第2章 婚約。

第1話 謝罪。

 皆様にご挨拶させて頂いた後、一時解散。

 そして私達が休憩している間に、先ずはミシェーレ枢機卿の処分と、バスチアン元王太子殿下の処分が決まったそうで。


『本当にすまなかった、大人しく賢そうな君が適任だ、と』

「では私が感じた好意は一体」


『コレを、使っていたんだ』


「そ、お、媚薬じゃないですかなんて危ない事を、お体は大丈夫ですか?」

『商人の娘の割に優しいとは思わなくて、見誤ってしまってすまない』


「いえそれよりお体の」

『どうせ子を成す気は無いし、女性には興味が無いんだ、母がアレだからね』


「だとしても、王様や王妃様はバスチアン様を愛してらっしゃるんですから」

『君は本当に優しいね、ありがとう、すまない』


『ほらほらアーチュウが目で射殺そうとしているから控えなさいバスチアン』

《いやそんな気は》

『すみません、もう婚約なさったんですよね、失礼致しました』

「いえ」

《寧ろ心配しているのはシリル様の方よね?》


『勿論だよ、契約書の準備もまだなのに心変わりされては、バスチアンを殺すしか無くなるからね』

『いつでも命を差し出させて頂きます』

《大変ね、こんなお兄様が居る、と、どうお知りになったのかしら?》


『ジハール侯爵です、子供の頃に迫ったんです、どうして兄に会えないのか、どうして誰もシリル様の事を教えてくれないのか。お陰で泣かせてしまいました、すみませんガーランド侯爵令息、アナタが具合の悪い時に卑怯な手を』

『いえ、寧ろ父はバスチアン様の賢さに参って教えてしまったそうですから、情だけで白状したワケでは無いかと』


《けれど、どうして王にお伝えしなかったの?》

『僕が頼んだんです、まだ幼かったのと、裏切りたく無かったんですが。結果的に、もっと酷い裏切りをしてしまいましたね』

『成長を見守り、最悪は手を下すつもりだったそうです、最初から』


『すみません』

『いえ、寧ろ少しでも疑った自分が恥ずかしいですし、父を知れたので僕はコレで良かったと思います。でも、バスチアン様が市井に降りられる事も、マリアンヌ嬢の事も納得は出来ません、奪っておいて大変だからって逃げ出すなんて最低ですよ』

『そこも大丈夫だよ、最後までは致せて無いんだろうバスチアン』


『はい、何でもお見通しですねシリル様には。彼女には王や母に盛られたであろう薬を試していましたので、どうかそこで溜飲を下げては貰えませんか、ベルナルド騎士爵、ジーヴル侯爵』


《ミラと呼ぶなら私は構わないわ》

『もう僕にヤキモキを妬かせるだなんてせっかちさんだねミラは』


《長年の慣習だったんですもの、それに例えこうなってしまっても、友人は友人ですわ。私、多少の汚名を被った程度で人を見捨てる薄情者にだけはなりたくないんですの》


『分かったよ、ミラ』


「もう、本当にぞっこんでらっしゃいますね?実はミラ様の事以外、どうでも良いのでは?」


『君は本当に勘が良いね、商人の勘かな?』

「否定して下さった方が有り難かったのですが」

《いや、コイツは本当にこう言うヤツだ、俺の肘と肩を外したのもコイツだ》


「絶句、ミラ様今からでも」

《だからこそ、手綱は私が、それにシリル様以外にも後継者はいらっしゃるもの。情勢次第では、女王の誕生も有り得ますわよね?》

『流石だねミラ、その通り、今回は慣習に習い僕が王太子になっただけ。結局は時勢によって最も適した者が最上位となる、そこに性別なんて、寧ろ僕は女王の方が良いとすら思っているよ。女王の腹から産まれたなら、王室の者だとの証明は簡単だからね』


「あ、だからそれで荊姫のお話をなさったんですね」

《ふふふ、何代か前にも女王はいらっしゃったのだもの、しかも当時の統治は安泰》

『けれど一神教がね、無闇に拒絶しても可愛そうだから国に受け入れてやっただけなのに。男系重視だったからね、潰すにも小さいままじゃまた直ぐ問題が起きると思って、敢えて野放しにしていたんだと思うよ』


