第17話 ルージュ・ペラン。

《もう、良い加減に破棄なさったらどうですの!》


 お茶会ではシャルロット様が護衛兼侍女としてアニエス男爵令嬢に付き、暫く会話する機会を得られませんでしたけれど。

 やっと、こうしてハッキリと忠告差し上げられる機会が出来ましたわ。


「あの、お怒りはご尤なのですが」

《ならさっさと破棄なさい!》


 家ではメナートお兄様や伯母様、他の方々が常にいらっしゃって。

 皆さんは籠絡されているのか買収されてらっしゃるのか、彼女に騎士爵の妻として問題は無い、などと。


「えーっと」


 おどおどと。

 全く、堂々となさらないのがまた、非常に苛立ちを覚えさせる方で。


《全く、お作法はまぁ良いですけれど、会話にもマトモに入って来られない。しかもお言葉に関しましても砕け過ぎる節が有る、全く、コレでは騎士爵の妻は絶対に無理ですわよ。爵位差をご理解してらっしゃるのなら、丁重に辞退すべきですわ》


「私も、そう思います」

《なら》

《俺が懇願しての事だ、ルージュ嬢》


「あぁ、初恋故の暴走も御座いますでしょうし、どうか」

《もう良いのよ、アニエスさん、ごめんなさいね辛い思いをさせてしまって》

『本当に、申し訳御座いません』


《ぉ、お、お母様》

『愛する前妻の残した最愛の娘だ、そう仰られ、私が口を挟む事を遮られておりました。ですが、子を思えばこそ、身を挺してでも叱るべきでした、大変、申し訳御座い』

「あ、お止め下さい困ります、お顔の色が悪過ぎですのでどうか」

《お前のせいだぞルージュ嬢、産後の義母にこんな思いをさせているのは》


《そん、だって》

『謝りなさい、アナタはあくまでも伯爵令嬢、伯爵位を持っているワケでは無いのよ』

《そうよルージュ、今まで見させて頂いたけれど、アナタはそれ以下よ》


「あの、その都度」

《言っても、アニエスちゃんを庇っているのだとしか思わなかったんじゃないかしら?》

『ルージュ、どうして皆さんを信じなかったの、アナタよりも遥かに経験も地位も有る方達の助言を、どうして受け入れなかったの』


「それこそ恋や憧れを」

《成り上がり男爵令嬢の分際で庇わないで!》


『ルージュ、私は自分の子以上に愛情を注いで来たつもりだけれど、ごめんなさい。度胸も、覚悟も無い母親で、ごめんなさい』


《そんな、違うのお母様、違うの、ごめんなさい》


《ルージュ嬢、アナタが謝るべきは、お母様だけかしら》


 どうして、私は嫌な事を沢山言ったのに。

 どうして、そんなに痛そうな顔をするの。


 どうして、何故。


「私、謝罪を頂くなら、改めて落ち着いてからが望ましいのですが」


《そうね、行きましょうアニエスちゃん》

「あの、一緒にお願い出来ますか?」


《そうね、時には1人で反省する時間も必要だものね、行きましょう?》

『はい、ありがとうございます』


 私、お父様に言われた通りにしてただけなのに。

 どうして、何故、今1人なの。




「お体を大切になさって下さい、事情は察しましたので」

『アナタも何処かの大切なお嬢さん、なのに、本当に』


「本当に私は大丈夫ですから」

《このままお茶会に出なくてはいけないものね、大丈夫、アナタの苦しみも分かってくれる良い子なの》


『ですのに、本当に』

「いえ、どうかご自愛下さい、では」


 知っていて、黙って見守るしか無かった。

 心苦しい。


 また、あの嫌味が飛び交う茶会になど出したく無い。


《アニエス》

「あ、大丈夫ですので本当に、私にも妹がおりますし、従姉妹も居ますから」


《行かせたくない》


「ですが、騎士爵の妻ともなるなら逃げられない事かと。それに、実際に言葉も砕け過ぎて」

《だからと言って相応しく無いとは限らない。それに、嘘を言う者も時に真実を混ぜる時が有る、俺には君は勿体無い位だ》


