2-4 ま、七面倒な話はこれくらいでよかろ
「――というわけで初めまして。君たちの先輩にあたるメカニック、三年のアルマだ。説明を頼まれたので、今回のオリエンテーションは私が担当することになった。よろしく」
第三講堂に集められた新入生の数は三十人ほど。そんな若造たちに囲まれて教壇に立つのは、ムジカたちの先輩となる若い女性だった。
三年生という彼女の発言を信じるのなら、歳は十七か十八だろう。見た目だけを述べるとすれば、癖のある金の髪を無造作に後ろで束ね、でかい丸眼鏡をかけ薄汚れた白衣を着た、研究者らしい女性といったところか。
ただ気になるのは、その女性の身長がひどく小さいうえに童顔なせいか、こじんまりとしていてどうにも女の子にしか見えないところか。声にこそ出さなかったが、ほとんどの者の顔にはこう書いてあった――本当に先輩かこの子?
(まあ年齢詐欺はリムもそうだけどさ)
ちらとリムを見やると、彼女はひたすらに真剣な表情。どうやら相手の見た目など気にもしていない様子だ。
そんなこちらの物思いや周りの視線などつゆ知らず。のんきにその先輩、アルマは説明を開始した。
「まずは君たちもご存じだと思うが、この学科についておさらいを。君たちの配属された錬金科は、主にノブリス・フレームの研究や“再発見”、設計などの勉強をする。他にも生活に役立つ魔道具の開発やフライトバスとかライフラインの勉強もするけどね。メインはやっぱりノブリスだ」
七割くらい? なんて首を傾げながら付け足してくる。
実際にそれくらいか、あるいはそれ以上に学ぶ比重が偏っていそうだというのは察していた。なにしろ、錬金科はそもそもそのための学科なのだ。ノブリス・フレームは人類が生きていくうえで大切な要素なのだから。
地上を追われ、この空にしか居場所のない人類を守る、最後の砦。それがノブリス・フレームだ。戦いはノーブルたちが請け負うとして、その機体の用意や整備は誰がやるのか。その答えがメカニックや“バレット”と呼ばれる存在であり、その卵を育てるのが錬金科という学科だった。
「んで、じゃあノブリスの勉強とは何をやるかって話だけどもね。まず一年坊は座学が中心だ。ノブリスの歴史とか基本構造に始祖アーキテクチャの話とか、本当に基本的なことから叩き込むよ。結構大事なところだから。これ学ばないで好き勝手やるといろんなところから怒られるから。マジで」
少々青い顔をして、アルマ。真に迫ったその表情からして、なにかやらかしたのだろうか。
「まあ当然だけど、座学だけだと退屈だろうからね。実習もあるよ、もちろん。基本的には雑用ばっかだろうけどね」
「雑用?」
きょとんと誰かが繰り返す。
それを待ってましたと言わんばかりに、アルマはぱぁんと手を叩いた。
「そう、雑用! これから君たちには、どこぞの研究班に班入りしてもらうことになるんだ。メインの講義は講師が担当してくれるだろうけど、実習は先輩方こそが教本であり先生であり指導要綱で鬼教官だ。いい先輩に丁寧にこき使ってもらってしっかり勉強するといい」
「先輩、質問です」
「なんだい? ノブリス関係はどうせこれから学ぶんだから、それ以外で頼むよ」
新入生の質問に、めんどくさそうにアルマは応じる。
声を上げたのは見知らぬ女学生だが。生真面目な顔してこう訊いた。
「研究班に班入りってことですが、私たちはどんな班があるのかとか、全く知りません。班決めはどのようにして行えばよいのでしょうか?」
「あー、それか。ちょっと待ちたまえ。これから説明する」
などとつぶやいてから、パチンとアルマは指を鳴らす。
と、アルマの背後のスクリーンが点灯した。映し出されているのはリストだ。ガルム班とかアーリン班とか、そんな名前のリスト。アルマ班もあるにはあったが、目の前のアルマの班なのかは不明だ。
「まず、今ある班がこんくらいかな。君たちはこれから半年くらいかけて、この班に顔を出すといい。自由に見学してきたまえ。それで居心地の良い班が見つかったら、そこが君の班だ。後で資料配るから、各研究班についてはそれ見てくれたまえ。あ、あと掛け持ちはありだし何なら自分で班作るのもありだよ。実績がなくとも“作品”があれば可能性はある」
