第21話 姫様とデート

 俺が投げた剣の方角に向かって真っ直ぐ進んで行くと、やがて森を抜けて街の方へとやって来る。


「今まで歩いて来た中で、剣が落ちたような形跡はなかったよな?」


 彼女へ尋ねると頷いてから答えてくれる。


「街を超えて山の方まで飛んで行っちゃったのかな?」


「うへぇ……」


 それはかなりしんどいな。確かに魔力を込めて思いっきり投げたけど、そんなに飛ぶとは思ってもいなかったからな。


「流石に今から山を散策ってのは時間も中途半端だし、今日はここまでにしよう」


「そうね。ところで、学園長先生はいつまでに見つけて欲しいって言ってたの?」


「そういえば、いつまでってのは言ってなかったな」


 ヒステリックを起こして期限を言い忘れているだけだとは思うが、わざわざ聞きに行くのもバカらしい。そもそも学園長先生とはできるだけ関わりたくないから、会いに行きたくもない。


「ま、出来るだけ早くはしないとな」


「あんまり遅すぎても怒られそうだものね」


「そうだな。──今日はありがとう、フーラ」


「いえいえ。また明日も頑張ろうね」


「ん? 明日も手伝ってくれんの?」


「当然でしょ。剣が見つかるまでの約束だし」


「良いのか? 補習とか色々忙しいだろうに」


「アルバート王家の名に置いて二言はないわよ」


 律儀な王族様なこって。


「んじゃ、どうしようか」


 このまま解散するにはかなり中途半端な時間だ。


 かと言って、女の子が俺に貴重な時間をくれたというのにこれで解散というのもどうかとは思う。


「ふふ。リオンくんったら。素直になれば良いのに」


 クスクスと笑いながらこちらに言ってのける。


「遠回しに女の子からの誘いを待ってたら、伝わらないぞ☆」


「ん。じゃ、またな、フーラ」


 ピッと手をあげてヒラヒラーと手を振って寮に帰ろうとする。


「待たんかいっ!」


 すかさず手を引っ張られてしまったとさ。


「なにか?」


「お姫様をこんな中途半端な時間に放置するわけ?」


「あれ? やっぱりお姫様扱いがご所望で?」


「言ったでしょ。お姫様扱いされて嬉しくない女の子はいないって」


「クラスメイトとして接して欲しいのでは?」


「そうだけど! そうじゃなくて……」


 あー、もう! なんてちょっぴり怒った様子で言ってくる。


「リオンくん。今から帰ってもやることないからどこか寄って行きましょうよ」


「しょうがない。お姫様がどうしてもと言うのであれば寄ってやるか」


 やれやれと答えてやると、「……くっ」とか悔しそうにしていた。


「言っとくけど、この私に誘われるなんて名誉なことなんだからね! 名誉なことなんだからね!!」


「フーラは大事なことだから二回言ったのであった」


「勝手にナレーションすな!」







 アルバート魔法王国の街並みをフーラと共に歩む。


 メインストリートはかなり賑わっており、魔法の国らしく、街の人達は魔法を駆使して商売や生活をしているのが伺える。流石は魔法の国。おしゃれだわ。騎士の国とは大違いだな。騎士の国はなんでもパワーで解決する体育会系だからね。はは。


