第3話 3年後。

『そんな、だから、良かれと思って』

「今度から、嘘の告発状を出した者は死刑になるんだよ。だから見せしめの為にも、遡って刑が施行される事になったんだ」


 ちょっと問題は有ったけど、5年前に私は同じ種族の獣人と結婚した。

 だって、人って常に盛っててキモいから、私は真面目な獣人と結婚した。


 それが目の前の相手、なんだけど。


『ちょ、ねぇ止めてよアンタ』

《お前は、本当に最低だな、証拠は既に見せて貰ったし、聞いたよ。英雄様が居なくなったのも、そのせいで聖女様が各国に出向く事になったのも、だからこそ忙しくなり倒れたのも。全部、元を辿ればお前のせいじゃないか》


『いや、それはだって、そうするつもりじゃ』

《少しバカだとは思っていたけど、コレは無理だ。しかも転移転生者と、それを黙ってた事も、子供にまで。もう子供の事は忘れてくれ、安心しろ、俺は子供を転移転生者のゴマすりに使う気は無い》


『そんな、ゴマすりって』

《もう何も聞きたくない、引き取って下さい》

「はい、では失礼しますね」


 そんな、私だけが悪いんじゃないのに。


『ねぇ、悪かったとは思うけど、何も追い出そうと思ったワケじゃ』

「そう思って行動したワケじゃない、だから無罪だ。そう言うバカも今度から死刑になるんだよ、先を考えられないバカって、バカのクセに被害だけは大きく出せるからね」


『そんなにバカバカ言わなくたって』

「論点そこじゃないのに、バカって言葉を気にするのがマジでバカだよね。もう黙らないと舌抜くぞブスが、鈴木さんを追い出しといて自分はさっさと結婚して幸せになりやがって、絶対に直ぐには殺してやらないんだから」


『アンタ、確か革新派の、タカハシ』

「うん、何処に逃げたって無駄だよ、バカを駆逐しないと本当の平和は来ないんだから」


『そんな、やったのは私だけじゃ』

「うん、知ってる、だからずっと泳がせてただけ。ほら、お望みのあの子が待ってるよ」


 私の親友だった子が。

 病気で鼻が腐り落ちて、他にも、ボロボロで。


『そんな、なんで』

「世界ってね、常にバランスを取ろうとするんだって、だから必ずカウンターってのが仕込まれてるらしいんだ。だからね、治療魔法だけじゃ病って治せなくなってきたんだよ」


『もしかして、魔王って』

「うん、前は居なかったよね、だから転移転生者に寄生するバカがバカな事を好きなだけ出来てたんだけど。コレね、私達の所で言う、天罰だと思うんだ。悪い事をすると天罰が下って、不幸のどん底まで落ちるの」


『そんな、じゃあサトーさんは』

「アンタ達のお陰で、今では大して役に立たない転移者だって、鈴木さんと同じ街の邪魔者扱い。可哀想だよね、悪い相手と関わったせいで、バカなフリしたアンタ達を許したせいでジリ貧。優しいんじゃなくて、ただのバカ、バカって嫌いなんだよねバーカ」


