第52話 アガスの葛藤


「グォー!」

「グルルル…!」


美しい毛並みのマンティコアであるマティスが相対するのは、緑の結晶で構成されたブラッドタイガー。クリスタルブラッドタイガー…とでも呼ぶべきだろうか?


「ブラッド要素どこやねんって話やけどな」


もしミナトがそこにいたら、みどりいろブラッドとでも言っていただろう。おっと、余計な文を書いてしまった。


「ッ!」


「急に魔物が多くなってきたな………隠れても無駄だぞ」


音速に迫る速さで飛ぶ矢が、洞窟の天井に突き刺さる……失礼、どうやら天井には突き刺さっていなかったようだ。


「キュル…」


ハリムが放った矢は、透明化して天井から奇襲を仕掛けようとしていたクリスタルリーパーに当たったのだ。クリスタルリーパーはドサっと音を立て地面に落ちた。


「それそれそれ!あ、ここクリスタル多めだからこんな技もできますね。クリスタルシャワー!」


「なにそれ、めっちゃええ技やん」


アリサは土属性の魔法が得意であり、岩投げの魔法をよく使う。時々、新たな魔法を発明することもある魔法使いの天才だ。だが、そんな彼女でも魔導国最強のケイカには及ばないという。


「ほんと、この世界って怖いわぁ」


アリサはアガスパーティーが誇る、自慢の魔法使いである。だが、彼女ですらこの世界の圧倒的強者には及ばないことにアガスは恐怖した。ラグナロク最強といい、各国最強には自分たちでは遠く及ばないと。

ただ…


「そなると、ミナトにも負けることになるわな。まあ、仕方ないわ…」


前提条件として、アガスとミナトは友達である。これは間違いない。しかし…事実として、アガスはミナトと彼の仲間たちには遠く及ばない。だからこそ、悩むのだ。


果たして、それは対等な存在なのか。対等な存在でないなら、友達ではないのではないか。


自分は彼の強さを引き立たせるための舞台装置にすぎないのではないか?


彼は、大きく悩む。

それは、彼の持つコンプレックスも大きく関わっている。


「自分、スキル使えへんねんな」


冒険者どころか、ただの農民ですら持っているはずの『スキル』。それを彼は持っていないのだ。それが原因で差別されたことだってある。

もちろん、今の仲間たちはそんなことしないし受け入れてくれているが。ただ、彼の持つ劣等感が消えることはない。


「わからんなぁ…」


彼は人当たりが良く、優しく、誰とでも仲良くなれる天才…まさしく、勇者だ。そんな彼にも、悩みはあった。






「あれー、もう夜だってのにまだアガスたち帰ってきてないんだ。大丈夫かな?」


「うーん…アオちゃんのテレパシーは使えないの?」


「それがさ、全く繋がらないみたいなんだよな。魔物杖の呼び戻しもできないし…」


俺は傷ついた仲間たちを休ませた後、また海を探索…しようとしたんだが、傷が癒えた頃には日が暮れてしまっていたので泣く泣く拠点に戻ってきたのだ。


「ゴシャー!」


おや、アオがファルドと交信することに成功したらしい。なになに…あー、なるほど。


「どうやら彼ら、未知の洞窟を発見したらしくてそれの探索をしてるらしい。結構特殊な洞窟らしいから、そのせいで魔物杖の機能が一部使えないとかそんな感じかな?」


「ねぇ、それって私たちは応援に行かなくて大丈夫なの?」


「ゴシャ」


「大丈夫だと思う…って言ってるわ」


「心配と言えば心配だけど、あんなに仲間モンスターがいるなら確かに平気かもね…」


サフンが苦笑する。まあ、ほぼ軍隊みたいなもんだし…


「とりあえずファルドだけ杖に戻しとこう。なんか、最初は洞窟も広くて中に入れたんだけど途中から通れなくなったらしい。今は洞窟付近で一人寂しく留守番してるとか…」


「すぐに戻してあげなさい」


「うん。いでよファルド!」


魔物杖の力により、ファルドが俺のそばに呼び出された!………すごく涙目だ。


「「「シャ」」」


「よしよし、お前は頑張った。ほら、アクベスだよ」


「!」


「「「シャー…」」」


…今日は添い寝してやろう。うん。







「そろそろ眠たいし、安全な場所で寝たいわぁ…」


「ここら辺の魔物の一掃もしたことだし、もうここで寝ないか?幸い、寝袋は持ってきてある」


「でも寝てる時に魔物が奇襲してきたらどうするんですか?」


「魔物が来てないかどうか確認する見張りを作るんだ。もちろん、一定時間経ったら交代して。これだけの人数がいるのだから、不可能ではないだろう」


「そうやな、そうしよか!ほなハリムよろしく」


「え」


「私も眠くなっちゃった…お願いしますー」

「モヒ」

「キュー」

「グゥ」


「…やれやれ、世話が焼けるな」


「」


「お前は…マレムか。寝ないのか?」


「」


マジックゴーレムのマレムは、コクリと頷いた。ゴーレムは無機物であり、決して眠ることはない。


「そうか。なら……すまないが、俺の代わりに見張りをしてもらえないか?」


マレムはコクリと頷き、了承した。


「そうか、ありがとう。助かった」


そう言い終わると、ハリムは静かに目を閉じ、すぐに夢の世界に入っていった。彼も彼で、やはり苦労してるのだろう。


マレムはハリムにそう同情したあと、すぐに見張りの作業へと入った。本来、ゴーレムに心などないのだが…仲間として活動しているうちに、少しずつ心が芽生えてきている。それを実感しながら、彼は見張りの作業をしていた。

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