油断はできない戦闘
「まぁ、でもお前もわりぃよ。全然ダンジョン潜らねーんだもん」
「偉助まで、勘弁してよ」
先程のいざこざの原因はほぼ灰にあると言えた。
凛に思慕を寄せる京がその女性のかつてのライバルだった男を気に入らず、凛に友愛を抱く女生徒達が、凛の期待に応えられず堕ちていく怠け者に怒りを覚える。
どちらも一方的ではあるが、これが突っかかってくる原因だ。
つまり灰の努力不足でもあるというわけだ。
「頑張る頑張らないは本人の自由だからとやかく言いたくはねーけど、もったいねぇなとは思うぞ?」
「才能があるって?」
「言われ慣れてそーだな。やなやつ。けどそう。最初の試験であんだけやって素の実力は見せつけてんだ。あとはスキルさえ良いの引けばまた引く手数多だろ」
これは灰を知るものが皆思っている事だ。ダンジョンにさえ数を潜れば、誰もが持っている取って置きのスキルを一つさえ所持していればと。
戦闘というものに始めから順応してみせたのは灰と凛の2人だけだった。特に灰は剣技の腕は凛に劣るものの、戦闘勘は凛の上を行っていた。まるで熟練の探索者のような動きだと試験官が唸っていたのを偉助は近くで聞いていた。
「無いよ。才能なんて」
きっぱり答える灰。謙遜でもなんでもなく、本当に見限っているかのような反応に偉助も詮索の口を止める。
「ふーん、ま、いいけどさ。」
薄暗いダンジョンに沈黙が流れる。
それ以上私語を交わすことなく二人は進む。ダンジョンは本来危険な場所だ。一定間隔で本職の探索者や教師陣が魔物の間引きや生徒の動向を見守ってはいるが、それは飽くまで保険だ。殺意を持った敵が常に命を狙っているのだから考え得る限り最悪の結末は常に付き纏う。それは時折、事故として処理される。年に数回ある悲しい現実だ。灰達とて己の油断でそんな結末になるのは真っ平ごめんだった。周囲に意識を配る。
只でさえ他パーティーより目が足りない二人組なのだから尚更だ。
二人が現在いる階層は5階層。
比較的魔物の数は少なく、その強さも3年生からしたら差程危険な相手ではない。人数有利の作れるこの階層はパーティーがキチンと機能していれば余裕を持って踏破可能な階層だ。
「いるな」
偉助が立ち止まり、臀部側の腰にぶら下げた小剣を引き抜いた。
「数は?」
接敵の知らせに警戒を強めた灰も、ほぼ時を同じくして長剣を構える。
「同数……いや相手の方が多い。敵は3体、気を引き締めろ」
数的有利。それは通常の他パーティーに置いての話だ。
たった二人でパーティーを組んでいる灰達からしたら、この階層であっても油断はできない。数の不利は、敵との実力が大きく離れていない限り、覆すには厳しい条件だからだ。
ダンジョンの通路、暗がりのその先から、ペタペタと乾いた音が響く。足音は3つ。
「来るぞ」
音の後に届くのは光。
暗闇に赤く、爛々と光る妖しい灯。6つのそれは僅かに上下に揺れながら近付いてくる。
一対の赤い光が立ち止まった瞬間。2人の張りつめた警戒心が弾かれた。
新たに生まれる銀線の光と力みから漏れでた怪物の甲高い声。
自身に向けられた殺意を偉助は小剣の一振で叩き落とした。
からんからん、と錆びたナイフが横に転がっていく。
「相変わらず目がいいね」
「それはこっちが視認するまえに攻撃仕掛けてきた相手の事?それとも俺?」
「どっちも」
「そりゃどうも」
闇から出てきたのは小学生程度の身長しかない醜い顔をした魔物。苔色の肌と長い鼻、そして痩せた手足に似つかわしいぼてっとした腹。餓鬼によく似た怪物。ファンタジーの定番とも言えるゴブリンだ。
先制を凌がれたゴブリンはそのまま怯むことなく突っ込んでくる。数で勝っているのだから押せばいいというかのように。
