2-3 逆転の構図

 二日後の日曜日、その昼過ぎごろのこと。

 私は学校近くの公園へとやって来た。


 私はあまり訪れたことのないところだった。

 そこまで大きくはない公園だけれど、半面のバスケットコートとゴールが一つある。

 バスケットボールの個人練習をするには、最低限のものはある環境だった。


 何故わざわざ休日に学校近くのこの場所まで来たのかといえば、それは個人練習をしているという児島さんに会うためだ。

 もう少し彼女の話を聞きたいからまた会うタイミングを作って欲しいと、そう春日部さんに連絡をしたら、じゃあ日曜日に公園に行こうということになった。

 バスケットボール部は日曜に練習がないらしく、児島さんはいつもここで個人練習をしてるらしい。


 私が公園に着くと、バスケットボールをポンポンとつく音が響いていた。

 半面コートの方を見てみれば、うちの高校のジャージ姿の女子が二人、バスケットボールに興じていた。

 一人はもちろん児島さん。その相手は、まさかの春日部さんだった。

 運動なんてするように見えない。案の定というか、腰の入っていないディフェンスをしていた彼女は児島さんに簡単に抜かれ、シュートを決められていた。


「あ、カンちゃん来た来た! おーい! こっちこっち〜」


 地面に座り込んでぜーはーと荒い息を吐きながら、私に気がついた春日部さんが大きな声を出して手を振ってきた。

 大して動いていなさそうなのに大汗をかいている彼女に対し、俊敏にディフェンスをかわしていた児島さんはまるで疲れを見せていない。

 私を見つけると、小さく手を上げる軽い挨拶をした。


「こんにちは」


 ややぎこちなく挨拶を返しつつ、二人の服装を見て少し居心地の悪さを感じた。

 個人練習をする児島さんはともかく、春日部さんもジャージで来るとは思わなかった。

 普通に私服で、シャツとジーンズで来てしまった私が、なんだかとても場違いな感じだ。

 だからといって私もバスケットボールに興じるつもりはないけれど、なんだか空気が読めていないみたいで嫌だった。


「カンちゃん来たしちょっとキューケー! 疲れたぁ〜!」

「しょーがないなぁ。もう、これだから帰宅部は」


 ギャーギャーと騒ぐ春日部さんに児島さんは溜息をついて、私たちはコート脇のベンチへと移動した。

 息一つ乱れていない児島さんの横で、春日部さんはあらかじめ買っていたであろうスポーツドリンクをガブガブ飲んでいる。

 そんなにへこたれるなら、慣れないスポーツなんてやらなきゃいいのに。


「悪いね、休日に来させて」


 少しして、児島さんはぶっきらぼうながらも私にそう言った。


「ううん。もう少し話を聞いてみたかったし。まぁ、まだ力になれるかはわからないけど」

「それはその、ありがと。多分もう少ししたらあの子、来るから」


 少し照れくさそうにしながら児島さんは言う。

 実のところはそれこそが今日の本命みたいなもの。

 わざわざ休日にこんなところまで来た理由だ。


 児島さんが恋をしたというくだんの小学生もまた、日曜日はここにバスケットボールをしに来るという。

 どうせならその子にも会ってみて、状況をより詳しく把握しようという、これは春日部さんの提案だ。


 ガールズ・ドロップ・シンドロームに悩む人たちの相談を受けるにあたって、その恋愛対象に関わることはマストではないけれど、今回の場合は確かにその方が現状の理解が深まるように思えた。

 知らない人に、しかも小学生に会うというのは気が引けたけれど、香葡かほ先輩にやってみると言った手前、こんなところでへこたれるのも格好悪い。


「毎週水曜と日曜はうちの部活練習がないから、私はここで練習してるんだけど。あの子もよくこの公園に来るから、週に二回は一緒にバスケをやるっていうのがもう習慣化しててね」