「奥様としては、良い迷惑なのでは」

『残念ですが、すっかり心酔してますので、僕の母の面倒も見てくれるそうです』

『その寛容さだけ、は評価出来るけれど、今回はね、国家転覆罪は確定だからね』


「でも死刑では無いんですよね?」

『宗教も絡むし、悪しき見本がどんな事を白状するのか、改心とは本当に存在するのか。それに蟻を集めるには飴が有った方が楽だからね、殺すより生かす方が価値が有るんだ、彼の場合はね』


「大変平凡な感想で恐縮なんですが、何だか、まさに王様ってお考えでらっしゃいますね」


『本当に率直だね君は、アーチュウにそっくりで、まさにお似合いだよ』

《アニエスの良い所なの、是非側近に置きたいわ?》

「止めて下さいよそんな、側近だなんて」

『ですけど王室には御用達の業者、商家が有りますよね?』

『ですね、はい、信頼度は高いですし良いお考えだと思いますよ』


「バスチアン様まで止めて下さいよ、ウチには王室に卸せる様な品は他の業者も取り扱っていますし」

『ココで言う御用達は繋ぎって事だよ、後ろ盾は信用度を示すも同然だからね』


「また巻き込もうとしないで下さいシリル様、アーチュウ様の事で手一杯で絶対に手が回りませんし地道に仕事をこなすのがウチの良さでも有りますから、どう足掻こうとも直ぐにはお受け出来ませんよ」


『凄いねミラ、彼女の息の長さは演説や説得に最高じゃないか』

《私も最初感心しましたの、ですけれどこう追い詰められないと中々見れない、貴重な場面なんですの》

『もう解決したんですし僕の舞台に出ませんか?長台詞を書きたかったんですよ』


《モテているな、アニエス》

「少しは庇うか守るかして下さいませんか?」


《俺もアニエスの喋りが好きだ》

「全く好かれる自覚も出来無い所を好かれましても」

『あ、そう言えばマリアンヌ嬢の事ですよ、皆さん本当にコレで終わりで良いんですか?』


 確かに、私を隠れ蓑にした事についての正式な謝罪は欲しいですが。


《問題は金になるか、だろうアニエス》

「そうですね、確かに謝罪は頂きたいんですが、以降に稼げる金額に差分が出るかどうか」

『僕としては、図太いし今回で経験も得たんだし、それなりに庶民の中でやっていけると思うよ。実際にも料理は美味しかったし、良い友人も居るみたいだしね』


『僕の家に王室からの間者が居るとは思いましたが、シリル様の』

『せめてこうした場では兄さんって言わないと、喉を潰すよ?』


『兄さんの、間者だけだったんでしょうか』

『どうかな、ジハール侯爵のは護衛としても居ただろうし、逆にその繋がりで居た可能性は高いけど。探らなくても向こうが勝手に言い出すと思うよ、善人ばっかりだからねココは』


『すみません居場所を奪ってしまって』

『ほら愚弟だ、元は僕の為の隔離なんだよ、アーチュウが分かってる通り僕は王室の中でもかなり異質。だから甘ったるい善人の砂糖漬けにされたら発狂しちゃう、だからこそ君が隠れ蓑で身代わりにされた。問題は欲を出しまくった君の種親と、愚か者が大好きな貴族だけだよ、本来なら君は無難に放逐されるか早々に僕が表に戻れたんだけど』

「えー、少し不穏な気配がしてらっしゃいますので」


『うん、腐敗しているよね、半分以下だけど。僕は賭けをしたんだ、親と』

「あー、国家機密では」


『君が成人する迄に腐敗の割合を抑える約束だったんだけど、これから1年で正すには数が多過ぎる、だから僕は君の舞台を乗っ取る事にした。コレからは僕の王政の為に出来るだけ動いて貰うから王室からの援助も有るよ、何処かの国みたいに血塗れにする予定だからね』


