第2話 魔王。

「なんで、こんな」


 もう、死にたくて死にたくて堪らなかった。

 だからこそ、死んだ筈が。


《おはようございます、スズキ様》

「メリッサ」


《称号をご確認下さい》


 混乱の中、言われるがままにスキル欄を確認すると。

 そこに勇者の称号は無く。


「魔、王」

《はい、蘇生後、転職を司る転移転生者が現れたのでお願いしました。ご気分はどうですか?》


「そ、こんな」

《大丈夫、一緒に世界を革命しましょう》


 俺が、魔王。


 そう自覚した瞬間、全身に激痛が走った。

 爪先から始まった痛みは骨や肉に広がり、果ては皮膚も目も内臓も、何もかもが痛みだし。


「ぅうぐっ」

《すみませんスズキ様、今直ぐに痛みを消しますね》


 メリッサが俺に触れると同時に、痛みが消えた。

 変わりに全身に気色悪い蠢きと、メリッサの呻き声が。


「メリッサ」

《すみません、スズキ様、配慮が足らず》


「一体、何を」

《どうぞ、お気に、なさらず》


「痛みを、ダメだ、そんな事をされたって困る」

《いえ、私、には、コレ位、しか、出来ません、から》


「返せ、そんな恩の売り方、俺に痛みを返せ!」


 言って直ぐに後悔した。

 どうやってか奪い返した痛みに、直ぐに後悔した。


《そんな、スズキ様、私の魔法を、痛みを返して下さい!》

「どう、やったか、分からないんだ」


《なら魔法を返すと強く願って下さい!》

「嫌だ!」


 痛いのも嫌だ、けど恩を売られるのも嫌だ。

 何もかも嫌だ。


 消えろ。


 急に痛みも何もかもが無くなり、目を開けると。

 目の前が真っ白に。


 メリッサも、地面も、何も無い。


《残念、失敗してしまいましたね》


 そう言いながら俺に称号を与えてくれた女神が、時空の亀裂から現れ。


「あの、コレは」

《アナタが消えろと願ったからですよ》


「そんな」

《どうしたいですか?やり直しますか?》


「皆は、メリッサは」

《消えました。どうしますか?やり直しますか?》


「やり直さなかったら」

《あの世界も出来事も転移転生者も何もかも消えたままです》


「そんな、俺が世界を、消した?」

《はい、魔王ですから》


「違う、痛みが消えて欲しかっただけで、違う、メリッサや世界に消えて欲しかったワケじゃ」

《どうしたいですか?やり直しますか?》


「何処から、やり直せる」

《消えろ、そう思う手前です》


「他は」

《無いです》


「もし、このままを選んだら」

《このままです、この世界でアナタは1人》


「やり直すか、このままか」

《アナタも消える事も出来ますよ》


「消えたら、どうなる?」

《ココに近い、無、です。仏教用語で言う輪廻からの解脱ですね》


 無が、死よりも怖いと感じた。


 何も残らない、俺の苦労も何もかもが、残らない。


