第7話 聖乙女と竜人と。
私の聖女の称号は、男になろうともそのままだった。
だから、なのか。
『初めまして、聖女様』
《どうも、初めまして》
どうやら七大竜人の為の相手、なのか。
相変わらず神殿に住む竜人達に、片っ端から声を掛けているらしい。
だけ、なら良いんだけど。
『最近、お力を示してらっしゃらないそうで』
そりゃね、瘴気の浄化が主だし。
呪いの道具ってそんなに無いし。
《そう聞いてらっしゃいますか》
『はい』
満面の笑みでマウント取られても、痛くも痒くも無いんだよなぁ。
この国、そろそろ捨てようと思ってたし。
《では、後はお願いしますね》
『はい、お任せを』
転生した時、私は物語の中に居るんじゃないかと思った。
そしてその考えは正しかった、貴族に生まれ、後に与えられた称号は聖乙女。
平和だと教えられた世界で、私は自分こそが主人公だと思っていた。
やっと、幸せになれるって。
「では、次の方」
《はい、宜しくお願いします、聖乙女様》
『祝福を』
《ありがとうございます》
人々に祝福を与え、感謝される。
役割や役目が有り、大切に扱われる。
前世の出来事は悪夢。
この人生こそ本物。
そう思っていたのに。
『えっ、どうして出て行かれるんですか竜人さん』
「俺達は聖女に恩義が有ってココに居ただけだ」
《うん、しかも聖女に頼まれてココに居ただけ、君に関わったのもね》
『じゃあ、優しくしてくれたのも全部』
「無駄に敵対行動を取る意味は無いから、だけだ」
《でもココを、国を出るからね。まぁ、頑張って》
『そんな』
「全ては聖女の優しさから、だと言うのに」
《君は聖女の扱いを問題視しなかった、残念だよ、凄く》
そこから、全てが崩れ去った。
《祝福を受けたのにフラれたじゃないですか!お金を返して!》
「俺もだ!怪我をしない様にと祝福を受けたのに怪我をしたぞ!タダで治せ!」
『詐欺師め!金を返せー!!』
『何で、そんな無茶を』
「無茶とは心外ですね、我々は祝福を信じていたのに、裏切ったのはアナタでは?」
『違う、私はちゃんと祝福を』
「どうなんですかね、大地にも天にも祝福を毎日して下さっていれば、不作など起こらない筈では?」
『不作?』
「はい、七大竜が去って以降、収穫量が減っているんですよ」
『でも、私はちゃんと』
「そもそも、本当に乙女、なんでしょうかね」
『違う、なんで、そんな』
「検査を受けて頂きます」
透き通る様な青空の下で、大勢の前で足を開かされた。
私は誰とも何もしてない、悪い事はしていないのに。
「コレは、どう言う事なんだろうか」
《なっ、勇者スズキは、死んだ筈では》
「誰が言ったんだ。と言うか、こうした事は内々に行うべきだろうに」
勇者スズキと呼ばれた男の人は、本当に、普通だった。
背は高くも無いし、中肉中背、どちらかと言えばくたびれた様な姿に雰囲気。
でも、私を庇ってくれた。
布を掛けて、立ち塞がってくれた。
『あ、の』
「君はココに居たいか、松本さん」
『いやです、もう、ココに居たくない』
「暫くウチで預かる、交渉は伊藤君へ。行くぞ」
『はい』
私は抱えられ、空に浮かんだ。
高く跳んだらしくて、遠くまで見える。
「悪夢だと思えば良い、今ならまだ、やり直せる」
それがどう言う事なのかは、少し後にならないと分からなかった。
だって、私、小学生で死んじゃったんだもん。
「そっかそっかー、そりゃ大変だよね」
《ごめんなさい、転生者だって事は分かってたんですけど》
「仕方無い、聖女だからと言って全てを見通せるワケでも無いんだ」
《でも、ごめんね》
『ううん、私も生意気で、ごめんなさい』
「やり直せば良いよ、ココでは好きに生きて良いんだよ、人に迷惑を掛けなければね」
「あぁ、やり直せば良い」
