第6話 ドワーフ3人組

 ドワーフたちが越して来て1週間。打ったナイフを酒や食料品などと交換するために、毎日お宅訪問していたが、通販のスキルでは、私しか画面を見られず、難儀していた。彼らは異世界のいろんなお酒を飲んでみたいそうだが、通販サイトの中だけでも恐ろしいほどの品揃えである。スキルがレベルアップして、ネットで閲覧できるほとんどのものが購入可能になってしまった今、「こんなのがあるよ」と説明するのも限界になってきた。


 というところで、そういえばネット通販楽園には、タブレット端末が売られていたと思い出した。電子書籍が読みやすい「楽園ファイア」、案外お手頃価格で手に入る。試しに1つ買って、私の名前でサインインしたところ、私の通販スキルで見られるのと同じものが見られることが分かった。売買は私のインベントリを通さなければならないが、購入したいものを選ぶなら、この端末で行える。ドワーフ語もバッチリ対応していた。


 というわけで、端末を3つ渡すと、彼らはたちまち釘付けになった。


「おほおう!これは何じゃ!空を飛んでおるぞ!」


「ミドリよ、この石板はどうやって動いておるのじゃ」


「おお!このハムは旨そうじゃな!チーズとピクルスとのマリアージュじゃ!」


 感動屋のシュトゥルムは、ドローンを見て鼻息が荒くなっている。頭脳派のウントはまず、このタブレットの仕組みが気になるようだ。相変わらずマイペースで欲望に忠実なドランクは、食料品コーナーでうっとりしている。


「まあ、好きなの選んでよ。カートに入れといてくれたら、ここに出すからさ」


「ミドリよ!今!今このドローンを出すのじゃ!」


「ワシは明日までにじっくり見て決めるとするぞ」


「ワシも今すぐじゃ!このシャリュキュトリー盛り合わせセットじゃ!」


「はいはい」


 いつもの通り、彼らの製品と引き換えに酒とつまみと明日の朝昼の食糧を出して、ついでにドローンを出しておいた。シュトゥルムは早速酒を飲みながら、手のひら大のドローンをブンブン飛ばしてはしゃいでいる。器用だ。そしてドローンもまた、MPか魔石で動くようだ。


 ウントは酒を飲みながら、タブレットを凝視している。時々私に「こういうタブレットのようなものを作るには何から始めたら良いか」と聞いてくる。文系の私にはよく分からないが、部品を一から作ってハードを完成させるよりは、パソコン買ってプログラミング勉強してソフト面から攻略するのがいいんじゃないか、と提案したところ、早速パソコンとプログラミングの本を購入していた。パソコンもプログラミング教本も日本語、もしくは英語なんじゃないかと思ったら、こちらもなぜかドワーフ語に対応していた。通販スキルは、やはり元の世界のものと似て非なるものなようだ。


 ドランクは酒やつまみをワッシワッシと食べながら、次は何を注文しようか、こちらもタブレットとにらめっこしている。非常に幸せそうだ。彼らとの対話は減ったが、ここ一週間で大体身の上話は終わったことだし、こうして楽しそうな彼らを見ながらお酒を嗜むのも悪くない。朝昼はお互い好きに過ごしているが、一人でゆっくり摂る朝食も良いし、こうしてみんなで焚き火を囲む時間に癒される。良き隣人が引っ越して来てくれたものだ。




 その瞬間、満天の夜空に閃光が走り、爆音が轟いた。結界には一定以上の風は通さないようにしているが、周囲の木が激しく揺さぶられていたので、相当な風圧と衝撃である。何事かと立ち上がってみると、北側の木がことごとく薙ぎ倒され、しばらくすると、遠く北の方の空で爆発のようなものが観測された。


 家の北側といえば、あのエルフたちが思い出される。木が倒れている軌道の先には、動かす前の家があった。アイツら、確実に殺しに来た。よろしい、ならば戦争だ。


 うちの結界に向けた何らかの攻撃魔法が、結界に跳ね返されて、ヤツらがダメージを負う分には因果応報だ。だが、何かしら文句の一つでも言ってやらなければ気が済まない。


 つい先日、ステータス画面を触っていて気付いた、プレイヤー同士のメッセージ機能。レイドバトルっていうの?あんまりゲームしないから分からないんだけど、離れた人にメッセージを送れる機能があるらしい。対象は、全世界、エルフ族、またはエルフ族の血を引くもの。言語はエルフ語。フォントは、ホラーっぽいフォントを赤字で。そしてホラーなエフェクトを追加。一瞬周囲が無音モノクロになるヤツね。


「魔の森に敵対する者に、鉄槌を」


 送信、ポチッとな。


 恐怖に震えて眠るがいい。エルフ族の人がみんな悪い人じゃないかもしれないんだけど、今回攻撃してきたエルフがどこの誰か分からないんで、連帯責任にさせていただきました。ホラーメッセージだけで済ませてあげる私って優しい。いや、結界で反射したんでノーダメなんですけど。




