人の技と火の粉たち

 総攻撃で見るも無惨だった蝋人間の姿が、竜巻の後に急速に再生を始め、既に元の姿とそう変わらないまでになっていた。


 現実味のない光景に絶望的な気持ちを隠せない。


 「逃げるか?」


 理想を口にする偉助の表情は皮肉めいていた。


 「あの速度だ。背中を見せてしまえば確実に捉えられる」


 思い出されるのは自身を吹き飛ばした猛進。


 帳を持ってしても、動きを捉えることのできなかったあの攻撃に、逃げることが叶わないことは帳が一番よく理解していた。


 「あのスキルでも仕留めきれないんなら僕らに決め手がないことになるよ」


 崩落した天井、削られた壁、そして突き抜けてしまった床をみて、威力を物語った相賀のスキルを見て灰は今のままだと打つ手の無いことを理解していた。


 「まだ戦える?」


 「あぁ、体力自体はまだ余ってる」


 「私も問題はない」


 偉助の体力にはまだ余裕があるだろうが、気力が心配だ。


 逆に帳は一度あの蝋人間の攻撃をもらい、その上で三人を守るために、魔術スキルまで庇っている帳の体は、想像以上にダメージが蓄積しているはずだ。しかし本人の精神的な強さ故か、まだ戦闘の意思を見せている。パフォーマンスにも影響は然程無さそうだ。


 2人は依然として生き残るための敵愾心を蝋人間へと向けている。心強い事だ。


 本当に心配なのは……


 「な……だ、よ。有り得ない。こんなのが出るなんて聞いてない」


 ぼそぼそと呟く相賀だ。


 帰還後に見せていた彼の強気なプライドはズタズタに崩れ、恨み言ばかりが呟かれる。


 「周成、気を取り直せよ。お前のスキルのお陰で時間が稼げてるんだ」

 

 魔方陣を展開してスキル行使の兆候を見せていた蝋人間は相賀のスキル後はそれを霧散させ、元の呻くだけの姿に戻っていた。


 よっぽと余裕がなくなっているのか、偉助の言葉にも耳を貸さない相賀は周囲を睨み付けて声を荒げた。


 「シーカー!見てるんだろ!?これはどういうことだ!どうしてこんな上層階層にこんなに強い壊人がいる!聞いていないぞ!」


 「お、おいどうしたんだよ周成。急にお前……」


 友人の豹変に狼狽える偉助に、しかし、相賀の怒声は止まらない。


 「出てこい!シーカー!責任を取れよ!」


 「いい加減にしろ!相賀!敵は依然として目の前に居るんだぞ!」


 帳の怒声にようやく相賀の口が止まる。


 しかし、その矛先は帳へ向く。


 「なら帳さんはどうやってあの化け物を倒すのさ。剣豪なんて上級クラスを得たと言ってもレベルなんて30も言ってないじゃないか。相手はレベル40オーバーの壊人だ。それなのにいつまで偉そうにしているつもりさ!女のくせに!」


 「相賀?お前一体何を……」


 「おい!周成!お前いい加減にしろよ!状況がわかってんのか!」


 仲間割れを起こす相賀に偉助は咎めるように肩を掴んで体を向けさせた。


 「いっくん、君もだよ!何なんだよ今の君は!昔のいっくんはもっと強かった!僕のヒーローだっただろ!?それなのにレベル21?冗談だろう!?有用なスキルすらないじゃないか!そもそも君の家柄を考えればこんな所に来たこと自体が逃げなんじゃないの!?」