『うん、はい、ありがとうございます』
それから沢山勉強した。
色んな事、常識とか道徳とか、色々。
私は全然、何も知らなかった。
向こうでも、ココでも、何も知らなかった。
「それも仕方無いよ、だって屋敷でしか生きて無かったんだもん」
『でも』
「仕方無い、ある意味で監禁、閉じ込められていたんだ、その状態で子供に外を知るのは難しい」
《皆、殆どの人は自分の家がおかしいとは分からないんですよ、比較が出来ないから。大人でも難しい事だから大丈夫、コレから良い大人になれば大丈夫》
「そうそう、よしよし」
私は主人公になれなくて、幸せになれなくて当たり前だと思った。
優しくないし、何も知らない。
《お前、ウジウジしたいだけ?》
『あ、七ノ竜さん、どうも』
《また、可哀想な子だってチヤホヤされたいの?》
『えっ?』
《自分だけが可哀想だと思って無い?スズキの方がもっと大変だったかも知れないとか思わないの?其々に大変だったのに頑張ってる、お前はそんな風に思わないの?》
『皆さんも、大変だった』
《お前は何になりたいの?》
『幸せになりたい、でも、前は主人公じゃなかったから、だから』
《最初から皆が主人公だとは思わないんだ、スズキ達は皆が主人公で皆が幸せになれる世界にしようとしてんのに、本当にバカだね》
皆が主人公だから、だから皆が幸せになれるなんて、考えもしなかった。
そんなバカだから利用されて、捨てられて。
『バカでごめんなさい』
《バカをマシにしようとしない奴はもっとバカだと思うけど、そんなにガッカリさせたいんだ、スズキ達を》
『違う、助けてくれたから、だから、喜んで欲しい』
《ならちゃんと勉強しろよ、ウジウジしないで、泣かないで》
『はぃ』
《手伝ってやるから、落ち着け、切り替えろ。体はもう大人なんだろ》
七ノ竜さんは、子供に見えるけどちゃんと大人らしい。
精神年齢?が大人なんだって。
『うん、はい』
まだ、色々と知らないといけない。
だから竜人さん達にも手伝って貰う事になったんだけど。
《アナタが邪魔してるんでしょ、私と竜人達の恋を》
聖乙女を救った半年後、次は聖女候補が現れたんだが。
「どうすれば、そう思えるんだ」
『恥ずかしいんですけど、私、分かります。自分が主人公だって思ってるから、都合が悪い事って見えないし、聞こえないんですよ』
《それってつまり、自己紹介って事よね?》
隣国の教会に七大竜の討伐を命じられた、と聖女候補がココへ来たんだが。
嘗ての松本さんと同じ様に、どうしてなのか、皆が自分に振り向くだろうと竜人達に片っ端から色仕掛けを始めた。
そして聖女は竜人達に負の学習だ、と、聖女候補が図に乗る様に会えて行動しろと命じた。
松本さんにも良い教育になるだろう、と。
だが俺としては、半分は面白がっての事だと思う。
『悔しいですけど、はい、そうです。嘗て私は私を主人公だと思っていました、でも、違うんです』
《でしょうね、子供っぽ過ぎるもの》
『はい、前世は家から出ないで餓死した子供でしたから』
松本さんの生まれ育ちを良く良く聞くと、あまりにも悲惨だった。
そして幼稚でも仕方が無い、世話は勿論、躾けすらもされなかった子供なのだから。
《そんな同情を》
「精神科医スキル持ちの鑑定は確かだが、君も見て貰うか、木村さん」
《あぁ、分かった、そうやって私の邪魔を》
《私、凄い疑問だったんですけど、どうして悪人にベラベラ喋らせるのかなって。アレ、周り全部、実は面白がってるって事なんですかね?》
敢えて俺の影に、後ろに隠れていた森さんが、前に。
「森さん、それは煽り過ぎじゃないだろうか。コレは悪い事だぞ松本さん、話し合いに煽りは不必要だ」
《いやでもコレ話し合いですかね?木村さんの思想を押し付けられてるだけ、じゃないですか》
