第13話 レオ・ジハール侯爵。

「返事、来ないっすねぇ」


《次に余計な事を言ったら、訓練量を増やすからな》

「そんなに大事な方なら帰ったら良いんじゃないっすか?」


《事情が有るんだ》

「それ前も言ってましたけど、そんなに重要な事情なんすか?他に何とかならないんすか?」


《ならない》


「了解っす」


 愚か者とは、何も無知ばかりを指す言葉では無い。

 無配慮、無遠慮、厚かましさや図々しさを持つ者を指す事も有る。


 彼は寧ろ言葉は荒いが、気遣いはしてくれている。

 しかも引く事も理解し、弁えてもいる。


《すまない、助かる》

「えへへへ、じゃあ量減らして下さいよ」


《却下だ》

「ダメかぁ、明日はデートなんすよぉ、何とかならないっすかね?」


 あぁ、あの方が俺に八つ当たりを続ける気持ちが、今分かった。

 コレか。


《今日は早くあがらせても良いが》

「お、やった、流石優しいベルナルド様」


《明後日に倍の量にしてやる》

「えー、まぁ良いか、あざーっす」


 俺はまだ、遥かにマシな立場。

 更に誰かに八つ当たりなど、出来るワケが無い。


《良いかお前ら!次の日に予定が有るヤツは俺に申告しろ!但し!その更に次の日には倍になるから覚悟しておけよ!》

『「はい!」』


 アニエスに会えるまで、国の為アニエスの為。

 俺はココで予備兵を鍛える、それだけに専念するしか無い、無いんだ。




『あら、随分と派手でらっしゃるわね、マリアンヌ夫人』

《本当に、暑いからって肩を出すだなんて、誰も下品だと注意して下さらなかったの?》


 凄いですね、より弱そうな標的が目の前に居るとなると、私を差し置いてソチラへと向かう。

 ですけど、私が援護したら、どうなるのでしょうか。


「もしかして侍女に虐められてるんですか?今でもお着替えに戻って大丈夫ですよ、お茶会での連絡ミスは良く有る事だそうですから、ご確認に戻ってみては?」


《ぅう、アニエスさん》


 あ、やっぱり私を知ってらっしゃるんですねマリアンヌさん。


「大丈夫です、ゆっくり、落ち着いて部屋を退出しましょうね」

《はぃ、ありがとうございます》


『まぁ余裕だ事』

《良い人ぶっても、人様のモノを奪おうとした事は消えませんのにね》


 絶対に、ご家庭が上手くいってらっしゃらないか、継母にでも虐められてらっしゃるんでしょうね。

 可哀想に、と思うしか無いですよね、真正面から言われているワケでは無いですし。


 片手には、すっかり弱ってらっしゃるマリアンヌさんも居ますし。


《あの、すみません、ありがとうございます》

「いえ、見ているだけは嫌だっただけですから、では」


《待って下さい、その》

「はい?」


 何かを言おうとして、躊躇ってらっしゃる。


 可愛らしい方ですね。

 真っ黒で緩やかにうねる豊かな髪、まん丸な黒い瞳、ハッキリとしたお顔。


 アーチュウ・ベルナルド騎士爵は、本当に彼女とは何も。


『あぁ、待たせたねアニエス』


「バスチアン、王太子殿下」

『久し振りだね、アニエス』


「あの、名で呼ぶのはお控えを」

『すまないね、やっと婚約破棄の準備が整ったんだよ、遅くなったね』


「いえ、あの、私は全く望んでいないのですが」

『あぁ、けれどアーチュウ・ベルナルド騎士爵は既に既婚者、この彼女の夫。君の相手は僕だよ、アニエス』


「拒否させて頂きます」

《何で、どうして?貴族令嬢は皆、王子様と結婚したいんだって》


「どなたが言ったのかは知りませんが、少なくとも私は」

『君も爵位を気にしているんだね、大丈夫、ココにもう前例が有るじゃないか』


「いえ、ですが」

《そんな、もしかして私を、そんな事の為に》

『あぁ、彼女は追々、妾にするつもりだけれど。構わないだろう、どうせ僕を愛してはくれないのだから』


「そう分かってらっしゃるなら、どうして」

『王妃には誰が相応しいか、確かにミラは素晴らしいけれど、流石に彼女と寝るのは無理だよ。しかも彼女だけ、だなんて、そうしたら子孫を残せないじゃないか』


《だからって、私を》

『健康そうだし容姿は良い、ただ子育ては不安だからね、そこでアニエスに育てて貰うのさ。きっとアニエスなら、自分の子とそこまで違いを付けずに育てられそうだからね』


「ミラ様を抱けないからって」

『そうだよ、子を残す事も王の大事な役目だからね』


《なら、アニエスさんだけで》

『君も好きだよ、必要だ、十分にね』

