第7話 赤いリボン

 1番大事なことを失念していた俺はすぐに台所の母に聞きに行った。


「すずの誕生日っていつ?」

 まさかもう4歳になってるとかないよな?と態度は冷静を保っていたが、心は竜巻状態で荒ぶっている。

「あれ、言ってなかったっけ?」

 ぽかんとする母に若干の苛立ちを覚え「聞いてない」と返せば、母はヘラヘラして答えた。


「8月6日、もうすぐだよ」


 その言葉を聞き、内心ほっとする。今日は1日だからあと5日ある。よかった。

 知らない間に4歳になっていたらと思うとゾッとする。不本意だが、こればかりは航太に感謝せざるを得ない。


 安心して振り向けば、航太が薄気味悪い笑顔を浮かべて立っていた。

「……俺のおかげだよなぁ?」

 恩着せがましく微笑む航太を見るとすぐに感謝の気持ちは途絶えた。


「俺が聞かなかったら、ハルはすずめちゃんの誕生日を知らないまま誕生日会を迎えるところだったんだろ?俺のおかげで回避できたんだから、ハルは俺に相応のお礼をするべきだよなぁ?」


 いつもバカみたいなことしか言わない航太が今日は本物のバカみたいだ。


「確かにそうなってたかもしれないけど、そこまで感謝することじゃないだろ」

「なにをぉ!?」

 航太と台所で揉めていると「こんな所でやめなさい!!危ないでしょ!!」と久しぶりに母に叱られた。



 話は戻るが、すずの誕生日はデリケートな問題だ。なぜならその日はすずの母親の命日だから。

 仕事終わりにすずの誕生日ケーキを買い、その帰り道で亡くなった。すずのトラウマを呼び起こしてしまわないよう簡素にしケーキは買わない方がいいのか、それともトラウマを思い出さないほど工夫して楽しませるべきか。


 あれこれ悩んでいると、相変わらず恩着せがましい表情をした航太が「そんな悩むことかぁ?すずめちゃんも1年前のことなんて大して覚えてないだろ」とすずの方を向く。嫌な予感がする。


「すずめちゃん、誕生日なんのケーキが食べたい〜?」

「バカおまえっ……!!」

 デリケートな問題にサラッと触れやがって……!!と航太に腹を立て割と本気で殴ろうとすると、


「ショートケーキ!」


とすずが言った。



「ほらね」とドヤ顔でこちらを見てくる航太。

 悔しいが今日は何度も驚かされる。すずが返事をしたところを見ると、意外にも航太は気に入られているようだ。


「そもそも、誕生日ケーキを買った帰りにお母さんが亡くなったって3歳の子供がちゃんと理解してるわけないだろ?」

 すずに聞こえないよう耳元で小さく言われる。

 母親のことはすずにとってトラウマになっているとばかり思っていたが、確かにそうかもしれない。

 3歳の子供の記憶は淡いのだと、今更気が付いた。



 誕生日当日、すずの要望を聞いてホールのショートケーキを買った。

 昼間に航太が祝いに来たが「家族で過ごすから帰れ」と言ったらすずにプレゼントだけ渡して帰って行った。


 センスのなさそうな航太が何をあげたのかとすずがプレゼントを開封しているところを見ると、塗り絵の冊子だった。

 絵を描くのが好きなすずが結構嬉しそうで、若干の悔しさを感じる。


 俺はというと小さな子供に何をあげたらいいか分からず、結局ケーキ屋の近くにある雑貨屋で見かけた髪留めにした。

 赤いリボンのついた髪留めは子供らしく、小さなすずによく似合いそうに思ったから。


 夜、家族で誕生日を祝っていると父がすずに小包を差し出す。

「すずめちゃんはお絵かきが好きだからね」

 中身は色鉛筆だった。この親父、航太と打ち合わせでもしたのか。


 嬉しそうに笑うすずを見て、仕事もあってすずとあまり接することが出来ていないと常日頃悩んでいた父も頬を緩ませた。隣で母が「よかったね」と笑っている。


 俺はそんな親の様子を見ながらプレゼントを贈るのを躊躇していた。

 その辺の雑貨屋で買った500円程度の髪留めなんて、喜ばないかもしれない。


 好みじゃないかも、そもそも髪留めって……と俺がどうしていいか分からなくなっていると、母がそれに気付いたのか、

「お兄ちゃんもすずめちゃんに何かくれるんだって〜!」

と言い放つ。


「…………」

 無言で抗議の顔を母に向けるが、当人は知らないふりをしている。

 母が余計なことを言うからすずが期待の眼差しで俺を見ていることに気付いた。こうなってしまってはもう渡すしかない。


「……こんな物でごめんな」


 そう言って小さな袋を差し出せば、すずはパッと笑顔になりそれを受け取った。

 そしてすぐに開封し、安い髪留めを取り出し静かに眺める。


「……赤いリボンが似合うかと思って」


 ヤケクソになり、購入する時に思った言葉をそのまま伝える。

 すると、その言葉を聞いたすずの表情が突然固まり、動かなくなってしまった。


 すずの目は、ここではないどこかを見ているようだ。


      *


『すずは赤が似合うねぇ』


『ほんと?にあう?』


『世界一似合うよ〜!』


『えへへぇ』


      *


「…………」


 やはりすずの反応があまりよくない。

 こんな髪留めなんか貰っても嬉しくないか………と髪留めを選んだことを後悔していると、それまで固まっていたすずが動き出し髪留めを母に差し出した。


「……つけてほしいの?」

 母が優しく聞けばすずは首を縦に振る。

 その反応を見た母は髪留めを受け取り、前髪につけてあげる。


「かわいいねぇ」と母が言うとすずは「んふふ」と声を漏らし、途端に俺の方を向いた。


「はる!にあう?」


 俺が選んだ髪留めを付け、目一杯の笑顔を見せるすず。

ーーその姿を見た時、俺の心臓は数秒止まった気がした。


「……似合うよ」

「せかいいち?」

「……あぁ、世界一」

「……えへへっ」


 俺の馬鹿みたいにクサイ言葉を聞いたすずの朗らかな笑みは、容易に俺の胸に突き刺さる。


 こんなに喜ぶなら、もっと堂々と渡せばよかった。

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