キスの後のカデンツァ3


 * * *


 結局バイトが終わった後、結斗は純の家に行かず自分の家に帰った。

 一日ぶりに見た息子の顔に、母親は「まーだ、ぶすっとした顔してるし」と呆れた顔をした。

 夕飯も作らずに無言のまま自分の部屋に籠城していると、珍しく母親が料理している音が台所から聞こえてくる。

 結局、結斗が何もしなくても家事は回るし、純のそばに自分がいなくたって純は楽しくやっている。楽しくないのは、寂しいのは自分だけだった。

 今日、ひとりで歌って分かったのはそれだけ。


(……寂しい)


 ベッドの上でごろごろしながら迷っていたが、純を無視することはできなかった。

 枕元のスマホを手にとって純にメッセージを送る。「本当」と「嘘」を書く。


 ――ごめん、今日行けない。お腹痛い。


 ゴメンって謝っているクマのスタンプを送った。返事はすぐに返ってきた。


 ――また、今日もあのラーメン食べたの? 油いっぱいの。


 猫の頭にクエスチョンマークが付いているスタンプが返ってきた。

 めったに送ってこない純からの二度目のスタンプ。結斗は、純は純なりに何か結斗の変化を感じ取っているのかもって思った。

 隠し事が出来ない。


 ――今日は、ふわとろオムライス。

 ――そう、お大事に。ねぇ、結斗。


 急にメッセージで、名前を呼ばれてドキリとした。二人で会話しているのだから、相手は結斗しかいない。

 それなのに名前を呼ばれる。耳元で純の声が聞こえた気がした。

 甘く、優しい声。


 ――なに?

 ――寂しいな。


 ベッドの上で座って、スマホの画面を見た。

 何言ってんだよ。誰が? お前? ありえないだろ。

 結斗は昼間の部室と同じように、また泣きそうになった。お前は、俺と違うだろ。そう叫びたくなる。


 ――ばーか、嘘つけ。

 ――ホントだよ。


 純のメッセージが頭の中でずっとこだましている。こうやって、純が甘やかすから、いけないんだと思った。

 結斗が寂しい時に寂しいって言われる。こだまみたい。

 そうして、まだ一緒だから大丈夫だって安心してしまう。全然大丈夫なんかじゃないのに。結斗は大丈夫だけど、純が駄目になる。


 ――なぁ、なんで俺のこと分かるんだよ。


 そう返していた。会話になっていない。寂しいって言ったのは、純だ。

 けれど、寂しいのは結斗だ。


 ――俺もお前も、そう変わらないってことじゃない?

 ――答えになってないし。もう寝る。

 ――はいはい。おやすみ。


 気づいたら、そのまま夕飯も食べずに寝ていた。

 多分、昨日、純から返事がこなければ眠れなかったと思う。いい加減、安定剤代りに純を使うのをやめたかった。



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