第16話 首都の攻防 後編

 空人が急報を聞き、現場に到着するまでほんの数分しか経っていない。


 森林同盟六州の首都に敵が現れたのは驚きだが、この国の兵士たちが強いのは先の戦いからわかっている。最小限の被害で足止めくらいはしてくれているだろう、そんな油断があった。


 その甘い考えは、市街地に転がる死体を見て変わった。


 石畳は粉々に砕かれ、家屋は根こそぎ破壊されていた。焦げ臭い匂いが鼻を突き、エルフ達の悲鳴が聞こえる。レヴォントゥレット――誇り高きエルフの都は無残な姿を晒していた。


 エルフ達が街のなかに現れたオーガたちと戦っている。

 オーガは石畳を踏み砕き、破片を建物に隠れたエルフに投げた。建物の壁を貫通し、エルフが倒れる。とんでもない威力だ。


 一目でオーガだとわかったのは、筋骨隆々の肉体で、鬼のような形相をしているだけではない。全身から発する禍々しい気配が、この国のものと明らかに違ったからだ。


 空人は心がえぐられるような気持ちを抑え、クレセントムーンを抜き放つ。


 一体のオーガの胴体が宙に舞った。

 続いて、二体、三体、とオーガたちを斬り伏せる。

 四体目を屠ったあとで、その存在に気づく。

 

 死体が散らばる市街地でオーガが一体、屈伸をしていた。

 オーガは半数に減ったのに、屈伸をするオーガは余裕を感じられた。


「空人。残りは私たちが」


 空人に追いついたセティヤとネウラが、三体のオーガに向かっていく。


「遅かったじゃねえか。お前が遅いから皆殺しにしちまったぞ。ウォーミングアップにはなったがな。なかなかに骨がある連中だったぜ」

「民間人を皆殺しかよ」

「はっ、こいつらは矢を撃ってきたんだぜ。挨拶代わりのゴブリン共は一瞬で皆殺しになった。全員が兵士として、いつでも戦えるようになっている。とんでもねえ連中だぜっ」


 オーガは肩をすくめた。

 

「冥土の土産に教えてやるぜ、俺はオーガシェイプ! デマルカシオン、最強の戦士だ!」


 その言葉とともに、オーガシェイプが眼前に現れた。

 空人は瞬きひとつしていない。

 作業に集中するほど人間は瞬きが減るが、瞬きひとつの間に勝敗が決まるのが戦闘だ。空人は無意識のうちに、戦闘中は瞬きをしない。


 オーガシェイプはいつ動いたのか?

 その疑問を考える暇はない。

 オーガシェイプが拳を突き出してきたからだ。


 空手の象徴であり、最初に習う中正拳。

 特別なものはなにもない。

 それなのにその拳は恐ろしく早く、まともに受ければこのスーツの上でも絶命する――そんな予感を与えた。


 空人は半身をそらしてかわしながら、クレセントムーンを抜き放つ。

 そのクレセントムーンをオーガシェイプは肘と膝で挟んで止める。

 空人は後ろに跳ぶ。

 跳びながら、ミサイルを発射した。

 

「しゃらくせえっ!」


 オーガシェイプは円を描き、残らずミサイルを撃ち落とす。


「マジかよっ!」


 オーガに憑依したとしても、ミサイルを撃ち落とすか普通?


「へっ、俺の一撃をかわすとはな! 大した奴だぜっ」

「あんたもこっちの世界に来る前は、名の知れた空手家みたいだな」

「有名な空手家だったんだぜ。全国に百万人の門下生がいた。いきなり異世界に連れてこられて、肉体を失う羽目になったがよ!」

「百万人の門下生、か。なるほどな」


 全国規模の空手道場は、一言でいえば企業だ。

 オーガシェイプは、元の世界で社長だった。

 集団を束ねる術は心得ている。

 しかも僅かな攻防だが、その実力の高さは身をもって味わった。


 圧倒的な強さと、組織運営をする術を持っているから、オーガたちは従っている。


 ——こいつはマジで森林同盟六州を落とすつもりだな。


 デマルカシオンがどれだけの強力な駒を持つかはわからない。

 だが最初の一手を崩されれば、次の一手を躊躇わせることは出来るはずだ。

 早めにオーガシェイプは倒したほうがいい。


「あんたの境遇には同情するが、非道が許されるわけじゃねえっ」

「おいおい、勘違いするんじゃねえぞ。俺は恨んではいるが、感謝もしているんだぜっ。齢五十を越えて肉体に衰えを実感する日々だったが、この強じんな肉体を手に入れられた。オーガの肉体は素晴らしいぜっ」