『そん、ごめんなさい、謝るから』

「謝るだけじゃ済まない事をしたんだよ、しかもこの3年の間に一切の償いをしなかった。だから、今こそ清算する時。ほら仲間だったんだから、お世話してあげな」


 汚物まみれの彼女の元へ、蹴り飛ばされた。

 私達は、どうしてこんな酷い目に。


『何でよ!』

「バカだからっつったじゃん、バーカ」

《そう酷い目に遭う様な事を、アンタらはしたんだよ、バカが》


『アンタは、アンタも確か、革新派の、ワタナベ』

《ほら、記憶力はしっかりしてる。幼いフリ、バカなフリをしてただけ、と言うか幼くてバカが可愛いとか言って良いのは老人だけだぞ、佐藤君》


『はい、すみませんでした』

『サトー、助けてよサトー』


『純真無垢な間違いだって、思い込んでたんだ、ごめん、増長させたのは僕だ』

『うん、もう良いからさ?出して?治してあげてよ』


『無理なんだ、本当に』


『テメェ!良いから出せよ!さっさと』

《ほらね》


『あ、いや違うんだってサトー、ほら、私には子供が居るからさ、子供が待ってるから』

「転移転生者に子供を送り込もうとしてたよね、相手が幼女趣味だと知ってて」


『は?何それ、意味分かんないんだけど』

「まぁ、その噂がそもそも嘘なんだけどね」

《もうコレで分かったでしょう佐藤君》

『はい、すみませんでした』


『おいテメェ!能力と顔だけの短小包茎下手クソのクセに!いつでも相手してやっただろ!出せよ!治せっつってんだよ!クソがぁーーーー!』




 私は、スッキリしていた。

 スッキリしてしまっていた。


 だから。


「高橋さん」


「鈴木、さん」

「ありがとう、すまない」


 申し訳なさそうに鈴木さんが謝った事が、凄く嫌だった。

 私は、私は、進んでこの仕事を引き受けたから。


「私は!善人じゃないから!凄い、スッキリした、ざまぁ見ろって思ってるし、子供から母親を取り上げた事、全然、悪いと、思って無いし」

「そこは俺もそう思う、何でも居れば良いってもんじゃ無い、居ない方が良い親だって居る。高橋さんは良い事をしたと思う」


「でも、鈴木さんを」

「俺は逃げた、けど、誰もどうしようも無かった事だとも思う。高橋さんも渡辺さんも伊藤君も、それこそあの獣人も、俺は責める気は無い。生き返ってから、魔王になってから、俺は誰も恨んで無い」


「でも、ごめんね、鈴木さん」

「もう許した、だから高橋さんは高橋さんの人生を歩んでくれないか」


「私、仲間を守れなかったのに」

「それはこの世界が悪い、だが、変えている最中だと聞いているし。前よりはマシだと確かに思うし、もうココで一旦は落ち着いても良いと思う。俺にはメリッサも居る、もう、良いと思う、高橋さん」


