二十六、性器の生気の世紀の処刑ライブへ(序章)
空夫(そらお)と光子(ひかりこ)が、地面にあいた穴から異世界へ落ちてしまい、大冒険。最初はいがみあっていた二人だが、旅を続けるうちに、いつしか愛がめばえる。
だが、もう少しで帰れる、というところで、どっちかが死亡。生き残ったほうが悲しみにくれていると、そこの神さまが、「死んだほうをお前の世界で、今のお前と同じ年齢になるように、過去を調整して生まれ変わらせてやる(ひでぇセリフ)」と約束し、生き残りは、もとの世界に帰る。
そこで見知らぬ異性と知りあうが、そいつとは初めて会った気がしないのであった。つまり、そいつが異世界で死んだ恋人の生まれ変わりだった――。
という、なんかカッコいいオチで終わる話。
昔から、マンガや映画などで、こういうSFとかにあうたびに、ある疑問を持った。生まれ変わると、その前の記憶はすべてなくなってしまうのだが、そんな状態で再会することに意味があるのだろうか。いくら面影があるといっても、相手はまるで別人になって主人公の前に現れるわけで、果たしてそんなんで嬉しいのか。はっきりいって、相手は死んだのと変わんなくないか。
転生して赤子になると、すべてがゼロからスタートするので、それ以前の記憶がなくなるのは仕方ない気もするが、なにか腑に落ちない。その記憶、そいつの持っていた精神は、いったいどこへ行ってしまうのか。ただちに消えてしまうのなら、抹消のようで恐ろしい。たとえ赤子でも、以前のそいつの精神がぜんぶ組み込まれています、というんなら分かる。それにしたって、本人が覚えていないのでは意味がない。やはり、前のそいつは死んだも同然な気がする。
そもそも、ふつう転生といったら、事故死でも老衰死でもなんでも、死んだら赤ん坊になって次の人生が始まるわけで、俺の場合は、そうならなかったから、こんな疑問がわくのだろう。「まずは赤子から」という、いったんすべてを白紙に戻して新たな人生が始まる過程がなく、死んだ直後に、それこそあの世へでも成仏したみたいに、ただすーっとここへ来た。生きていたころの記憶と精神が、寸分たがわずしっかり残っている。誰かが言ったように、ほとんど「引越した」だけである。もとからいるルーツから見たら、完全に「移民」である。
だから、人生を一からやりなおす、というパターンを知らない。このヤパナジカルで、そうやって転生した、という話を聞いたことがない。
もしや、いろいろな世界があって、ここは、たまたまそういう場所で、俺がそれにあわせて転生した、というだけなのかもしれない。だが、SFで見たような、赤子から始まる転生というものが本当にあるのか、ないのか。雄二に聞いてみたが、彼も分からないという。
ラフレスさんにまた会ったら、ぜひ聞いてみたいことが二つあり、これがその一つである。
もうひとつは、以前に俺が生きていた世界――俗にいう、アトランタでのことだ。あそこにいたときは、いま持ってるような前世の記憶というものが、まるでなかった。輪廻転生が事実なら、あそこに生まれる前も、当然べつの場所でべつの人生を送り、死んでそこへ転生したはずなのだが、そのころのことを覚えていなかった。やはり、赤子から始まったから記憶が消えた、ってことでいいのか?