 「周成……お前どこでそれを」


 相賀の言葉に絶句の表情を隠せない偉助はそれ以上言葉が出ない。


 「でも、一番意味が分からないのは君だよ。滝虎君。君は一体なんなの?何も見えない。そのくせ強いわけじゃない。なんなの?君は本当に───」


 「───周成!」


 「え?」


 白熱するあまり、蝋人間の存在が頭から抜け落ちていた相賀はあまりにも無防備だった。


 その上、先ほどのスキル行使により、蝋人間の中の驚異度が上書きされていることにも気付いていなかった相賀は、責め立てる事に夢中になり、背中を見せてしまっていた。


 咄嗟に追った目線の先には、自分の代わりに、怪腕に薙ぎ払われる偉助がいた。


 赤い血飛沫を辺りに散らしながら壁に衝突する偉助を視界の中心に捉えて立ち竦む相賀。パリンと何かが割れたように音がして視界が眩む。


 ───やってしまった。


 後悔と偉助の安否が気がかりに視線を動かせない。


 視界の隅に青い塵がキラキラと待っている。


 立ちくらみのように前後不覚になった相賀に再び悪魔の手が伸びる。


 「相賀!」


 帳の声に反応するも時既に遅し。


 帳の足は間に合わない。


 周成は重機にぶつかるような圧倒的な質量さをその身に覚え、瞬く間に意識を刈り取られた。


 倒れる相賀をじっくりと眺めて動かない蝋人間。


 「くっ、そいつから離れろ!化け物め!」


 ───帳一刀流・雉貫


 咄嗟に出たのは修練によって磨いた技だった。


 しかしそれも蝋人間に刃先が刺さるだけで痛手にはならず、目の前の敵はそれを意にも介さない。


 帳はこの戦いで初めて無力感に襲われた。


 次第に怒りが沸き上がり、スキルを使う。顔を覗かせる羞恥を圧し殺して。


 「『兜割り』!」


 またしても胸まで断たれた蝋人間がようやく帳へ振り返る。


 呻き声を咆哮に変えて腕を振り回し、それを後退しながら回避し、倒れる仲間から引き離す帳。


 「ハードスラッシュ」


 その横っ腹に渾身のスキルをかまされた蝋人間は動きが緩み、隙が生まれた。


 「今度こそ真っ二つだ!『兜割り』!」


 再生の間に合わない頭部へ高い威力を擁するスキルが三度振り下ろされる。


 「ヤ"ヤ"ァヤヤャヤヤヤヤャャヤヤャ!!」


 絶叫と共に唐竹に真っ二つとなる蝋人間に、しかし帳は油断をしない。


 「帳さん!」


 「分かってる!」


 真っ二つになりながらも倒れない蝋人間の足元に魔方陣が浮かび上がる。


 今度は急速に、間も無く、氷柱が現れ、全方位に掃射された。


 「くっ『剣牢』ッ」


 至近距離で放たれた相手スキルの威力は高く、『剣牢』で防いで尚、身体にダメージが蓄積していく。


 全方位に攻撃が散ったため、先程よりも薄くなった氷柱に助かった帳はなんとか立っていた。


 「はぁはぁ」


 息を切らして吐く白い息。


 茶色いダンジョンの壁は白く凍りつき、辺り一帯を銀世界へと変えていた。


 肌が薄く凍りついて、動く度にどこかがひび割れる痛みに襲われる。


 周囲を変貌させた元兇は真っ二つの体を徐々に元に戻していっている。断面から伸びる白い溶けたような蝋が幾本も伸びてくっつき、二つの体をずるずると寄せていっている。すぐにも元に戻りそうだ。

 