「そういえば、アルバートに来てからこうやってゆっくりと街を歩いたことなかったな」


 思い出したようにポツリと零すとフーラが、「へぇ」と相槌を打ってくれる。


「入学試験から今まで休まる暇はなかったからな」


「あはは。確かに、リオンくんは入学初日から慌ただしかったものね」


 苦笑いをしたあとに、ぱんと可愛らしく手を合わせる仕草をしてみせる。


「それじゃ、今日は私が案内してあげよう」


「姫様直々の案内なんて、贅沢なものだな」


「そうだよー。本当ならこんなことあり得ないんだからね。感謝しなさい」


「ははー。感謝痛み入りまするー」


「ふふ。まずはね──」


 フーラは様々なところを案内してくれる。


 メインストリートにある有名店はもちろん、メインストリートを外れた裏通りの常連さんご用達の魔法道具屋や、可愛い家具屋。景色が綺麗なカフェにも連れて行ってくれた。







「──流石は姫様。なんでも知っているんだな」


「そりゃ、ここは庭みたいなものだし」


 イエイとピースサインをひとつ送ってくるので、こちらもなんとなくピースサインを返しておく。


「陽が沈んで来たな」


 結構な時間を彼女と過ごし、空がオレンジ色に染まっていた。


「楽しい時間はすぐに過ぎて行くね」


「俺との時間は楽しかったですか?」


 からかうように言ってのけると、フーラは純粋な笑顔を見してくれる。


「うん」


「おっと……。そんなに素直に頷かれると反応に困る」


「リオンくんは楽しかった?」


「まぁな」


 普通にそんな質問をしてくるもんだから、こちらも素直に頷くとニタリと笑ってくる。


「なになにー? 好きな女の子とデートが出来て嬉しかったのかなー?」


「あ、そういうことを言ってくるのね」


「意地悪なリオンくんに意地悪し返しただけだよーだ」


 ベッと舌を出されてしまう。


『あれ。フーラ?』


 ふと、後ろから爽やかな声が聞こえて来たのでふたりして振り返ると、そこにはジュノーが立っていた。この時間に街にいるのは仕事終わりなのだろう。


「ふたりして寄り道かい? 感心しないなー」


 笑いながら近寄って来るジュノーに対し、フーラは作り笑顔で答える。


「私が放課後になにをしようが、私の自由ですので」


 姫様いきなり喧嘩腰だなぁ。


「はは。それもそうだ。別に僕もきみを縛るつもりは毛頭ない。ただ……」


 チラリと俺を見ると、少しばかり悲しそうな顔をしてみせる。


「婚約者としては、いくらクラスメイトとはいえ、男の子とふたりっきりというのは複雑なものだ」


 もしかして、この人ったら俺に嫉妬してる?


 待って。え、待って。これって絶対面倒くさくなるやつじゃない?


 ただでさえ、学園長の変な恋模様でしんどいのに、次は俺が王族の恋模様に巻き込まれるの? まじで勘弁してくんない。


 フーラ! 誤解を解いてくれ!


 目で彼女に訴えかけると、どうやら伝わっていないみたい。


 ギュッと腕を組んでくる。


「私、リオンくんと付き合ってるから、ふたりっきりでも問題ないわ」


「は?」


 コノオヒメサマハナニヲイッテイルノカナ。


「付き合っている?」


 ジュノーが俺を睨みつけてくるので、ぶんぶんぶんぶんぶんぶんと思いっきり首を横に振る。


「……まぁ良い。正式な婚約までは遊ぶと良いさ」


 おい! なんで今ので伝わらないんだ! これ以上なく思いっきり首を横に振ったぞ!


「遊びじゃない」


「そうかい」


 まるで子供をあしらうかのように言ってのけると、ジュノーが笑顔で言って来る。


「リオン。くれぐれもフーラの扱いには気を付けるようにね」


 だめだ、このイケメン。頭に血が昇っていやがるのか、目が笑ってない。大人の男の嫉妬こえー。


 ジュノーはそれでもなんとか爽やかさを保って去って行った。


「……んで? お姫様はいつまでそうやって俺にしがみついているんだ?」


「ごめんなさい。つい……」


 パッと離れると、髪の毛を弄りながら言い訳をしてくる。


「私、本当にあの人苦手で。婚約者って言われるのも気持ち悪くて……」


 確かに、班別実技試験の時も、これ以上ないってくらいの作り笑いだったな。


「王族だから結婚相手を選べないっていうのは覚悟している。だけど、だけどね、あの人は……。あの人だけは本当に嫌……」


「生理的に受け付けないってやつ?」


 あれほどイケメンで女子に人気で、更に魔法団の一番隊隊長だなんて超優良物件だと思うんだけどな。


「あの人ね、なにがしたいのかわからないの。よく訓練って言って本気で殺しに来るような魔法をぶっ放すんだけど、私が血を流したのを見るとやめるの。意味わからなくない?」


 そう言えば、さっき森で本音をぶちまけていた時も血が流れるまでやるって言っていたな。


「血が出るまでの厳しい訓練って割り切れば良いのだけど、あの人、私の血を見ると気持ち悪く笑うの。隠しているつもりだろうけど、隠せてないわ」


 うげーとするフーラを見て、彼女の言っていることはわかる気がする。


 フーラの話を聞いているだけでも気持ち悪いが、それ以上に、あいつはどこか不気味だ。彼女が嫌悪感を出すのも頷ける。


「フーラがあいつを嫌いなのはわかった。だったらさ、俺以外にも沢山の男と付き合っていることにしたら向こうも呆れるんじゃない?」


「私の評価が地に落ちるのは別に構わないけど、アルバート王家に傷をつけちゃうのは大問題だよ」


 それは確かに。


「ま、俺になにができるわけでもないけど、またなんか気持ち悪いことがあったら相談に乗るぞ。俺達、付き合ってるみたいだし」


 からかうように言ってやると、からかうように返してくる。


「ありがとう。頼りにしてるね、彼氏くん」


「あれ? 本気で俺と付き合いたい感じ?」


「私と本気で付き合いたいなら、もう少しその捻くれた性格直さないとねー。お姫様はなびかないぞー」


 明るく言ってのけると、彼女が歩みを始めた。


「それじゃそろそろ帰るね。また、明日」


「おう。また明日な」


 また明日だなんて何気ない挨拶で姫様と別れる。


 クラスメイトなんだし、それは普通の挨拶でなんらおかしくもない挨拶。


 だけど、その挨拶通りにはならない。


 翌日、フーラは学園に来なかった。

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