それがふつうの転生なら、なんでここへは、すべてがもとのまま、すーっと来ちまったのだろうか。わからん。
もしや、ラフレスさんも知らないことかもしれないが、いちおう聞いてみなくては、喉元になにかがつっかえたままだ。
その晩、仕事をおえて、そんなことをつらつら考えながら社宅に帰ると、玄関のドアに文字が書いてあった。太字の明朝体で、毛筆の丁寧な横書き。ドアの上面いっぱいに、四段で一文をなしていた。
「○月×日のヒューマン・トルペドスによる性器の、いや生気の、じゃない、世紀の処刑ライブを、絶対に観に行くように。ことは緊急を要する。詳細は、現地にて話す。ラフレス」
読み終えるや、文字は一瞬で粉になって飛び散り、跡形もなく消えた。ちょうどラフレスさんに会いたいと思っていた矢先だったのだが、その内容にげんなりした。なんで、あの嫌なやつのライブを、わざわざまた観なくてはならんのか。しかし緊急だというし、絶対に見ろってんだから、無視もできまい。
だが、待てよ。もしやまた、高塚の奴のしわざかもしれん。奴ならラフレスさんの名前くらいは知ってるだろうし、俺の担当だって情報も入手ずみだろう。読み終えると字が消えるようなモジくらい、奴なら使いそうだ。どうも怪しい。
部屋に入ると、海子から電話がきた。壁にラフレスさんからのメッセージが浮かびあがり、読み終えると消えたという。思わず「だいじょうぶか?! なんか盗られてないか?!」と言うと、誰にも部屋に入られた形跡はないという。
ラフレスさんが侵入したのか、と聞くので、高塚の可能性を示唆すると、わかった気をつける、でも今すぐ会えないか、と不安そうに聞いた。
とたんにめっちゃ会いたくなり、すぐ飛んでいく、と切ったあと、住所を知らないことに気づいて、またかけようとしたら、電話が三件も連続でかかってきた。雄二、ズール、うららと、バンドメンバー全員の家のドアやらトイレの壁やらに、俺たちが見たのと同じメッセージが浮かんだというのだ。
ズールなんて、帰宅後、いつものように少女化して鏡を見て「うっひょー! かわえーっ!」とやろうとしたら、顔に文字が浮かんでぶち壊しになった、と怒っていた。
「でもよく見ると、鏡に書いてあんだよな。なんだと思って読まずに拭いて、あらためて『かわえー!』をやろうとしたら、また顔のあたりに字が出て、顔が見えやしねえ。頭きて顔を下に移動させたら、字の野郎、ついてくんだよ。右に左によけても、とにかく顔の位置に、ゴキブリの集団みてえにスコスコ這ってきて隠しやがるんで、気持ちわるくなってな。しょうがねえから読んでやったら、やっと消えたけどよ。ラフレスさんも迷惑なことするぜ、ったく」
「夜中に集まってもらい、たいへん申し訳ないが、ことは緊急を要するらしいので、ごかんべんねがいたい」
俺が口上をのべると、みんな「どうせ、ひとり身だから」と気にしないようすだった。例により、雄二の豪勢な部屋である。
「どうも、高塚愛音のしわざの線が濃厚だけど……」
雄二が腕組みして言った。
「ここにいる全員の家に、いちいち書いたんでしょ。誰にも見つからずに出来るものかな?」
「あいつなら、泥棒みたいな真似は、わけないぜ」と俺。「また手下を使ってやったんだろう。今度は俺と海子だけじゃなく、全員に嫌がらせしようって魂胆だ」
「やだ、こわい」
うららが言うと、ズールが「俺が泊まりこむから心配すんな」と胸をたたいた。
「そのほうが、もっと心配だよ」
「どういう意味だ?!」と怒るお兄さん。「女の子モードで泊まりゃ、万一、俺が変なことしようとしても、張り倒せるだろ」
「そんなことしたって、男に戻ったら、いくらでも襲えるじゃん」
「いくらでも、って、そんな人を熊みてえに」
「まるで信用ないねえ」とあきれる雄二。
「ま、ふだんのおこないが、ね」と海子もうんざりする。俺もしょうがないとは思ったが、ズールはそういうところは意外にちゃんとしている気もする。だが、角が立ちそうだから黙っていた。
「じゃあ、私が泊まりにいってあげる」
海子が申し出ると、大喜びするうらら。
「わー、よかったー! これでヒグマに食いちぎられなくてすむー!」
「ちくしょう、保護者やめてやる」
