勇者(まおう)鈴木さんと、愉快な転移転生者達。
中谷 獏天
第1話 最初
《では、称号のご希望は》
「勇者で」
《分かりました、では》
コレで俺は、無双出来ると思ってた。
『あぁ、お疲れ様、掃除屋さん。今日のお給料です』
「はぃ、どうも」
戦う事に特化していれば誰にも負けないだろう、と思っていた。
けれど。
『それで、なんですけど、そろそろ何か思い付きましたか?』
「あ、いや、すみません」
『いえいえ、遠慮無く仰って頂ければ、いつでも案を査定致しますから』
「はい、どうも」
最初は良かった、ただ魔物を倒せば良いだけ、それだけで金が入ったし人も集まった。
それこそ、結婚も。
だが転移転生者が現れ始めた。
《あ、タナカさんだ》
《今は1人だし、声掛けよ》
道路整備に強い者、水路を整備出来る者、衛生観念を熟知している者。
農耕の知識、家畜の知識、縫製や製鉄に鍛冶。
そして、そもそも凶暴化した魔物を発生させない様に出来る者が現れ、俺の仕事を奪った。
聖女と、それに付随してココへ来た策士により、殆どの魔物は暴走する事は無くなった。
『あ、鈴木さん、お仕事でしたか』
「あぁ、はい、数匹程度だったので直ぐに終わりましたが」
『いつもありがとうございます、僕らが仕事に集中出来るのも鈴木さんのお陰です、ありがとうございます』
「あぁ、いえ」
《それで、タナカさん、ご飯はもう食べました?》
《私達コレから出勤するんですけど、試作品を食べて貰えませんか?》
『なら鈴木さんも』
「いや、俺は用事が有るんで、失礼します」
『あ、はい、お疲れ様でした』
《かなり上手に出来たんですけど》
《本物は食べた事が無いから……》
俺はこのまま家に帰れば、温かい部屋で好きな相手が、温かい食事が迎えてくれる。
筈だった。
《お帰りなさいませ》
「あぁ、うん、ただいま」
家だけは立派だけれど、家具は最低限、美術品は殆ど無い。
そしてメイドは1人、しかも彼女はこの街が雇ってくれているメイド。
アイツらが来たせいで、結婚相手も何もかも失った。
《お風呂になさいますか》
「はい、その後に食事で」
《はい、畏まりました》
魔物が抑えられた事で、仕事が減る事が確定した直後、婚約者だった筈の者が俺の資産を持ち逃げした。
だが転移者が捕まえ、街の新しい警備団に引き渡してくれた。
そして別の転移者が資産を取り戻し、資産運用の事まで提案し、信頼出来るメイドも紹介してくれた。
俺が世界中で魔物を殺し回っている間に、世界が劇的に変わった。
今まで声を掛けてくれていた者は、より世界への貢献度の高い奴に靡き、取り
入る様になり。
まるで裏切られた様で、俺は酷く傷付いた。
だがそうした事も、転移転生者が仲裁に入り、露骨に対応される事は無くなったが。
もう大して役に立たない俺に優しくするのは、殆ど同じ転移転生者、だけ。
知っていた、文化文明が発達していない時点で人間性にも限界が有ると。
だがチヤホヤされていた時には気にならなかった事が、落ちぶれてみて始めて分かった、理解した。
まだ、前の世界は平和だったんだと。
「ご馳走様」
《洗濯は終えましたが、後は何か》
「いや、うん、大丈夫」
《では、洗い物を終えたら失礼致します》
「あぁ、ありがとう」
法整備が整い奴隷制度は無くなり、結婚相手でも無い女性が家に泊まる事は、例え使用人でも禁止される事になり。
売春も一切禁止され売春宿も無くなり、酒は治安を乱すからと医療用以外は税率が異常に上がり、怪しい薬も同じく取り締まりが厳しくなった。
そうして平和になった、秩序が齎された。
俺じゃない、他の誰かによって。
《では、失礼致します》
「あぁ、うん、おやすみ」
彼は大英雄。
