第3話 まだ旅は始まったばかり

「うーんっ、良い天気! 絶好の出発日和だね!」


 エイラは昨日から準備してあった荷物を肩に掛け、小屋を勢いよく出ると青空の下で大きく伸びをした。


「そうだな」


一晩寝て気分がすっきりしたエイラとは反対に、ゆっくりとエイラの後ろから出てきたジュードの表情は何故か暗い。


「ジュード、なんか元気ない?」


エイラはジュードの顔を覗き込み訪ねると


「あのさ、お願いがあるんだけど」


眉を下げたジュードがエイラの顔を見つめる。


「うん。どうしたの?」

「俺、フィブを探したいんだ。でも、もう俺には見えないからルルに、フィブがいたら教えてもらいたくて……」


エイラがルルの方へ顔を向けると、見えてはいないがジュードも同じ方へ顔を向けた。


「ルル、頼む」


真剣な表情で頭を下げるジュードに


(いいよー)


ルルは軽く返事をした。


「ルルがいいよって。ジュード、フィブってどんな子なの?」


 ジュードには言えないが、エイラも全ての妖精が見えている。どんな妖精かわかれば自分もこっそり探すことが出来ると思った。


「赤い目に赤い髪をしている」

「う、うん。それで?」


火の妖精は皆、赤い目に赤い髪をしている。それだけではフィブを特定することは出来ない。


「あとは…………羽が一枚ない」


(えっ……)

「えっ……」


ルルもエイラも絶句した。妖精にとって羽は命の源だ。上下左右に一枚ずつ四枚の羽を持ち、よっぽどのことがなければ羽を失うことはない。もし失ってしまえば体に大きな負担を抱えることになる。


「フィブは、どうして羽が一枚失くなったの?」


ジュードは眉間に皺をよせると首を横に振った。


「俺と契約した時には既になかったんだ。けど昔、力が暴走してその時に一緒に焼け落ちたって言ってた。何があって力が暴走したかは知らない」

「そう、なんだ……」


 フィブという妖精は何か訳ありかもしれない。エイラとルルは一通り村を見渡すが、フィブらしき妖精は見当たらなかった。


(たぶんもうこの村にはいないと思うよ。いつもいる妖精たちの気配しかしない)

「ねぇジュード、ルルが、もうこの村にはいないと思うって。旅をしながら探そう」

「そっか……わかった。ありがとう二人とも」


ジュードがお礼を言うとエイラはジュードの背中をパンッと叩いた。


「じゃあ、気を取り直して出発しようか!」

「ああ」

(レッツゴー!)


三人は村を出て、幻妖の森へと向かった。


----------


「ところで、エイラの探しものは幻妖の森にあるのか?」


 村を出てすぐの森の中を歩きながらジュードが聞いてきた。幻妖の森は村の隣の森を抜け、山を越えた先にある。


「うーん。幻妖の森にあるのかはわからない。ただ、魔力を持つものが生まれる場所で見つかりやすい、らしい?」

「なんだよ、らしいって。そんな理由であんな危ないところに行こうとするなよ」

「まぁ、大丈夫でしょ。ジュードはなんで幻妖の森に行くの? 精霊の源を探すんでしょ?」


本当は精霊の源は自分に宿っているとは口が裂けても言えない。


「精霊の源は強く気高い者の魂に宿るんだ。強いやつが集まる場所にあるかもしれないし、俺が魔物を倒して力をつければ俺のところに来てくれるかもしれないだろ?」

「へ、へぇ、そうなんだ」


エイラは白々しく返事をした。


 精霊の源は今、特別強くも気高くもないエイラに宿っている。その上、エイラに宿ったのは十年前、エイラが七歳の時だった。村を失い、家族のように過ごしてきた村の人たちを失い、生きる気力もなかった七歳の少女に宿ったのだ。


「精霊の源は本当に強い人に宿るのかな?」

「なんで?」

「だって、強くて気高い人だったらたくさんいると思うんだけど。そういう人たちも選ばれてないんでしょ?」


エイラ自身、なぜ自分に宿っているのか全く理解できていない。


「まだ、精霊の源がふさわしい人間に出逢っていないんだよ」

「ふーん。そっか」


聞いておきながらそれ以上何も言えないエイラは適当に返事をして話を終わらせた。


----------


(エイラ! この先に川があるよ。魚もいる)