ふてくされるズールに、ウィンクするうらら。
「守衛になるんなら、来てもいいよ。ずーっとドアの外にいて、絶対に入らなければ」
「誰が行くかっ!」
床にあぐらかいてふんぞり返るズールを尻目に、うららは海子に耳打ちした。あとで聞いたら、「あんなこと言って、絶対、見に来るから」だったそうだ。女子高生こええ。
「しかし、和人と海子だけなら分かるんだけど」と雄二。海子呼び捨てかコラァ。「僕ら全員ってのが分からないな。その高塚って人は、オカリナに対して、そんなに固執してるの?」
「そういえば……妙といえば、妙だな」
奴のしわざだと決めつけてはいたが、たしかに、そう言われると、おかしい気もする。
高塚は海子に横恋慕していて、その恋人である俺を呼んで嫌がらせしたわけだから、バンドのほうは関係ないはずだ。それとも、今度はバンドが目ざわりになったのか? あるいは、そっちから攻めていこうって腹なのか。
「腹ではない。頭の声を聞け」
いきなり女の声が頭の中で響いた。前に往来で聞いたのと同じ、天使さまの愛らしいお声。
「ラフレスさん?!」
また全員が同時に叫んだということは、また全員の頭に話しかけているのだ。
「すまんな、最初からこうすればよかった。どうも、歳を食うとボケていかん」
「えっ、じゃあドアや壁に落書きしたのは……」
「ああ、私だ。というか落書きではない、書置きだ」
「性器の生気の世紀の処刑ライブを必ず観ろ、とありましたが、なにかあるんですか?」
「ああ、石器の千金のセックスの蒋介石(しょうかいせき)ラブは、だな」
「やめてください、ここにはご婦人もいるんですよ」
「先に性器とか言ったのは、そっちだろう。というか、私はご婦人ではないのか」
セイキ、セイキで発音がぜんぶ同じなのに、よく性器だと分かったな。
「まあいい」とラフレスさん。「つまりだな、そのライブがもしも完遂されてしまうと、世にも恐ろしい――なにっ?! 本当か?!」
いきなり叫ぶんで、全員が頭を抱えた。
「急に叫ぶなよ!」とズール。
「あたま、じんじんするう」とうらら。
「すまん、急用だ。くわしくは現地で話す。
とにかく、ライブ行けよ!」と、声は消えた。
「わざとらしい引きだなぁ」と俺。
「今くわしく話すと、つまんないから引き伸ばしたのかな」と雄二。
「たんに何も考えてないのかもよ」とうらら。
「どうせたいしたことない小説だからな」と、身もフタもないことを言うズール。「行き当たりばったりでも、なんとかまとまると思ってんだろ」
「やれやれ。それじゃ、とりあえずライブ行くか。やだけど」と俺。
だが、みんながあきれているなか、ひとりだけきまじめな表情の人がいた。
海子である。
「みんな、ちょっと待って」と全員を手で制する。「ラフレスさんが、最後に言ったことを思い出して」
「たしか、『ライブが完遂されてしまうと、世にも恐ろしい――』とか言ってたよね」と雄二。
「ライブが無事に終わると、なにか恐ろしいことが起きるってこと?」とうらら。
「恐ろしいなら、なにも無事じゃねえじゃねえか。ボケたこと言うなよ」とズール。
「ふん、『じゃねえ、じゃねえ』と、意味もなく二回繰り返す異常な人に言われたくなーい」
「意味もなく、じゃねえ!」
「三度言った! そんなに大事なことなの? バカ? 昆虫?」
「ころーす!」
追い回すバカと、逃げ回るバカの襟首を、両手でそれぞれつかんで押さえたが、たがいの首を絞めようとバタバタする二人。
「無駄に争ってる場合か! まじめに考えろ!」
「猫がじゃれてるみたい」「そうだねー」と、海子と雄二が見ながら二人でなごむので、そっちにも怒った。ったく、リーダーは疲れるぜ。
「とにかく、今度の○月×日、全員ここのコンサートホールへ来るように! 異常、いや、以上!」
「あのう、リーダーさんよ」
ズールが手をあげたので、あまりやりたくなかったが、仕方なく指した。
「はいズールくん、なにかね」
「このコンサートホールってよぉ」とチラシを指す。「パロロなんだがよぉ」
「なんだって?!」
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