 逃げるか?いや───


 仲間が倒れた。2人を抱えて逃げるなんて現実的じゃない。それ以前に帳の矜持が許さない。


 武家に生まれ、誰かを護るために鍛えた身体と技、そして心。


 幼い頃から叩き込まれた武人としての矜持が、仲間を置いて、敵に背中を向ける愚行を是としなかった。


 しかし、思い出してしまうのは無力感。


 父に憧れ、同じ門弟と競い磨いた技は、目の前の超常的な存在の前には無力だった。


 そして帳はその技をすぐに見限り、スキルを使用した。


 当たり前の事だ。ダンジョンの中で探索者がスキルを使う。それで初めてダンジョンを巣食う化け物と対等になれるのだ。


 探索者でなくとも、誰だって理解している常識で、現実だ。超常的な存在と対峙するなら己も同じく超常的な力を用いなければならない。子どもでもわかる事だ。


 そんな事は頭で分かってはいても、帳の心は軋むばかりだ。


 自身の身につけた技が、修練も積んでいない、なぜ使えるのかもわからない技に劣っていると突きつけられ、それを己は認めきれずにいるのだから。


 「滝虎!無事か!」


 帳は残った仲間へと意識を向ける。


 「大丈夫だ」


 帳から少し離れた位置に灰はいた。


 目立った外傷はなく、戦意を折られた様子もない。


 全身を霜に付かれ、心のうちでも葛藤に苛まれていた帳よりも元気そうだ。


 灰の居た位置に氷はなく、代わりに水溜まりが広がっていた。


 「なにをしたかは気になるが、今は聞かないでおこう」


 「帳さんもなかなかにしぶといね。流石は剣姫」


 「軽口を叩く余裕があるなら、あいつを倒しきる算段があるんだろうな」


 この状況に陥っても余裕を崩さない灰に苛立ちを募らせる帳は、まるでさっさと倒されるのを期待していたかのような口ぶりの台詞には敢えて触れずに流した。


 「本当は使いたくはなかったんだけど、帳さん、これからの戦闘での事は他言無用にできる?」


 灰の不審な発言に帳は怪訝な顔を伺わせる。


 「どういう事だ?」


 「奴を倒しきるには強くなることが必要、つまりは強化が必要ってことさ」


 「そんな事を今さら言ったところでどうなる!逃げて強くなってからまた戦うとでも言いたいのか!」


 遂に怒りを露にした帳に灰はすぐにどうどうと宥める。


 「私は馬か!」


 蹴りが灰の顔面すれすれで風を切る。


 「僕が帳さんを強化するってことだよ」


 「なに?滝虎……お前は剣士のクラスだった筈だ。己の強化はできても、他人はできない。それは付術師の領分だ。……まさか」


 「そう、僕は剣士くらすだね。だからこれはゆにーくすきるってやつだよ」


 「ユニークスキル!?」


 「そう、それならおかしくはないでしょ?」


 「おかしくないってお前……」


 ユニークスキルは個人に充てられた特別なスキルだ。


 その者の持つクラスの延長戦上のスキルを持つものもいれば、それから外れた特徴のスキルを持つものもいる。どんなスキルが手に入るかは運次第だ。


 「帳さんにもあるでしょ?ユニークスキル」


 「あ、あぁ。私のは剣豪クラスと相性の良い攻撃的なスキルだが、滝虎、お前のユニークスキルは他人の強化なのか?」


 「そうだよ。だから帳さん、君を強化する。今の持てる力を全て出しきって。そしたらあいつも倒しきれる」


 「全力……か」


 すぐに思い浮かぶのは受け継いだ帳家の技。


 しかし、かぶりをふって思い直す。


 今の全力で、より高い効果を発揮するのは比べようもなくスキルの方だ。


 それも帳の獲得したユニークスキルは探校生中、対個人最強スキルだ。


 「わかった。私もユニークスキルを見せるとしよう。ただ、滝虎、時間稼ぎを───」


 「いや、スキルは無しだ」


 「は?どういう事だそれだと」


 「生憎、僕のゆにーくすきるは他の人のスキルと相性が悪いんだ。だからお願い。帳さん自身が身に付けた剣技でお願いしたい。それが見たい」


 灰の妙なお願いに帳は内心で戸惑う。


 スキルと相性の悪いスキル?


