第22話 初めての契約


 エイラとジュードが幻霊の森を外へ向かって歩いている時、エマがエイラに遠慮がちに声をかけた。


「ねぇエイラ、実は私ルルに頼まれてたことがもう一つあるんだけどね……」

「頼まれてたこと?」


ルルがエマに頼んでいたのはフィブを探すこと以外にもあった。


「自分がいなくなったらエイラと契約してあげて欲しいって」

「えっ……?」


 エイラは以前、ジュードとフィブが契約をしているところを見ながら、精霊の源を還した後はルルと契約がしたいと言った。ルルが返事をしなかったのは自分はいなくなるとわかっていたからだ。


「どうする? 私、エイラが望むなら契約してもいいわよ?」


 エイラは悩んだ。ルルが帰ってきたらルルと契約したい。けれど、もう精霊の源を宿していないなんの力もない自分がこの先旅を続けるにはエマの力が必要になるだろう。


「ねぇエマ、ルルが帰ってきたら私……」

「もちろん、契約解消していいわよ」


エマはエイラの気持ちを分かっている。その上で契約してもいいと言ったのだ。


「わがまま言ってごめんね。ありがとう」


 エイラはエマと契約することにした。だが、エイラが妖精と契約するのは初めてで契約する方法を教わったこともない。ジュードに一から教えてもらいながら契約を進める。


 まず、利き手の人差し指に傷をつける。ジュードの剣を借り、剣先を指に向けるが、エイラは自ら指を切るのが怖くて手が震えた。


「エイラ、大丈夫?」

「ジュード、これお願いしてもいいかな? 手、震えすぎて指切り落としそう」


 恐ろしいことを言うエイラにジュードは仕方ない、と剣を持つとエイラの手をそっと握り、剣先を軽く人差し指に押し付けた。


「んったいっ!」

「あ、ごめん、痛かった?」

「いや、大丈夫大丈夫。ありがとう」


 エイラは滲んでくる血で反対の手の甲にジュードに教えられた通りの印を描く。印を描いた手を伸ばすと、エマがそっと手の甲に乗る。エマと血印が光り出すと、エイラの手に吸い込まれるように光は消えていった。


「これが、契約……」


エイラの手の甲には血印が刻まれている。


「エイラ、改めてよろしくね。水魔法みたいに戦闘にはあまりに向いてないけど、それなりに役に立つと思うわ」

「そんなこといいよ。こちらこそ、よろしくねエマ」


ジュードも無事、エイラとエマが契約できたことに安心した。


「ねぇ、ルルがどうして私にフィブを探しに行くよう頼んだかわかる?」


ジュードもエイラも首を横に振る。


 思えば、フィブと再会できたことで頭がいっぱいでどうしてルルがわざわざエマに頼んでまでフィブを連れて来たのかは考えていなかった。

 

「ジュードには強くいてもらわないと困るからって」

「俺が?」

「自分がいなくなった後、エイラを守るのは妖精がいなくなってショボくれてる男ではだめなんだ、って」


 エマは腰に手を当て、少しルルの真似をしながらランドールでルルが訪ねてきた時のことを話した。


「ルル、そんなことを……」

「ルルは、本当にエイラのことを思ってたんだな」


 ルルのそんな思いに全く気付かなかったエイラは今までどれだけルルに助けられ、甘えていたか今更になって実感した。


「ルル、絶対迎えにいくからね……」


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 スターレンの街に行く途中ランドールを通るため、エイラとジュードはそこで一泊することにした。

 王都を出る前に褒美として国王からかなりの報償金をもらっていた二人は冒険者が泊まるような宿ではなく、一般客が利用する小綺麗な宿に泊まることにした。


「ゲイルさん、今もランドールにいるかな?」

「どうだろ? ハルならいるかもしれないね」


 二人は迷った末、以前ゲイルに連れられてきた冒険者御用達の食堂へと入る。空いている席に座ると店の中を見回す。


「ゲイルさんもハルもいないみたいだね」

「そうだな」

「せっかくだし、何か食べようよ」


 二人は前回、意外にも美味しかった魔物の肉を食べることにした。そもそも肉は魔物の肉しか置いていなかった。


「やっぱり他の店に入れば良かった」


ジュードがぶつぶつ呟いていると


「まーたそんなこと言って!」


ゲイルが店の中に入ってきてジュードの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「げっ」

「あ、ゲイルさん」

「お前たち戻ってきたのか?」


ゲイルは当たり前のように二人と同じテーブルに着く。


「これからスターレンの街へ行くんだ。今日はここで一泊」

「へぇ。そういえばイーサンも何度かあの街に行ってたな」

「俺も、一度だけ付いて行ったことがある」


 ジュードの父イーサンは精霊賢者になってから精霊の源のことを調べるために騎士団の仕事が忙しくない時に何度かスターレンへ赴いていた。


「あいつ、精霊の源を調べてる学者に会いに行くって言って結局会ってもらえずに毎回その学者の文献だけ読んで帰ってきてたな」

「そうだったんだ。俺、図書館に行ったことしか覚えてない」

「ゲイルさん、その学者さんの名前ってわかりますか?」

「えっと……確か、オリヴァー博士とかいったかな」


 エイラとジュードもその博士の名前は知らなかったが、スターレンに着いたら話を聞きに行くことにした。


「あの博士は気難しいらしいぞ。イーサンは会ってすらもらえなかったからな」

「話聞かせてもらえるかな?」

「とりあえず、行ってみないとな」


 その後料理を食べ、ゲイルの武勇伝を聞かされながら時間を過ごした。


「そうだ、ハルはいないのかな?」

「ああ、ハルは今遠方の仕事に出てて暫く帰ってこないぞ」

「そうなんだ……私たちも明日すぐここを出るし、ハルには会えないね」


 エイラは残念そうに肩を落とす。ジュードは別に会いたいわけでもなかったが「そうだな」と返事をしておいた。


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