魔物の凶暴化が抑えられるまで、彼無しではこの街はココまで発展しなかった。
なのに、新しい能力を持った者が次々に現れてから、何もかもが劇的に変化した。
売春宿が消え、酒場が消え、争いが減った。
確かに彼らのお陰、けれど彼が戦い続けてくれなければ。
『あ、メリッサ、まだあんな奴の所に通ってるの?』
『もう時代遅れなんだしさ、相手はちゃんと選びなよ?』
《そうね》
獣人と人に頭の良さの差は大して無い、とは教えられたけれど。
私の様なダークエルフとの差は、無いのだろうか。
彼を敬わなければ、私達は転移転生者を使い捨てるクズになると言うのに。
コレが、人の知能、なんだろうか。
なら、彼が絶望しても無理は無い。
こんな世界、滅んでも構わないと思われてしまっても。
『コレからサトーさんの所に行くんだけど、一緒に行く?』
『病気もケガも治してくれるし、すっごい優しいんだよ?』
《そう、ありがとう、でも今日は用事がまだ有るの》
『そう、じゃあ気が向いたらおいでよ、いつでも』
『そうそう、じゃあね』
未婚女性は未婚男性の家に泊まってはいけない。
そう、治安の良くなったこの街では、泊まりさえしなければ良い。
誰が何人と付き合おうとも、何をしようとも、誰も批判しない。
売春は確かに無くなった。
避妊の魔法、病を治す薬に魔法が有るからこそ、複数人と情を交わす事を恐れなくなった。
そして重婚も、複数人との付き合いも、転移転生者は殆どが行っている。
未だに1人だけに限るのは古い、とすら言われる始末。
けれど、全ての転移転生者が重婚や複数人とのお付き合いをしているワケでは無い。
《ただいま戻りました、タカハシ様》
「お帰り、今日は久し振りに鈴木さんの出勤だったけど、どうだった?」
《相変わらず、ですね》
「もっと教育を広めないとなぁ」
『教育、と言うか道徳、だろうね』
「あー、それそれ、どうも単語が出なくてさ。流石伊藤君」
『いや、その専門だからね、道徳と宗教。僧侶の職がこう役立つのも、彼のお陰なんだけれどね』
「私も生きてられるの、鈴木さんのお陰なんだけどなぁ」
『敬いや道徳、それらの見本になるべき者が、ね。分かるよ、争いを避けるには自分に気が有る者全てと寝る方が、利も有る事は分かるのだけれどね』
「でもさぁ、能力を愛されて嬉しいのかね?」
『精神医学の観点から、渡辺さんはどう思う?』
《赤信号、皆で渡れば怖くない》
「あー」
《再び大きな争いや何かが無い限り、変化は難しいでしょうね、もう安定してしまいましたから》
『功績者を敬うのは良いんだけれど、ね』
《身近で分かり易い功績は、向こうですからね》
完全には分断は起きていない、けれど、転移転生者は大きく2つに分かれている。
ハーレムを形成する者か、しない者か。
ハーレムを形成しない者は街の者にも人気が無い、取り入る術を遮断する融通の効かない者として面倒だ、と僅かに扱いが格下げされる。
そしてハーレムを形成する者には様々な特典が入る、全てにおいて優先され、割引きも当たり前。
それらは争いを回避する為、敢えて暗黙の了解となっている。
それは何故か。
何か言えば妬みだ嫉妬だ、と街の者が非難し始め、果ては。
「あ、ごめんね愚痴を聞かせて、他に何か報告は有る?」
《いえ》
『すまないね、もう休んで下さい』
《はい、では失礼致します》
圧倒的な力を持ちながらも、たった1人を愛したスズキ様。
なのに、お相手は財を持って逃げ出した後、転移転生者に見初められ実質無罪に。
この世界の平和は、あくまでも表面のみ。
私の勘が囁いている、嵐は近い、と。
『メリッサ、アレの何が良いんだろ』
『本当。あ、でももしかして凄い隠し財産が有る、とか?』