 なんだそれはと疑問に思うが、灰の言葉は思いの外、帳の心に勇気を与えた。


 今までの頑張りを肯定してくれているかのような言葉選びに思わず笑みが溢れる。


 「わかった。私の12年の月日を見せてやろう」


 「その意気だ」


 遂に蝋人間が再生を終えた。


 ゆっくりと立ち上がり、呻き声をあげ始める。


 萎んでいたプレッシャーは今までよりも尚大きく、二人にのし掛かる。


 仮想の重力に膝が折れそうになるのをなんとか耐えるのに必死だ。


 「先程よりもやる気のようだな。奴は」


 「そうだね。終わらせよう───」


 まだ回復しきれていないのか、ゆったりと動く蝋人間を前に、灰は剣を床へ突き刺す。


 「────"炎の中に舞う無邪気な幼精、

人々を誘い、遊びを求める。

小さな火の粉を振りまきて、知らずに恐れを招く小さな火精。

周りの人は遠ざかり、残されたのは焦げ跡と足跡のみ。

燻る葉の中で、孤独を知る。

だが人の子よ、火の子を見過ごすな。

その火種は、やがて大きな力を宿すのだから"」


 「灰……それは」


 ───本当にスキルか?でかかった言葉を帳は飲み込む。


 ユニークスキルは千差万別。


 人によって特徴が大きく変わることで有名だ。


 しかし、ここまで長いトリガーワードには初めて出会う。


 足元に青い魔方陣が出現し、宙へと浮かび上がる。



 「『火の踊り子』スパーク・フェアリー付与エンチャント」 


 魔方陣から花火のように火の粉が舞い散ると、一つ一つが意思を持ったかのようにゆらゆらと漂い始める。


 パチパチと弾けるように小さな閃光を瞬かせる火の粉が灰の周りを泳ぐ。


 遊んでと言わんばかりに灰に近づくと、線香花火のように火を散らして灰の服が焦がしていく。


 「ほら、付与エンチャントだぞ。行った行った」


 帳と己の剣を指差して、しっしっと追い払う灰の仕草はどこか滑稽だ。


 手で払われた火の粉立ちははしゃぐようにしてゆらゆらと二振りの剣に吸い込まれていく。


 灰と帳の刀身がほんのりと赤く色を付ける。


 「これ、が?付与術?」


 己の知っているものと解離するそれに頭が追い付かない帳は強化された刀から温かい熱を感じた。


 その熱は刀身から手へ、手から腕へ、腕から全身へと広がり、帳の身体が暖まる。


 凍りついた肌も溶けて、全身が動きやすくなったことを自覚した。


 「凄いな。これは。とても暖かい」


 「ならよかった。そいつらと相性がいいんだろ」


 「これなら奴を倒せるのか?」


 「通じるよ。所詮相手はただのろうそくだ。完全に溶かしてやれば跡形も失くなるさ。そのための火だ」


 「そうか」


 「くるぞ」


 「ダァアァアァアアアアァアァ!」

 

