4-1 ……覗かんでくれよ?
「――助手よ。ちょっとお茶煎れてきてくれ」
「…………」
「助手よ。ちょっとそこのクラウス・パッフェル編纂のノブリス名鑑取ってくれ。無駄に分厚い鈍器みたいなのだ」
「…………」
「助手よ。お腹減った。お昼ご飯を要求する」
「……へい。なあ、おい。ちょっと待ってくれ」
さすがにその辺りで、ムジカはようやく声を上げた。
まだあまり馴染めていない、学生生活。ここでの講義というのは自分で何を学ぶか選べるようだが、まだ新学期が始まったばかりということで、受付すら開始していないものがちらほらある。そのためムジカの予定は午前中で全て消化済みだった。
そんなわけで、一応研究室に顔を出したのだが。
「前から思ってたんだが……その“助手”ってのは、いったいなんだ?」
茶を煎れ、やたらと分厚い本を渡した後で、ムジカはデスクワークに興じるアルマに訊く。
これまで顔を一度も上げなかった彼女は、そこでようやくこちらを見た。ただしきょとんと、小首をかしげて。
「む? そんなのキミのことに決まってるだろう? だってキミは私のテスターなんだから」
「……それで、助手か?」
「不満かね?」
「正直、パシリの間違いじゃねえかって思いつつある」
言いながら、ムジカはアルマの手元を覗き込んだ。ノブリス名鑑はデスクの脇に除けられており、彼女はマギコンで何やら作業していたようだが。
背後からちらっと見た範囲で読み取れたものを、ムジカはきょとんと呟いた。
「格闘用武器の設計図?」
「……あんまり覗かんでくれんかね? ハレンチではないか」
「いやすまん。その感性、本気でよくわからん」
頬を軽く染めてこちらを振り返るアルマに、ムジカは本気で困惑を表明したが。
設計途中の図面を隠すと、アルマは言い訳のように呟いてきた。
「いやなに。昨日、整備前点検ということでラウル講師の<ナイト>を軽くチェックしてみたんだが。腰のラックにダガー引っかけてあるだろう?」
「あん? ああ、あれか」
ラウルの<ナイト>、という言い回しのせいでパッと出てこなかったが。確かにあの<ナイト>にはダガーが装備されている。
というより、あれはムジカ用の武装だ。ガン・ロッドは近距離戦では取り回しが悪いので、いざという時にはよく使用している。ノブリスによる戦闘では普通なら敵に近づかれたら即離脱が基本だし、ラウルに至ってはそんな状況には持ち込ませないので、アレを使うのはムジカだけだ。
それが? と首を傾げてアルマを見やると、彼女はしれっと、
「実物を見たら、ちょっと興味が湧いてしまってね。ノブリスに格闘武器を持たせるならどんなものがいいだろうと、つい筆が進んでしまったというわけだ」
「……格闘用の<ナイト>は設計してたんだろ? 武器まで考えてなかったのか?」
「一応は考えてたさ。振動剣とか、プラズマ溶断機とか、歪曲粉砕腕とか。なまじ機体が軽くて質量打撃に向かないだけに、一瞬で相手を破壊出来なければ役に立たない。戦術的縛りをどう切り抜けるかを考えるのは、なかなかに楽しいね……中でもオススメはこれだ」
と、それは設計済みだからか、見せても恥ずかしくないらしい。マギコンを壁面のディスプレイにつなげて、彼女が表示したのは――……
「……“イレイス・レイ”用共振器? 正気かよ?」
情報崩壊を引き起こして、触れたもの全てを破壊する最悪の閃光だ。光に呑まれたものは最小結合単位にまで分解され、後には何も残らない。
一時はマギブラストではなくこの破砕光をガン・ロッドで射出できないかと検討されたこともあったそうだが、すぐお蔵入りになった。弾丸として用いるには魔力を使いすぎるうえ、ガン・ロッドが何かの拍子で制御を失ったら自分が消し飛ぶという欠陥があったからだ。
ただし、格闘武器として見た場合には、そこまで魔力は使わない。効果こそ尋常ではないが、弾丸の形で撃ち出す必要がない分、魔力的にはリーズナブルと言える。
だからアルマもこれを設計したのだろうが。白い目で見た先で、アルマはため息をついた。
「皆にも同じことを言われたよ。格闘機の設計だけでもトンデモないのに、こんなの振り回すなんて正気の沙汰ではないと。だが対策不能の切断武器としては、これ以上のものはないんだぞ?」
「うっかり間違えたら自分の体まで切断するだろうが。フールプルーフの観点どこ行った?」
「“バカがうっかりで怪我しないように”って観点を、達人相手に適用しようとするのは、なーんか違うと思わないかね?」
「使用者をうっかりで死なせかねない兵器の時点で論外だろ」
ガン・ロッドだって、やろうと思えばうっかりでノーブルを死なせられるのに……などとアルマが言うので、やろうとすんなとうんざり告げる。
だが、とムジカはこっそりため息をついた。
実を言えば、これを実際に使用していた格闘機に心当たりがないでもない。確かにその機体は多大な戦果を残した。一太刀ごとに敵を屠る様を見て、人々は英雄と褒めそやしたが……
「……それより、リムくんは? 一緒ではないのかね?」
「あん? あいつならそこにいるぞ?」
「うん?」
示したのは部屋中央だ。来客用の机とソファが置いてあるのだが、リムはそこにいた。
何をしているのかといえば、情報端末が投影するホログラムとにらめっこしている。
中身は先ほどの講義で受け取った教科書のデータだ。ムジカも中身はさっと目を通したが、難しいとは感じなかった。だが、リムは表情を険しくしてホログラムを睨んでいる……