二体が正面からリーチの短い武器を持つ偉助に狙いを定め突進。残った一体が灰を牽制しながら偉助へと距離をつめる。数的不利でこれをやられるとキツイ。
「偉助!」
「援護頼む!」
灰が偉助に向かう二体相手に剣を振ろうとした時、もう一体がぶつかるようにしてナイフを突き出してきての妨害。
ゴブリンの推進力を殺すようにして剣でいなすも、その短い時間で二体は偉助に到達。手数を生かしてナイフを振りかざし始めた。偉助はゴブリンの拙いナイフ捌きを的確に打ち落としていく。
実力差は歴然。
灰の方も、妨害のため吶喊してきたゴブリンをいなした瞬間と同時に剣を返して痛手を与えた。
そのゴブリンは時間を稼ぎたいのか灰の様子を見ている。しかしそれに付き合う道理は灰にはない。すぐに前進して一線。灰の一撃はギリギリで防がれるも得物を弾き飛ばす事に成功した。相手は手負いの丸腰、止めを刺すべく剣を振り下ろす。怯えた様子のゴブリンは一変、鋭い眼光へと戻ると剣を掻い潜るように身を捩って捨て身の突進を仕掛けてきた。
分かっていた。
そう呟くこともなく、敢えて力を抜いていた半身を引き戻す。腰だめから突き出る灰の拳が勢い良く鷲鼻をへし折った。意識の飛んだであろうゴブリンに今度こそ全力の一撃を振り下ろした。
頭からお腹まで割られた死体が転がる。
こちらは終わった。
偉助の方を見やると戦いは偉助の優勢。偉助に傷は1つもなく、対して二体のゴブリンの方は血を流している。
このまま順調に行けば偉助が難なく勝利するだろう。しかし思い出すのはさっき斬ったばかりのゴブリンのその執念。自身が生き残る為ではなく、仲間の勝利の為の自己犠牲。奴等は決して馬鹿ではなく、油断して良い相手ではない。戦闘はいたずらに長引かせない。それは相手にチャンスの芽を与える愚行。だからこそすぐに詰める。
仲間がやられた事は相手も分かっている。灰の接近に片割れが対応。そして当然、均衡はすぐに崩れた。手数が緩まった瞬間、偉助の攻勢が苛烈に変化し、全身を切られて手が止まったゴブリンの喉笛に止めの一撃が突き刺ささった。
灰も弱ったゴブリンを2合で沈め、戦いは終わった。
結果だけ見れば短時間での快勝。
こちらに手傷もなければ体力の消費も大したものではない。
「ふぅー。奴等のやりたいことやられてたな」
敵の作戦の中での戦いを強いられた。
先手を取られ、数の有利を利用され、勢いに押された。
「それにあの連携はフツーにしんどい。俺集中攻撃って酷くない?」
「弱い相手から減らすのは常套手段だからね」
「おい」
「冗談。リーチの長い相手するのがいやだったんじゃない?牽制の投げナイフからそう間もなかったし、最初っから戦いやすい相手からって狙ってたんだよ」
灰は目の前の微かな光の塵を眺めながら思う。随分と戦い慣れていると。知性の感じられない外見からは想像できない戦術に舌を巻く。カラスが路上に固い実を落として、走る車に割らせる知恵を知った時のような気持ちだ。こちらの命を狙ってきているのだから感心はできないが。
「にしてもやりづれーよなあいつら。テメーの城だってのに死兵かっつーの」
「自分の城だからじゃない?知らないけど」
「城が大事ならもっと大勢でこいよ」
「それは困る」
光の塵が消えてからも二人はその場から動かない。
「それにここから先、6階層は敵の数が増える。一度に戦う数も、戦う回数そのものも。それにそこから不意打ちや乱入なんてのも多くなってくる」
下へ続く階段を見ながら灰は剣を鞘へ納めた。
「二人だときついか」
無傷かつ短時間戦闘での快勝ではあったが、それはゴブリンと灰達の実力差が大きく離れていたからできた謂わば力業。
内容と言えば後手後手に回る酷いものだ。ここより強い魔物が湧き、数も増えればさっきみたいな戦闘は命取りだ。
灰達の実力ならば、6階層程度の敵の強さならまだ余裕を持って戦える。数の不利もどうにかできる。
