本州へ
バーで愚痴りまくった翌々日だから、夕食後はその話になると思っていたんだけど、ビールを飲んだら、
「明日も早いから寝るで」
そうそう、この二人の寝つきは異常なぐらい良いのよ。それこそ『寝るで』の『で』のあたりで寝てるんじゃないかと思うぐらい。これも聞いたことがあるのだけど、
『寝れる時に寝るのが生き残るためのコツや』
『当然でしょ』
そりゃ、寝れる時に眠るのは良いとは思うよ。でもさぁ、生き残るためのコツってなんなのよ。それぐらい本業が忙しいって事ぐらいだと思ってるけど、あそこまで良いと異常だよ。
それでも早く寝る理由もあるのはある。とにかくフェリーの朝は早い。今回のフェリーは新門司に七時着なんだ。それまでに下船準備を終わらせないといけないのだけど、女の準備はどうしても時間がかかるから、
「アリス、朝風呂行くで」
まだ五時だぞって言いたいけど、そこから髪を乾かして整え、アラサーの女の化粧だって必要。ここもだけど、あの二人の準備はこれまた異常なぐらいに手早い。そりゃ、あの薄化粧だからわかるけどね。
そこからレストランで朝食。三人が選んだのは洋定食。トーストにベーコンエッグ、サラダにスープぐらいの内容だけど、
「ここのパンは美味いものな」
そうなのよ、このフェリーでは厨房でパンも焼いてるのよ。焼き立てパンはやっぱり格別だもの。食事も終わりコーヒーも楽しみ終わった頃には着岸となりアリスたちも駐車場に移動。
「これはラッキーや」
乗船するときは船尾からだったけど、下船は船首からですぐにランプウェイから九州上陸だ。ここから九州ツーリングにも行きたいけど、
「まずは目指せ本州や」
新門司から北九州カニ・カキロードで北上する。冗談みたいな名前の道だけどあちこちにカニ・カキロードって書いてあるんだもの。こんなところでカニとかカキって有名なのかと思ったのだけど、
「カニは豊前本カニで」
「カキは豊前海一粒カキよ」
言われて見れば直売所みたいなものもあるな。でもこんなところで松葉ガニなんか取れるのかなぁ、
「松葉やないワタリや」
なるほど、カニはカニでもそっちか。カニ・カキロードはやがて国道二号に合流し関門国道トンネルの料金所に。さて料金は、
「二十円や」
はぁ、たったの・・・とはいえ払わないといけないのがいつもながら面倒なんだよな。関門海峡のトンネルはまず一九四二年に鉄道トンネルが開通し、国道トンネルが開通したのが一九五八年となってる。
「関門橋が一九七四年や」
でも関門橋は高速道路だから小型バイクじゃ走れないんだ。と言うのもさ、アリスは長いトンネルが好きじゃない。
「気持ちはわかるで」
トンネルだって普通の長さなら嫌いじゃないよ。あれはあれでツーリングのアクセントみたいなものじゃない。だけどさ長くなるとシンドイのよね。だってさ、暗いし、走っていても気が晴れない感じがするんだもの。
「トンネルは視界が悪いつうか、見晴らしがのうて、圧迫感があるものな」
その通り。バイクを走らせる楽しみって幾つもあるけど、景色を楽しみたいのはあるのよ。そのためには左右の見通しが良くなきゃいけないのよ。トンネルで見えるのはひたすら壁しか無いもの。そりゃ、左右の視界が広がる関門橋の方が絶対に良いと思う。しょうがないけどね。
関門国道トンネルだけど、ここもよく渋滞するらしいけど今日は空いてるな。長さだって三四六一メートルらしいから新神戸トンネルの半分もないぐらいでホッとした。トンネルを出たらそこはもう本州下関だ。新門司から三〇分程だから早いものだ。
「国道一九一号の方へ行くで」
「らじゃ」
この辺は下関市内になるのかな。片側二車線の県道だけどバイパスかもしれない。その道を五分も走ったところで、
「下関北バイパスに乗るからな」
この信号を右折みたいだ。コトリさんからなんだかホッとした気分を感じるけどこの後は、
「ひたすら北上じゃ」
下関北バイパスは国道一九一号のバイパスみたいで下関から北に向かう道みたい。バイパスは下関市街を抜けると対面二車線の普通の道になったけどこの道って、
「気持ちのエエ道やろ」
左手に海が見えるシーサイドロードで山口県でも指折りのツーリングコースらしい。たしかに走っていて気持ちがイイ。日本には数々のツーリングコースがあるけどシーサイドロードは好きだな。海が見えるって特別感があると思う。
これは海が見えるだけじゃなくて、海が見える方の見晴らしが広がっているのもあるはず。トンネルと逆だけど圧迫されない感じも気持ちの良さにつながってる気がする。それより何より空いてるものね。
「コトリ、時間もありそうだから立ち寄ってあげたら」
「そやな。そうそうは来れんとこやもんな」
道は海から少し逸れて行くのだけどコトリさんが国道一九一号から左に入りなにやら怪しい山道に。そこを登って行くのだけど駐車場となにやら展望台風のものがあるところに着いた。ここってなんだ、
「日本の端っこの一つや」
こんなところが? 展望台からの景色は悪くないけど下に見える施設はなんだ。
「あれか、廃棄物処理場らしいで」
つまりはゴミ捨て場か。それぐらい誰も来ようとしないところじゃない。それでも案内板があるから観光スポットの端くれなんだろうけど、ここは毘沙ノ鼻って言って、
「本州最西端の地や。正確には廃棄処理場の北側にある岬の先端や」
日本の正確な端っこはバイクどころか人さえ行くのが困難なところが殆どで、
「行けるのは宗谷岬ぐらいやろ」
そこだって半端じゃないぐらい遠いけどね。だから到達可能な本土の四隅があって、端っこマニアが目指すそう。別にマニアじゃなくても最北端とか最南端と言われたら行きたくなるのが人だと思う。到達可能な本土の四隅以外にも本州の四隅もかなり人気があるそう。
「北は青森の下北半島の大間崎、南は和歌山の潮岬や」
潮岬がそうなのはアリスも聞いたことがあるし旅行で行ったこともある。本州最南端の潮岬に比べると最西端のここは侘しいな。
「やっぱりそう感じるよね。人は四隅の端っこに行くことにロマンを感じるけど、南北に比べると東西は関心が低くなるの」
本州最西端があるなら最東端もあるはずだけど、そこってどこだ?
「岩手県の宮古にある魹ヶ崎だけど聞いた事ある?」
岩手と言われてもサッパリわかんないな。それでもここよりマシとか、
「宮古市から山の中を延々と走って行って、キャンプ場がある駐車場から山道を三十分ぐらい歩いたところ」
なんだそれ、そこまで行けば秘境だろう。毘沙ノ鼻よりちょっとだけマシなのは灯台があるそうだけど、よほどの物好きじゃないと行きそうにないとこみたい。ちなみに到達可能な本土の西の端っこは?
「ああ、それは佐世保にある神崎鼻や」
どこだよそれ。今日の毘沙ノ鼻だって、端っこに行きたくて、その本土最西端がここにあるのを知ってないとまず来ないところだ。
「でもコトリ、惜しいと思わない」
「まあな、あそこは別に本州最西端やのうても余裕の観光スポットやけど、あそこがそうやったら本州最西端の価値は上がったやろな」
ということで今からそこを目指すみたいだ。
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