第5話 ラビリンス・ストロベリー
5-1 日常
◆◆◆
「ガールズ・ドロップ・シンドロームは結局何なのか?」
オカルト研究会の部室にて。
「随分今更だねぇ。もう
「はい。定義というか、それそのもののことはわかっているんですが……」
いつものようにニコリと微笑んで語る香葡先輩に、私はどう言ったものかと眉を寄せる。
狭いソファに並んで座りながら、二人して温かいお茶を啜る。
部室に置かれている電気ケトルは、寒くなり始めた頃に香葡先輩が持ち込んだものだ。
温かいもの飲んでゆっくりしたいね、と。それ以降最近は、お茶を飲みながら喋りをするのが私たちの日課だ。
「そもそもの話と言いますか。その異能力はどういうもので、一体どこから、どういう理屈で体に宿るものなのかと。ふと、思いまして」
「あ〜。つまり、超能力とか魔法とか、とういう特殊な力の分類が知りたいってことだね? そして何故、それが使えるようになるのか」
「そうですね。はい、そういうことです」
理解のいい香葡先輩は、そう頷くとうーんと口を窄めた。
噂話や都市伝説に詳しく、そしてこの学校特有のガールズ・ドロップ・シンドロームに詳しい先輩。
そんな香葡先輩ならその起源というか、何がどうなっているかも知っているのかと思ったんだけれど。
意外にも先輩は、明確なものを持っているわけではなさそうだった。
「先に答えると、私も知らないんだ。というか、多分誰も知らないんじゃないかな。そういう込み入ったところは、噂には全く出てこないし」
「でも噂になるくらいですから、ある程度根拠というか、きっかけがあったんじゃないでしょうか。火のないところに煙は立たないというか……」
「どうだろうねぇ。噂話なんて、つまるところなんのアテにもならないものだからなぁ」
いまいち納得できないでいる私に、香葡先輩はそう笑う。
「ただ傾向としては、魔法っていうよりは超能力の方がぽい気がするかな。謎パワーで法則を超えるというよりは、あくまでその人の性質の延長っていうかさ」
「……?」
「私が思うにね、ガールズ・ドロップ・シンドロームの異能力は、確かに怪奇で人智を越えていると思うことがあるけれどさ。言っちゃえば、理屈で説明できちゃったりすると思うんだよね。ちょっと特異で、例外的でもさ」
首を傾げる私を面白そうに見ながら、香葡先輩はそんなことを言う。
私はただ、ポカンとして聞き続けることしかできなかった。
「例えば、人の心を操る能力だとして。それは、簡単に人を引き寄せて先導する強いカリスマの結果、とかね。体の大きさを変える能力だったら、雰囲気や印象の変化での錯覚かな。すごく力が強くなる能力だったら、極めた肉体がリミッターを外しやすくなっていたり。透明になるような力なら、影の薄さや存在感のなさが突き詰められた結果とか。例えばだけどさ、そういうふうに考えられると思うんだよね」
香葡先輩がつらつらと語るその言葉に、私はわかるようなわからないような、微妙な顔しかできなかった。
つまり特殊な力、異能力だと思ってはいるけれど、その本質はその人の内面や肉体の特徴が顕著になっただけの、ごく当たり前の現象だと、そういうこと……?
