第24話
時間はほんの少し遡る。
空人は着地と同時に、二振りの刀を握った両手を広げる。
二振りの刀の切っ先が二体のフェアリーテイマーの喉を貫き、命を奪う。
ヒィッと悲鳴を上げたフェアリーテイマーを一刀両断にした。
「密集しているから、こんなことになるんだ」
フェアリーテイマーは厄介な相手だが、一度倒した相手だ。
それに最初に戦った相手よりも弱い。
戦闘意欲が足りず、接近戦に持ち込まれるとまともに対応できない。
最初に戦ったフェアリーテイマーは強かった。
あのときと比べて自分が強くなったという自覚はあるが、それ以上にこいつらに戦意がない。
——なにかが違うな。シェイプシフターではないのか?
最初に戦ったシェイプシフターは、この世界の魔族の姿形をしていた。
いま倒したフェアリーテイマーたちは純粋な魔族で、従っていただけなのかもしれない。
上下関係が感じられたのも、手下という可能性はある。
その証拠に、倒したあと特有の爆発が起こらない。
その気配もない。
背後からどさり、と倒れる音が聞こえた。
振り向けば、一体のフェアリーテイマーが血飛沫に沈む。
ネウラのロングソードから血が滴り落ちており、彼女が仕留めたのだとわかる。
爆発音のような激しい音とともに、フェアリーテイマーの肉体が四散するのが見えた。
一体のオーガがフェアリーテイマーを、鍛え上げられた肉体で粉砕したようだ。
――これでフェアリーテイマーは全滅か。
ゴブリンは残っているが、簡単に倒せる相手だ。
『スキル、インビジブルが付与されました』
『スキル、インビジブルを仲間に掛けるが付与されました』
『スキル、シールドガドリングを手に入れました』
「このスキルというのが、相変わらずゲームぽくて好きではないが。インビジブルというのは名前から察するに役立ちそうだな」
『はい。隠密行動が取れるようになります。衛星からの監視を避けて移動することも出来ますね』
「そいつは都合がいいな」
こちらの動きをリアルタイムに把握されないのは大きなアドバンテージになる。
セティヤのほうを向く。
フェアリーテイマーの集中攻撃を受けながらも、なりふり構わず前に進んでいる。いや、違うか。人質が殺されているのを止めようとしている。あれは服装からセティヤの親族か?
空人は跳んだ。
ほんの一瞬前までいた場所にロケット弾が命中し、土煙が視界を覆う。
胸部に内蔵されたガドリング砲を起動し、ロケット弾を放ってきた敵を一掃する。
セティヤのほうを向けば、彼女にハルバートの刃が振り下ろされようとしていた。
空人はオーガシェイプの戦いで手に入れた狙撃用ライフルを発現させ、ハルバートの刃を撃った。
「ネウラ!」
空人はセティヤのほうに駆けるネウラに、「インビジブル」を付与する。
出血したセティヤをネウラが抱きかかえると、その姿は見えなくなった。
空人もスキル「インビジブル」を発動し、自らの姿を消した。
いまは姿を隠し、撤退するのが最善だろう。
幸いないことに、「インビジブル」をしている仲間の間では姿を視認出来る。
手の動作で逃げる方向をネウラに指示すれば、ネウラは忠実に従ってくれた。
数キロ離れた破壊された教会で、とりあえずは身を隠す。
セティヤを教会の椅子に横にしているが、驚くべき速度で傷は回復している。
これも血のなせる技か。
ただ意識は戻ってはいない。
そんな彼女の手を、ひとりの少女が握っている。
ネウラによると、セティヤの末の妹とのことだ。
「ミノタウロスシェイプはかなり強いぜ」
空人は呟いた。
自分の強さに絶対的な自信があるのも頷ける。
人質を躊躇いもなく殺したのも、その自信の表れだろう。
「ひとりでは勝てない、ということですか?」
ネウラが神妙な面持ちでいう。
「倒せるというビジョンは見える。技量でいえば、倒せない相手ではない。ただ、面倒な相手だ」
「戦士の風上に置けない相手ということでしょうか?」
「ああ、あんな戦い方をされると、厄介極まりないな。気分的には二対一でさっさと仕留めたい」
「なによりあんなことをする輩相手に、遠慮が要りましょうか?」
ネウラの声色には怒りが混じっている。
彼女はセティヤの護衛だが、王族の血が流れている。
自分の親しい間柄が殺されれば、怒りを覚えるのは当然か。
「問題は他に人質――というか、囚われたひとたちがいないかどうかだ」
「空人殿はまだ囚われたひとがいるとお考えで?」
「セティヤは言っていたんだ。王族は徹底抗戦をして、命を落としたって。だが、その王族は五十人以上が囚われていた。この国の王族が命惜しさに降伏するようには見えないし、降伏したほうがろくでもない未来が待っているのはわからないはずはないだろう?」
