【 一 】(5 / 25)

 レヴィの振り下ろしたメイスはゴブリンキングの胸部を捉え、瘴石ごと打ち砕いた。

 その衝撃の凄まじさたるや、君を含めた周囲の全てを、広場の隅に吹き飛ばさんとする程だ。


 瘴石を失ったゴブリンキングは動かなくなり、瞬く間に形を失っていく。


「やっぱり、あの巨大な瘴石が中核を担ってたのか。さすがウェイクだね」


 いつ間にか君の隣に立っていたレックスが、ロングソードを背中の鞘に収めながら声を掛けてきた。


「いや、姐さんや旦那が注意を引きつけてくれたおかげ──」


 君がレックスにお礼を言おうとしたのと同時に、周囲の変化を感じ取る。

 瘴気が、重苦しい空気が、広場の中心へと集まっていく。

 吸い込まれるように中心で渦を巻き、凝縮されて小さな球体を形作る。


「……」


 球体の前に立っていたレヴィは何も語らず、球体を眺めていた。

 見惚れているのか、或いは警戒しているのか。

 黒い血で汚れた顔からは、感情を読み取る事が出来ない。


「……」


 彼女は手にしていたメイスを徐に振り上げると、球体に向かって振り下ろした。

 乾いた短い破裂音と共に球体は霧散する。

 形を失った瘴気は、レヴィの身体をなぞる様に──あるいは塗り替える様に──流れていった後、静かに消えていく。

 後に残ったのは、全身を黒い血で染め上げた聖女と、足下に転がる人型の黒い塊だけだった。

 洞窟内を占めていた瘴気の気配は薄れ、重苦しい雰囲気も消え失せていく。


「……姐さん、大丈夫っすか?」


 君はレヴィに近付きながら声を掛ける。


「…………」


 返事がない。ただの屍の様に。


「姐さん!」

「むっ⁉︎ あ、あぁ、ウェイクか。……すまない、少し呆けていたようだ」


 必死の呼び掛けのおかげか、レヴィはやっと反応を示して君の方に向き直った。

 顔にも黒い血が大量に掛かっていて、片目を閉じている。


「姐さ──」

「レヴィ、体調は?」


 いつの間にか君の隣に来ていたレックスが、割り込む形で問い掛ける。


「あぁ……、問題ない」


 何かを確認するように体を動かしたレヴィは、いつもの調子で答えた。

 先程までの不安定な様子は、既に鳴りを潜めている。

 だからと言って、君の不安が解消されるような事はないが。

 ひとまず君は、顔を拭く用の布をレヴィに手渡した。


「そっかそっか。まぁ近々『みそぎ』の時だ。無理はしないでくれよ?」


 レヴィの返答に満面の笑みを浮かべたレックスは、すぐさま真剣な表情に戻ると、足元に仰向けに倒れている人型の黒い塊を指差した。


「さて、では次に『コレ』についてだけど──」

「人、……なんすよね?」


 黒一色に染め上げられている『人型の物体』。

 少し観察しただけでは、人間である事を証明するのは難しそうだった。


「恐らくは、ね。……ん? これは──」


 レックスは答えながら人型の塊に着いていた首輪のような物に触れようとする

 黒い塊は音もなく人の形を失い、塵となって消えていった。

 後には首輪のような物だけが残る。

 黒く染め上げられたベルトの中心で鈍く輝く暗青色あんせいしょくの結晶が、人の領域外のことわりを暗示しているかのようだ。

 視界に入っただけで、君が微かな嫌悪感を覚えたのは言うまでもない。


「へぇ……。藍晶石カイヤナイトか」


 レックスは躊躇なく拾い上げると、まじまじと観察し始めた。

 鉱石に疎い君にはどれほどの価値があるのか興味が沸くところではあるが、それよりもまず安全性の方が優先される。


「だ、旦那。触って大丈夫なんすか? 何かヤバイ呪いとかあるかもしれないっすよ?」

「ハハハ。そうだとしたら怖い話だけど、この首輪からはそんな不可思議な気配は感じないから安心してくれ」

「ほ、本当っすかぁ?」


 ひとしきり観察した後、レックスは首輪を懐にしまう。


「この首輪は教団への報告用に回収させてもらうよ。お疲れ様、これで依頼は一旦終了──」

「レックス」


 レヴィの遮るような声に、レックスだけでなく君も顔を向ける。

 疲労が色濃く反映されている表情からは、一切の思考を読み取る事も出来ない。


「ん? どうしたんだい、レヴィ」


 不思議そうに問い掛けるレックスに回答しようと口を開き、


「……いや、何でもない。帰るとしよう」


 声に出す事なく、君に布を返してから、少々頼りない足取りで洞窟の入り口へと歩いていく。


「あ、姐さん! 待って下さい!」


 レヴィの不自然な足取りに、何かの異変を察知した君は、足早に彼女の後を追う。


「姐さん。肩、貸しましょうか?」

「必要ない」

「じゃあ、おんぶしましょうか? 姐さん、意外と軽いんで、余裕っすよ?」

「『意外』は余計だ、馬鹿者」

「おっと、すんません。じゃあこんなのは──」


 その後も、君は様々な提案をし続けた。

 話した感じ、君はレヴィの状態を『ただの疲労』と判断する。

 もちろん、安心したわけではないが、ひとまずは様子を観るしかない。


 そうこうしている内に、洞窟の出口に辿り着く。

 黄昏に染まった空を背景に、君達は帰路に就いた。


 洞窟内でのレヴィの様子に一抹の不安を覚えつつも、今はただ、彼女の様子を見ながら歩く事に集中するしかなかった。

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