 どうやらその子も、小学校でバスケットボールのクラブに入っているらしい。

 今年に入って、その身長の高さから友達に誘われて始めたらしいけれど、経験は全くなかった。

 だから個人練習をしようと公園に来たところで、バスケットボールをしている児嶋さんに出会って。

 そこで、一緒に練習をしてバスケットボールを教えることになったとか。


「あ、いたいた! お姉さーん! やっほ〜!」


 そんな簡単な事情を聞いていると、公園の入り口からやたらと元気な声が飛んできた。

 女子が一人、ドタドタと勢いよくこちらへと駆け込んでくる。


甜瓜てんかお姉さん、今日もいた〜! あれ、お友達も一緒?」


 私たちのいるベンチまで勢いよくやって来たその子は、ありあまる元気を爆発させるような笑顔で言った。

 確かに大きい。立ち上がって比べるまでもなく、私より身長が高いとわかる。

 小学生女子にしては体格もしっかりしているし、おまけに胸まで割とある。私よりあるかもしれない。

 紹介されなくたって、この子が例の小学生だとわかった。


「いるよ、小鞠こまりちゃん。この二人は私の学校の友達。私が練習してるの見に来たんだって」

「そうなんだぁ〜。えっと、大野おおの 小鞠こまりです。よろしくお願いします!」


 児島さんが簡単に私たちを紹介すると、その小学生────大野 小鞠さんはニッコリと笑って丁寧にお辞儀をした。

 溌剌としているけれど落ち着きもあって、見た目も相まって確かに大人っぽく見える。

 ただこの人見知りを全くしなさそうな性格は、まさしく子供っぽくもある。


「ほらお姉さん、早く練習しよ? 苺花いちかさんと柑夏かんなさん、だよね? 四人でする?」

「いんやー、アタシはちょっとパス〜。もうヘトヘトでぇ」

「わ、私もいい。見てる」


 私と春日部さんが断ると、じゃあと言って大野さんは児島さんの手を取ってぐいっと引き起こした。

 その元気いっぱいの動作に勢い余った児島さんは、立ち上がりざまに少しつんのめって。

 そんなよろけた彼女を、大野さんはその大きな体でガチっと抱きしめて受け止めた。


 顔を見なくてもわかる。児島さんは耳まで真っ赤になっていた。

 高校生と小学生。けれど、見た目と構図は完全に逆転していて、児島さんは大野さんの抱擁力にすっぽり飲み込まれている。

 こういうところに彼女はやられてしまっているんだろう。


「もう危ないでしょ! 慌てない!」

「ごめんごめん。でもちゃーんと受け止めたでしょ?」

「そ、そういう問題じゃなくて……!」


 年上らしくちゃんと叱りつつも動揺が見え隠れする児島さんと、素直だけれど余裕を見せる大野さん。

 二人はそんなやりとりをしながら半面コートに入り、やがて練習を始めた。


 かなり小柄な児島さんがバスケットボール?と思ったけれど、彼女が担っているのは主にシューティングガードというポジションらしい。

 俊敏な機動力が求められるらしく、小柄の方が有利な場面が多いとのこと。

 対する大野さんは、多分センターというポジションなんだろう。

 身長の高さ、身体の大きさを生かして守備を固くしたり、パワープレイな攻撃をする役割らしい。


 二人は体格からしてチグハグしているけれど、それぞれのポジションの練習としては案外相性がいいのかもしれない。

 まだまだ不慣れとはいえ、高校生目線でも大きく見える大野さんをするっと抜いて見せるあたり、児島さんは優秀な方の選手なのかもしれない。


「あの小鞠ちゃん、話には聞いてたけど実物は本当に大人っぽいねぇ。言われなきゃ、普通に同世代だと思うよぉ」


 そんな二人の練習を眺めながら、春日部さんは言った。

 まだ肌寒いこの季節でも半袖短パン姿の大野さんは、その辺り子供ぽくはあるけれど、そこから伸びる長い手足は大人さながら。

 長い髪をお団子にまとめ上げているそのうなじなんかも、子供とは思ない色気が漂っている。

 おまけに顔がとても整っているから、余計に大人びて見えて。

 誰が彼女を小学生だと思うだろう。


 正直話を聞いただけでは半信半疑の部分はあった。

 いくら発育が良くても、大人や高校生に見紛うような小学生なんていないだろうと。

 自分の目でこうして見ないことには、児島さんの状況を正しく把握することはできなかった。


「今日は付き合わせちゃって、ごめん。日曜なのに」

「え? そんなの全然良いって〜。てんてんは、アタシの友達だからね」


 春日部さんは別に今日、一緒に来てくれる必要はなかった。

 でも彼女がいることで、児島さんやそれに大野さんとの居心地の悪さが緩和されることは確かだった。

 そこは素直に受け入れる他ない。私の言葉に春日部さんは気前良さそうにニカッと笑う。


「もちろん、カンちゃんはずっと友達だけどねっ!」

「は、はぁ……」


 とはいえ、彼女の勢いには未だ私慣れない。

 そのぐいぐいとくる言葉に、私は碌な返答をすることができなかった。

 でもまぁ春日部さんとはこんな感じでいいだろう。


 そんなぎこちない会話をしながら、しばらくの間私たちは、キャッキャと楽しそうに練習をする二人を眺めた。

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