 オーガシェイプは胸を叩き、豪快に笑った。


「デマルカシオンのやり方は、あんたの空手道に反するんじゃないのか?」

「俺がデマルカシオン帝国にいるのは強い奴と戦いたいからだぜ! おめえさんみたいな強者を相手に出来るんだ! 辞めるわけねえだろう!」

「お仲間と戦ったらいいんじゃねえか? あんたら、ひとりひとりが勇者としての資質があるんだって聞いたぜ」

「無尽の戦乱を達成出来た後で、そうさせてもらうぜっ! 一万人の弟子どもと狂乱の宴を楽しませてもらう!」

「まさか、タンペレがあっという間に陥落したのは……」

「おうよ、オーガ一万体を徹底的に鍛え上げた。ただでさえ、屈強な肉体を持つオーガどもだ。その肉体を鍛え上げたら、最低でも三倍は強くなったぜ。エルフどもの攻撃なんて欠片も効かねえ」

「マジかよ……」


 まさか単純に鍛え上げていただけとは。

 想定外の答えに驚くが、納得してしまう。


 オーガシェイプが地面を蹴る。

 中正拳だ。

 空人は左手で捌く。

 頭を狙った左回し蹴りが来たので、クレセントムーンで切り落とそうとした。

 蹴りの軌道が腹部に変わる。

 空人は右膝で受け止めた。

 オーガシェイプの左足が地面についた――そう思った瞬間、右足が空人の腹部を蹴り上げる。


「ぐほっ」

 

 空人は後ろに倒れ込む。

 オーガシェイプの踵が容赦なく、頭に向かって下ろされる。

 空人は身体を回転することでかわしながら、クレセントムーンを振るった。

 オーガシェイプは軽く後ろにステップしてかわす。


「てめえ、わざと俺の蹴りを食らいやがったなっ。後ろに倒れたのが演技臭かったぜ」

「あんたの蹴りはマジで効いたさ。このスーツがなければ、即死だった」


 内臓を蹴られた衝撃で吐き気がする。

 オーガシェイプは強い。

 格闘技の有段者が、武器を持っていると判断される理由がわかる。

 鍛え上げられた手足は、もはや武器と同じだ。


 空人も徒手空拳でも戦う術は身につけている。

 だが最初から徒手空拳で戦うつもりの相手とは覚悟が違う。



「いくぜっ」


 オーガシェイプが再び地面を蹴る。

 淀みのない正拳突きが連続して放たれ、空人はクレセントムーンを鞘に戻す。ナイフを両逆手に握った。


 正拳突きは頭を狙ったかと思えば、腹に向けられ――腹を狙ったかと警戒すれば、頭に迫る。縦横無尽な蹴りも混ぜられ、一瞬でも隙を見せれば致命的な一撃を食らう。

 

 防戦一方。

 致命傷は避けているが、こちらも反撃の糸口が見つからない。

 

「ほらよっ」

 

 オーガシェイプが踵で地面を力強く踏みつけ、土埃が巻き上がる。

 ほんの一瞬、視界が遮られた。

 オーガシェイプの正拳突きが、空人の喉を突く――その一瞬手前で、空人は左手で拳を摑み、右手で腕を掴んで地面に叩きつける。


 オーガシェイプの肺から空気が吐き出される。

 空人は敢えて手を離す。

 半歩、下がる。


 オーガシェイプが足腰を使って回転しながら立ち上がった――その瞬間を狙い、クレセントムーンを抜き放つ。


 抜き即漸――それは居合だ。

 鞘から刀を走らせることで、軒下から落ちた雫を三度切ることも出来る速度を出す。


 飛太刀二刀流の元となる薬丸自顕流に伝わる秘伝の居合い術だ。

 飛太刀二刀流の剣士である仙石空人は使うことが出来る。


「ふんっ!」


 オーガシェイプは握りこぶしを作りながら、脇を締める。

 両足を肩幅くらいに開き、内側に向ける。

 自然と内股気味になり、身長が僅かながらに身長が縮んだように錯覚を抱かせる。


「三戦だと!?」


 空手の古くからある、守りの型だ。

 打撃には絶対の防御力があるといわれるが、空人は刃物を振るった。

 クレセントムーンは戦車の装甲さえも、容易く斬り裂く切れ味がある。

 そのクレセントムーンの一撃を、オーガシェイプは受けきった。


 正確に言えば、胴体にクレセントムーンの刃が数センチ食い込んでいる。しかしそこから先、まったく動かない。


「ガハッ」


 正中線の急所に五連撃。

 拳を当てられる。

 空人はよろめき、数歩下がる。

 

