決闘直前

 歩みを緩めること無く進んだ三人はいくつかのパーティーを追い越し、10階層へとたどり着いた。


 「マジで来ちまったよ」


 未だに到達していないパーティーも多いこの階層に偉助はたどり着いてしまった。


 ほぼなにもしていない偉助からしたらあまり喜べるものでもないためこの階層到達は自分の中でノーカンとした。


 たどり着いてしまったその階層は他の階層とは違い、広々とした作りになっていた。


 魔物が全く居ない光景に不思議な気持ちになる。


 「ここはたしか数は少ないけど、大型の魔物が多かったんだったか?」


 初の階層に戸惑う偉助に、何度も来ている帳が答えた。


 「そうだ。ここの階層は主にボブゴブリンやビッグスケルトンが中心になる。それ故か数自体は少ない。階層もそれに伴って今までの階層よりも広い作りになっている」


 三人は階層を進む。


 「少ないと言っても全くいないな。やっぱりあいつか?」


 その性質上、個体数が多くないのは知っていたが、全く気配のない様子にやはり、先行のパーティーの仕業だと革新した。


 「だろうね。後続とはいえ、僕らも相当に早かったとは思うけど、もう掃除が終わってるなんて手際がいいよね」


 気の抜けた相賀の声は大きい。


 敵が居ないとはわかっていても、帳や偉助はそれに少し眉を顰めた。


 「敵が隠れているかも知れないんだ。油断はするな」


 「そうだぞ周成。さっきみたいに不意打ちかまされるかもしんないだろ?」


 二人の注意に相賀はむすっとした表情を見せた。


 「だから油断とかしてないって。気を抜いたつもりなんて全くないんだから」


 さっきから同じく事ばかり言う相賀に、偉助はやれやれと言った様子で、中々に認めない友人のプライドの高さが伺えた。


 強くなればこうも変わるのかと心配するほどだ。


 「……」


 不気味な一部始終を見ていた帳はもうその話題については触れないでいた。


 ただ、相賀に送る視線が鋭くなっていた。


 「さっきからどうしたんだよ帳。怖い顔して」


 「いや、済まない。なんでもない」


 偉助には言えなかった。


 幼い頃からの友人の不穏な言動を。


 怪しい記憶と正体の知れない謎の少女の事を。


 もう決闘のことなど頭の隅に追いやった帳と、呆れた様子の偉助。そしてこれからの決闘に闘志を見せる相賀の三人が奥へと足を進めた。







 「よう、遅かったじゃないか」


 広々とした部屋に声を響かせたのは先行していたパーティー、決闘を持ちかけた張本人である勇者──京 将暉だった。


 京は広間の中央で、台座のような場所に腰掛け待っていた。


 女子3人も後ろで各々暇を潰していたようだ。


 「やぁ、休憩は十分取れた?疲れたままだったら可哀想だからタイミングを図ってあげたんだ。女の子の前でカッコつけちゃうから気を遣ったんだよ?」


 「うわっチー牛がイキってる絵面きつ」


 弓の整備をしている犬飼の言葉に眉をピクリとさせるも平静を装う相賀。


 すぐに我が物になると自分に言い聞かせた。


 「調子に乗っていられるのも今のうちだ。すぐに格の違いにやめてくれと泣きつくさ」


 立ち上がる京。


 剣を抜いて一歩前に出る。


 ただそれだけで力の差を理解してしまう。


 偉助は京の戦う姿を見たことがない。


 強いとはわかっていたが、初めてその強さの片鱗を肌で感じた。


 京の言う通り、他の探校生とは一線を画している。


 理解してしまう力の差。


 それは隣の帳も同様だったようだ。


 仲間として肩を並べていたときとは違う。


 敵として相対する事で、帳も肌で京の強さを感じ取ったようだ。


 その頬に一雫の汗が伝うのが見えた。


 強引な決闘もこれが狙いだったのかもしれない。


 しかし、敵意を向けられているとはいえ、戦うのはこの二人ではない。


 その武威を真正面からぶつけられても涼しい顔をしている相賀がその相手だ。


 「おいおい、本当に始めんのかよ」


 プレッシャーに気圧されながらも偉助は今でもなんとかして止めようと考えていた。


 やはりと言うべきか教師陣や常駐探索者の気配は感じられなかった。


 京が手を回しているのだろう。


 ストッパーとなる大人に頼れない中で、大きな力を持つ子供二人が大喧嘩を始めれば最悪の結果が訪れてもおかしくない。


 そんなものを容認できない偉助はなんとか二人を止めようと考えを巡らせ言葉をだそうとするが。


 「黙ってろ。お前のことは一番興味がないんだ」


 蔑むような目に、偉助は動きを縫い止められた。


 「将暉。そうやって他者を見下すのはやめろ。そういうところが頂けないと何度も言っているんだ……!」


 短いとはいえ、仲間として時間を過ごした偉助への暴言を帳は看過できない。決して小さくない怒りを言葉に乗せた。


 「凛。お前の居場所はそんなとこじゃない。弱い奴らとつるんでも強くなれないぞ。親父さんを探すために上級探索者になりたいんだろう?だったらそこにいるのは時間の無駄だ」


 「帳……」


 京の言葉に帳に向く偉助。


 第一陣探索者として名を馳せた有名な上級探索者であり数少ない民間でのSランクに上り詰めた男。


 しかしその男は高難度ダンジョンの探索中に姿を消した。


 話には聞いていた。


 探し出すという決意も。


 「将暉。確かに私は消えた父を探すために探索者となった。しかし、どう強くなるかは私が選ぶ。もちろんどこで強くなるかもだ」


 帳の固い意志は揺るがない。


 それがまだ悩みの中であったとしても、その先の結果を選び取るのは帳自身だ。


 決して誰にも邪魔はさせない。


 「それに父はそう簡単に死んでしまうようなたまではないのでな。この際だ、少し寄り道をしてもなにも問題はないさ」


 「チッ」


 思うように動いてくれない想い人に苛立ちを隠せない京は相賀に向き直る。


 今は言葉を重ねても無駄だと気づいたのだ。


 ならばやることは証明だ。


 己の強さを証明して己を認めされる。


 京はそれしかやり方を知らない。


 「もういい?京くんは振られたんだから大人しく引き下がれば良いのに。男の嫉妬は醜いって言うでしょ?」


 その言葉に京の目つきが厳しいものとなった。


 「凛のことは一旦置いておこう。今はお前のむかつくその顔を泣きっ面に変えて動画に収める事で矛を収めてやるよ」


 「勇者がなんだとわっしょいされてるみたいだけどそれも今日までだね。明日からは恋愛勇者とか名乗れば?」


 怒りに震える勇者と、嘲笑を浮かべる帰還者が武威をぶつけ合う。


 戦う気満々の二人に偉助はもう止められないと悟った。


 「いいなぁ。お前は今ここにいなくて」


 手袋を拾わなかった仮病の友人を思い浮かべて嘆息する偉助。


 次にあったら今度こそ一発殴ろうと心に決めた。

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