「言っちゃえば、そう思い込んでるだけの気のせい、なんてことにもできるかも。まぁそうは言ったって、私たちは今までいくつか、常識じゃ考えられないようなものを知っているわけだし。やっぱり異能力は異能力だと思うんだけどね」
「えっと、つまりどういうことなんでしょう……」
「うーんとね。ガールズ・ドロップ・シンドロームの異能力はさ、異能に拾われるなんて言い方はしてるけど、誰かに与えられたり、押し付けられたものじゃないんじゃないかって、思うんだよ。特別な力を得たわけじゃない」
香葡先輩は自分の頬を人差し指でふにっと押さえ、少し考えるようにする。
「その人の内側から沸いてくる、強い想いが。つまり、叶わぬ恋に思い悩むその心が。自分の中にある何かを目覚めさせている。私にはそんな気がするね」
「自分の中にある、もの……」
「好きな人のことを想って、でも叶うべくもないと理解して。けれど諦めきれなくて。そういった行き場のない想いや、相手を愛する強い情念が、女の子に奇跡を起こさせるんじゃないかなぁ」
そう言ってしかし、「噂話なんだから明確な答えはないよ」と笑う香葡先輩。
ちょっと難しい話だったけれど、少しは理解できた気がした。
だからこそその異能力は、想いを寄せる相手の願いにまつわるものになるんだ。
相手のことを強く想うから。叶う恋よりも、きっと強く。相手のことを考えるから。
「あとね、私が思うに。今となっては、この噂が出回っているからっていうのもあると思うよ」
「どういうことですか?」
「女子高生なんて思春期真っ盛りだからね〜。恋バナだったり、スピリチュアルなことだったり、みんな大好きでしょ? それに一番、感化されやすいお年頃。だから噂話を知っている子は、自分の状況をそれに当て嵌めちゃうわけだよ。私はガールズ・ドロップ・シンドロームになっちゃった、もしくはなっちゃうかもってね」
知っていると知っていないとでは、まるで違う。
体の不調に気付かなくても、自分が罹っている病名を知った途端に具合が悪くなるみたいに。
ガールズ・ドロップ・シンドロームというもの存在を知ることで、自らの状況と当て嵌め、異能力が現れることを意識してしまう。あるいは自覚してしまう。そういうこと。
私が少しずつ納得していくのを見て、香葡先輩は楽しそうに笑みを浮かべた。
「不思議だよねぇ。摩訶不思議だ。異能力とか、超常的な現象とか、普通は信じられないけどさ。でも結局それは、年頃の女の子の拗らせた恋の病だっていえば、不思議とちょっと納得できたり?」
「少し暴論のような気もしますが、まぁ言いたいことはわかります」
私が控えめにそう言うと、香葡先輩は厳しいなと笑う。
一口お茶を啜って、小さく息を吐いた。
「叶わぬ恋に堕ちたとしても、みんながみんなガールズ・ドロップ・シンドロームに罹るわけじゃない。そういう子は大抵、何か重いものを抱えて、深いところに堕ちちゃってる。でもだからこそ、その恋は濃く、甘く、そして儚い。そういうところに異能力は芽生えるんじゃないかな」
「結局香葡先輩は、そういう濃い体験をしている人の恋バナが聞きたいだけって、そんな風に聞こえますけど?」
「別にそんなことは言ってないよぉ。柑夏ちゃん、それは言葉の裏を読みすぎだぞー」
私の指摘に唇を尖らせながら、けれど大きくは否定しない香葡先輩。
オカルト研究会のここのところの活動は、主に香葡先輩の恋バナ好きから始まっていることは言うまでもない。
異能力や難しい恋に悩む人たちへの手助けは、言ってしまえばついでのようなものだ。
流石にそんな野次馬根性みたいなものは表に出せないから、あくまで困りごとの相談を受けるという体にしているけれど。
「でも、そうですね。少しは納得できた気がします。思っていたよりは、説得力のようなものがありました。ありがとうございます」
「なんだよー聞いておいて。ちょっとその言い方引っかかりますよぉ?」
私としては素直にお礼を言ったつもりだったけれど、香葡先輩はブスッと頬を膨らませた。
本気ではないだろうけれど、ジトっとした目でこちらを見てくる。
「いえ、香葡先輩なら何か知っているかなと思いつつ、元が噂話なので何も得られるものはないかもと、両方思っていただけで。別に他意はありません」
「あー! 私のこと信じてくれてなかったんだぁー! 柑夏ちゃんひどーい!」
「そ、そうじゃありませんって……」
香葡先輩はそう言って拗ねて、プイと反対側を向いてしまった。
慌ててフォローしようとするも、先輩は子供みたいに聞こえないふりをするのでどうにもならない。
しばらく私がオロオロしていると、香葡先輩はもう満足したのか笑顔に戻ってこちらに向き直ってきた。
「なーんてね、冗談だよ。柑夏ちゃんが私のこと大好きでしょーがないのは、よく知ってるもんねっ!」
「もう、人が悪いです……」
「んー? 違うのかなぁ?」
楽しそうにニコニコとする香葡先輩に、私の方が拗ねたくなった。
先輩はいつだって私に優しくて可愛がってくれるけれど、たまにこうやって意地悪をする。
でもそんな時の笑顔はとびきり輝いていて、私もわかって乗っかってしまうんだけれど。
「はい。私は香葡先輩が好きですよ。大好きです。とっても、とっても」
「うん、ありがとっ! 私も大好きだよ、柑夏ちゃん」
そう朗らかに返されて、心がちくちくと痛む。
嬉しいのに、苦しくもあって。
普段はそこまで気にしないのに。あんな話をしたからだろうか。
それとも今日が、二月十四日だから、だろうか。
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