ただし、と付け加える。
「君たちの中にはもう、同郷のノーブルの子とバレット契約結んでる子もいるかもしれない。そういう子はノーブルの子を優先したまえ。錬金科は戦闘科と連携していて、彼らのノブリスは委任された研究班が整備することになっているからね。バレット契約結んだ子と別の研究班に入ると、あとでいろんなとこから睨まれるからおすすめしないよ」
「……なら、ボクは研究班選べなさそうかな」
と、これまた小声でサジが呟いてくる。
首を傾げたが、ムジカはすぐに察した。
「アーシャとバレット契約でも結んでるのか?」
「まあ、そんなとこ。うちは代々アーシャの家のバレットやってるから、その流れ。だから、いろいろ学ぶなら掛け持ちかな……ちょっと厳しそうだ」
「どこに行くのかは決まってるのか?」
「一応ね。バリアントの仲間が多い班があるらしくて、たぶんそこになると思う」
同じ島出身で固まるのって、あんまりよくないんだろうけどね……と困ったようにサジが言う。
何故困るかと言えば、それはここが学園都市であるが故のメリットを一つ潰すことになるからだ。同じ島出身で学べることというのは、卒業後でも同じように学ぶことができる。学園都市では、他の浮島ならどうしているのかという知識を学ぶことも大事なのだ。
「ムジカは? キミはもうどこに入るか決めてるの?」
「いいや、まったく。どっちかといや、俺の仕事はこいつのお守りだしな。方針も極力こいつに合わせる予定」
「むぅ。あからさまに子ども扱いされてるっす……」
聞こえていたらしい。こちらを見て不満げにリムが唇を尖らせるが。
「リムちゃんが主体なの? てっきり、ムジカがそういうの決めると思ってたけど」
「ノブリス関係に関しちゃそうでもない。言っとくが、こいつがうちの整備担当だぞ。だからこいつに任せる予定。最初の頃はともかく、今じゃ俺よりノブリスの中身に詳しいしな」
「アニキが学ぶ気なかったからでしょ。できるようになったら途中から放りっぱなしで。あーしがどれだけ苦労したと思ってるっすか?」
「苦労はお互い様だろ。放り出したきっかけは、ラウルがノブリスに乗るのやめてからだし。ノブリス乗りとメカニックの両取りなんてやってられるかよ」
ぶうたれるリムに肩をすくめる。ラウルが主戦力だった頃はムジカとリムが一緒に整備を担当していたが、ムジカが主戦力になってからはあまり関われていない。今ではその知識量の差は考えたくもないほどだ。
と、それとはまったく別の部分が気になったようで、サジが訊いてくる。
「そういえば気になってたんだけど、二人は兄妹でいいの?」
「いや、違う」
「違うの?」
「ちいと事情があってな。グレンデル――故郷を出るときに、たまたまこいつらとかち合ったのさ。で、どうせならってことで一緒に旅することになった。アニキって呼ばれてるのはその頃からだ」
「その前から知り合いで、その頃も“兄さん”とは呼んでたんですけどね。傭兵やるならそれらしくってことで、んじゃアニキって呼ぶかって」
「……それ聞いてると、別に兄さんでもよかったんじゃって気もするけど」
「――はーい私語が多いぞー」
と、アルマがのんびりと注意を叫ぶ。リムとサジは思わずびくっとしたようだが、こちらにというよりは全体に向けての注意だったらしい。アルマはこちらを見てもいなかった。
「ま、七面倒な話はこれくらいでよかろ」
ともあれ、だいたいの話は済んだらしい。改まったように言ってくる。
「それで、君たちは今日から錬金科に配属されたわけだが。ノブリスの整備には<サーヴァント>――戦闘用ではないとはいえ、ノブリスを扱うことも多い。だが、この中にはその<サーヴァント>すら使ったこともない者もいるだろう」
スクリーンに映していた映像を消すと、アルマはこう締めくくった。
「――そういうわけで君たち。早速だが、実技演習をしようじゃないか。戦闘科と合同で、ノブリス操作の実習だ。待たせる前に、中央演習場に行くとしよう」
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