第16話 ビクター式バーベキュー

 ビクターが青年から受け取った肉は牛の骨つきステーキのような見た目だった。

 素材屋の前にはバーベキューグリルが置いてあり、ビクターは慣れた手つきで火を起こした。

 グリルの上の鉄網が温まってから、肉が豪快に乗せられた。


 三人で話しながら待つと、網で焼かれた骨つき肉に火が通った。

 それにビクター特製のスパイスをかけて食べたところ、なかなかにいける味だった。


 素材屋の前で食事を終えた俺とサリオンはビクターに別れを告げて、アインの町を後にした。

 ショートソードを譲ってくれるかと期待していたが、欲しければ剣の腕を磨いてこいと笑っていた。


 来た時と同じように馬車に乗りこみ、二人で来た道を引き返した。

 森の中の道には遺骸がそのままだったが、サリオンの説明ではブラウンベアーが他にもいた場合、警戒して近寄らなくなるからいいということだった。

 ビクターには話が通っているので、今日中には回収するのだろう。


 帰路では魔眼が反応することはなく、安心して移動することができた。


 馬車は王都に入った後、洋館の手前で停車した。 

 

「お疲れ様でした。私は馬車を置いてくるので、君はここで下りてください」


「分かった。色々とありがとう」


「どういたしまして。今後も役に立ってくれると助かります」


 俺は馬車を下りて洋館へと歩いた。

 夕方にはもう少し時間がかかりそうで、まだまだ明るかった。


 馬車が停車したところからいくらか進んだところで、前方から誰かが走ってきた。

 友の顔を見間違えるはずもなく、すぐにそれが内川であると気づいた。


「おーい――」


「ひぃー、もう勘弁してくれー」


 内川は何かから逃げるように走り去っていった。

 彼があんなに走れることを初めて知り、意外な出来事に驚きを隠せなかった。


 走り去った友を気にしつつ、そのまま洋館へと向かう。

 敷地の手前に開けた場所があるのだが、そこにルチアが立っていた。


「サリオンとの依頼は終わったんすね」


「さっき、アインの町から戻ってきたところ」


「その顔は無事にやり遂げたって感じっすか」


 ルチアに問われて、思わず自分の顔を触ってみる。

 触れたところで分かるはずもないが、自分がどんな顔をしているのか気になった。


「ところで、内川が走っていったけど、走りこみの訓練でもやってるの?」


「ああ、それっすか。もううんざりっすよ」


「えっ、どういうこと?」


 依頼を終えてやることがなかったこともあり、ルチアの話を聞くことにした。

 彼女の説明では致命的に体力がない内川を鍛えるため、今日は筋トレデーになっていたらしい。

 しかし、陰キャのオタクを地でいく彼はルチア教官のしごきに耐え切れず、最終的に悲鳴を上げて逃亡したらしい。


「……うーん、まあその、あいつは体力がないだけじゃなくて、身体を使うこと全般の経験が乏しいから」


 俺は小中学生の頃にフットサルや水泳を習ったりしたので、戦闘経験はなくても運動神経がそこまで悪いわけではない。

 しかし、内川は子どもの頃から運動全般を回避する、積極的なインドア派だった。

 ルチアは獣人寄りの亜人ということで身体能力が高そうなので、彼女の要求水準には到底及ばないことが想像できる。


「サリオンよりルチアの方がいいって思ったのは間違いだったか」


「何か言ったっすか? 悪口を言われた気がするんすけど」


「いやいや、そんなことは決して」


 聞こえない声の大きさだったはずだが、ルチアには聞こえたようだ。

 あの耳はお飾りではなく、聴覚が鋭いということは覚えておくとしよう。


「そういえば、何か忘れてる気がするんすけど」


「何か大事なこと?」


「あっ、そうだ。二人にこれを渡すように頼まれたっす」


 ルチアはポケットをごそごそと探ると、ペンダントのようなものを取り出した。

 それは二つあり、そのうちの一つを差し出された。


「これは?」


「深紅の旅団の一員である証っす。ウィニーは外に出てるから代わりにってね」


「へえ、ありがとう。もう一つは仁太の分か。よかったら、あいつを探すついでに渡しておくよ」


「じゃあ、頼んだっす。あたしが連れ帰ろうとしても逃げそうっすから」


 ルチアから内川の分を受け取り、俺は来た道を引き返した。

 彼がどこに行ったのかは分からないので、走っていった方向を探してみよう。


 周囲に目を配りつつ、もらったばかりの「証」に目を向ける。

 ペンダントトップに当たる部分は六角形の木彫り細工で、紋章のような刻印が刻まれている。

 何か意味があるのかもしれないが。この世界の知識が乏しいことで分からない。


「……あいつはこういうの喜びそうなのにな」


 内川のことを思い浮かべながらペンダントを身につけた。

 ルチアとの距離はすでに離れており、内川の姿は見当たらなかった。

 目ぼしい手がかりもなく、街の方へと歩いていく。

 

 洋館の近くは西洋風の住宅街といった雰囲気で、一人で歩いていると不思議な世界に迷いこんだような感覚になる。

 もっとも、異世界召喚された時点で十分に奇妙な状況なのだが。


 どこにいるか分からない状況で絶対領域を使われた日には見つけることは不可能だ。

 せめて、ルチアに来てもらえばよかったかもしれない。


 内川の行き先に心当たりはなく、とりあえず街の方まで歩くことにした。




 あとがき

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 本作を気に入って頂けたようでしたら、★で評価を頂けたらうれしく思います。

 引き続きお楽しみ頂けるように更新を続けていきます。

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