 ドワーフたちは、短い時間で起こったことに放心していたが、エルフの襲撃のことは話してあったので、「あいつら何ちゅう真似をするんじゃ」「ミドリよ気にするでないぞ、ワシらが味方じゃ」などと心配してくれた。そしてドランクが「心配事には酒じゃ!酒飲んで寝れば元気になるぞい!」とお酒を勧めてくれて、家に帰るまでの間、代わる代わる気遣ってくれた。なんていいヤツ。ありがとう三人衆。


 INT(賢さ)のパラメータが上がったせいか、精神が図太くなった気がする。彼らの心配をよそに、その夜は案外ぐっすり眠れた。お酒のおかげだったのかもしれない。




 翌朝、改めて北側を見てみると、木が一直線に切り取られていた。蒸発したというのか、なんというか、ビームで吹き飛んだ感じ。そのまっすぐ向こうの山の中腹で、今もモクモクと煙が上がっていた。かなり距離があるので、望遠鏡で見ても詳しい様子は分からない。ここを攻撃したのがエルフの総意かどうかは分からないが、攻撃に無関係の一般市民が無事ならいいのだが。


「あの方角、あの距離じゃと、恐らくヴィルドラフォレじゃな」


 ウントがつぶやいた。エルフの都市の一つで、魔の森を監視する役割があるらしい。魔の森は半径数百キロの広大な森であるが、魔素、つまり魔力の集まる特異な森なのだそうだ。その中心部に向けて、エルフ族が北側の小高い山の中腹に基地を設けて、異変がないか見張っている。おそらく、今回発射された攻撃手段というのは、エルフが何人かがかりで儀式をもって発動する究極の攻撃魔法である可能性が高い、ということだ。


「その攻撃を完璧に防いだということだ。お主の身の安全は、保証されておる」


 勿体ぶった言い方をするが、ウントは私を気遣い、励まそうとしてくれている。「ありがとう」とお礼を言うと、フン、と鼻を鳴らして目を逸らした。照れている。




 シュトゥルムは、この魔法の軌跡に従って、早速ドローンを飛ばして偵察してきてやる、と息巻いていたが、ドローンの飛行距離は数キロくらいだそうだ。例の山までは、直線で数十キロはあるだろう。目に見えてしょんぼりしていた。


 そういえば、こないだヘリコプターを買ってみようかと妄想したのだが、どうも一人乗りだと500万円くらいのお手頃価格?のものがあるようだ。「ナイフ10本くらい打てば買えそうだけど、どうする?」と言うと、鼻息荒く購入を即決した。乗りたいらしい。早速ナイフを打ちに行った。撃墜されては困るので、結界はサービスしてあげよう。




 ドランクは意外と凝り性で、新しい素材で新しい刃物を打ちたいと躍起だ。彼らの家の前のキャンプ広場に出したキャンプ道具の中に、アルミの食器があったのである。彼らもアルミは軽銀として認識していたが、剛性がいまひとつなので、ドワーフにはあまり人気がなかった。ところがアルミの食器は、細部まで工夫して作られていて、軽くて丈夫で扱いやすかった。これに衝撃を受けたらしい。


 筋力が強いドワーフ族にとっては、重さなど問題にならない。ならば、重くても上質な素材を吟味して、孫子まごこの代まで使える、頑丈な製品を作る。それがドワーフの誇りだった。だがミドリの世界では、それぞれの素材の特性を活かして、さまざまな工夫を加えて、筋力の少ない人族でも使いやすい、軽くて便利な道具を作っている。これはドワーフにはない、すばらしい着眼点だ。


 かくしてドランクは、タブレットから異世界の素材を購入して、それを加工して売却することを始めた。それこそ鉄骨、亜鉛、銅やニッケル、あらゆる合金など、どこからか探してきては、カートに入れていた。一度、インベントリから大量の空き缶が出て来た時には参った。


 ドランクは、それらを炉で溶かし、土魔法で新たな合金を生み出したり、または特定の成分や異物を抽出したりして、精力的に製品を生み出していった。製品といえば、何と言っても武器。重くて頑丈な斧、軽くて鋭い槍、魔力を通すと発光する剣など、彼らの本気が、異世界の素材を逸品の業物に変えていった。一振で、家が買えそうな値段が付くものもあった。


 ちょうど周囲の土地を造成した時に掘り出した、ある程度鉄分を含む石は、そろそろ底を尽きかけていた。辺りに山はないし、地下に坑道でも掘って鉱石を集めなければならないか、などと相談していた頃だ。素材を買って、製品にして売却する。彼らの生活のパターンも、また決まって行った。

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