《アンタも私の邪魔をする気?》
《いいえ、そろそろウザいんで玉砕されれば良いって、なのでずっと後ろで待機してて頂いてます、竜人さん達に》
《そんな、違うの》
「俺達は、こうして舐められる存在なのだと、聖女は既に預言してくれていた」
《愚かな女を炙り出す為、平和な世界にする為のリトマス試験紙、らしい》
『僕、心の醜悪さを聞き取れるんだけど、ココの誰よりも醜いよね君って』
《そ、ちが、ちがう、ちがうの、ちがう》
「すまんが、心が砕けたので少し前の記憶を消させて貰った、どうしても俺の疑問を解いて貰いたいんだが」
《あ、良いですよ、どうぞどうぞ》
そして再び竜人達には姿を消して貰い、彼女を立たせ。
《アンタも私の邪魔をする気?》
「いや、どうしても気になる事が有るだけで邪魔をする気は無いんだが、質問に答えてくれるだろうか」
《何よ》
「仮に、もし全員と結ばれるとして、妊娠するのは君だと思うんだが」
《だから何よ》
「7人の子を産むのに最低でも7年、兄弟姉妹を作るなら2人で倍の14年、それだけ妊娠し続ける覚悟が有ると言う事なんだろうか」
《勿論、そのつもりだけれど》
「その14年間、彼らは悶々としなくてはいけなくなる、その処理はどうするつもりなんだろうか」
《はぁ、童貞っぽい鈴木さんには分からないだろうけど》
「つまりは解消させられると断言するんだな」
《勿論》
「悪阻はどうするんだ?アレは魔法では抑えられないそうだが」
《それは、その時は我慢して貰うけれど》
「あぁ、丁度女医が来てくれた、そこを話し合ってくれたら以降は一切の邪魔はしない」
『流石鈴木のおじさん、優しいですね』
「まぁ、子供に罪は無いからな」
いきなり呼び出されたと思ったら、目の前には問題児だって噂の聖女候補、木村さん。
良いのかしら、手加減しなくて。
《どうも、渡辺と申します》
「すまないが妊娠出産、悪阻について頼みたい、7人の相手が可能だと言っているんでな」
《あぁ、成程、了解。では先ず悪阻についてどの程度知ってらっしゃるか、いつからいつまでかご存知ですか?》
《それは、人其々でしょう》
《はい、早い方ですと最短で生理が遅れたと感じた頃から、最長で妊娠後期まで続く方も居ます。あ、妊娠後期って分かりますか?妊娠28週から40週位までの事、つまりは妊娠してからずっと悪阻が続く方も居るんです。妊娠は病気じゃないって仰る方が多いんですが、何かしらが原因となり食べられない事が続く、その状態って病気と同じですよね?医学的呼称と実態が掛け離れている事って、良く有るんですよね》
《そんなの、何も毎回じゃ》
《はい、以前に悪阻が全く無かった方が次のお子さんでは酷い悪阻となる場合も、そして逆もまた然り。ですが果ては入院です、水分すらも受け付けない方も居ますから、それって健康的とは言い難いですよね?》
《まぁ、はい》
《そうなんです、そしてまさかこんなになるとは思わなかったと、時に妊娠を後悔される方もいらっしゃる。それこそ不妊治療を経ての妊娠となると、苦痛と原因との板挟みになり、精神をすり減らす方も多い。男性側は勿論、女性側も悩むんです、想定外の事が起こると非常にストレスを感じますから》
《その、もし、そうなったら》
《残念な結果になる方も居ます、最初は望んでいた事でも、どんなに覚悟していても酷い苦痛に耐えられる方はそう居ません。経験した事は有りますか?喉が渇いたのに飲むと吐いてしまう、お腹が減っているのに食べると吐き気を催し、吐いてしまう。生かしたいのに、まるで体が、子供が拒絶しているかの様に飲食物を受け付けない。向こうの科学でも完全解明は未だにされていないんです、女性の体についての研究は遅れていますから、それこそ諸外国ですらも》
《でも、軽くする事は》