「……なんであんな、親の仇でも見るような目をしているのかね?」
「今日の講義で知らないことあったんだと。ほら、あいつ真面目だから」
「その言い方だと、キミは真面目じゃないように聞こえるが」
「そりゃまあ、やる気ないしな」
肩をすくめて告げると、アルマは呆れ顔をした。これで意外に面倒見がいいらしい――あるいは単に、自分の助手だかパシリだかの成績が悪いのは面白くないのか。
なんにしろ、その辺りが話の区切り時だったようだ。
「まあ、よかろ。私は設計に戻るから、邪魔せんように」
「あいよ」
「……覗かんでくれよ?」
「頬赤らめながら言われても困るんだが」
恨めしそうに睨まれて、ムジカは首を傾げながらアルマから離れた。
そのままさっさとアルマは設計に戻り、リムも真面目な顔して教科書と格闘中。しばらく手持無沙汰を持て余しながら、ぼんやりと時が過ぎるに任せる。
そんな時間に変化が訪れたのは、それからだいたい五分を数えた頃だった。
「――ねえ、ホントにここなの? なんかすっごい端だけど……」
「場所はあってるよ……たぶん。ただ、中で研究してるかもしれないから、静かに――」
「ならよし! やっほームジカー! いるー?」
「あ、ちょっと! アーシャ!?」
突然やってきたかしましさに、きょとんとムジカは入り口を見やった。扉を前に手を上げているのは――まあ、名前が聞こえていたからわかってはいたが――アーシャだ。
赤毛のポニテを犬の尻尾のように揺らして、きょろきょろ辺りを見回しながら上がり込んでくる。
「わー、すごーい! 他の班のラボー!! こんな感じなんだー……あ、アレ<ダンゼル>!? ここノブリスの設計もやってるの!?」
「アーシャ……人の研究室なんだからもう少し静かに……」
来客は彼女以外にももう一人。アーシャがいる時点で察していたが、サジだ。一番最初に目が合ったのもそちらで、あちらは苦笑しながら手を上げてくる。
と、そこでようやくアーシャはこちらを見つけたようだった。
「あ、我がライバル! やっほー! おじゃましまーす!!」
「そういうのはお邪魔する前に言うもんじゃないかな……? あ、入っても大丈夫? なんか実験中とかだったりするかな?」
「ライバル言うな。ちょっと待て、今確認――」
しようと思ったのだが。
ちらと見やったアルマのこめかみがぴくぴく揺れたのを見て、ムジカは観念した。
「ああ、だいじょばなかったみたい」
「へ?」
「――あーもー! うるさぁぁぁあいっ!!」
「うわぁ!?」
割と忍耐力は浅かったようで、案の定、アルマが爆発した。その声に、リムもびくっと顔を上げるが。
アルマはバァンとマギコンのコンソールを叩くと、くるりと椅子を回して怒鳴りつけた。指先を突き付けて全力非難の姿勢だが、指先にいたのは当然のごとくアーシャだ。
「集中が切れたぞ! ノブリス史上最高の発明が形になったかもしれないのに、頭からすっ飛んだ! 人類規模の損失だぞ!? どうしてくれる小娘!?」
「あ、え? えーと……ごめんなさい?」
「謝って済むかこのぼけー!!」
「ええっ!?」
一応の謝罪に罵倒を返されて、アーシャが悲鳴を上げる。サジも驚いていたが、ムジカとしては“なんだかなあ”という気持ちでいっぱいだった。
ひとまず叫んだことで、一応は冷静さが戻ってきたらしい。眉間に凶悪なしわを刻んだまま、「む?」と小首をかしげて訊いてきた。
「助手よ。なにか見慣れない生き物が入り込んできてるようだが。なんだこのちんちくりんたちは?」
「一応、俺の同期だけど……なんか用事か?」
そういや用件は聞いてなかったなと思い出して訊く。なにかを約束していたような記憶はないので、割とそれが謎だった。
と、答えてきたのはアーシャだ。ただアルマの気配に呑まれたようで、先ほどの勢いはもうなかったが。
「あ、うん。大した用事じゃないよ? 暇だったから、ちょっと見学させてもらおっかなーっていうのと――」
「ご飯、一緒にどうかなって思ってさ。ちょうど行きたい場所があったから、どうせならムジカとリムちゃんも一緒にと思ってたんだけど……」
これはサジ。何やら微妙に含みを感じさせる物言いだが、アルマを見て怯えたような顔をしている。まあいきなり怒鳴られればそうもなろうというものか。
ため息をついて、ムジカはリムに訊いた。ちょうどこの騒ぎでこちらも集中が切れたのか、眉間にしわを寄せていたが。
「だってさ。お前、どうする? まだ飯食ってなかったろ?」
「それは、まあそうですけど……アニキはどうするっすか?」
「お前が行くなら行くけど」
「なら、ええと……私が一緒で、ご迷惑じゃないですか?」
人前用の、“対他人モード”でリムが訊く。切り替えが早いなとは思うが、これがリムの処世術なのでそこについては何も言わない。
一方のアーシャとサジはこの姿しか知らないので、単に遠慮してるだけと捉えたらしい。にこりと笑って言ってきた。
「行こうよー行こーよー。堅苦しいことばっかしてないでさー。息抜きしましょー?」
「大丈夫だよ。同じ錬金科としても話がしたかったし」
「ええと……じゃあ、よろしくお願いします」
「私はパスだ。代わりに助手よ、お土産をよろしく。甘味がいいね」
と、これはアルマの呟き。好き勝手言っているが。
まあそういうことで、そういう話になった。
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