第19話 深海のドレスと三人娘


レオナルド王子はドレスを一瞥すると、かぶりを振った。

 「ドレスはもう調達済みだ」


と早々にいわれ、首をかしげていた。


 「調達済み……?そもそも、なんで二人とも……私のサイズを知ってるの?」

 「お前がきてる服は王室御用達とはいえ、サイズは既製品だ。それがぴったりとあらば、だいたい察しがつく。調べればすぐにわかるだろうしな」

 「どうせ、平凡なサイズですよ……」

 

 凡人で平凡で普通で悪かったですね、とばかりに紗良は口をとがらせた。

 そして、レオナルド王子の横の侍女は、深い深海色のドレスを出した。


「……どうだろうか」


それはグラデーションで構成された美しいドレスだった。青から始まり、幾重にも重なったその表面のチュールは深海のような色合いに変化していき、添えられたサテンリボンが目を引く。見ているだけでもため息が漏れそうだ。

 胸のあたりには刺繍が施され、ちりばめられた小さな宝石は海に照らされた星空のような輝きがある。


「とても素敵なデザインだけど」


こんな素敵なドレスが、似合うだろうか……?と、困惑する。


「では、決定だな。楽しみにしていよう」

「え」


やはり、出席したくない、と迷いがでる。やんわりと断ろうと紗良はレオを見上げた。

「本当に、出席しなきゃダメ?」

「別に出席しなくてもいいぞ?」


 ――絶対そうは思っていない。

有無を言わさず舞踏会にいかせるからな、といわんばかりの無言の圧力を感じ、しぶしぶドレスを受け取った。

 

 舞踏会開催までもう少しの時間となった。

 支度するため、ドレスを持ちいったん自室へと戻る。


「こんな高そうなドレスもらっても返すものがないんだけれども」


部屋で一人、ぶつぶつといいながら紗良は着替えた。

しかし、思うようにうまくいかない。

アクセサリーも靴もセットで揃えてもらったのに。

なんだか私に対して、ドレスがやたらに浮いているなぁ、と髪型をどうしようかとあくせくしていた。


 ノックを控えめにし、誰かが部屋に入ってきた。

それは、見覚えのある侍女たちだった。

いつぞや紗良を囲んで責めてきた三人の侍女たちだ。

目が合って、今度はなにかと警戒する紗良に対し、侍女たちがソワソワしながら近づいてきた。


「あの、あなた。いえ、紗良さま」

「聖女もどき、なんていって悪かったわ。ごめんなさい」


彼女たちの想定外の言葉に、紗良は言葉を失った。

 「えーと、あなたたち……今頃、どうして?」

 

「私たち大聖堂の中での出来事、きいたのよ……」

「謝りにきたの。ドレスを隠して侍女の服を渡してごめんなさい」

「ひどいこといって、本当にごめんなさい」


三人の侍女たちは、それぞれドレスの箱を持っていた。

 新品同様で、それは手を付けられた様子はない。

 

 返却されても使う気はしないが――、紗良は少し考えた。

 

彼女たちを許すのは簡単だ。

それに、そもそも今では気にしていなかったからだ。

いわれたことも、ドレスを隠された(らしい)ことも。

 今では、侍女の服が動きやすくとても気に入っていて、用意してくれて感謝すらしている。


「そうねぇ。じゃあ……今度、一緒にお菓子を作るのを手伝ってくれたら許してあげるわ」


 三人の侍女は紗良の提案に対し、互いにみあった。


「え?そんなことでいいの?」

「それは罰なの?」

 

もっと責めてもいいのに、といいたげな雰囲気だ。


「もういいわよ、でも……めちゃくちゃこき使うからね。覚悟しておいてね?」


紗良のいたずらな笑みに三人は安心したような表情で頷いた。


「やっぱり、本当にいい人よ」とボソボソと会話する声が聞こえる。


まるっとその言葉はだだもれで、紗良の耳に届いている。

 思わず苦笑すると、そのうちに一人の侍女が声をあげた。


「お詫びにもっと可愛くしてあげるわ!」

「誰もが振り向くほどの美人にね!」

「私たちの腕の見せ所よ!」


妙に意気込んだ三人に囲まれ、あれよあれよの間に紗良はきめ細やかな肌と艶やかな髪、そしてほのかな花の香の――”深窓の令嬢”状態になった。


「うわぁ、あなたたち凄く腕がいいのね……」


髪型も華やかになり、添えられたアクセサリーは先ほどとは打って変わってドレスが似合う出来栄えで、紗良は三人の侍女たちの腕にひどく感心した。

 自分ひとりだと、妙に浮いていたドレスが全く違う出来栄えだ。


「紗良さま、いいじゃない、素敵!本当に最高よ」

「やっぱ可愛いわ!私たちの手にかかればね、このくらい当然よ。もっと褒めてちょうだい」

「いっぱい楽しんできて!今度一緒にお菓子作りましょ!」


なんだかこの子たちも、根は悪い子じゃないのかもしれない、そう思い三人の侍女たちに笑顔で見送られ、紗良は心地よいあたたかな気持ちで舞踏会の広間へと移動した。

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