失われた賢者

藤 ゆみ子

第1話 出発はお預け

 

 この世界には精霊の源と呼ばれる全ての魔力を統べる特別な力の源が存在している。そして精霊の源は然るべき人間の魂と共鳴し、その体に宿り、精霊の源が宿った人間は全ての妖精の魔力を自由自在に使うことができるようになる。


 精霊の源が宿った人間は精霊賢者と呼ばれ、賢者はその力を駆使し、ある時は国中の魔物を一人で倒し、ある時は愚王に代わり国を治め、ある時は荒れ果てた荒野の地を豊な王国にした。


 そして現在、精霊の源は十七歳の少女の体に宿っている。


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「ルル、出発しよう!」

「うん」

「行ってきます、じじ様。いつか目的を遂げたらまた戻ってきます」


エイラは育ての親であるじじ様の位牌に別れを告げると必要最低限の荷物を持ち、十年過ごした家である小屋を出発した。だが、小屋のドアを開けると目の前に少年が倒れている。


「え……」


息はしている。死んではいないようだ。


「誰だろう。エイラ、どうする? 放ってく?」


 さっきまでエイラの肩に乗っていたルルが少年の顔を覗き込み頬を突いている。

 ルルは水の妖精だ。契約している人間にしか見えないため少年はなにも感じていないだろう。


「いやぁ、さすがに放っておくのはね……」


 エイラは旅の出鼻を挫かれ、ため息をつきながらも少年を小屋の中へ入り引きずりながらベッドへと運んだ。


「ルル、水をお願い」

「はーい」


ルルはエイラから差し出されたコップの周りをくるっと回るとあっという間にコップに水が湧いて出た。エイラは少年の体を少し起こすと水を口に流し込んでいく。水を飲み込んだ事を確認すると濡らした手巾で顔を拭き、着ていたローブのボタンを外した。


「王宮、騎士……?」


少年の服装は一見冒険者のようだったが、腰には王宮騎士団の紋章が彫られた剣が差してある。


「エイラ、王宮からの使者だったらまずいんじゃない?」

「でも制服を着ている訳ではないし、王宮騎士がこんなところで一人で倒れてるなんておかしいよ」


一通り少年の体を見たが、怪我をしている訳ではなさそうだった。


「彼が目を覚ますまで出発はお預けだね」


 エイラはベッドに寝ている少年を見ながら、こんな場所で倒れていたことを不思議に思った。


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 エイラが住む村は十年前、一度焼け野原になっている。魔物の出現により村が襲われ、先代の精霊賢者がその力で魔物を村ごと焼き払ってしまったのだった。


 幼い頃に両親を亡くし、村の長老であったじじ様と一緒に暮らしていたエイラはその日、じじ様と山の神台に村で採れた作物のお供えに行っていた。

 村の異変に気付き、山を降りた時には全てが終わっていた。魔物も家も、村人の遺体でさえも全て燃え尽きていた。精霊賢者は村の真ん中で焼け落ちた村をじっと眺めている。

 涙を流しながら立ちすくむエイラとじじ様を見た賢者は「すまない」それだけを言って去って行った。


 それからエイラはじじ様と二人で小さな小屋を建て、荒れ果てた土地を耕し、畑を作り精一杯生きるための暮らしを始めた。


 そんなある日、突然エイラを眩しいほどの光が包み込み、体の中へ消えていくと、さっきまで見えていなかったものが見えるようになった。妖精だ。たくさんの妖精がそこら中を飛び回っている。


「君が新しい保持者だね」


 はじめに声をかけてきたのがルルだった。ルルは精霊の源のことを色々と教えてくれた。先の精霊賢者が亡くなり新しくエイラに宿ったこと。契約を結ばなくても全ての妖精の力を使えること。妖精たちは精霊の源を宿した人間を保持者と呼ぶこと。そしてこの国では歴代の保持者は代々王国に帰属し、国のために力を使ってきたこと。


