第四十六話 弱さを知る


メナンドがパストラとユニアに一方的にやられている横では――。


リーガンとジュデッカの戦いも始まっていた。


だが彼女らの戦闘はパストラたちとは違い、静かに繰り広げられている。


「ユニアが他人と共闘できるなんて思ってもみなかったけど……。どうやら上手くいっているみたいね。つーか、私と戦っていたときは使ってなかったじゃん、あの魔術……」


リーガンは敵の攻撃をひたすら受け続けるという構えを取っており、けして自分から攻めずにいた。


対するジュデッカは中距離から得意の炎を出すも、けして彼女の剣の間合いには近づかない。


「剣なんか使えたんだね、リーガン。それにしてもその魔剣、魔術を無効化するなんて、一体どこで手に入れたのやら」


放たれた炎はすべて剣によって斬り裂かれている。


これは魔剣マグダーラの持つ力で、この漆黒の大剣はあらゆる魔術を斬り裂くことができる。


まさに魔剣の名に恥じない効果を持つ一品だ。


「気安く話しかけないでくれる。それとあんたに名前で呼ばれるのは、なんかヤダ」


「嫌われたもんだなぁ。あッ、ひょっとして前に異端審問官を辞めたほうがいいって言ったこと、まだ根に持ってるの?」


「話しかけんなって言ったでしょ!」


リーガンが魔剣を振り上げ、燕尾服を着た悪魔に斬りかかった。


それでも深追いはしない。


相手が避けて後退すれば、また一定の距離を取ってそこから動かずにいる。


リーガンの考えは、パストラとユニアがメナンドを倒し、三対一と有利な状況でジュデッカと戦うという作戦だ。


彼女はジュデッカの強さを嫌というほど知っているのもあって、一人で相手することに恐怖がないといえば嘘になるが。


それでもより勝率の高いほうを選択できるほど冷静だった。


それはリーガン自身が、ジュデッカには今も敵わないことを自覚していることでもある。


かつて辺境の平原にてユニア、ジュデッカと立て続けに歯が立たなかったことでリーガンは己の弱さと向き合い、これまで鍛え上げてきた。


だが弱い。


まだまだ肩を並べるレベルには達していない。


その自覚と以前にダンテに褒められた強さへの渇望がリーガンの理性を強め、この作戦を実行させていた。


ジュデッカにいくら煽られようとも、今の彼女が挑発に乗ることはない。


「得意の召喚術は使わないのかい? それとも、もしかして魔力切れ?」


ジュデッカが炎を放ちながら近づくが、リーガンは自分の間合いを崩さず、さらに返事すらもしなくなった。


だが燕尾服を着た悪魔は、それでも彼女に声をかけ続ける。


「もったいないなぁ。召喚術には無限の可能性があるのに、剣術なんか始めちゃって。今からでも遅くないから何か召喚してみてよ」


リーガンは、ジュデッカの小馬鹿にした態度に耐えながらも思う。


たしかにこの悪魔の言う通りなのだと。


その理由は彼女の師である聖人ユダから、今ジュデッカが口にしたことと同じ発言を聞いたからだ。


「君のお母さんは本当にすごい召喚術の使い手だったんだよ。まあ、ファノさんみたいに名は知られていないし、教会内の評価は低かったけどね。でもあの人がその気になればきっと世界なんか簡単に救えるし、逆に滅ぼすこともできたんだろうなぁ」


顔も知らない母は、リーガンと同じ召喚の固有魔術を持っていた。


あの他人を舐め腐っているユダが母を絶賛しているのは、その力が本当に世界を救え、そして滅ぼせるほどのものだったからだろう。


しかしその話を聞いたときのリーガンは強さに興味はなく、ただできる限り平穏な暮らしを望んでいたのもあって、ろくに召喚術の修行はしていなかった。


そのせいで呼び出せる幻獣もコカトリスのみ。


本来ならば使役できる幻獣は、術者が使役したい幻獣を召喚して屈服させないといけないのだが。


コカトリスに関しては、偶然、死にかけていたトリスをリーガンが拾い、助けたことで使役を可能にしているという特殊な例だ。


「あんたって私の先生によく似てる。人を馬鹿にする喋り方とか」


「ならボクがリーガンの先生になってあげようか? それなら今よりもっと召喚術を使いこなせるようになるよ。そう、世界を滅ぼせるくらい強くなれる」


「悪魔の弟子になるなんて本末転倒じゃない。あんたには辞めたほうがいいって言われたけど、私は曲がりなりにも異端審問官なんだよ!」


「ほら、やっぱり根に持ってたんじゃないか!」


リーガンは飛び込んできたジュデッカに魔剣を振り、対する悪魔はそれを両手から出した爪で受け止めた。


その衝突で周囲に火花が舞う。


ぶつかり合うたびに大嫌いな師の顔が浮かぶ。


デリカシーの欠片もない師の言葉が脳内を駆け巡る。


「リーガンが本当に望んでいるものは安定じゃないだろ? 自分を押し殺しているうちは、本当に欲しいものなんて何一つ手に入んないぞ」


当時こそ意味が分からないと思っていた。


だけど今なら理解できると、リーガンは心の中で叫んだ。


異端術師と悪魔が嫌いだ。


あいつらは他人の尊厳を奪い、それを楽しんでいるから。


聖職者が嫌いだ。


体裁ばかり取り繕い、どいつもこいつも自分が正しいとのたまう。


異端審問官の仕事だって、本音ではただ金払いがいいから続けているだけだ。


だが辺境の平原で出会ったパストラとファノは、そんな自分の性根を受け入れてくれた。


短い付き合いの自分に勝手に息子を任せたと言った男は、とても満足そうに死んでいった。


自分もああいう風に、悔いのない最期を迎えたい。


非力な自分が悪魔憑きの子を守ろうとしているのは同情からではない。


正義感なんて立派なものなんかじゃない。


英雄に頼まれたからでもない。


自己満足だ。


強くなりたいと思ったのもそう、自分自身を満たすためだ。


だからこそここにいる。


相手が格上だろうと逃げずに戦っている。


「くッ!?」


ぶつかり合った衝撃で、リーガンの体勢が崩れた。


それを見たジュデッカがニヤリと笑う。


「フラフラしてるよ。もう限界が来ちゃったかな?」


「私は無様で不格好でそのうえ弱い……。でも、今はこれでいい……。それでも、こんな私でもあの子の力になれるから!」

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