第17話 聖女との謁見
宮殿の控室までやってきた。宮殿は神殿の隣の敷地に建っていて、さらに驚いたことに、なんと神殿と宮殿は屋根付きの渡り廊下で繋がっていたのだ。
宮殿ということはここには王様が住んでいるのだと思うが、繋がっているということは、やっぱりここの王さまはよく神殿にお祈りにやってくるのだろうか?
あ、でもこの世界は女性のほうが偉いっぽいし、だとすると王さまじゃなくて女王様かな?
ん? ということは聖女様が女王様だったりして? なんか示談にも介入してくるぐらいだし、案外それが正解かもしれない。
そんなことを考えていると、控室の扉がノックされた。
「ヒーナ・ヨゥツバー様、ショータ・アジーサワーさん、謁見の時間です」
「はい。陽菜」
「うん」
俺は来るときと同じように陽菜を支え、部屋を出る。歩きづらそうな陽菜の歩調に合わせ、ゆっくりと案内の男性についていく。
そして俺たちは豪華な飾りのついた扉の前までやってきた。
「ヒーナ・ヨゥツバー様、ショータ・アジーサワーさんをお連れしました」
案内の男性がそう言うと、中から扉が開かれる。
「私めはここまででございます。どうぞお入りください」
「はい」
こうして俺たちは部屋の中に入る。するとそこはゲームで想像したとおりの謁見の間という感じの場所で、玉座には建国祭で挨拶していたあの聖女様が座っていた。
玉座へと伸びるレッドカーペットの左右には武器を持った兵士たちがずらりと並んでおり、ものすごいプレッシャーを感じてしまう。
「陽菜、行こう」
「うん」
俺たちはゆっくりと玉座の前まで歩いて行き、俺は事前にファビアンさんから教わったとおりに片膝をついた。陽菜はスカートの裾をつまみ、ちょこんと膝を折る。
ここからは、男である俺は聞かれるまで口を開いてはいけないそうなので、陽菜を信じて任せる。
「うむ。よくぞ参った。そなたがヒーナ・ヨゥツバーじゃな?」
「はい」
「話は聞いておるぞえ。災難じゃったのぅ」
聖女様はそのまるで少女のような幼い外見とは裏腹に、尊大で少し年寄り臭い口調で話し始める。
「隣のそれがそなたの彼氏じゃな?」
「はい、そうです」
「ふむ……なるほどのぅ。これに気付かぬとは、やはり男はダメじゃのぅ」
ん? 聖女様は何を言っているんだ? 気付く?
「聞いておるじゃろうが、そなたの彼氏に喧嘩を売った挙句、返り討ちにされた馬鹿の父親がのぅ。妾にその馬鹿の減刑を嘆願しに来よったのじゃよ」
陽菜は小さく
「そこでじゃ。もしそなたがこのままアニエシアの民となるなら、父親諸共全財産を没収してやっても良いのじゃが、どうかえ?」
えっ? 何それ!? そこでって、どういうこと!? 減刑を嘆願されたから仲裁しようっていう話じゃなかったの!?
「え? そんな……あの人のお父さんは関係ありません」
「本当にそうかえ? その男はそなたの付き人になりたいと願い出たと聞いておるがのう。そんな女の彼氏に喧嘩を売るなぞ、そのように育てた父親の責任とは思わぬかえ?」
「そんなこと……ちょっとはそうかもしれないですけど……」
「ふむ。やはりそうかえ」
聖女様はそう言うと、なぜか満足げに頷いた。
「もう良いぞえ。そなたたちは我が宮殿に泊まっていくがよい。誰か、ヒーナたちを案内するのじゃ」
聖女様がそう宣言すると、兵士たちの中から一人が歩み出てきた。
「ヒーナ・ヨゥツバー様、彼氏様、ご案内いたします」
こうして聖女様との謁見は、何がなんだかさっぱり分からないまま終わったのだった。
◆◇◆
聖女様からその日の夕食に誘われ、俺たちは再び正装に着替え、宮殿内の食堂にやってきた。
執事っぽい人に着席せずに待てと言われたのでしばらく待っていると、昼間とは違って胸元の大きく開いたドレス姿の聖女様がやってきた。
といってもセクシーだとか威厳があるとか、そういった雰囲気はない。どちらかというと中学生になったばかりの子が、ちょっと背伸びして大人のドレスを着たような印象だ。
「待たせたかのう? さあ、掛けるが良いぞえ」
俺たちは促され、大きな丸テーブルを囲むように着席した。するとすぐに大勢のウェイターたちがやってきて、次々と豪華な料理を並べていく。
どう考えても三人で食べきれる量ではないように思うのだが……。
「では改めて自己紹介をしよう。妾はアニエシアの聖女アニエスじゃ」
「陽菜・四葉です」
「祥太・味澤です」
「やはりそなたたちの発音は名前だけ独特じゃのう。もう一度は言ってみい」
「陽菜・四葉です」
「祥太・味澤です」
「ふーむ、興味深いのう」
そんなやり取りをしている間に料理の配膳が完了した。
「では、いただくとするかえ。神よ。今日の糧をお恵み下さったことに感謝します」
聖女様はそう言って祈るような姿勢を取ったので、俺たちもそれに
「取り分けよ」
お祈りが終わるとすぐに聖女様はウェイターの人に命じた。するとウェイターたちはテキパキと料理を取り分け、それぞれの前へと運んでくれる。
聖女様はすぐに口をつけた。ということは、俺たちも食べ始めていい、んだよな?
「いただきます」
俺がついいつもの癖でそう言うと、陽菜もそれに続く。
「いただきます」
「む? ヒーナ、なんじゃ? それは」
すると聖女様が興味深そうに聞いてきた。
「あ、これはあたしたちの国で食べる前にするお祈りみたいなものです。その、神様もそうですけど、食事を作ってくれた人とか、野菜を育ててくれた農家の人とかにも感謝しましょうっていう感じです」
「ほほう。興味深いのう」
聖女様はそう言うと、厚切りのお肉を口に運んだ。そしてそれを飲み込むと、再び口を開く。
「ほれ、ヒーナ。そなたも食うが良い。ああ、あとそっちのお前もじゃ」
「はい」
俺たちは聖女様が食べたものと同じ肉を食べる。
……臭くない。それにしっかりとした赤身肉で滋味もある。味付けは塩とハーブだけだが、それだけでも十分美味しい。
……陽菜は緊張してるし、俺が会話を繋げたほうがいいんだろうか? いや、でも男が喋っていいのか?
ええい! このまま無言よりはいいだろう!
「あ! このお肉、すごい美味しいです! なんのお肉なんですか?」
俺は意を決し、明るい口調でそう切り出した。
「ふむ。鹿肉が気に入ったのかえ?」
「はい。初めて食べたんですけど、鹿肉ってこういう味だったんですね。もしかしてアニエシアには鹿の牧場があるんですか?」
「いや、近くの森で狩ってきたものじゃろうな」
おお、ジビエってやつだ。さすがに聖女様の食卓ともなれば、まともな肉が出てくるらしい。
「さあ、もっと食べるが良い。ヒーナ、そなたも食べよ」
「はい」
陽菜もようやく緊張がほぐれてきたのか、少しずつ食べ始めるのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/02/20 (火) 18:00 を予定しております。
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