デマルカシオンがどういった存在で、なにを目的にしているか。
この国の王族は原因を作ったものたちの子孫だ。わからないはずはない。
「人質を取られていたの」
マリーがぽつりと語り始める。
「お父様は、いえ、王は大勢の民を人質に取られていたの。王族が降伏すれば、民の命は保障するって言われたの」
「随分と抵抗したみたいだが?」
ここに来るまでに、あちこちの街で刻まれた激しい戦いの跡を思い出す。
「王は最後まで民を守り、ひとりでも逃がそうとしたの。護衛の騎士を逃げ民を守るために同伴させて、使い切っていたの。王族も全員、マリーみたいな子供以外は戦ったの。この国の王族は全員が幼少から厳しい訓練を受けるし、色々な種族の血が混ざって頑強な肉体を持っているから、普通の兵よりも強いの」
「セティヤも強いもんな」
セティヤはオーガ相手にも互角以上に戦える。
そのセティヤの兄弟が弱いはずがない。
「でも逃げる民を守っていた護衛の騎士たちは、全滅したの。そうして連れてこられた民達を人質に取られて、王族は降伏したの」
「そういうことか」
王族があれだけ生き残っていた理由がわかった。
「大したひとたちだ」
いずれ自分たちが殺されるという運命はわかっていただろうに、敢えて降伏したのだろう。
「お父様から、いいえ、国王ダルム八世から伝言があるの。王族の血を両手で塗りつけろ、とのことなの。お姉さまは意識を失う直前に、みんなの血を両手につけているの」
「あなたがいった言葉ですからね、つけました」
セティヤがゆっくりと起きあがる。
その顔は青白く、横になっていたほうがいい。
だが、セティヤは起きあがった。
敵地となった故郷で、悠長に休んではいられない。
「大丈夫なのか?」
「家族を殺されて、ジッとしてはいられません。父が生きていた理由、なんとなく察しはついていました」
「聞いていたのか」
「起きあがる気力はありませんでしたけどね。マリーの、妹の言葉を聞いていたら悠長に横になっていられませんよ」
セティヤは素直に強いな、と思った。
体だけではない、その心が強い。
「セティヤお姉様はレッドフィンガーについて、わかるの」
「私のこの手が鮮血に染まる! 敵を殲滅しろと唸りをあげる! 殲滅、レッドフィンガー! でしたね。敵の頭を摑み、手に溜め込んだエネルギーを一気に解放して倒していたという拳の勇者を真似した遊び。
いまはこの国の伝統の遊びとして、子供達もよく遊んでいますね」
「お姉様とよく一緒に遊んだの」
「なんというか、その、あれだな」
空人は苦笑する。
「空人、心当たりが?」
「まあ俺の国で人気のある作品から取ったんだろうな。どういうつもりなのか、は知らないけど」
「拳の勇者様は天涯孤独の身だったといいます。この世界に来て、最初は戸惑っていましたが、みんなが窮地に陥っているから命を掛けて頑張っていたそうです。このレッドフィンガーは、拳の勇者様が自分の心を奮い立たせるために使っていたと言い伝えられていますね」
「そうか。その気持ち、わかるぜ」
不安な気持ちはわかる。困っているひとたちを助けたいと思う気持ちも。
自分の心を奮い立たせるために、あの作品をオマージュするのは理解出来る。
「あの作品はこれでもかというほどの愛と勇気の物語さ。それにあるシリーズを救った救世主みたいなところもあるしな。殲滅、レッドフィンガー。いいじゃないか」
「楽しみがひとつ増えました。その作品を見るまで、死ねませんね」
「ああ、楽しみにしていてくれ。これひとつでは終わらないぜ」
空人は握りこぶしをセティヤに向けて出し、セティヤは拳をコツンとぶつけた。
「お姉さま、どっか行っちゃうの?」
マリーが心配そうな顔で姉を見た。
「マリー、全てが終わったら話します」
「つまりお姉様は死なないってことなの?」
「もちろんですよ」
セティヤはマリーをそっと抱きしめた。
マリーは涙を浮かべる。そして泣いた。
泣きじゃくった。抑えていた悲しみが、ぶわっと吹きだしたのだろう。
無理もない。
家族を一度に、それもあんな無惨な殺され方をしたんだ。
こんな小さな子が悲しくないはずがない。
涙を堪えていたのはさすがは王族だというべきだろうが、ここで我慢する必要はない。
泣けばいい。好きだけ泣けばいい。
たったひとり生き残った姉に泣きついて、なにが悪い。
偵察のゴブリンの気配がしたので、そっと空人は教会を出た。
「ただの女の子が家族を失って、悲しむ邪魔をするのは野暮ってもんだぜ」
空人はゴブリン達に向かって駆けた。
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