二十四、世界終末ギグへ(その三)

 俺たちは死んだはずなのに、生きていた。ひでえ文章。


 轟音は砲撃の音ではなかった。窓から外を見ると、ドームの天井から、入道雲のようなバカでかい化け物が顔を出していた。タンカーほどもある蒸気船の、まっ黒なへさきだったが、それは周りについている無数のプロペラで空を飛ぶ、巨大な飛行船でもあった。そいつが今、ドームの天井に頭を突っこんで破壊し、侵入してきたのである。


 あまりのことに砲撃を忘れた戦車隊に向け、飛行蒸気船は下部から突き出た大量の砲身から、雨のように砲弾を降らせた。

 あわてて逃げまどう隊員たちに、怒鳴る高塚。

「こらあ! ギグは終わってねえんだ! 逃げたら、ギャラ払わねえぞ!」


「まったく、来るのがおせーよ」

 俺のひとことに、海子が目を丸くした。

「ちょっと、どういうこと?! 誰が来るのよ!」

 俺が答える前に、高塚が走ってきて、わめいた。

「キサマあ! おまわり呼んだら、海子を殺すと言ったろうがあ!」

「おまわりじゃねえ」

 俺はどす黒い船を指して言った。

「王様だ!」



 たしかに脅迫状には、「警察に知らせたら、海子にヤラしいことして殺すぞ」みたいな頭の悪いことが書いてあったが、誰かに相談するな、とは書いてなかったので、ここへ来る前にズールのところへ寄ったのだ。

「こういうフザけたもんが来たんだが、なんとか出来ないか」

 そう言って見せると、彼は「お前のナオンに手え出すたぁ、ふてえ野郎だ。よし、俺にまかせろ!」と胸をどんと叩いた。

「だいじょうぶか?」

「おう、なんせ俺は国王とマブダチの仲よ。しんぺえすんねえ、こんな誘拐犯、軍隊に、ちょちょいっと、のしてもらうからよ」


 などと景気よく言ってくれたはいいが、なかなか来なかったので、やっぱ無理だったんだな、そらそうだよな、いくらなんでも国王の協力なんてありえねえ、と、あのひでえライブのあいだに、すっかりあきらめていたのだ。




 あとで聞くと、城に頼みに行ったが、やはりなかなか会わせてもらえず、門の前でもめていたところへ、当の国王、ロンゲスト・バード三世が馬で通りがかったという。


「なんだ、おぬしはあのときの」

 などと、覚えてもらえてはいたが、ダチの女が誘拐された、国防軍を出してくれ、と頼んでも、「そういうことは近衛に言いなさい」と取り合わなかった。まあ、あたりまえだ。


 ところが、ズールが脅迫状を見せるや、国王の顔が一変した。

「こ、この超特徴ありすぎの筆跡は――」

 紙を握りしめ、イライラと歯噛みする国王陛下。

「ライエルパッパのものではないか! おのれ、国防大臣の身でありながら、誘拐なぞに手をそめるとは!」


 そこで従者――国王がズールと出会ったときについていた人――が、彼に言った。

「カッカッカ」

「城内では閣下でいい! なんだ?」

「いえ、この頃の城内での不穏な動き、もしや黒幕は、ライエルパッパ大臣なのではありませぬか?」

「ううむ、ひそかにチャリオット(馬が引く戦車のこと)を改造・量産し、クーデターをもくろんでいる、との噂は本当であったか! ただちに飛行蒸気船の用意だ!

 おぬし、でかした! 礼を言う!」

 などとズールの肩をつかみ、国王みずからが戦艦で出撃したのである。バカの率いるバカ・バンドひとつをつぶすためだけに。



「もう終わりだ! 二度と顔を見せるな!」

 一台の戦車から、タコヤキに丸い目鼻口を付けて、平べったくしたような濃い顔のオッサンが降りて叫び、そのまま逃げ去った。

「待て、ライエルパッパ!」

 わめいた高塚は、せっかくの陰謀がついえたことでヤケになったのか、戦車に乗ってこっちへ走ってきた。

「ぶっ殺してやる!」


 バンはもう動きそうにないので、走って逃げるしかない。

 俺は追ってくるバカに言った。

「俺たちにかまうな! お前ひとりで逃げてくれ!」

「かまうわああ!」と戦車から顔を出して吠える高塚さん。「お前らを殺したいだけで、べつに気づかってるわけじゃねえんだよ! だいたい、俺を逃がしたって、おめーらは全然犠牲にならねえじゃねえか! なめてんのか!」

「ちっ、完全なバカじゃなかったか」


 壁に追いつめられ、また海子と抱きあうことになった。

 悪魔のように笑う高塚。

「ふふふ、今度はお前らも終わりだ。また別れのチュッチュでもして見せろ」

「なんか、二回目だと盛り上がらないわねえ」と、白ける海子。

「たしかに、二度目はあきるな」と俺。「高塚、お前がひとりでラブシーンやれ」

「するかああ! やれえええ――!」


 下に叫ぶと、こっちを向いた砲身が、震えて火を吹きそうに見えた。

 だが、俺たちには策があった。

 再び肩をくみ、今にも叫びそうな大砲の黒い穴をにらむ。


「またモジる気か?!」と高塚。「戦車の砲弾だぞ?! はじき返そうってのか?! それも杖なしで?! お前らの無謀さは分かったが、限度があるぞ!」


 たしかに、車を動かすのとはワケがちがうだろう。

 そんなことは分かってる。

 だが、やるんだ。

 死んだら、そのときさ。


 いったん顔を見あわせ、俺たちは襲いくる死の火球を食い止めんと、大砲に向かった。

「では、死ね!」


 高塚の声と同時に、ドンッ! という重苦しい音と共に、黒くバカでかい凶弾が発射された。

 俺たちは叫んでいた。

「モジカル・オチール!」


 たしかに落ちた。

 すぐに無理だと分かる、というオチに――

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