「おう」


 頷いた時のアルマの反応は、なんと言うべきか、見物だった。

 ぽかーんと。あるいはきょとんと目を丸くして、呆然とこちらを食い入るように見つめてくる。表情を言葉にするのなら、おそらくはこれだろう――キミ、すまないが意味がわからない。

 しかしすぐにその表情を消すと、考え込むように身を丸めて独り言をささやく。


「私も知らない深度まで見たということか……? しかもそれなのに、助手は〝適格者〟ではない? どういう理屈で助手はあのメッセージに辿り着いた? というかなんだ、〝誰だお前〟って。何のためのメッセージなんだそれは? そんなもの遺して、アレは何がしたかったんだ……?」


 聞き取れたのはそれくらいだが。それ以外にもいくつか、アルマはぼそぼそと何事かを呟いている。

 そして、最後。

 上体を起こすとアルマは先ほど以上に難しい――というかもはや渋い顔をして、ムジカにこう言ってきた。


「なあ、助手よ。正直さっぱり意味がわからんぞ。どうして、どうやってキミがアーサーの遺言に辿り着いたのかも、そのアーサーの遺言の意味もさっぱりだ。私は大天才を自称しているが、だからって今回のこれは意味不明だぞ」

「んなこと言われたって困るんだが。俺のせいじゃねえだろそれ」

「とは言うが、他の誰のせいだというのかね? 明らかに普通じゃないことが起きているわけだし。〝何にもしてないのに壊れた〟は認めたくないタイプなんだよ私は。絶対キミ、何かしたはずだぞ」

「だーから、何もしてねえって。つーか何なんだ、そのタイプ」


 まだ話は核心に至っていないはずなのだが。二人は不条理を前にお互い唇をへの字に曲げた。

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