第30話 反撃
魔導士たちの監視付きで離宮に通された。
「ジュリア将軍!」
応対にでてきたのは、クロードだ。
「殿下!」
「非常時だ。かしこまらなくて構わない」
「両陛下は?」
「……心労で倒れられ、休んでいる」
「そうでしたか」
クロードは平時と変わらぬにこやかな笑みを浮かべているが、隠しきれぬ疲労が表情のそこかしこに現れていた。それでも心配をかけまいとしようとする皇族としての矜持に希望が見出せたし、命に代えても守り抜かねばならないという決意を新たにさせた。
「将軍。ギルフォードのこと聞いた。残念だが」
どうすれば皇太子にギルフォードが生きていることを伝えられるだろう。
――はじめてお会いした際、良きことがあれば笑え、と殿下はギルに言っていたわよね。
これでどこまで通じるかどうかは分からない。ジュリアは、無礼を承知の上でクロードの両手を握る。
「将軍……?」
「ギルの御霊はきっと、私たちをいつでも見守ってくれるはずです。この瞬間も、きっと」
クロードに笑いかけながら告げた。
突然の笑顔に虚を突かれたような顔をしたクロードだが、何かを察したように、すぐに応じるように唇をほころばせる。
「……そうだな。どこかで見守ってくれている。将軍の言う通りかもしれないな」
「左様でございます。私たちが忘れぬ限り」
「ギルフォードについて語らいたい」
「ご安心ください。今すぐにでも」
刹那、ジュリアは動く。背後にいた魔導士の首筋めがけ蹴りを見舞った一発で魔導士は白目を剥いて倒れた。
「き、貴様!」
もう一人の魔導士が魔力を練る。
遅い。
ジュリアはその腹に一発叩き込んだ。
「……さすがは将軍、と言うべきか。剣だけでなく打撃も行けるとは」
「士官学校では剣と同時に、格闘術を習いますので」
ジュリアたちは手早く魔導士たちを拘束した。相手は魔導士。拘束しただけでは意味がないだろうが、仕方ない。
「殿下、こちらのほう、お任せしても?」
「構わない。将軍は?」
「武器庫で盛大な花火を打ち上げます。ギルに対して」
「両陛下のことは任せてくれ。それからこれを」
クロードは腰に帯びていた剣を渡される。
「名物ではないが、何もないよりはましだろう」
「ありがとうございます、殿下」
ジュリアはクロードから聞いた武器庫の場所へ向かう。そこにも見張りがいたが、索敵魔法が存在することで油断しているのだろう。隙だらけ。夜陰に紛れ、急襲する。
魔導士といえど肉弾戦なら、ジュリアに利がある。
二人を速やかに処理し、潜入する。火薬の入った袋の口を開け、それを外まで落としていく。そして火薬に火をつければ、導火線代わりだ。
大爆発が起こり、武器庫が吹き飛ぶと廊下に、外へ通じる大穴が空いた。
騒ぎを駆けつけ、魔導士たちがやってくる。
――大佐の術式がどこまで通用するか……!
魔導士たちが腕を振るうと、風の刃がジュリアめがけて襲いかかる。
ジュリアは渾身の力で風の刃めがけ剣を振るえば、風の刃は真っ二つに裂け、雲散霧消した。
物理で魔法が消えたことで、魔導士たちの顔が驚愕に歪む。
懐に飛び込むと、魔導士たちを斬り伏せた。
「こいつ、何なんだ!」
「魔導士でもないくせに!」
彼らは動揺するあまり、即座に魔法を繰り出すという当然するべきことを忘れた。
ジュリアはその間隙を逃さず、無力化していった。
中には戦場で見知った顔の魔導士もいた。しかしマクシミリアンに同調し、皇族を軟禁した時点で全員、謀反人だ。
乱れた息を整え、さらに暴れてやろうと辺りを見回したその時、足元から水が噴き出す。
「!?」
素早く後ろに下がろうとするが、その水がまるで意思でも持っているように追尾してきたかと思えば、足に絡みつく。
剣で断ち切るが、地面から触手のごとく湧きあがる水は絶え間なく、たちまちジュリアを絡め取る。
首から下が水柱に閉じ込められ、身動きを封じられてしまう。
「魔導士でもないのに魔法を断ち切れるなんて、ずいぶん器用な真似をなさるのね。将軍」
「ユピノアさん!?」
ユピノアは魔導士たちを従え、姿を見せる。
――彼女もマクシミリアンの同調者だったのね。
「ギルフォード様の仇をここで討つわ」
「ギルを殺したのは、マクシミリアンよ!?」
「黙りなさい! あんたみたいな女と関わってしまったがために、ギルフォード様は正気を失われた……そう、私を捨てるという過ちを犯した時のように!
