クラスでいちばん可愛い女子と付き合って陰キャを卒業する
塩孝司
第1話 深夜、妹に相談する
両親が寝付いたであろう深夜、俺・丹羽佑希(にわゆうき)は双子の妹である丹羽佐知(にわさち)の部屋を訪ねた。
「コンコン、入るぞ」
「どうぞ」
室内から応答があったので、俺は扉を開けて中に足を踏み入れた。
「悪いな」
佐知もベッドに横たわって、ぼちぼち眠ろうかしているときだった。寝惚け眼をこすりながらこちらを見ている。
「どうしたこんな夜分遅くに」
渋々といった様子で身体を起こす。邪魔して申し訳ない気持ちになったが、どうしても話したいことがあったので、いったん出直すこともせず切り出した。
「我が妹よ、恥を忍んで頼みたいことがある」
しかも深夜にこっそり訪ねておいてこれだ。当然重い話であることはほとんど間違いなく、佐知が警戒するのも無理ないだろう。
眉間にくっきりとしわが寄っている。元々目つきが悪いことも相まって(あまり人のこといえないが。なんせ双子なので顔立ちがそっくりなのである!)、よりいぶかしんでいるように見えた。
「やな予感しかしないな。ちなみにもし断ったら?」
「そのときは冷蔵庫にあるおまえのプリン勝手に食う」
なんともしょうもないいやがらせだ。しかし地味にこたえるのもたしかである。
実際のところ、佐知もそれだけは勘弁してくれといわんばかりに頭を掻きむしっていた。
「それは困ったな。よし、いいだろう。聞くだけ聞いてやろうじゃないか」
どうやら腹をくくったらしい。佐知は完全に起き上がり、ベッドから抜け出すと、ローテーブルの傍らに置かれた座布団に腰を下ろした。そして俺もそうするよう、目で合図を送られた。
「感謝する」
俺はおとなしく指示に従った。室内には座布団が一枚しかなく、直接カーペットの上に尻をつけることになったが文句はいわなかった。聞いてくれるだけでもありがたかったからだ。
テーブルを挟んで向かい合うと、本題に入った。それがこちら。
「じつのところ、俺もいい加減陰キャを卒業したいと思ってるんだ」
それこそ心から望んでいる願いだった。
陰キャであることはいわゆるコンプレックスだった。そのせいでこれまで居心地の悪い日々や、つまらない学校生活を送ってきた。
しかし俺もこの春から高校生になった。そろそろ自分自身を変えてコンプレックスから脱却し、薔薇色の青春を謳歌してみたいと思ったのだ。
佐知の反応は決して悪くはなかった。むしろ感心した様子で、前向きに捉えてくれているようだった。
テーブルから少し身を乗り出した。
「とうとうその気になったか。でもそれは兄貴が考えてるより険しい道のりだぞ」
「もちろん覚悟の上だ。そこでお願いなんだ」
俺も同様にテーブルから身を乗り出した。少しでも熱意が伝わればと思ってのことだ。
だが佐知に軽くいなされてしまった。そんなもの不要だといわんばかりに。
「まぁまぁ、みなまでいわずともわかる。その手伝いをしろと、つまりそういうことなんだろ?」
驚いた。俺が願望を口にしただけで、彼女はすべてを理解したらしい。なんて頭の切れる妹だろう。おそらく佐知が俺に感心した以上に感心した。
俺は思ったままのことをいった。
「話が早い。さすがは出来た妹だ」
「えっへん」
佐知もまんざらではないようだ。薄い胸を張って誇らしげにしていた。
話は次の段階に入った。出来る妹が続きを促してくる。
「具体的には何をすればいい?」
もちろんその答えは事前に用意していた。相談を持ちかけるからには、ある程度段取りが良くないと相手に失礼だと考えたからだ。時間帯のこともあるし。
俺はスムーズに答えた。
「陰キャを卒業となると真っ先に思い浮かぶのは彼女だろう。それを作る手伝いをしてほしい」
「彼女か。ふむ、妥当だろうな」
陰キャ卒業=彼女を作る。なんともシンプルすぎる答えだが、しかしそれゆえ明快であり強力だった。