 一日中歩き、途中でパンをかじっただけでまともな食事をしていなかったため、魚がいることは朗報だった。


「ジュード、この先に川があるって。もう日も沈んできたし、今日はここらで休もうよ」

「ああ、そうだな」


 二人は大きな木の根元に腰を下ろし、荷物を置いた。


「火を起こさないとね」


 エイラは木の枝を集めると近くにいる火の妖精を探した。いつもなら火の妖精にお願いして枝に火をつけて貰っているが、今はジュードがいるため妖精にお願いすることはできない。

 ジュードは隣で太い枝を平らに削りその上を細い枝で擦りながら一生懸命火を起こそうとしていた。


「ルル、どうしようか」

(自分で火起こしするしかないんじゃない? ジュードが頑張ってるよ)

「それはちょっと難しいと思うんだけど……」


エイラとルルはこそこそ話ながら必死なジュードに目を向ける。


「そうだっ」


エイラは近くにいた火の妖精にこっそり声をかけた。


--ボワッ


「うわぁっ」


 全く火が起きる気配のなかったジュードの火きり板から突然火が吹き出し、ジュードは尻もちをついた。

 ジュードが自然に火を起こせたように見せかけるはずだったが、想像以上の火の気が上がる。


「わあ! ジュードすごぉい!」

(ジュード、すごい顔してる!)


エイラはわざとらしく手を叩きながらジュードを褒め、ルルはジュードから見えていないことをいいことに笑いこけている。


「火って、こんな急に燃え上がるものだっけ?」


ジュードは火のついた板の上にエイラが集めた木の枝を並べながら首をかしげた。


「きっと、ジュードの火起こしが上手だったんだよ」

「そうなのかな?」

「そうだよ!」


納得のいっていない様子のジュードだったが、エイラはなんとか誤魔化した。


「そうだ、火も起こったことだし! ルル、魚お願いしてもいい?」

(はーい)


 ルルは川へ飛んで行くとすぐに魚を捕まえて戻ってきた。ジュードには生きた魚が水の球に覆われ浮いているように見えている。


「ルル、お前すごいな」

(今さら気づくなんて遅いよっ)


--ピュッ


「うわっ! 褒めてるんだら水飛ばすの止めろよ」


 二人のじゃれあっている姿を横目で微笑ましく見ながらエイラは削った木の枝に魚を刺し焚き火に並べた。


----------


「ジュード、魚焼けたよ。食べよう」

「ありがとう」


ジュードは受け取った魚を食べながら、満足そうに魚を食べるエイラを見た。


「エイラって、こういうこと慣れてるんだな」

「うん。一通りのことはじじ様に教えて貰ってるんだ。ルルも居てくれるしね。けっこうなんでもできるよ」

「エイラはすごいな。俺は自分の無力さを実感してる」


ジュードは胡座をかき、魚を刺すために綺麗に削られた枝を見ながら俯いた。


「私だって一人では何もできなかったよ。じじ様がいて、ルルがいてくれたから今の私がいる。ジュードだって一人で旅に出て、頑張ってるじゃない」

「でも、うまくいくかわからない」

「それは私も一緒。まだ旅は始まったばかりだよ! これからきっとジュードは色んなものを得ると思う」


エイラは励ますようにジュードの頭を優しく撫でた。


「エイラ……ありがとう」

「今のちょっとお姉さんっぽかったでしょ?」

「一言多いんだよ」


得意気に笑うエイラにジュードは少し拗ねながら、それでも嬉しそうに口元を緩めた。


----------


 お腹が満たされたエイラは荷物を枕にするとあっという間に眠ってしまった。ジュードは自身が着ていたローブをそっと掛けるとじっとエイラを見つめる。


「エイラ、ごめんな……」


 ジュードはエイラに言っていないことがある。それは、ジュードが先代の精霊賢者の息子だということだ。

 あの村が父が焼き払った村だということは知っていた。フィブに言われるがままやって来たがまさか生き残りがいるとは思っていなかった。


(エイラは俺が先代の精霊賢者の息子だって知ったらどう思うだろう)


 エイラの気持ちを考えるととてもじゃないが言えなかった。エイラが傷付くことも、エイラに嫌われることも避けたいジュードはエイラには黙ったまま共に旅をすることに決めた。


 そして、しばらくエイラを見つめた後、胡座をかき、木にもたれかかったままジュードも眠った。





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