しかしそれは1、2回の戦闘ならばだ。5階層での戦闘回数は4回。次の階層では上手く立ち回って敵を回避しても、同数以上の戦闘回数は避けられない。体力的にも気力的にもキツイ内容だ。
「さっきの戦闘すら強引だったしな」
「因みにこちらに強力な『魔術スキル』があればそれだけで終わってました」
「んなのあったらお前と組んでねーわ」
「それもそっか。感謝しないとね」
「なんもありがたかねーよぉー」
壁に凭れてため息にくれる偉助。
「どうする?進む?時間は少し厳しいけど」
6階層は二人からしたら厳しい難度ではあるが、深く潜りさえしなければ差程危険な所ではない。経験を積むと言う点においてはやる価値があると言える。
「いや、撤退しよう」
「珍しい。修行大好きな偉助君が潔くひくなんてこれは珍しい」
大げさに目を開いて淡々とした台詞を吐く灰。どうやら少しからかっているようだ。
「お前よか真面目なのは自負してるよ。けど駄目だ。小剣に罅が入ってる。多分さっきの投げナイフだ」
「あーそれは仕方ないね。長いこと使ってる武器だよね?大丈夫?」
心配げな灰に手をひらひらと振って答える偉助。
「帰りの心配だけだよ。一応『魔術スキル』も使えるから支援に徹するよ」
「火力たんないよ」
「うっせぇ。ここらの敵ぐらいなら2、3体程度一人でもどうにかできるだろ」
「できるけどしんどいよ」
2人はやいのやいの言いながら階段を背に踵を返した。
再び警戒を張りながらの歩みになる二人。
長い沈黙の中、最初に口を開いたのは偉助。安全圏とも言える4階層に上がった直後だった。
「もうあいつら着いてんだろうな」
誰の事を言っているのか言わなくてもわかる。
「だろうね。育成学校始まって以来の天才って言われてる程だからね」
「京 将暉。あいつがそう言われ始めたのが最近だってのが自分でも信じられねーよ」
二年生の中場、学生にも関わらず、より強いステータスとスキルを得ることのできる上級職へとクラスチェンジを果たした京 将暉という男。学生の時分で上級職を得るというこの学校でも数える程度しかない偉業ではあるが、それだけでなく転職先の職業、それが問題だった。
「職業『勇者』ってなにも知らなかったら笑うよな。てか距離置く」
「本当に勇者だもんね。能力も学生の域越えてるし」
勇者────よくRPGの主人公が運命で名乗らされるそれが、京 将暉の職業だ。今まで確認されたことのない職業に当時は野次馬が集まったものだ。京見たさに学校の外の人間まで駆けつける騒ぎになったのだから。探索者を取り扱う雑誌にも表紙を飾るほどといえばその人気っぷりが想像できるだろう。
職業の珍しさだけではない。その能力が軒並み他とはかけ離れているために今でも注目を集めている。
「羨ましい?」
灰は偉助に問いかける。
「羨ましくないっていったらそれは大嘘だ。すっげー羨ましいよ。あれは俺が目指したい場所だ」
偉助の真剣な返答に灰は少し驚いていた。
雑談程度に、からかい気分で問いかけた言葉に、想定外の偉助の本音に灰は言葉に詰まった。
友の本音に触れる事のできた灰は表情を和らげる。
「そっか、意外だね。偉助がそんなこと考えてたなんて」
「らしくないこといったかもな。忘れてくれ」
「らしくないなんて思ってないよ」
灰の微笑みに偉助の表情が歪む。
「うげ、やめろよその顔。なんか自分のセリフに恥ずかしくなってきただろ」
顔を反らす偉助を見て灰は声を出して笑う。
「はははっ。でもそうだね。公然とハーレムを築きたい!なんて真面目な顔で言えないよっ」
「そこじゃねーよ!!」
灰達が地上に上がったのは制限時間ギリギリの事だった。
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