21.本番
球技大会までの毎日、俺と黒川は二人でバスケの特訓をした。
放課後に公園で集まり、俺がお手本を見せて黒川が実践するといった具合だ。
最初こそもたついていた黒川だったが、練習を重ねるうちにシュートを決められるようになった。ここまでできたら球技大会レベルの試合なら十分だろう。
「お疲れ。これなら球技大会でも活躍できると思う」
「ほんとうかしら。自分でも信じられないぐらい上達した実感があるわ」
「そうだね。黒川さんは運動センスは悪くないよ。運動への苦手意識が弊害になっていただけで」
「そうなのかしら。私、やればできるのね」
黒川が拳を握る。少しは自分に自信が持てたようだ。
「これも鈴木くんのおかげね。ありがとう」
「俺もいい練習になったよ」
「嘘。初心者に教えて練習になるはずがないわ」
「まあ、それはそうだけど。俺も基礎を久しぶりにみっちりやれたからあながち嘘ってわけでもないよ」
「そう言ってくれるなら、私も救われるわ」
確かに黒川の言うように俺の練習になったかといえば、そうなのだが。しかし、どのみち俺一人だったら練習なんてしなかったので、黒川とこうして体を動かしている方が練習になったのも本当なのだ。
なにより、黒川の力になれたことが嬉しい。俺を頼ってきてくれた黒川の信頼に応えたかった。その目的は達することができたと言えるだろう。
「あの、鈴木くん。このお礼をしたいのだけど」
「お礼? いいよそんなの」
「それじゃ私の気が済まないの。球技大会が終わった後の土曜日、空けておいてくれるかしら」
これはデートのお誘いだ。黒川の表情が緊張で強張っているから間違いない。
勇気を出して誘ってくれたのだ。それには正面から答えなければならない。受けるにしろ、断るにしろ。
俺はまだ姫宮への気持ちの答えを出せていない。それどころか、黒川に惹かれている部分も確かにある。俺自身、まだ気持ちに答えを出せていないのなら、誘いに応じることは悪くはないか。
「わかった。空けておくよ」
「ほんと? ありがとう」
黒川は安堵の溜め息を吐く。その様子を見て、俺の心はざわついた。
鈴木真の体に転生して、ある程度過ごしてわかったことがある。マンガの鈴木真は死んだわけではないのだ。こいつの意志は俺の体の中に確かに存在していて、無意識に姫宮と黒川への好意を訴えてくる。それが俺自身の気持ちだと錯覚しそうになるが、好きな理由が曖昧なまま俺が答えを出すことはない。俺自身、好きな部分が判明し、それが誰かがはっきりした場合、俺は彼女に向き合おうと思う。それは姫宮か黒川かもしれないし、はたまた別の誰かかもしれない。とにかく、俺は鈴木真の意志に騙されないように今後も行動していく。それだけはこの身体に転生してきて強く思った。
「それにしても、入学当初のこいつって、フツメンの平平凡凡の高校生なんだよなあ」
それが高校生活を経て一気にヤリチンへと覚醒するのだから人は見かけによらないものだ。
だが、正直鈴木真が平平凡凡な高校生で良かった。少なくとも高校入学前に転生できたのは僥倖だった。これがもし既に二股をかけた後だったらリカバリーできなかった。見た目も普通なのはありがたい。俺は派手なのは苦手だからな。つくづく俺は幸運だと思った。不幸中の幸いというやつだ。命の危機はあるが、それでも2度目の青春を送ることができているのだから。
俺は西日が差す空を見つめながら、2度目の青春に感謝した。
そして、球技大会の日がやってきた。種目が男女ともにバスケットボールということで、体育館に全クラス集合した。今日は丸1日かけてバスケが行われる。
コートは二面しかないので、試合を消化するにはかなりの時間を要するだろうが、その分試合が重ならなければ応援もできるので、それはそれでありがたい。
せっかく一緒に特訓したのだ。黒川の雄姿を見届けて声援を送ってやりたい。
うちのクラスの女子はトップバッターだ。相手は同学年の他クラス。最初の相手にしてはやりやすい相手だな。いきなり上級生は自信を失うかもしれないしちょうどいい。
試合前の黒川に声を掛ける。
「緊張してきたわ」
どうやらがちがちに緊張しているらしい。俺は黒川のお腹を抓むと擽った。
「あはは……ちょっと、やめて!」
「緊張しすぎだったから、これで緊張解けたんじゃない」
「だからっていきなり触るとか……恥ずかしいじゃない」
黒川が顔を真っ赤にして俯く。それを見て、俺は自分が何をしたのかに気付き赤面する。
「や、ごめん。体が硬くなってそうだったから解そうと思って。いや、なにやってるんだろ、俺」
普段の俺ならこんなことしないのに。これも鈴木真の体の弊害か?
「私じゃなかったらセクハラだよ」
「ごめん」
「でも、うん。おかげで緊張は解けたわ。ありがとう」
「うん。練習の成果はきっと出せる。頑張って」
「ええ。やれるだけやってみるわ」
教員に集合を掛けられ、黒川がコートの中央に集まっていく。ジャンプボールで試合が始まる。姫宮がまずボールを確保した。姫宮が空いている選手にパスを出す。うちのクラスは連携が上手く取れている。パスが綺麗に繋がっていく。姫宮が中に切り込みパスを受け、綺麗なフォームでシュートを放つ。ボールはネットを揺らし、得点を奪った。
「さすが姫宮。上手いな」
姫宮は運動が得意だ。本人はソフトボールが得意と言っていたが、女子の中では頭一つ抜けている。相手クラスの攻撃だがパスが上手く繋がらず姫宮がカットする。マークの外れた黒川に姫宮からパスが飛んでくる。黒川がボールを受け、ドリブルで相手陣地へ切り込む。練習の成果が出せている。女子にしてはドリブルは早いし、相手クラスの女子は黒川の動きについていけていない。素早く中へ切り込んだ黒川はレイアップシュートを決めた。
「凄い、黒川さん! 今のレイアップでしょ。バスケやってたの?」
姫宮が興奮気味に黒川に声を掛ける。
「やってないわ。ちょっと練習しただけよ」
「頼もしいなあ。この後もお願いね」
「ええ、任せて」
黒川は自信に満ちた表情で頷いた。
レイアップは俺が教えた。最初はシュートを打つ際に手首を動かしていたから、ジャンプの勢いでボールを置いてくる感じに打ってみてとアドバイスしたら一発でできるようになってしまった。やはり黒川の運動センスはいい方だと思う。
試合は姫宮と黒川の活躍もあって、うちのクラスの女子が快勝した。勝利に貢献できた黒川は女子とハイタッチを交わしている。その表情は満足げだ。
こちらへやってきた黒川は真っ先に俺のところへやってきた。
「見たかしら、鈴木くん!」
あのクールな黒川が興奮気味に鼻息を荒くしている。余程嬉しかったのだろう。
「見たよ。凄い活躍だったね」
「ええ。パスをたくさん回してくれた姫宮さんのおかげね」
「それに応えた黒川さんのおかげだよ。頑張ったね」
「まさか私がスポーツでここまでできるなんて思わなかったわ」
申し分ない活躍だった。それでも黒川は肩で息をしている。やはり体力の方はあまりないのだろう。次の試合からは交代しつつ参加した方がよさそうだ。
「次は男子の番ね。鈴木くん、頑張ってね」
「うん。できるだけ頑張ってみるよ」
黒川の活躍に刺激を受けた俺は、気合を入れていた。久しぶりの実戦。楽しみで武者震いが止まらなかった。
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