佐知も安直だと馬鹿にしたりせず、ほとんど賛成の色を示していた。
「ちなみに候補は決まってるのか。いないんじゃ話にならないぞ」
だがその点も心配無用だ。想定内の質問だ。
「俺がそんな段取り悪いはずないだろう。もちろん決めてあるさ」
またもや佐知は感心している。テーブルに肘を突いて訊いてきた。
「では聞かせてもらおうか。その候補とはいったい誰なんだ」
俺は唾を呑み込んだ。想定内とはいえ、いざその人の名前を挙げるとなると、やはり緊張もするしそれなりに覚悟も必要だろう。
もっともここでだんまりとはいかないが。何のために相談を持ちかけたんだという話になる。
ひとつ深呼吸を入れた。少し心が落ち着いたところでその名前を口にする。
「沢城だ。俺は沢城杏奈(さわしろあんな)と付き合いたい」
「クラス一の美少女と名高い沢城か」
当然佐知も知っている。同じクラスというのもあるが、仮に違ったとしても彼女の噂は学年・クラス関係なく学校中に知れ渡っている。
顔良し、スタイル良し、愛想良しの三点が揃った超人気者なのだ。
しかしそれだけに佐知は渋い顔をする。
「これはまた無茶なことをいう」
俺には高嶺の花だ、だからあきらめろといいたいのだろう。
しかし反応はわかりきっていたことだ。承知の上で俺は沢城を候補に挙げたのだった。
俺はその理由を力説する。
「だが本気で卒業しようと思ったらそのレベルの女子でないとダメなんだ。いいか? 陰キャってのは基本理想高い生き物なんだ」
おそらくアニメやら漫画やらの影響だと思われる。いまさらそれを変えろというのも難しい話であって、生意気ながらも沢城でなければならない大きな理由のひとつだった。
もしもそこをなぁなぁにし、悪い言い方ではあるが『妥協』してしまえば、俺はいつまでも二次元にすがりつき、陰キャのまま一生を過ごすことになるだろう。それこそ本末転倒ではないか。
俺は真剣にそう考えていた。にもかかわらず、佐知からは一言であしらわれてしまった。
「知らんわ」
やれやれとため息までつかれる始末だ。
「残念だが、私にはちとばかし荷が重いかもしれない」
とはいえ俺も『はいそうですか』と簡単に引き下がるわけにはいかない。強い意思を持って相談に来ているわけだし、自らの願いを叶えるためにも妹の協力は必要不可欠なのだ。
俺は声を低くした。
「そんな冷たいこといっていいのか」
「なんだって?」
注意を引き付けたところで、俺は恐ろしい文言を口にする。
「もしここで断れば最悪おまえの義姉が二次元の女の子になるんだぞ」
想像していた以上に効果は絶大だったようだ。
それを耳にするなり、ぶるぶるっと全身を震わせ、頭を垂れたのだった。
「私が悪かった。前言撤回する」
再び顔を上げたとき、その瞳の奥には真っ赤な炎が宿っていた。
「全力でなんとかしよう」
感激、以外に言い表しようがなかった。
俺もお返しをするように頭を下げた。
「ありがたすぎて言葉も出ないよ」
佐知は笑っていた。だがその笑顔は穏やかというより、どちらかというと困っているふうに見えた。
「気にするな。私も兄貴が二次元の女の子と結婚する将来だけは想像したくないからね」
なんとも消去法的な答えだ。ところがかえってそれが健気に思えてきて、目の前にいる佐知がふだんとは違った見え方をした。
俺は服の袖でごしごしと目を擦った。
「あれ、おかしいな。なんだか急に妹のことが可愛く見えてきた」
そして無意識的に手が伸びていた。
「頭なでなでしてもいいか」
しかし俺たちは血の繋がったじつの兄妹だ。それどころか双子なのだ。思いがけずフラグが立つ、なんてことはあろうはずもなく。
嫌悪感むき出しでその手を払われてしまったのだった。
「頼むからそれだけは勘弁してくれ」
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