【 一 】(9 / 25)
君は感覚的に理解していた。
『夢』を観ていると。
あの切迫した状況を放り投げて思い出の中に逃げ込むなど、本来は許されない。
早く起きなければと焦る一方で、どうしたら起きられるのか思い付かなかった。
光源の無い密室に閉じ込められたかのような感覚。
意識はあるのに五感からは何も情報が入ってこない。
そんな絶望的な状況が、ただただ続いていく──。
* * * * *
「──い! おーい、少年! 良い加減目を覚ませ!」
君は誰かに呼ばれた気がした。
すると、さっきまでびくともしなかった君の目はゆっくりと開いていく。
どれほど意識を失っていたのだろうか?
なかなか焦点の定まらない視覚を使って周囲を見渡していく。
だが、無意味だった。
未だ
「やっと起きたか。勢い余って殺めてしまったかと思ってヒヤヒヤしたぞ」
目の前に見知らぬ少女がいた。
いや、正確には『今はまだ知らない少女』だ。
最近、スラム街でも耳にするようになった宗教団体──確か、名前を『クロ:ロス教団』と言っただろうか──の修道服を着ている。
褐色の肌にブロンドの長い髪を靡かせ、慈愛に満ちた二つの碧眼が君を不思議そうに覗き込んでいた。
「呆けているな。やはり、頭を強く打ったか? ん? よく見たら額が腫れ上がっているな。……すまない、私はまだ奇跡を上手く行使出来なくてな。試作段階で申し訳ないが、これで勘弁してくれ」
申し訳なさそうな表情を見せながら、彼女は君の前に腰を下ろし、肩掛けのリュックから棘の生えた蔦のような葉っぱと白い布を取り出す。
続けて、慣れた手付きで葉っぱを剥いて中の瑞々しい透明な葉肉を剥き出しにした。
驚いている君を他所に、彼女は君の額に葉肉を押し付けた後、白い布を巻き付けて頭部に固定する。
「少し染みるかもしれないが、患部の腫れと炎症を抑えて治癒力を高める効果がある葉だ。今日一日付けておけばすぐ良くなるだろう」
驚きっぱなしの君は何も発する事が出来ず、ただただ小さく頷いた。
それでも彼女は満足そうに頷き返すと、立ち上がる。
「背後を取られて不覚にも条件反射で迎撃してしまった。それに関しては申し訳ない。……出来ることなら、こんな追い剥ぎまがいな事は止めろと言ってやりたいが、少年もやりたくてやっている訳ではないのだろう?」
君は肯定も否定も出来ずに俯く。
彼女はそれを肯定と捉えたのか、更に続ける。
「悔しいが、私は少年の代わりになってやる事は出来ない。君を導く事も出来ない。今の私は、決められた道を進む事しか許されていないからな」
一人語る彼女が見せた笑みは、何処か物悲しい雰囲気を纏っていた。
相変わらず君は何も答えられないまま。ただ彼女の顔を見つめている。
「正直、少年が羨ましいよ。嫉妬心すら覚える。それぐらい、少年はまだ可能性を秘めている」
彼女は徐に手を動かし、君の頭を数回撫でた。
「諦めるなよ。例えどんな状況に追い込まれたとしても。生きてさえいれば、まだ可能性はある。私には、もう──」
彼女がまだ話終わらない内に君の視界が歪み、闇に溶けていく。
頭を撫でられている感触も、聞き馴染みの良い声も、森林の奥地にいるかのような草の匂いも、全て闇に呑まれて消えていった。
* * * * *
「──ぅっ!」
君は急な息苦しさに、意識を取り戻す。
どれだけの間気絶していたのか、薄暗い洞窟内では判断出来なかった。
見覚えのある高い天井が見えるので、恐らく広場だとは思うが。
(……いや待て、広場? 研究室じゃ、ない? いやいや、それよりも──)
君は全ての思考を中断して、君に馬乗りになっている人物に注目する。
「君は……? いや、まさか──」
最初、君は目の前の人物が誰か解らなかった。
それほどまでに、印象が変わっていたのだ。
褐色の肌は濃さを増し、ブロンドの短い髪は全て白く変色している。
薄暗い洞窟内にあっても妖しく輝く血の様な紅い両眼に邪悪な笑み。
肌けた胸元で妖しく輝く黒紫色の結晶。
何から何まで違っていたが、服装や体の輪郭のお陰で辛うじて誰であるのか理解出来ていた。いや、出来てしまった。
君が主人として慕い、生涯を掛けて平穏な暮らしをしてもらおうと尽力してきた存在。
その日、黒き血染めの聖女・レヴィは人の領域を完全に超越した。
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