「絶対に、私は嫌です」


『そう、ならミラと結婚するよ、残念だけれど彼女には僕の正妻になって貰うよ、嫌でもね』


《そんな、約束が》

『大丈夫、君が妾である事は変わらないよ、絶対にね』


 王太子殿下の言葉の意味に、マリアンヌさんも気付いたのか。

 真っ青になり、絶望した表情で。


《私の料理を、美味しいって》

『勿論、美味しいよ、だから料理と出産は君、子育てはミラかアニエスだ』


《そんなの、まるで私は産む道具じゃ》

『そんな事は無いよ、君も愛してる。もう来年の生活も再来年の生活も心配しなくて済む、ただ子供を産ませるだけなら、ココまでは手を掛けないよ』


《本当に?》

『勿論だよ』


「どうしてこんな、回りくどい事を」

『君を娶る為だよ、このまま下位貴族令嬢をいきなり娶っては批判が出てしまう、だからこそだ。マリアンヌも君も守れる、けれど、ミラでも別に構わないよ』


 愚か者だけど、愚かじゃない。

 私かミラ様かを、私が選ぶなら。


「破棄は」

『1週間後だ、楽しみに待っているよ。さ、着替えに行こうかマリアンヌ』

《はい》


 ミラ様はまさに国の宝、才能が有り優秀でお優しい。

 こんな所で腐ってはいけない、勿体無さ過ぎる。


 なら、私が。




《アニエス、どうしたの?》

「ご相談が有ります、ミラ様」


《何よ、改まって》

「ご留学なさいませんか、出来るだけ直ぐに」


《アナタ、一体お茶会で》

「私には先延ばしにする案しか出ませんでした、何も聞かず、どうか他国へご出立なさいます様、お願い致します」


 私に詳しく言えず、この国を出ろだなんて。


《私でも、抵抗や対抗が難しいのかしら》

「寧ろミラ様は安全な場所で、出来ればアーチュウ・ベルナルド騎士爵と合流して頂ければ、と」


《アナタはどうするの?》


「踏ん張ります」


《踏ん張るって、アナタね》

「子供の私には、それが最善だと思います」


《大人には相談出来無いのかしら》

「あっ、けど、でも」


《私の為に黙っていてくれるのよね、なら私も尋ねないわ、けれど相談出来る者に相談なさい》

「はい」


 そしてアニエスは、ガーランド侯爵令息へ。

 それが巡り巡って、私へ。


《確かに、愚か者だけれど、愚かでは無いわね。もっと頭の良さを他に活かして下されば良かったのに》

『はい、同感です』


《それで、アニエスには、どう答えて差し上げたの?》

『先ずご家族には伝えるべきでは無い、と、不審な動きが有れば何をしでかすか分かりませんから』


《そうね》

『それと、既に婚約破棄の用意が整ったと言う事ですので、僕が父へ確認する事になりました。ですから最悪の場合を想定し、ミラ様には避難して頂こうとかと思います』


《アーチュウの居る地ね》

『はい、落雷のアーチュウ様ですし、地元民からの評判も良いそうですから、大丈夫かと』


《そうね、案の内に入れておくわ》

『それと、今暫くは悩んだままで居て下さい、と』


《あら酷な事を平気で仰るのね?》

『平気なワケが無いじゃないですか、友人が真っ青な顔で追い詰められているんですよ。でも、だからこそ視野が狭くなり僕に相談する事すら選択肢には無かった。コレだけ大きな悪意には、やはり下位貴族令嬢が対応するには難しい』


《そうね、私でも面食らってしまうもの》

『ミラ様だから面食らう程度で済みますが、本当に、良く即答しなかったと思います』


《そこはちゃんと褒めてあげたわよね?》

『勿論ですよ、でも商人は重要な取り引きでは必ず即答は避けるって、寧ろ僕に相談する案が浮かばなかった事を落ち込んでいました』


《らしいわね、本当に》


『ココまで聞いて、ミラ様はどう思われますか?』

《元庶民、成り上がり貴族令嬢が騎士爵と結婚するには、やはり仲間がいないといけないわよね》


『そうですけど』

《流石に、最近王宮に出向いていないのだけれど、良いタイミングで招待を受けたのよね》


『そんな、罠かも知れませんよ』

《護衛はちゃんと付けるわ、それこそいざとなればそのままアーチュウの所へ向かうもの》


『それは避けたいんですが』

《大丈夫よ、流石にそこまで王室が腐敗しているのなら、そのまま国を出るわ》


『分かりました、ですが早急に家に戻りますので、暫くお待ち下さい』

《アナタも過保護ね》


『念には念を、がウチの家訓でも有りますから』

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