ユピノアの中で、ジュリアこそ絶対的な悪であるという構図が出来上がっているらしい。
「死ねっ!」
ユピノアは憎悪に顔を歪めた。水柱が、ジュリアの顔を包み込む。
息苦しさに身悶えるが、どれほど暴れようとも逃れられない。
――ぎ、ギル……。
こらえられず、口を開けば、肺の中の空気が泡となって逃げ、酸欠のせいで頭の中が真っ白になる。
手足が痺れ、感覚がなくなる。
だが突然、水柱が消失し、ジュリアの地面に叩きつけられる直前、逞しい腕に優しく抱き留められた。
「すまない、遅くなった」
「……ぎ、る」
ギルフォードは敵意を秘めた金色の眼差しで、ユピノアたちを睨み付けた。
ジュリアは、ギルフォードにゆっくり地面に下ろされる。
「ここで待っていろ」
「ギルフォード様! ああ、生きていらっしゃったのね! 私、感動ですわ! あぁ!」
ユピノアは涙ぐみ、大きい身振りで喜ぶ。
「あいかわらず煩わしい女だ」
「え……」
「ユピノア様、お下がり下さい!」
ユピノアに従っていた魔導士たちが次々と風と土の属性攻撃をしかけるが、ギルフォードはそれを防御魔法であっさりと弾く。
周囲にこぶし大の氷の塊を出現させるや、それを目にも留まらぬ速さで魔導士たちめがけ打ち込む。彼らも防御魔法でそれを遮ろうとするが、無数に終わることなく打ち込まれ続ける氷塊に、防御魔法が先に限界を迎えて破壊される。
剥き出しの全身に氷塊を打ち込まれた魔導士たちは血だまりに倒れた。
「あんな女が大切なのですか! 私なんかよりっ!?」
「当然だ。金塊と土塊、お前にだってどちらの価値があるかは分かるだろう」
「っ!!」
ユピノアは水を鞭のように撓らせ、ギルフォードめがけとばす。しかしその水で編み上げた鞭の行く先は、ギルフォードの背後。ジュリアだ。
しかし鞭はジュリアには届かなかった。ギルフォードの肩口を掠めた刹那、ギルフォードに掴まれたのだ。そして掴んだ先から、水の鞭は凍り付いていく。
バキン、とギルフォードは鞭をへし折った。
ユピノアは顔を青ざめさせ、後退る。
「ど、どうして、そんな女をかばうのですか!? あなたを誑かした女狐なんかを! 私のほうがあなたに寄り添えるのに、あなたと同じ魔導士なのに!」
「俺はジュリアを愛している。それだけだ」
ギルホーフォドが立っている場所を中心に急速に地面に霜が降り、凍り付く。
ユピノアの足が凍り付き、「いや、いや、いやあああああ!」と絶叫しながら、たちまちユピノアは氷の中に閉じ込められてしまった。
ギルフォードはすぐに興味を無くしたように、ジュリアのもとに戻る。
「……ユピアのさんは、死んだの?」
「あの程度で魔導士は死なない。身動きを封じただけだ。殺しはしない。このクーデターを鎮めたあとは、きっちり罪を償って貰う」
ギルフォードはジュリアに回復魔法をかけてくれる。
「あ、ありがとう……」
「陛下たちは」
「皇太子殿下が動いているから、どこかに身を潜められてるはずよ」
「そうか。ここは俺に任せて、お前は離れろ」
「冗談はやめて――」
次の瞬間、炎魔法が跳んでくるのをギルフォードが防御魔法で退ける。
魔導士たちがジュリアたちを取り囲む。そのあとに悠然と近づいてきたのは、マクシミリアン。
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