「目が曇ってらっしゃるだけでは」

《コレで曇っているなら一生このままにしておく、それこそ関係者全ての目を潰しても良い、俺のもだ》


「防衛は国の要ですので」

《俺が居ない程度で滅びるなら、何をしても滅ぶだろう》


「あの、図太さはかなりのものですので」

《それこそ相応しい筈だ》


「余計な口を挟みましたし」

《分かっていて敢えてだろう、あの子の為に》


「ですけど」

《残念だが、そこも考慮済みらしい、すまないアニエス》


「不憫だから守りたいだけでは」

《アレもアレで不憫だが全く何とも思わない、それこそメナートもそうだ。だが抱きたいとも得たいとも全く思わない、アニエスが良い》


「図太くて貴族らしからぬ優しさを持っているから?」

《だけでは無いんだが、居るんだろメナート、シャルロット》


『アーチュウ様を信頼してはおりますが、念の為』

『僕はシリル様とミラ様から見守り、最悪は助け舟を出せとの事でしたので、僭越ながら見守らせて頂いておりました』


「前後に」


《ふふ、あぁ、そうだな、アニエスを守る為、支える者がこれ以上に居る。それでもまだ不安だろうか》


「はい、関係者各位の皆様全てに納得して頂けないなら、破棄させて頂きたいです」

《なら反対派を全て殺す、協力してくれるだろう》

『先ずはメナートから処分します』

『すみませんアニエス嬢、ココはココで誤解が有りまして、全力で解こうとしてる最中ですのでご心配無く』


「誤解、とは」

『僕の業務内容や私生活についてなんですが、ご心配無く、僕は綺麗な身のままですから』

『良く言う』

《ココも両親も賛成派だ、殺して欲しいなら伯爵令嬢でも何でも殺してやるぞ、誰から殺す》


「物騒な愛情表現はちょっと、お控え頂けると助かるのですが」


『では私が、どうせ生きていても大して役に立ちませんから』

「結構、過激でらっしゃるんですね?」


『小さな埃を細々と集めるより、埃を出す元から断つべきですから』

《すまない、もう少しだけ我慢して欲しい、だからどうか捨てないでくれ》


「その言い方は卑怯ですよ」

《あぁ、分かってる》


 例えどんな手を使ってでも、アニエスを得る。




『それで、熱を出してしまったんだね』


《そのせいかどうかは分かりませんが、はい》


 今ミラは、アニエス嬢の介抱をしてる。

 お茶会は乗り越えたけれど、終わった頃には目が蕩け、少しして熱を出してしまった。


『僕としてはギリギリの計算だったんだけれど、多分、アーチュウのせいだと思う』

《そもそもギリギリを狙わないで下さい、害するなら俺だけにして頂けませんか》


『いや、アニエス嬢は堪えて無い筈だよ、少なくともルージュの事ではね』


 あの場においても諫め、庇おうとし続けた。

 同情では無く理解しての事。


 いや、あの2人も負担に加担したか。


《だとしても、問題はお茶会です》


 騎士爵の婚約者が成り上がり男爵令嬢だ、との噂は一気に広まり。

 どんな者なのか期待し訪れる高位貴族、アーチュウを知る既婚者から噂を聞いた上位貴族令嬢、愚かにも純粋にどう落としたのか疑問をぶつけた同位の令嬢。


 こんな中で育てられたら、例え僕らの子がどんなに強くても、メナートの様に曲がり捻じ切れてしまうかも知れない。


 どうして親世代は分かろうとしないんだ。


『じゃあ聞くけれど、結婚さえすれば収まると本気で思っているのかい』

《いえ》


『なら慣れて耐えて貰うしか無い、本来はそこに情愛で補佐をするんだけれど、アニエス嬢は思いのほか冷静で君のアピールを恋だと錯覚すらしてくれない』


 いっそ抱かれれば、そう思った事も有るけれど。

 泣く泣く、仕方無く結婚されてはミラに怒られてしまう。