「でも、だって、相手が居ないんだもぉん」

「あぁ、程度が低過ぎて無理なのは分かる」


「本当、誠実とは程遠い人ばっかりだし、誠実でも不誠実さに寛容過ぎたり。そもそも、こんな世界に子供を産み落とすなんて出来ないよぉ」

「しっかりしているな、高橋さんは」


「でも鈴木さんをぉ」

「高橋さん、聖女が復活した七大竜を人化させたんだ。どうやら竜人は人格者らしいんだが、様子を見に行ってくれないか、念の為に」


「あ、本当に復活しちゃったんだ、七大竜」

「もしかして、既に噂が有ったんだろうか」


「うん、魔王と共に厄災が復活するって流した」

「流した。あぁ、牽制の為に」


「うん」


「どうだろうか、聖女が逆ハーレムさせられるのも少し大変だろうし、見極めに行ってあげるのは」

「何その乙女ゲー」


「あぁ、知ってるのか、乙女ゲー」

「課金まではしなかったけど、友達と付き合いで」


「あぁ、来た時は高校生だったものな、君は」

「しかも入学式に行く手前、降って来た自殺者に潰される寸前で。本当に、鈴木さんが居なかったら私は、ココに絶望してた」


「良い大人が、すまなかった」

「ううん、万能じゃないって分かってたし、だから私達が呼ばれまくってるんだなって安心もしたし。うん、分かった、今度は私が鈴木さんを安心させる番だよね」


「いや、あまり頑張らないで欲しいんだが」

「程々にね、伊藤君と渡辺さんの為にも、竜人と向き合ってみるよ」


「大人になったな、高橋さん」

「鈴木さんのお陰だよ、ありがとうね鈴木さん」


「いや、送ろう」

「わぁ凄い、転移魔法じゃん、やっぱり魔王って何でも出来るんだなぁ。ありがとう、鈴木さん」


「いや、じゃあ、また」

「うん、またね、鈴木さん」


 私の称号は、くノ一、所謂女忍者。

 帰国子女だから、やっぱり強いってなると忍者、とか思っちゃって。


 まぁ、何で聖女って出なかったのかって言うと、大変そうだって思ったから。


 だって聖女の概念って、一神教のでしょ。

 清貧であれ、清楚であれ、皆の為の聖女であれって。


 うん、無理、私には無理だと思って。

 じゃあ、身を守れるのは何だろうって、で女忍者。


 嘘が見破れたり、戦えたり隠密行動が出来たり、結構万能だと思ってたんだけど。

 やっぱり似合わない転移魔法とかは、当然修得すら不可能で、突き詰めると不便だなって思ってたんだけど。


《あ、高橋さん》

「やっほー山田さん、凄い逆ハーだね」


《いや私、同性愛者だから逆ハーでも何でも無いんですけど》

「あ、そうなんだ」


 でも竜って雌化出来るらしくて、直ぐに7人が女に。


《わぁ、選り取りみどり》

「でもさ、シナリオの強制力で好きになられるのって、どうなの?」


《そこですよねぇ、違うって言われても、主人公補正で好かれてるのかもって疑っちゃいますけど。その場合、他の方って、どうしてるんでしょうね?》


「無視?」

《それ以外でお願いします》


「あー、んー、じゃあ賢者さん呼ぼうか」

《ですね》




 嘗て私の護衛でもあった、くノ一の高橋さん。

 鈴木さんが謀られたって聞いた時から、私の事は他の人に任されたまま、3年が過ぎた。


 で、久し振りに今日、会えた。

 正直、やっぱり高橋さんだな、と。


 でも全然、私には靡きそうも無くて。


「やっぱり、主人公補正を無視する事が多いんだ」

『無視と言うか、絆されての事なのだけれど』

《えん、エルヒムさんはどう思いますか?》


『遠藤で良いよ、地元民用との使い分けだからね』

《あ、はい、ありがとうございます》

「で遠藤さんならどうするの?」


『僕としては、魔王が存在するのなら、魔王に祝福を授けて貰えばどうかなと』

「祝福?加護じゃなくて?」


『強制力や主人公補正からの解放を、祝福として授けて貰う。もっと言うと加護は与えられ付与された何かだから、解放となれば解呪か祝福か、けど呪いじゃないなから祝福かなと思ってね』