『あー、ぽいぽい、だって家がマジで超豪華だし』
『けど美術品とか殆ど無いって有名らしいよ?』
『あー、でもさ、全部お金に変えただけじゃん?』
『でストレージに全部しまってるとか、そんなの絶対にケチじゃん』
『あー、じゃあテクが凄い、とか』
『それか大きい、とか?』
『メリッサ、ガバそうだもんね、分かんないけど』
『ぽいぽい、だって元奴隷でしょ?そんで死んでないとか絶対に好きで体売ってたんじゃん』
『だよねぇ』
『ヤダヤダ、古いオバサンなのにさ、サトーさん気にしてあげるとか超優し過ぎて心配になるよね』
『もうさ、ハメちゃえば?もしかしたらアイツ、マジでヤバい奴かもだし』
『あんな可愛い魔物殺しまくってんだもんね、絶対にヤバいって、やろやろ』
『けどなぁ、ウチらより頭が良いかもだし』
『けど知恵バンクに預けて無いんでしょ?大丈夫じゃね?』
『舐めてブッ殺されても嫌だからさぁ』
『あー、有ったもんね、騙そうとしてぶっ殺され掛けた事件』
『んー、サトーさんには嘘がバレちゃうから、誰に相談しよっか』
『アレ、アレで良いじゃん、告発状?とか言うヤツ、一応は調べてくれるっぽいし、したらサトーさんがメリッサと関われるじゃん』
『天才過ぎじゃない?』
『そりゃね、ウチらとばっかりヤって飽きて捨てられても困るし、数は必要じゃん』
『よし、やろやろ』
『だね』
俺がメリッサに手を出し、虐げている、と。
《いえ、有り得ません》
『何も無い方も何か有った方もそう仰るので、一先ずはご同行をお願いします』
『サトーさんは優しいから大丈夫だよ』
『そうそう、取り敢えずは行こう?』
《すみませんスズキ様》
「いや、うん、行って」
《はい、失礼致します》
佐藤は顔が良い、優しくて評判も良い、何より治療魔法師。
安定した称号、顔、人当たりの良さに知恵。
俺にはもう、金しか無い。
尊厳も名誉も何も無い、未来も、何もかも。
「ごめんね鈴木さん、どうしても調べなきゃならなくて」
「いや、気にしないでくれ高橋さん」
「でも、ごめんね、本当に」
「いや、始めてくれ」
彼女は嘘が見抜ける転移者。
俺の元婚約者を尋問し、俺を守ってくれた。
この先も活躍し続けられる、未来が有る若者。
俺とは違う。
何もかも。
「じゃあ、始めるね」
「あぁ」
ハイかイイエで答えるだけで、彼女の持つダウジングが嘘かどうかを示す。
操作は出来無い、らしいが。
俺より持っている者は、もう、誰も信じない。
「うん、だよね、ごめんね鈴木さん」
「いや、可愛い魔物を狩る悪人と思われているから、もう良いんだ、もう」
この世界には魔王は居なかった。
ただ凶暴化した魔物が居た、だけ。
勇者の称号なんて、もう、最初から意味が無かったんだ。
「そんな、ごめんね、もっと教育とか道徳を広めるから」
「難しい事なのは流石の俺でも分かるから、優先させるべき事を優先してくれ。もう良いかな、休みたい」
「うん、ごめんね、またね鈴木さん」
「あぁ、ありがとう、高橋さん」
どうせ俺に知恵は無いんだ、どうせ考えても、どうせ。
《どう言う事でしょうか、タカハシ様》
「私の能力を疑ってるんだって、いつも鈴木さんに肩入れしてるから、不正をしてるんじゃないかって」
《そんな、私を調べれば》
「それも、私は疑われてるから、彼が担当する事になったの」
『宜しく、サトーだよ』
先日声を掛けて来た獣人の相手、私が見下している獣人の相手をしている、サトウ。
《他の方に頼めませんか》
『他は忙しくて、直ぐに済ませるよ、ごめんね』
けれど長く掛かってしまった。
彼は私の嘘と本当の、波長の違いが上手く読み取れず。
《他の方に頼めませんか》
『ごめんね、そうするよ』
それから更に長く長く掛かってしまった。