 たかが恋、されど恋。

 定石に乗ってさえくれれば、少しは彼らの事も安心出来る筈なんだけど。


《看病をさせて下さい》

『侍女は外させないよ』


《はい、失礼します》


 こんな地方まで、ココまで腐っているだなんて正直意外だった。

 地方程、騎士爵への憧れや尊敬は強い。


 だからこそ、その相手ともなれば尊重して然るべき。


『カミーユ』


「あぁ、覚えていたんだね」

『何故、どうしてココまでなんだろうか』


「ルージュ嬢の父親だけじゃないよ、今日の目玉は勲功爵令嬢だったんだけれど。運が良いのか悪いのか、出席が無かったね」


『この周辺の勲功爵は、確か綿花の』

「マルタン君の親友を好いていた妹さんの母親の出身だよ」


『あぁ』

「見飛ばしたね?」


『いや、被害者の親も、確かに被害者だと思い込んでいた節は有るけれど』

「良いんだよ、王様は些末な事を気にしないで、今回は引っ張り出せなかったのは純粋に運。大丈夫、既に次の手は打って有るから」


『流石にアニエス嬢は使えないよ』

「勿論、その為の予備も用意して有るから、上手く使ってね」


 あぁ、ココでこの駒が生きるのか。

 成程ね。




《アニエス》


「ごめんなさい、不甲斐無い婚約者で」


 まさか熱を出すだなんて。

 ルージュ様の事は仕方が無い、アレだけ優しいお母様なら大丈夫だろうと、そう思っていたのですが。


《すまない》


 冷たい手。

 今は夏なのに。


「手が冷たい方は心が温かいそうですけど、私、温かいんですよね」


《俺は、娘を慰める母親の情愛から出た言葉だと思う》


「本当に、気にしていないんです、良いお母様だから」

《アニエスは冷たいんじゃない、冷静なだけだ》


「私、相応しく無い所を探すと、もう」

《それは俺のセリフだ、精々子爵だったなら、アニエスと直ぐにも結婚出来た筈だ》


「出会えて無かったのでは」

《あぁ、年齢も下げる必要が有るな、シャルドン子息程度まで下げるか》


「ヤキモチですか?」

《あぁ、妬いた、俺すらアニエスの匂いを嗅いだ事は無いからな》


「臭かったら諦めて下さいます?」

《あぁ、お互いに臭いと思ったなら諦める》


「嘘はダメですよ?」

《良いのか?》


「こうしてボーっとしてる時だからです、毎回はダメです」

《毎回熱を出して貰うしか無いな》


「熱を出す度に嗅いで良いワケでは無いですからね」

《しっかりしているなアニエスは》


「庶民出の割に、成り上がり男爵令嬢の割に」

《アニエスは良い子だ、賢く優しい》


「しっかりしていたら、図太かったら熱を出さないですよね」

《実は俺が出す様にまじないを掛けたんだ、俺に甘えて頼ってくれる様に》


「ミラ様にもヤキモチを?」

《あぁ、堪らなく羨ましかった、妬ましかった。どうして俺じゃないのかと》


「大人げない」

《あぁ、水を飲むか》


「はい」


 顔を合わせるのは恥ずかしいですけど、飲まないと。


 見られてる。

 ボサボサの髪で顔も真っ赤なのに。


《髪を下ろしている姿を始めて見た、可愛いなアニエスは》


「余計熱が出そうなのですが」

《こうした言葉には慣れてくれ、これでも加減してるんだ》


 何か言うと丸め込まれそうなので、黙る事にしました。


 ですけど、それを良い事に。

 髪を触ったり、頬を撫でたり。


 このままだと参ってしまうので、再び横になると。


 今度はおでこを触って、頭を撫でて。

 黙っていてもダメ、話してもダメで。


「もう、好き放題ですね」

《あぁ、まじないのお陰だな》


 嬉しそうに。

 本当に、私が好きなんですね。

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