 だからなのか、怖い。

 どうしてなのか凄く怖い。


 けれど、痛い事も屈辱も嫌だ。


「痛みを感じないなら、やり直したい」

《では、痛み無しでやり直し、ですね》




 スズキ様から奪った筈の痛みが奪われ、私の魔法まで。


《スズキ様、お願いです、どうか》

「大丈夫だ、もう痛くない」


 お顔を上げたスズキ様の顔も、姿も、前とは全く違う容姿になっており。


《スズキ、様》

「すまないが、どうしてこうなっているのか、何も知らないんだが」


《はい》


 私は、全てお話し致しました。


 誰がスズキ様を追い詰めたのか、その切っ掛けは何だったのか。

 何もかも、全て。


「蘇生は佐藤君が、そうか、最高位の治療魔法師だからな」

《贖罪の為に、と、今はお1人だそうです》


「敢えて問題化させる為に、伊藤君と渡辺さんが仕組んだ」

《はい、直ぐに謝罪頂き、スズキ様をお迎えに参ったのですが》


「俺は死んでいた」

《はい、ですので仮死状態にまで戻し、事が済むまでお休み頂いておりました》


「で、その事と言うのが、道徳教育」

《はい、お眠りになってから3年が経ちました》


「3年も」

《はい、不甲斐無いばかりに、申し訳御座いませんでした》


「いや、それは構わない。が、その後は」


《はい、その後は一部の転移転生者が反発、民は便乗し暴徒化》

「だから俺を魔王にした、新しい脅威、カウンターとする為に」


《はい、ですがスズキ様は何もせずとも大丈夫です、全ては私達が済ませますから》


「だが、全部、俺のせいに」

《いえ、魔王のせいです、スズキ様のせいにはなりません》


「戻れるのか、コレ」

《戻る必要が?》


「コレでは何も」

《何もしなくて良いんですよ、スズキ様は何も、私達が全てご用意致します》


「いや、買い物だとか、散歩とか」

《あぁ、でしたら魔法をお使いになれば宜しいかと》


「魔法」

《はい、アナタ様はもう、既に魔王なのですから》




 変身魔法は嫌いだった、誰かを騙す事になるし、媚を売る様で嫌だった。

 けれど。


「悪くないかも、知れない」

《スズキ様のお心の清らかさを表した様なお姿ですね》


 肌は白く、金髪碧眼。

 魔王とは真逆、それこそ本来の俺とも違う。


 これなら、何もかも。

 もしかしたら、何もかも、もっとちゃんとやり直せるんじゃないだろうか。


「コッチの方が良いだろうか」

《どのスズキ様も私は好きですよ》


 謎だ。

 人間だった時は、前はそんな素振りは一切無かった筈が。


「何故、どうして俺なんかに心酔して」

《スズキ様は偉大な英雄、世界をお救いになったのはスズキ様、後から来た者は全て単なる補佐。スズキ様が土台や礎を築き守ったからこそ、ココに平和と秩序が齎された。なのにアイツらは目先の利益、表面だけを評価した、あんな奴ら死ねば良いんです》