《使える薬は限られますから、あまり期待なさらない方が宜しいかと。ですのでお相手の方と良くご相談して下さい、妊娠してから1人で生きるには、ココはあまりにも難しい世界ですから》
《は、い》
「少し休んでくれ木村さん、俺達はコレから、もう少し先生と話しをする」
《あ、はい》
《では、失礼致しますね》
コレが脅しなら、どんなに良いか。
最悪は自死しようとする方も、平静を保てなくなる方も居る。
家族に精神的な病歴が無くても発症してしまう精神的病は存在している。
「渡辺さんは、だからこそ日頃から砕けた口調なんだろうか」
《まぁね、公私を分けたいのと、医師としての思考を捨てたかったから》
『医師としての、思考?ですか?』
《例えば私が庭師だとして、荒れ果てた庭ばかりの所に住むと、つい何かしたくなる。口を出したり、手を出したりしたくなる、だから私は庭師だって事を忘れたくなる》
『そんなに病んでる人がいっぱい居るんですか?』
《ココは、誰かを病ませるだろうって人がいっぱいだからね、だから私は殆どギルドから出なかった。だから、凄く感謝してる、ココなら、安心して産めるかもって》
「すまない」
《考える時間が貰えただけだから大丈夫、まだまだ産める年だから》
『あの、先生は転生なんですか?転移なんですか?』
《多分、両方かな、戻ったら死んじゃうって状況だったから》
『私と一緒だけど、少し違うんですね?』
《そうだね、大人だから逃げられた筈なんだけど、ね》
「大人にも出来ない事は沢山有るからな」
『でも、魔王様は何でも出来ますよね?』
「あぁ、確かにな、そうだな」
私達、伊藤君と私が鈴木さんに償うべきなのに。
《こんな、若返らせるとか》
『僕は素直に受け取ろうと思う、若い頃からやり直させて貰えるって事なのだから』
《狡い、こんなの、どう返したら》
『沢山産んで、良い子に育てれば良いと思うんだけれど、どうだろうか』
《良いのかな、魔王にしたのに》
『荒魂が祀られる事で神になるのは、良く有る事、僕らに体現してくれているんだよ。僕は無害な魔王ですって』
《鈴木さんは俺って言う》
『はいはい、そうだね、落ち着いたらお礼を言いに行こう』
何とか、無事に聖女候補は諦めてくれた。
ただ、竜人の1人1人に心を折られていたのは、その点に関しては逆に残酷だったかも知れないとは思う。
7人から懇切丁寧に自分のダメな部分を懇々と説明されたら、俺なら。
《鈴木さん、何て事をしてくれたの》
「すまない渡辺さん、無断ですべき事では」
《確認されたら絶対に拒絶してたから、ありがとう、大切にする》
「あぁ」
《式をするから、介添人をして貰うからね》
「そうか、式をして無かったのか」
《目立ちたくないし、年だったから》
「写真家の称号を持つ者が居る、記念に残すと良いらしい」
《じゃあ鈴木さんもね、メリッサさんが喜ぶか分からないけど、してみても良いと思う》
「分かった、考えてみる」
《じゃあ、また、困ったら呼んでくれて良いから》
「助かる、ありがとう」
俺は、礼を言うのが恥ずかしい事だと思っていた。
だからこそ、人とあまり関わらなかった。
まるで自分が無能だと思えて、礼を言いたく無かった。
《魔王様ー、ココに残るそうですよ、聖女候補こと木村さん》
「どうにか出て行って貰えないだろうか」
《あー、ならハーレムを紹介するのってどうです?傷心の女性に凄い優しいし、合うかもだし》
「確かにな、だが、先ずは様子見だな」
《じゃあ先ずは田中さんとメリッサさんに声を掛けてみますねー》
「頼んだ」
そうして、国を出たハーレム形成者に、鈴木として会いに行ったんだが。
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