 だが、エイラは精霊賢者に良い印象を抱いていなかった。魔物を倒すためとはいえ村ごと全て焼き払ってしまう、そんな人物と同じ力を持ってしまった自分が恐ろしくなった。


 それからエイラは国に報告することはせず、この村でじじ様とひっそりと暮らしていた。


 そして十年の月日が経ち、じじ様が先月亡くなると、エイラはある目的のために旅に出ることにした。十年前から友人としてエイラに力を貸してくれる水の妖精ルルと共に。


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「んっ」


 ジュードが目を覚ますとそこは見慣れない場所だった。どこからか漂ってくる美味しそうな匂いに意識がはっきりとしてくる。


「ここは……」

「あ、目が覚めましたか?」


体を起こし、声のする方を見ると同い年ほどの少女が鍋をかき混ぜている。


「スープ食べますよね? 眠りながらお腹、鳴ってましたよ」


ふふ、と笑う少女に恥ずかしくなり、俯きがら返事をした。


「うん……えっと、君が助けてくれたの?」

「そうですよ。うちの前に倒れてましたから。見て見ぬふりはできませんよ」


エイラは出来上がったスープをお皿に入れ、ベッドに座ったままのジュードに差し出した。


「ありがとう」


ジュードは渡されたスープを受け取ると一口飲んだ。


「美味しい……」

「それで、どうしてこんなところで倒れてたんですか?」


 この村はエイラ以外の住民はおらず、小屋以外の土地は畑や草原だ。人が訪ねてくることは殆どなかった。


「俺は、あるものを探して旅に出たんだ。だけどフィブが急にこの村に行こうって言い出して……」

「フィブ?」

「ああ、フィブは火の妖精。俺の契約妖精……だったんだ」


 契約妖精とは人間と契約している妖精で、本来人は魔力を持たず魔法を使うことはできないが、妖精と契約することでその妖精が持つ属性の魔力で魔法を使うことが出来るようになる。


「この村に着いたとたん、フィブがいなくなったんだ。手の甲にあった契約印も消えた。昨夜この村に着いたけど火も使えないし一日飲まず食わずてここまで来て、やっとこの小屋を見つけたけど力尽きて倒れたみたいだ」

「そうだったのですね」

「君はここに、この村に一人で住んでるの?」


スープをすすりながらジュードがエイラに尋ねる。この村に着いてから畑はあるが、他の建物はなく人の気配は感じない。この小屋もてっきり食糧庫か何かかと思っていた。


「そうです。先月まではじじ様と二人でしたが」

「じじ様?」

「じじ様は私を育ててくれた人です。この村は昔、全て焼けてしまいました。生き残った私とじじ様二人でずっと一緒に暮らしていたのですが、じじ様は先月亡くなって。ちょうど今日、旅に出る予定だったのです」


エイラが準備していた荷物に目をやるとジュードもそちらに目を向けた。


「旅に……どこに行くつもりだったの?」

「実は私も探し物をしに行こうと思っていまして、先ずは幻妖の森に行こうと思っていました」

「そこはだめだ!」

「えっ?」


ジュードは険しい表情で声を上げた。


「幻妖の森は魔物が居ることを知らないのか?! あの森は冒険者や騎士しか入らない」


エイラは幻妖の森に魔物がいることを知っている。だから幻妖の森に行こうとしていた。


「あなたは、騎士様なのですか?」


ジュードは首を横に振った。


「違う」

「ですが、その剣は王宮騎士の紋章が入っていますよね?」


エイラがジュードの腰に差してある剣に視線を向けるとジュードは剣そっと撫でた。


「これは、父上の形見なんだ。父上が王宮騎士だった」


ジュード自身が王宮騎士でないことにエイラはホッとした。もし、国の遣いだったらエイラは身柄を拘束されるかもしれない。


「ところで、あなたはどこへ行くつもりなのですか?」

「幻よぅの……森……」

「え?」


ジュードの声は小さく、何を言っているか聞き取れない。


「幻妖の森!」

「ええ! 一緒じゃないですか!」

「俺は戦えるから大丈夫なんだ!」

「私も一応、戦えますよ? それにあなたは契約妖精がいなくなったんですよね? 本当に戦えるんですか?」

「魔法が使えなくても剣術は使える」


エイラは不安を隠すような険しい表情の少年が、何かを抱えているようで他人事に思えなかった。


「あの、私と一緒に行きませんか? 探し物をしてる者同士、一緒に旅した方がいいと思うんです」

(エイラ! そんなこと言っていいの?)


ルルがエイラの耳元で呆れたように聞いてくる。


「どのみち、一緒に出発して同じ所に向かうんだし。それにこの人は王宮騎士じゃないみたいだし、大丈夫でしょ」


エイラが何やらこそこそと話をしている様子にジュードは驚いた。


「君、妖精と契約しているのか?」

「えっ……と、はい」


エイラはルルをチラッと見ながら肯定した。だが、ルルとエイラは契約をしている訳ではない。十年前、精霊の源がエイラの体に宿ってからルルは友人のようにエイラの側に居て力を貸してくれているだけだ。


(えぇ、契約なんてしてないじゃんっ)

「でも、契約してないのにルルと話してたらおかしいでしょ。契約してることにしといた方が都合いいって」

(そうかなぁ?)


ルルは納得していない様子だったが、エイラは嘘をつくことにした。


「ルルっていう水の妖精と契約しています」

「そうなんだ」


ジュードは少し羨ましそうに呟く。


「はい。なので、それなりにやれると思います!」


エイラは殆ど出ていない力こぶを見せ自信満々に言った。


「そっか…………じゃあ一緒に行こうか」

「はいっ! そうしましょう」


そうして二人は共に旅をすることになった。


 

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