「そ、それを防げ、と」

『ミラにアーチュウにバスチアン、それに君もガーランド君も居る、出来ると思うよ?』


「これじゃまるで圧制者じゃないですか」

『良い響きだよね、圧制者って』


 こんな方と婚約なさったミラ様を見ると。

 微笑んでらっしゃいますが、一体何を思えばそんな風に微笑む事が叶うのでしょうか。


 分かりません、下位貴族令嬢には全く分かりませんよミラ様。


《ふふふ、そう怯えなくても大丈夫よ、私達の子供の為にも穏便に解決しましょう、そう言って下さっているだけよ》

「だとしても私達は子供ですよ?」

『いや殆ど大人じゃないか、しかも大人しくしていれば良いモノを探って動いて暴れて、大人達の溜飲を下げさせても良いけれど、いっそ役に立つと示した方が一石三鳥だろう?』

《本当に好きだな一石三鳥が》


『だって凡人の一石は頑張っても二鳥、けれど上位なら常に三鳥は狙って当たり前じゃないか』

「それは上位と言うかもはや高位と仰るべきかと」


『そうだね、君も高位になって僕と握手だ』

「謹んでお断りさせて頂きますアーチュウ様に守って頂きますので」


『なら、ミラとアーチュウとバスチアンとガーランド君だけに任せ、君は何をするのかな』


「本当に、そっくりでらっしゃいますねその脅し方、まさにバスチアン様にされましたよ」

《私に苦労させるか、アナタが担うか、ね》


「そうそうそうな、あら、私ミラ様にお伝えしましたっけ?」

《ふふふ、どうかしらね?》


「ガーランド侯爵令息?」

『すみませんが下位令嬢には難しい問題なので、直ぐにご相談させて頂きました、僕にすら相談出来無い程に視野が狭まっていましたので』

《バカね、黙っていても良かったのよ?》


『嫌ですよ、嘘をつくクセがついたら抜け無さそうなんですから』

『本当にそうですよ、僕は特に不器用ですから、偶に自分が何者なのか分からなくなりそうでした』


『でも演劇好きの僕も騙されましたし、いっそ演劇は如何がですか?逆に自己探求も出来ますよ?』

「それは少し見たいですね、見た目が素晴らしいからこそ、王室の者だと誰も疑わなかったワケですし」

《本当に、私もすっかり騙されていたものね、ベルナルド騎士爵》


《すまなかった》

『まぁ言ったら騒動になるし。バスチアン、劇もやってみると良いよ、折角王子じゃなくなったんだから何でも試しなさい』


『はい』

《兄ぶるな》


『だって全部姉だよ?しかも甘ったるい姉ばっか、欲しかったんだ、従順な弟』

「アーチュウ様ではご満足頂けませんでしたか?」


『ダメだね、僕のミラの心を幾ばくか奪ったり生意気だし睨むし』

《流石にいきなり脱臼させられたら睨むだろう》


『だって変に力んでたら余計に怪我が酷くなるんだよ?』


《なら肩か肘のどちらかに》

『治りが早いんだもん仕方無いじゃんね?』

『もう大丈夫なんでしょうか』


《あぁ、幸いにも問題は無い、あの包帯の時期の後半はブラフだ》

『そうだったんですね、羨ましい限りです、僕にはなんの取り柄も』

『それこそ演技ですよ演技、確かに一部は小道具を使いましたけど完璧な演技を何年も皆さんの為に行っていたんですから、活かしましょう演技』


 この時、だったそうです。

 バスチアン様がガーランド様に惚れたのは。


『僕の嘘を、そう好意的に取って頂けるとは』

『アニエス男爵令嬢も自分でお認めにならない取り柄を持ってらっしゃるんですし、取り柄は人其々、取り柄と受け取る者も其々なんですから誇ってしまいましょう』

『そうだよ、君が守っていたからこそ、母君だって今まで壊れずに済んでいたんだんだからね。感謝はすれど恨んでいない筈だよ、あのまま、正気のままでは逆に不幸になっていた筈だからね』


「王室からの離脱、でらっしゃるでしょうからね」

『けれど幸いにも喜んで世話をしてくれる者もバスチアンに似た子も居る、不幸に見えるけれど、彼女は幸せになれる筈だよ』


 私より大きく巻き込まれた方、それがバスチアン様の母君。

 もし私が普通の貴族に産まれ、誰も守ってくれなかったなら。


《アニエス、マリアンヌの事はどうする》


「あぁ、一先ずはお会いしてから様子見かと」

《そうね、アナタに任せるわ》


 それもそれで、プレッシャーと申しますか何と言うか。

 いえ、今回は大人にも皆さんにもご相談出来るんですし、先ずは様子見次第ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る