 俺が魔王の筈が。

 今、物凄い悪を目の前にしてなのか背筋が凍った。


 俺は、俺を追い詰めた奴らを恨んではいない、どうしようも無いと分かっているから。

 なのにメリッサは、笑顔で。


「そう、あまり死ねば良いと」

《あぁ、ですよね、腐っても資源ですから。肥料か何かにでも使うべきですよね》


 彼女は、本気で。


「その」

《あ、新しい家をお願い出来ませんか?魔王は何でも出来る、お城も直ぐに建てられるだろう、と専門の方が仰ってましたので》


「称号が有っても、スキルはレベルが上がらないと」

《何もせずとも、変身魔法は得られたのでは》


 確かに、願っただけで直ぐに出来たが。

 魔王だから、と、そんな理屈で。


 いや、一応、改めてスキル欄を確認してみるか。


 【魔王スキル 想像と破壊】


「それらしきモノは有るが」

《この一帯を使っても大丈夫だそうなので、どうぞ》


 魔王城。

 そう思うだけ、で。


「こんな」

《素敵ですね》


 怖い。

 世界すら消せる、願うだけで何でも叶う。


 怖い。

 また次もうっかり消してしまったら、次もやり直せるか分からないと言うのに、こんなにあっさりと。


 俺は、俺が怖い。


「怖い」

《いえ、外見が変わってもスズキ様はスズキ様、真面目で優しい不器用なスズキ様、大好きです、スズキ様》


「それは、それは俺に能力が有るから」

《すみませんスズキ様、それは違うのですが、失礼致しました》


 また、メリッサは前の様に、無表情で常に距離が有る状態になった。


 今までが寧ろ演技だったのか、コレが演技なのか。

 兎に角、どちらにせよ、俺は無理をさせてしまっていたのだろう。


「すまない」

《いえ》


 そうだ、コレで良い。

 コレで良いんだ、どうせ俺は利用されるだけの存在。


 それは他の転移転生者も同じ筈、なのだから。


「他のは、どう」

《お気になさらず、それよりお城を探索しては如何でしょうか》


「あぁ」


 勇者のスキルは消え、俺は魔王になった事で、他人の機微が分かる様になってしまっていた。


 メリッサは喜んでいると同時に、悲しんでいる。

 そして尊敬と、憤りも。


《素晴らしいお城ですね》


「君は、一体、どちらが本当なんだ」

《私の心は常に、スズキ様と共に》


 何か思いを口にするだけでも、スキルを得てしまうのか。


 いや、寧ろ気付いてしまったから、だろうか。

 またしてもスキルを得てしまった。


 【魔王スキル 真偽眼】


 信じて欲しいと思うと、オーラは大きくなり俺に纏わり付こうとする。

 そしてその色は、紫や白。


 ただ、この色が一体、何を示すのか。


【白は敬愛や尊敬、そして紫は七つの大罪に従い、色欲かと】

《まぁ、インテリジェンスウェポンになられたんですね、流石スズキ様の武器ですね》


 俺の、俺を刺した俺の剣が何処に居たのかと思えば。

 背中に。


 いつの間に背負っていたんだろうか。


【常に御身と共に、ですから】


《ですがスズキ様を傷付けられた事には憤りを感じざるを得ませんね》

「いや、すまなかった、どうしても」

【良いんです、構いません、自刃の為に使われた事は誠に遺憾では有りますが、最後までお役に立てた事は嬉しく思いますから】


 あぁ、付喪神か。

 そう思ってしまったから、だろうか。


 背に有った筈の剣は軽くなると同時に、軍服を着た美少年が剣を抱え。


《剣精は男性だったのですね》

【鬼切丸と呼ばれていました】

「恥ずかしいから以降は、今、付けた事にしてくれないか」


【はい、畏まりました】

《仰せのままに》


 もし、俺が生まれ変わるなら。

 そう考えた通りの存在が、目の前に。


 ただ、何か違和感が。


「鬼切丸、鞘は」

【僕だけ、です、鞘の手入れは武器商人にお任せしたままでしたので】


 あぁ、確かに愛着も何も無かった。

 けれど、やはり抜き身は、それこそ番となるのだから。


《あぁ、流石はスズキ様、お優しいですね》

【ありがとうございます、ご主人様、サヤもお礼を言っています】


 少し考えただけで、鞘まで具現化した。

 長く真っ直ぐな黒髪をした美少女が、鬼切丸の肩に寄り添い、浮遊している。


「鞘にサヤは、流石に安直過ぎじゃないだろうか」

【サヤは納得していますので、ご心配無く】

《ただ、どうして白いワンピースなのでしょうか》


「あぁ、アレは衛生兵の征服だ」

【鞘に収まると自動回復機能が起動しますので、それでかと】