 回復の終えた蝋人間が迫りくる。


 「くっ」


 襲いくるプレッシャーに歯を食い縛る帳。


 脳裏に浮かぶのはいくつかのワードトリガー。


 「スキルは無しだ!」


 「わかってる!」


 帳は鞘へ仕舞いこんだ刀の柄を握り、腰を落とす。


 眼前まで迫った蝋人間。


 恐怖を飲み込み手元の温もりに意識を移す。


 不思議と心が落ち着くような暖かみに身体から無駄な力が抜けていく。


 帳が未だに辿り着けずにいた脱力の域に、この瞬間足先がかかった。


 ─────帳一刀流・猿叫


 鈴のように澄んだ音がりぃんと鳴った。


 ゴブリンメイジに披露した時とはまったく別の音に帳も気付く。


 長く練習した技が、今日この日、最善の一閃を見せた。


 抵抗もなく、刀身が入っていく。


 蝋人間が初めて両腕で胴体を守る動きをみせたが、刀はそれを意に介す事なくすんなりと両断した。


 断面はどろりと溶け落ち、その熱は腕を切り落として尚、蝋の体を端から溶かしていく。


 「オォオオォオォオオオオォオォオオ!?」


 初めて焦りのような反応を見せた蝋人間に帳は今までにない手応えを感じた。


 「一人でもなんとかなりそうだけど、援護するよ」


 灰の剣も、帳のように大きく両断とは行かないが傷をつけることには成功している。


 腕と同じように溶解が始まる。


 「ダァアァアァアアアアァアァ!!!」


 「なっ!」


 蝋人間の周りに浮かぶ複数の魔方陣に帳は驚く。


 今までとは規模が違う事は魔術スキル系統に詳しくない帳でもわかる。


 「心配ないよ」


 大きさも、数もけた違いの氷柱が灰と帳を襲う。


 肌を軋ませるような冷たさが一瞬、全身を襲うが、すぐに熱が冷気を追い出していく。


 「これは……」


 小さな火の粉達が飛び出し、前面一帯を赤く散らし、次々と氷柱を溶かしていく。


 おもちゃに戯れる幼子のようにはしゃぐ火の粉達。


 おもちゃは次々と壊れていく。


 遊び尽くした火の粉達は再び剣に戻っていく。


 それを見た灰はあちゃーと額に手を当てている。


 「付与エンチャント?」


 ただのエンチャントとしては少し遊びが過ぎているような、と目の前の出来事に呆然とする帳。


 「ま、まだ終わってないよ!次!」


 灰は融解が止まり始めた蝋人間へと追加の斬撃を見舞う。


 帳も負けじと刀を振るう。


 腕を切断され、魔術も完封された蝋人間にできることはなく、ただ全身を削られ、溶かされていく。


 「もう少しだ!」


 ラストスパートをかけるように剣速をあげる帳は、ガードすらできず、さらに足がよろめき無防備となった蝋人間に渾身の一撃を見舞う。


 ─────帳一刀流・桃斬り


 大上段からの一刀両断。


 それは剣士スキルの兜割すらも凌駕し、一撃で蝋人間の体を二つに切り裂いた。


 蝋人間は人間のように断末魔をあげながら崩れ落ちた。



 「あぁあぁあっ!!ぁ……り……と」


 「え」


 なにかが聞こえたような気がした帳は有り得ないと意識から弾き出す。


 「おわった……のか?」


 動かなくなった蝋人間にようやく戦いの終わりを感じることが出来た。


 ───────あぁあ。一番つまんない結果になるなんてね。これじゃあ大損じゃないのよ。ほんと時間を返して欲しいわ。だから最後に嫌がらせさせてね。


 どこかから声が聞こえる。帳にははっきりとは聞こえない女性のような声。


 灰にははっきりと聞こえているのかどこかを睨み付けている。


 そしてはっとしたように灰が焦りを見せた。


 「帳!身を守れ!」


 二つになった蝋人間が一瞬で膨張。


 爆音を立ててその遺骸を爆弾とした。


 咄嗟の声に反応できたのは帳をしても上々だった。


 それだけに一瞬の出来事だった。


 閃光に潰された視界が徐々に回復し始め、視界が開けてくる。


 土埃と、焦げ付いた臭い、そして壁が吹き飛び広くなった通路。


 辺り一面に青い光が舞い、土埃と共に消えて行く。


 「ごほっごほっ。ったく、最期の最後で往生際の悪いことしやがって」


 目の前に全身に火傷を負いながら、咳き込む灰が膝をついていた。


 「滝虎!?私を庇ったのか……!?なんて無茶な」


 「大丈夫だよ。頑丈だから」


 「そんなわけが……いや、助かったよ滝虎」


 「どういたしまして、帳さん」


 「しかし、まさか最期の最期で自爆とはな」


 帳の手を借りて立ち上げる灰。


 「うん?この手」


 帳は灰の手のひらにわずかな違和感を覚える。


 「は!そうだ!春日と相賀は!?」


 先に倒れた仲間二人を思い出し、視線を向ける。


 「二人も無事だよ。距離もあったしね」


 そこには倒れた最初と同じ姿勢のままの二人がそのままでいた。


 「息はあるのか……?」


 状況が状況だったために、生死の確認は取れていない。最悪二人は───


 「大丈夫。それもさっき確認した。二人ともちゃんと生きてる」


 いつの間に。


 そう言おうと思ったが、口をついて出なかった。


 彼には秘密が多いと言うことが、今日帳にはわかった。


 あまり詮索をするのはよそうと心に決めたのだ。


 「でも急がなきゃいけないことには変わりはない。だから急いでここからでなくちゃ」


 「そうだな。いそぐとしようか」


 灰が偉助を背負うと、帳は相賀を肩に担いだ。


 灰がその様子をじとーっと見てくるのがわかる。


 「何が言いたいかは何となくわかるぞ滝虎」


 「ごめんなさい」


 さすがに疲労が嵩んだ二人の足取りは重い。


 灰は授業の成績など、タイムオーバーで最低評価になるだろうと少しため息をついた。


 今回のこともどう説明したことか。


 そう考えていたら後ろから視線を感じた。


 「僕の事は内緒だよ。帳さん」


 不信感を抱いているのだろうと簡単に推測できる。


 あれだけ詳しい説明もなく、誤魔化すように力を使えば誰だった怪しむ。


 「わかっている。言いふらして回るような不義は働かない」


 それはよかったと、帳ならその言葉も信用できると灰は安堵した。


 「……ありがとう」


 突然の感謝に灰は振り向いて帳の顔を伺う。


 「なんだ、そんなに可笑しいか」


 憮然とした表情の帳はほんのりと顔が赤い。


 「帳さんと協力できたからの結果だよ。この二人だってそうだ」


 灰がそう言うも、帳はまだ何か言いたげだ。


 「それはそうだ。お前一人の力でもないし、当然私一人の力でもない。そこは一人の力などと思って貰っては私もこいつらも困る。私はただ、その……」


 普段から想像もできない口ごもり振りに灰の顔もきょとんとなる。


 「す、スキルでなく、私の流派の技を肯定してくれたのが……嬉しかったんだ」


 顔を赤くして目をそらす帳がそんな事を言うものだから灰は疲れた表情を崩してくしゃりと笑う。


 「な、なんだ!笑うな!」


 憤慨する帷、しかし灰の表情は変わらない。


 「わ、わらうなと言っているだろう!人が心から感謝を伝えていると言うのに!」


 「い、いや。はははっ。やっぱり帳さんって可愛いね」


 それを伝えると遂に顔をまっかっかにした帳が目を三角にした。多分照れ隠しだろう。


 灰は笑みを溢しながらも逃げるように足取りを早くした。

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