「やっぱり堅えな」


 オーガシェイプが跳び上がり、回し蹴りを食らわせてくる。

 空人はかわせずに地面に転がり、その勢いを利用して右に転がり回る。

 

 踵落としが来た。

 地面が割れ、盛大な土埃が舞う。

 

 直撃を喰らえば、首をへし折られているだろう。関節は人体で最も弱い箇所だ。オーガシェイプの踵落としに、関節の負荷が耐えられるとは思えない。


 空人は手をついて立ち上がり、数歩分後ろに跳んだ。

 

「その体を選んだのは正解だな」

「おうよっ! 人間の身体では三戦でも刀を受け止めるなんて、出来るはずがねえっ! この身体のおかげだぜっ」


 まさしく化け物。

 剣道三倍段というが、刃物があって対等だ。


 セティヤの拳とネウラの剣が、オーガシェイプの左右から襲いかかる。

 オーガシェイプは軽々とかわす。

 それどころか、ふたりに正拳を叩き込む。


「セティヤ! ネウラ! 大丈夫か!」


 セティヤとネウラは痛みに顔を歪ませ、起き上がれない。

 無理もない。

 パワードスーツを着用している自分でも、オーガシェイプの一撃は相当な衝撃だ。生身の二人が生きているだけでも大したものだ。


「三対一とは興が乗らないな。この勝負はお預けだ」


 オーガシェイプは飄々とした態度で、空人達に背を向ける。


「次を楽しみにしているぜ」


 オーガシェイプは森に向かって駆けていく。

 空人はその後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。






 オーガシェイプが去った街中を、空人は見渡す。

 エルフ達の首都、レヴォントゥレットはほんの少ししか知らない。

 首都だけあり、色々な施設があるのだろう。

 空人が知るのは、街中が活気溢れるものということだけだ。

 その活気はオーガたちの襲撃で、どこかに消え去ってしまった。


 瓦礫が散乱し、エルフと新たにオーガの死体が転がっている。

 生き残ったエルフ達は、黙々と片付けを始めた。

 死体が散乱している状態で放置するわけにはいかない。 

 エルフ達の顔は悔しさが満ちていた。


 勇者として召喚されたのに、守れなかったことに罪悪感を抱く。

 自分がもっと強ければ、エルフ達にあんな顔をさせなかったのに。

 

「民間人を守れなかった……俺がもっと強ければ」


 空人は拳を握りしめた。


 せめてオーガシェイプを倒せればよかったのだが、逃げられた——いや、三対一でも勝てなかった。期待外れだから、見逃してくれたというのが正しいんだろうな。


 もしあのまま戦い続けていれば、自分たちは死んでいたかもしれない。

 空人はヘルメットのしたで唇を咬んだ。 


「大丈夫ですか、空人」


 セティヤが声を掛けてきた。

 その顔は痛みを耐えていて、苦しそうだ。


「あんたこそ、大丈夫なのか?」

「フィウーネ王室のものは、頑丈ですから。前にも言いましたが、様々な種族の血を入れているので強いのです」

「そういえば、そんなことを言っていたな」


 黄金筋だったか。

 セティヤはゴブリンを握力で握りつぶす力を持っている。

 ネウラもふらふらとしながら起きあがるところを見るに、大丈夫そうだ。


「悔しいが、俺は勝てなかった。あいつは強い」


 空人は悔しさを滲ませながらいった。


「では、このまま勝てないと?」

「そいつはないさ。次は勝つ。キビセルカの作戦のときに、あいつをぶっ潰してやる」


 空人は自分に言い聞かせるようにいった。

 同じ敵と何度も戦うつもりはない。

 次こそは倒す!

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