「流石賢者、抜きたて?」


『あぁ、うん、お陰様で』

「同性愛者的には、どうなの?中身が女だったかも知れない相手が男として目の前に居るのって、アリなの?」


『中身によるかな、僕にはもう女性嫌悪は無いんだけれど』

《遠藤さんだから平気ですけど、基本的には男性嫌悪ですからね私、中身が男は無理ですね》

「あー、じゃあ両者の為にも、魔王様に祝福して貰おうか」


『ただ、鈴木さんは大丈夫なのかな、僕らをも恨んでいてもおかしくないとは思うんだけれど』

「魔王のスキルが発動して無いなら、恨んで無かったよ、全然」

《流石英雄さん、優しいですね》


『英雄や勇者のスキル、優しさのバフが掛かっていたとしても、優し過ぎたよね』

《あぁ、ですよね、諍いを起こさない為にも我慢が1番ですし》

「でも今は何も無さそうだよ、鬱々とした感じも躊躇いも無いし、楽になってくれてる様には見える」


『魔王のスキルが発動していないなら、いや、優しいからこそ発動させているのかも知れないけれど』

《そこは私達で何とかしましょう、折角、今はか弱い聖女を装ってるんですから、是非活用して下さい》

「あ、じゃあ伊藤君達にも相談してみるね」


『すまないね、どうにも渡辺さんが苦手で』

「分かる分かる、精神科医って苦手だよね、しかも女医だし」

《凄いそそりますけどね、眼鏡の女医って》


「そうなると、私は?」


 ずっと隠してたのに、こんなチャンスが有るだなんて。


《すっ、凄い、タイプです》


『僕は、席を外すね』


 あぁ、どうしよう、言っちゃった。




「それで逃げて来た、と」

『流石にね、女性嫌悪が賢者のスキルによって抑えられてはいるけれど、行為を連想させられるのは、まだ苦手だから』


 僕はカムアウトに失敗した挙句、強制的に周囲へカミングアウトさせられて、自殺しようとした。

 と言うか、多分、成功したんだと思う。


 次の世界では何を得たいのかを尋ねられ、僕は賢さが欲しいと願った。

 賢ければカムアウトの相手を見極められた筈で、失敗なんかしないと思っていたから。


 そして次に目を覚ました僕は、小さい体で。

 僕の好みの相手に介抱されていた。


 でも、その運命の相手は、転生先の兄だった。


 僕が覚醒したのは6才、当時の彼は12才。

 どうすれば結ばれるのか、貴族の地位を使って世界の事を猛勉強し、ひたすらに考えた。


 そうしている間に、以前の僕は相当に横暴だったらしく、直ぐに変化を気付かれてしまった。

 けれど生死を彷徨う程の反撃に遭い、記憶を失くした上に生まれ変わったのだ、と説明した事で何とか収まった。


 ココには他にも転移転生者が居ると既に知っていたから、だからこそ、転生者だとバレるワケにはいかなかった。

 特別な目を向けられるのも、期待されるのも何もかもが、本当に嫌だったから。


「まぁ、怒らないから、そう悩むなよ」

『いや、少し考えていたんだ、僕の事を』


「転生者だとバレたくないのに、俺にバラしたのが未だに分からないわ」

『気を向けて欲しかったんだよ、構って欲しかった、守って欲しかったから』


 彼女達の様に、主人公補正だとかゲームだとは考えなかった。

 だからこそ、僕は卑怯な手を使った。


 彼が、どうしても欲しくて。


「はいはい、守ってるんだかどうかは分かんないけど、今も傍に居るじゃん」

『守ってくれてるよ、色々と、ずっと』


 僕の称号、賢者には裏設定が有った。

 ひたすらに知識を蓄え考え続ける事で、僕のスキルは上がる。


 そうして短期間に上限を迎えた時、裏設定、大賢者の称号獲得への案内が頭に響いた。


 《称号獲得条件、賢者タイムへの突入》


 一瞬、何の事か全く分からなかった。

 前世の事で性欲は既に死んでおり、それこそ精通も未だなこの状態で、一体何を言っているのかと。


 けれど、僕はスキルのお陰で直ぐに理解してしまった。


 性的欲求の解放後に起こる、賢者タイムを経験するしか無いのだ、と。

 だから直ぐに自慰をした。


 そして賢者タイムには凄く頭が冴え、様々な言語や魔法を習得するのに役に立った。


 でも、果ては兄に見付かる事になり。

 素直に称号の事を言うと、知り合いの遊び人の称号持ちが居るからと、まるで物語かと思う様な展開になってしまい。


 そこから、こう。


「何で赤くなってんの?」

『ごめん、まだ、こうするのが恥ずかしくて』


「もう他人で恋人なんだし、別に良いじゃん?」


 そう暫く爛れた関係の後に、魔道具職人の称号を持つ転移者が現れた。

 そこで僕は悪徳貴族、腐った金持ちに成り下がっていた家の財産を全て魔道具職人に預け、コチラで任意の称号を持つ者を呼び出せる魔道具を作らせた。


 そして、全ての変更を行える称号を持つ転移者を呼び出し、僕は転生前の体に戻った。


『でも、君の弟を』

「アレはもう死んだと思ってる、あの時に死んで生まれ変わったの。つか人が死に掛けた程度で人格が変わるなら、探索者だの英雄の人格がコロコロ変わって無いとおかしいんだし、アレは死んで当然だと今でも思ってるし」


 彼の内面にも惹かれたのは、この愚かな世界で賢かったから。

 真理を理解する能力が有り、優しかった、けれど力は無くて。


 だから僕は直ぐに家を放棄し、彼と逃げた。

 説明は追々で、と手を引いて。


 それだけで彼は悟ってくれた。

 だからこそ、手放したく無いと思った。


『女にと、願えば良かったね』

「一生に1度、1個だけなんでしょ?ならコレで良いじゃん、いきなり女の子に元は弟ですとか言われても流石に信じられなかったろうし、何なら俺が女になれば良いじゃん?」


『それは困る、まだ女性とは無理だから』

「分かる、五月蠅いし、化粧だ香水だって臭いし」


 力こそ正義、そして次は知恵持つ者こそ正義。

 そう変化しても尚、この世界に同性愛者の立場は無い。


 変化の魔法や魔道具は有るし、もう、性別さえ変えられる存在が居る。

 だからこそ、拘る事がダサい、とすら言われる事も有る。


 でも、コレで良い。

 まだこの世界には同性愛を受け入れるだけの器が無い、道徳も知恵も民度も、何も。


 れけど、この理解が無い世界のままでも構わない。

 こんな世界でも、彼は僕を受け入れてくれたのだから。

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