第29話 友達
高校に入学して二日目、今日からいよいよ授業が始まる。
大ちゃん以外の友達が出来るのか不安で、そのことをお母さんに相談すると「クラスメイトなんかみんな友達よ」と訳の分からないことを言われた。
お母さん、今では想像も出来ないけど昔はギャルだったのかな。
ハルにも同じ相談内容を連絡すると、
「すずなら大丈夫だよ」
と出勤前に返事をくれた。
絵文字も何もないのに、何故だか文面が優しく感じる。
ハルが一人暮らしを始めてから、私達は携帯でやり取りをすることが増えた。
殆ど私からの連絡だったけど、ハルは仕事中以外いつでも返してくれて、夜に電話をかければ優しい声で話を聞いてくれた。
ハルが近くにいない寂しさもあったけど、これはこれで楽しくて、大好きな時間。
ハルの送ってくれた「大丈夫」の言葉に、お礼と「お仕事頑張ってね」の一言を付け加え返信すると、すぐに無愛想なクマがお辞儀をしているスタンプが返ってきた。
なんだか見覚えのあるスタンプ……とよく見てみると、昔からハルが鞄を変える度に付けているキーホルダーと同じ物だと思い出した。
ハルって変な趣味してるんだな、と一人で笑ってしまった。
教室に入り、廊下側にある自分の席に座ると前の席に座っていた女の子がこちらを向いた。
「あたし、相沢朱里っていうの!よろしくね!」
元気な声と弾けるような笑顔で自己紹介され、突然のことに驚き固まっていると、
「あ、突然だったね」
ごめんごめん、と相沢さんは笑顔のまま謝罪した。
雰囲気が航太くんに似てるな、となんだか親しみを感じてしまう。
「私は井上すずめ。よろしくね」
話しかけてくれたことが嬉しくて、自然と笑顔になる。
席が前後なこともあり、私達はその日のうちに仲良くなった。
お昼休みの時にはお互いに下の名前で呼び合うようになり、帰り道の方向が同じだからと一緒に帰る約束もした。
友達が出来るかあんなに不安だったのに、人生って不思議だ。
元々社交的な性格の大ちゃんも、すぐに友達が出来たらしい。
仲良く話している声がよく聞こえてくる。高校生になり大人びたかと思っていたけど、ちょっとうるさい所は昔と変わっていない。
「すずめ!」
お昼休みも終わる頃、席に着いて朱里と話していると大ちゃんが声をかけてきた。
「友達出来たんだな」と言って朱里の方を見る。
初対面の二人は軽く挨拶すると、私と大ちゃんが親しく話していることが気になったのか、朱里が私を見て「知り合い?」と聞いた。
私が質問に答えようと口を開くと、大ちゃんが間髪入れずに「幼稚園からの幼馴染なんだよ」と私の代わりに答えた。
それを聞いた朱里は興味があるのかないのか「へ〜」と軽い相槌をする。
「すずめ、昔は全然喋んなかったから友達いなくてさ、俺がよく構ってやってたんだ」
と突然大ちゃんは昔の私の事を朱里に教え出した。
幼い頃の私との出来事を次々と話す大ちゃんに、朱里はなんだか鬱陶しそうな顔をしていて、私はというと「朱里は航太くんだけじゃなくハルにも似てるんだなぁ」なんて考えていた。
ハルも朱里みたいに、嫌なことがあるとよく顔に出る。最近のハルは、大人になったせいか隠すのが上手くなったけど。
大ちゃんに対してだけは変わることなく心底嫌そうな顔をするから、もはや因縁なんだろう。
「なんかさぁ」
私がハルのことを考え、大ちゃんが矢継ぎ早に昔の話をしていると、遮るように朱里が声を出した。
朱里に遮られた大ちゃんは話を途中で止め、朱里の次の言葉を待っている。
「……中島って、すずめのことめちゃくちゃ好きだね」
ニヤリと笑った朱里の言葉を聞き、大ちゃんはまるで取り乱したかのように「はっ……は!?そっ、そんな訳ないだろ!!」と声を荒らげ否定した。
朱里の冗談だろうに、そんなに必死に否定しなくても……と少し悲しくなる。
さっきまで楽しそうに話していた大ちゃんは、朱里の言葉で居づらくなったのかそそくさと自分の席の方へ戻って行った。
「ウケる〜!!あいつ、絶対すずめのこと好きだよ!!」
朱里はそう言いながら、なんだかすごく面白い物を見たような顔で笑った。
大ちゃんは幼馴染で友達なんだから私のことを嫌いではないと思うけど、そんなに笑う程の事だろうか。
*
「すずめの兄ちゃん優しい?」
帰り道、朱里に兄弟はいるのかと聞かれハルの存在を伝えると続けて聞かれた。
「すっごく優しいよ!」と笑顔で言えば、朱里は大きく息を吐きながら「いいな〜」と声を漏らした。
話によると、朱里にも歳の離れたお兄さんがいるけど、会えば喧嘩ばかりで仲はあまり良くないらしい。
最近は話もしないそう。
「すずめみたいに、兄妹で仲がいいことなんてあんまりないんじゃない?」
会話の流れで朱里がなんとなく放った言葉。
そういう“普通”は、私にはよく分からない。ハル以外の兄なんて知らないし、私達家族は少し特殊だから。
朧気に覚えている。
家族の中で、私だけが“違う”ということを。
本当の母親は突然私を置いてどこかへ行ってしまった。きっと捨てられたんだろう。
だけど別にいい。お母さんもお父さんも本当の娘みたいに優しくしてくれるし、何より、私を一番に想ってくれるハルと一緒にいられるから。
「え、なにあのイケメン」
話しながら歩いていると、突然朱里が前方に何かを見つけたのか呟いた。
何があるのかと朱里が見つめる方を見てみると、
「……ハル!」
すぐそこにスーツ姿のハルが立っていた。
私を待っていたのか、すぐに目が合い「おかえり」と微笑むハル。
ハルの姿を見たらいても立ってもいられなくて、朱里が隣にいるにも関わらず、普段の勢いのままハルに向かって走り抱きついた。
「ハル、なんでいるの!?」と嬉しい気持ちを隠し切れない笑顔で聞けば、ハルはいつものように私の頭を撫でながら、近くに用があったからと言った。
私に会いに来たわけじゃないのか、とあからさまに落ち込んでいると「友達出来てるじゃん」と言われ、やっと朱里の存在を思い出した。
子供っぽいところを見せてしまいなんだか恥ずかしくて、照れながらハルから離れると「マジで仲良いな……」と朱里が呆気に取られたような顔をして呟く。
「こんにちは、すずの兄の春樹です」
ハルが朱里に向かって大人らしい挨拶をすると、朱里も慌てて挨拶を返した。
「相沢朱里です!丁度お兄さんの話聞いてたんです!てかめっちゃイケメンっすね!?」
「ありがとう」
朱里の脈絡のない素直な感想に、ハルは笑顔で感謝の言葉を返した。
多分あんまり感謝はしてない。
少しの間三人で話していたけど、すぐに「仕事に戻らないと」とハルは行ってしまった。
あっという間だった。
寂しかったけど、ついでとはいえわざわざ仕事の合間に会いに来てくれたことが嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。
ハルがいなくなると、朱里は「……中島、こりゃ無理だわ……」と何故か大ちゃんの名前を出した。
言葉の意味は、私にはよく分からなかった。
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