その間に、スズキ様は。
《そんな、彼は何処に》
「ごめんね、守ってあげられなくて、ごめん」
スズキ様は街の者に追い出された。
彼は、黙って消えてしまっていた。
《何で、どうして》
「長く掛かっちゃったから、それで、ごめんね」
嫌がらせが始まった直後、イトウ様にだけ居場所を伝え、姿を消してしまったと。
《そんな、彼の名誉は》
「間違いだったって言ってるんだけど、姿を消しちゃったから」
《そんな、どうして》
「もう、嫌になっちゃったって、ココも、何もかも」
《どうして、どうしてこんな事に、彼は、彼は何処に》
『メリッサ、すまない』
「落ち着いたら会いに行こう?ね?鈴木さんが落ち着くまで、少しだけ」
胸騒ぎがする。
物凄く大きな嵐が、もう直ぐ近くに。
《嫌です、無理です、教えて下さいスズキ様の居場所を、お願いです》
『すまない、メリッサ』
意識を失う途中、私は嫌になった。
彼らも、世界も。
『メリッサさぁ、もう良いじゃん?』
『サトーさんは優しいよ?』
《そうですか》
『アンタさぁ、折角転移者様が気にしてくれてるんだよ?』
『この街に貢献して貰ってるんのにさ、ちょっと位はさ、愛想売ったって良いじゃん?』
《私はスズキ様を尊敬しておりますので、誰かに靡く事は不可能です》
『どうせ嘘すら見抜けないんでしょ?』
『バレなきゃ良いじゃん、どうせ遠くに居るんでしょ?』
『ウチらの為にも街の為にもさ?』
『ちょっと位は良いじゃん?』
《では、お会いするだけ、なら》
『よし行こ』
『行こー』
折角、紹介してやったのに。
『凄く、残念だよ』
『いや勘違いされても困るんだけど』
『ウチら皆の為にと思っただけなのに、バカでごめんなさい』
《関わらないで頂ければ結構ですので、では》
『あ、ごめんねメリッサ、本当に』
《関わらないで頂ければ結構ですので、では》
『あぁ、うん』
『ごめんねサトー、先走って』
『バカでごめんね』
『はぁ、やれやれ、もうメリッサには2度と関わったらダメだよ?』
『うん、ごめんねサトー』
『言う事聞く、ごめんねサトー』
コレで終わったと思ったのに。
「佐藤さん、ご同行を」
『高橋さん、あの、一体』
「ご同行を」
『ねぇサトーが何をしたのか言ったって良いじゃん』
『そうだよ、また妬みで仲間外れとか可哀想だよ』
「アナタ達も同行して下さい」
『なんで』
『私達何も悪い事してないのに』
「ご同行を」
『2人共、何か誤解が有るのかも知れないし、行こう』
『ぅん』
『ゎかった』
鈴木さんを陥れたのは、佐藤さんが付き合ってる獣人2人と。
「どうして、伊藤君」
『世界を、革命する為です』
「だからって、何で」
《安定していたら、問題が表面化しなければ変革は起こせない》
「渡辺さん、だからって!何で鈴木さんなの!」
『彼が、彼こそ偉大な英雄だからなんだよ』
《彼は地盤、目に見えない大事な支え。なのにも関わらずココの者が、転移転生者が蔑ろにした事実が必要だったんだよ》
「だからって!」
《私達では足りないんだよ!私達は除け者にされているにしても中途半端、功績だってあくまでも補佐。足りないんだよ、鈴木さんに比べたら、私達には何もかもが圧倒的に足りない》
『他の者を説得して、中には彼を本気で邪魔者扱いしている者にも、協力して貰ったんだ』
《一掃する為にね》
「そんな、次は転移転生者同士で争うつもりなの?」
『いや、それよりもっと大きな、強大なモノと戦う事になる』
《ごめんよ高橋、ごめん》
今度は私が意識を失わされた。
ズルい、ごめん、メリッサ。
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