第3話 行ってらっしゃい。新天地へ(人による)
『出世ですね。おめでとうございます。』
「嫌味だな。わかって言ってるだろう。」
昇進と異動の辞令を受け取ったヤクモは、まだ何も無い士官宿舎に帰ると、玄関前で少し冷えたデリバリーを温め直しながら備え付けの情報端末で通話をしていた。
『『『別に心配してなかったけど、まぁ、無事で良かったよ。』』』
そうやって、それなりの付き合いのある先輩、同僚、後輩に口を揃えて言われたのには一言返したいヤクモではあったが、祝いと応援と言う建前では何も言ち返せない。…まぁ、ともかく久々の知った顔同士。それなりに上司の愚痴や私生活を含めた雑談に花を咲かせていた。
「あと2年。いや、粘って3年は中尉でのんびりする予定だったのに。」
『いやいや、高級幹部の登竜門を出てから5年も尉官のままってのはどうなのよ?』
「それでも、士官学校だけ出てる人間よりは早いぞ。」
『ボクが抜いちゃいますよ?いいんです?後輩に顎で使われても?』
「特に何も無いなぁ。優秀な後輩で嬉しいよ。今回の昇進も代わってほしいぐらいだ。」
食うため。金を貯めるため。それなりに自分にあっている仕事をするために軍隊に入ったヤクモとして別に後輩に抜かれようが、他所で権力争いしようが気にもしない。『特別な能力』を持っていても、誰かのために使わなければいけない訳でもない。要は自分が巻き込まれて被害を受けなければいい。
なんとも、俗っぽい思考ではあるが、ヤクモとして恥じるつもりもない。その辺をそれなりに知っている通話相手たちは肩をすくめ、息を吐くが気を悪くしている様子は全くない。
こんな男ではあってもする事はする。やることはやると知っているからだろうか。
『それで?次の任地は?』
「中央。」
『本部勤務か。そんなに嫌がらす、しばらくのんびりすれば……』
おや?思った以上の栄転だな。と、ヤクモの話を聞いていた面々だったが、何か含みをもった苦笑いをするヤクモを見て、言葉の続きがあるとわかったので続きを促すように呆れた顔で続きを促した。
「銀河の中央。」
あー…と、全員が手で顔を覆った。現在、人類は銀河中心点を基準として5つの勢力が存在した。そのため銀河の中央というのは、全勢力の国境線があり、最前線でもあるのだ。
『左遷かな?』
「補給員。いや、後方業務から前線勤務だし。やだなぁ。」
しかし、どんなに嫌がっても組織に属して、お給料をもらってる身分としては断ることもできない。なにせ異動命令は出てしまっている。
「長くても半年らしいし、なんとかやるしかないかぁ。」
出世欲や、英雄願望がある人間なら望んででも向かいたい場所ではあるが、ヤクモはシツコイようだが、そんな欲はない。
『とりあえず頑張れよ。』
「ほっとけ。」
やる気の感じられない励ましを送って通信を切っていく仲間たちに一言だけ返したヤクモ。
短期の異動になるだろうとの人事からの噂を信じて過ごすしかない。半ば諦めつつ、通販のキャンセルと最前線への移動時間を確認して大きく息を吐いた。
「荷物梱包の手間が省けて良かった。何もなくて良かったと考えよう。」
大きく、大きくため息をついたヤクモは床にゴロリと寝転んだ。
そして流れに乗ったのか。それとも流されたのかは分からないが、何事もなく面白みもないままに宇宙港に向かう。
そしてシャトルや輸送船を乗り継ぎ、乗り継ぎ2週間。移動続きで固まった背中や腰を叩きながらヤクモは目的地である『ジブラルタル』――王国連邦構成国の過去の要衝から名付けられた――基地に到着した。それなりの規模であったとは言え、補給中心の『0711基地』とは規模も防衛力もケタが違う大きさの重要基地だ。
銀河中央という多数の戦力が集まる要衝に鎮座する難攻の拠点と言って差し支えないと呼べるモノだと言えよう。
「でっか。」
そんな重要な基地の規模に呑まれたのか。ヤクモの口からは、捻りも面白味もない言葉しか出なかった。
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