《あぁ、成程》


 もっと、考えてやるべきだったな。

 せめて道具位は、愛着を持ってやるべきだった。


 そうすれば。


 いや、きっと末路は同じだ。

 役立たずだと謗られ、野蛮だと排除され。


 あぁ、確かにな。

 確かに、ココには教育が必要だな。


「俺に出来る事が有れば、言ってくれと、伊藤君や」

《お許しになるのですね、スズキ様》


「許すも何も、こうなってみて、改めて考えたんだが。あの道が、最短距離だったと、思う」

《もしお許し頂けるので有れば、面会をと言伝を頂いております》


「礼も、言いたい」

《では、参りましょう》


 魔王は、何でも出来る。

 だからなのか、勝手に転移魔法が発動した。


 便利だが、不便だ。




『本当に、すまなかった』

《私は敢えて謝りませんよ、最適解を選択したと思っていますから》


 見慣れぬ金髪碧眼の若い男が目の前に現れた時は、新たな転移転生者かと。

 けれど、その中身は鈴木さんだった。


 そして今は、前の、落ちぶれさせられてからの鈴木さんの姿に戻っており。

 僕は少し残念な気持ちと同時に、鈴木さんらしいと思った。


 けれど、渡辺さんは。


「いや、自刃してすまなかった」


《何で、そう、謝りますか》

「あ、すまない」


 僕と渡辺さんで、鈴木さん魔王化計画は練り上げた。

 仲間を増やそうとした矢先に、自刃されてしまった。


 そして根回しをする間に、渡辺さんは荒れた。

 それこそ精神科医で有りながらも、治療魔法師の佐藤君への罰だと言って、何度も自傷行為を繰り返す程に荒れた。


 激しい心の痛みに、僧侶の言葉は、あまりにも無力だった。


《今は、どう、ですか》

「コレで良かったと思う、ただ後悔は有る、君達にも相談すべきだった」


《ぅう》

『いえ、僕らがもっと信頼を得られる様に努力すべきでした、すみませんでした』

「いや、俺を尊重しての事だと、今なら分かる。周りの気配を察するだとか、そうしたスキルを得る機会も無く、勇者の称号だけを追い掛けていたんだ。すまない」


『いえ、そうしなければ生き残れなかったからこそ、そのお陰で僕らは安全にココで暮らせているんですから』

《そうです、あんな七大竜が居たまま聖女が来たって、どうせ食い物にされて終わりなんですから》


「あぁ、渡辺さんもそう思うのか。俺も、こうなって改めて考えてみたんだが、多分、聖女補正で逆ハーレムだったと。だが、それはそれで良かったと思うんだ、正当な評価さえ有れば俺は」

《あ、もしかして人化したかもと》


「俺の剣精が、こうなった」


 軍服を着た美少年と、衛生兵か看護師の様な恰好した浮遊する美少女が、目の前に。

 彼が眠っている間に、確かに鍛冶師が来て剣精を具現化させていたけれど。


『成程』

《確かにそのルートは有ったかも知れませんが、それは聖女の力で魅了しているだけで、何かの切っ掛けで力を失えば、竜に食い殺されるだけかと》

「いやだが、本当に、真実の愛に目覚めるかも知れなかったろう」


《まぁ、もう居ないので》


 鈴木さんがハッとしたと同時に、微弱な地震が。

 そしてどす黒い雷雲が現れた直後、雹が。


『そんな、七大竜が顕現する予兆と同じ』

「すまない、多分、俺のせいだ」


《あぁ、でも聖女様は既に居ますし、任せてみたら良いんじゃないですかね》

「すまん、いざとなれば俺が出る」

『あぁ、成程、以降はその方向でも考えてみしょう』


「あぁ、すまない」

『いえ』

《いえ、コチラこそ》


 鈴木さんだからこそ、僕は魔王にでも神にでもなって良いとすら思った。

 根が優しく真面目、例え落ちぶれても、栄華を極めても失敗は挽回出来る範囲だろう。


 そして、その予想通り、彼は決して逸脱しない。

 彼は魔王となったとしても、人と寄り添う者なのだから。


「そう言えば、俺を嵌めた者は」

『あぁ、今は高橋さんに行って貰ってますが、高橋さんにも後で会って頂けませんか?』

《と言うか、姿を消して見に行ったらどうかな、コッチを無手で信じろと言うなら証を見せないとだし》


「成程」


 そう言い終えるかどうかで、鈴木さんは姿も気配も消えた。

 多分、隠匿の魔法が勝手に発動したのだろう。


『行ってらっしゃい、鈴木さん』

《またね、鈴木さん》


 寡黙だと誤解される事は多いけれど。

 それはそれで、鈴木さんの良い面だと思う。

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