第5話

 平静や均衡が破れる日はいつだって唐突です。あの日もそうでした。

 国の近くの島嶼での革命、そして裏切り、我が国の目と鼻の先に敵のミサイルが配置されようとしていました、弾道ミサイルが配備されれば、我が国は喉元に刃を突き付けられたと同義。動揺が走りました。

私は兵器の重鎮として首相に面会する機会を頂きました。

「……我が方の爆撃機は、大陸間弾道ミサイルと合わせ、敵の中枢を破壊できますが……」すべきではない。と率直に意見を伝えました。

「痛みを想像しなければならない。彼らは偶然、地政学上や経済の関係で対立しているだけなのだ。」

 だから、と言葉を続けようとするところを遮って、軍の代表となった彼が語ります。

「いいえ、力強く行きべきです。今なら未だ敵はあの島に大量破壊兵器を用意していない。こちらが先制できましょう。そうすれば、向こうは引くしかなくなる。」

 彼は自信満々に、我々はこの日のために全てを最適化してきました。大量破壊兵器の無限投入。ただそのために最適化されました。敵がもし、それを望むなら名誉の戦死を遂げさせる準備が出来ております……シェルターもこちらの方が多い。そんな相手に仕掛けてくる阿呆は居ない。そう言いました。

 そこからの口論も、私の言葉は弱く、感情的で非理性的で、彼の言葉は強く、論理的で理性的でした。そして、味方が少ないのは議論の場だけではありません。

「ご覧ください!市民による正義の発露です。」

画面の先には婦人国防会、女性退役軍人の会などがずらりと並び、声をあげていました。

「我々は理知的で科学的で論理的で、敵は盲目で非科学的で感情的だ!」

「下らんバカは相手にするな。」

 退役兵士と軍需産業をけん引する女性たち、そのグループが力強く強硬策を口にします。脅せ。このための力だ。という熱がこもった声が画面を経ずともここまで聞こえてきます。

もう誰も、他人を傷つける事の是非は語りません。彼らは満ち足り、更に満ち足りる事を望んでいました。爆弾の投射能力で。

「……それが皆様の自由の使い方なのですね……」会議の終わりに、絶望から来る言葉を空に向けて飛ばした時、彼はそれに「古い理論ですな……女が付属物だった時代の。」と言いました。

「自由とは、それ自体に価値がある。どう使うかではないのです。貴女は人間を勘違いしていらっしゃる。貴女は人とは、自由は、誰かに、何かに尽くすことだとでも言わんばかり話をする。何処かの誰かに会いに行くだのとは、へりくだる概念だ。だが、自由とは違う。」

 その時彼がしたぎらきらとした不浄の輝きをした目を私は生涯忘れないでしょう。その口から答えが解き放たれました。わたしが知らなかったこと。知ることをしなかった事。大いなる錯誤、見にくい思い遣りが……

「自由とは、征服の概念だ。他人に服従を拒否するという支配。その先にあるのは、絶え間ない自分の環境を良くしようというエゴ。敬遠な信仰やら愛国心など判りやすいでしょう。人々がそれを持つのは、自分を幸せになる権利があると証明するアクセサリーがほしいからなのです。自分の都合の悪い何者かを排除する権利を。」

「人は……敬意を知る生き物です。」

 虫の息で私は反論しました。

「敬意とは、優劣の差がつかない均衡状態を生き伸びる知恵であり。自由という征服が滞っている状態に発生する現象なのです。だが、どれだけ取り繕うと人はより自由になりたい。」

「他人の感謝など能力や状況に応じて自分を傷付けず強者にへるくだる、ただそんな現象だというのですか。」

 そうだ。と彼は断言しました。

「金持ちな寝たきり老婆を殺さないのは、美術館の絵画を勝手に写真にとって売らないのは、権利なり報復なりによる支払いという存在が洗面器のゴム蓋のように重力を邪魔しているからであって、蓋がなくなれば人は易きに流れる。蓋の存在を無視してそれが人間の本質というのは……嘲笑に値する。」

 それは、お気持ちと呼ばれるものだ。そう語る彼の目からは古いなき自信が溢れていました。比類なき時代をいきている自信が。

 彼が立ち去った後、私は暫く動くことが出来ませんでした。

 何故ならようやく自分の間違いの根源に辿り着いたからです。自由とはだれかと分かち合うために使うためにあるのではないならば、自由とは何か。その答えを得ました。

 そうだ、そうだったのだ。

 彼等には、行ってみたい街も、あってみたい人も居ないのでした。あったのは、その街を征服し、自分好みに変えたいという征服欲……

 その欲求の正体は?そう、皆、生きているから。私たち知的な生物は、より良く生きようとする存在で、その生命の充足には、他人を踏みにじり、支配することも含まれます。自由というのは臓器なのであります。奴隷の反乱と、貴族の放蕩、相反する姿に見えますが、この臓器の汁が引き起こす同一の現象なのです。弱くあれば卑屈に支配者に従い、強くあれば他人を踏みにじろうとする臓器。……そう。自由とは排他性を吐き出す臓器なのでもあります。そして、私の信じるセンチメンタルな感情は、その臓器の不全にすぎないのです。

つまり、こうです。人は、幸せになる条件が他人を引きずり下ろすことならば、進んで暴虐を実行する。そして、良心の呵責を都合よく忘れるための言葉を容易に紡ぎ出せる。

 そして、あらゆる方向にそれを発展させては、あのガラスの街に行きつき、後退し、また始める。 断固たる大量破壊兵器阻止の作戦が始まったのを知ったのは、そんな事を考えて物思いに耽っていた、そんな時でした。

 空爆。それに対する、無人地帯へのあの爆弾を使った短距離弾道弾の警告。そして、日に日に高まる首相への、「ボタンを一つ押せば解決する。ボタンを押すのは百万人の兵士を考えて動かすのと同一」という声。

 首相は決断しました。

 最後通牒が発せられました。おしまい。終わりが来ました。

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