第13話 Side MA - 16(-6) - 13 - あっぷるつりー -
Side MA - 16(-6) - 13 - あっぷるつりー -
俺の名前はイッヌ・ネッコォ、ローゼリア王国上級貴族、ネッコォ家の長男だったが今は国から逃げてラングレー王国の田舎に居る。
俺をここに連れて来たゴリサンは庭に生えている草が気に入らないらしい、今は草を抜き花に水をやる為に家の横にある湖に水を汲みに行っている、その間俺は妹が用意した家に入り中の様子を見て回った。
家の中は明るいが静かだ、たまに聞こえる鳥の鳴き声以外何も音がしねぇ。
俺はまず1階の居間、次にキッチンと順番に扉を開けて中を確認する、この家には風呂もあった、平民の家には普通風呂なんて無いが綺麗好きのシーマらしいな・・・。
キッチンにはでかい魔導具がある、置いてあった説明書を読むとこれだけで煮る、焼く、蒸す・・・一通りの料理が出来るようになってるらしい、だが俺は料理なんてしたこと無いから使い方はさっぱり分からねぇな。
2階は両親と俺の部屋、それから妹の部屋があった、置いてある家具や調度品でなんとなく誰の部屋なのか分かる、妹の部屋には可愛らしい椅子とテーブルがあった。
「2階は使わねぇだろう・・・俺一人なら1階だけで十分だ」
家の中を見終わった俺は外に出た、庭の隅にある納屋も見ておこうと思ったからだ、納屋の中には・・・。
「なんだ・・・これは」
「オーニィ商会が開発した馬型の魔導具ですよ坊ちゃん、ここは田舎だから馬が無いと生活できないんです、こいつなら世話は要らない、草も食わないしクソもしない、魔石を入れると馬みたいに走る、ですが半年前に出たばかりだからこの辺じゃぁ珍しくて目立つかもしれないですね」
俺の後ろでゴリサンが説明してくれた。
「俺は目立つとまずいんだがなぁ」
この場所に来る途中、ゴリサンには俺が国から追われている事も話してある、少し驚いたような顔はしたが「そりゃ大変だったですね」と言うだけで深く聞いて来なかった、見た感じ衛兵に俺を差し出す気は無いようだ。
「私は今から老夫婦の所に行ってこの家の主が来た事を伝えて来ます、しばらくの間は彼等が毎日食事を届けてくれる事になっていますので」
そうなのか・・・飯をどうするか考えていたから助かる。
「だがずっと世話になるわけにもいかねぇな、金はしばらく暮らせるくらい持ってる、近くに街があるなら店で勝手に食うぜ、どこかに雇ってくれるところがあれば一番いいんだがな・・・」
「それなら葡萄農家やってる老夫婦の所はどうです?、人手不足だって言ってましたからここでの生活が落ち着いたら働かせてもらうのもいいかもしれませんね、このセフィーロの街ではワイン作りが盛んでして、近くの農家はみんなワイン工房に葡萄を売っているんですよ」
「そうか・・・何日かのんびりして、気持ちの整理がついたらお願いしてみるか・・・俺みてぇな貴族の馬鹿息子でも務まるかな・・・」
「力仕事なんで最初はきついかもしれませんねぇ」
そう言ってゴリサンは馬車で老夫婦の家に向かった。
「・・・」
あれから40日経った、俺は何もする気がおきなくて1日中家の前のベンチに座って森と湖を眺めてる。
老夫婦はそんな俺によくしてくれている、シーマから前金をもらってるからだろうが・・・人の良い奴らだ、毎日昼になるとその日の昼飯、夕飯、翌日の朝飯を持って来て、庭の手入れをして帰っていく・・・。
庭は放っておいて構わねぇって言ってるのに・・・。
セフィーロの街には何度か行った、馬型の魔道具に乗って朝遅くに出ると昼前には丘を越えて街に着く、だが街は活気が無く寂れていた、本当に何も無ぇ!。
1軒だけあった食堂兼酒場に入ったが飯は不味かった、馬の魔導具も変に注目を集めちまったからここ最近は街にも行ってねぇ・・・ちなみに納屋に3台あった馬の魔導具のうち1台をゴリサンにくれてやったら喜ばれた。
ここに来て考える時間は腐る程あった、両親と妹が死んだ悲しみが今になって重くのしかかって来やがる、それに・・・婚約者だったマリアンヌへの仕打ちも・・・ありえねぇ・・・。
親父に勝手に決められた婚約者を一方的に嫌った、あいつは俺に何も悪い事してねぇのによ・・・俺は本当に最低のクズだ・・・。
自己嫌悪に陥り、後悔して、時間だけが過ぎていく、気付いたら涙を流してる事もあった・・・。
今日も何もしねぇで1日が終わるんだろうな・・・そう思ってたら珍しく客が来た。
「イッヌ様、お久しぶりです」
でかい荷物を担いだ執事のジョーイフール・グァストォだった。
「お前・・・何でここが分かった?」
「シーマお嬢様に場所をお聞きしておりました」
「それでわざわざラングレー王国まで俺に会いに来たってか?・・・」
「はい、奥様とお嬢様がお亡くなりになった日よりイッヌ様はお屋敷にお帰りになりませんでしたので、預かっておりましたお手紙と・・・ご家族の遺骨をお届けに」
「遺骨・・・」
ローゼリア王国では昔は土葬だったが疫病が流行ったり精霊や不死族の手によって死体がアンデッドになる事件が多発、100年前から土葬は禁止されて火葬になった・・・と聞いている。
「旦那様は処刑され罪人として死体は廃棄されました、ですが私の「知り合い」に頼んで骨の一部を入手しております、奥様とお嬢様につきましては勝手ながら私の方で全て手続きを終えたのですが・・・お屋敷をはじめ別荘や墓地に至るまで全て王家に接収されてしまいましたので」
「・・・入れる墓地も無い・・・か、手間をかけたな、ありがとう・・・ジョーイフール」
俺の言葉を聞いたジョーイフールが目を見開いた・・・。
「なんだよ」
「いえ、イッヌ様にお礼を言われるのは何年ぶりだったかなと・・・」
「景色の良い穏やかな場所に長く居ると極悪人だって少しは変わるもんだぜ」
「・・・」
「ゴリサンに言って庭の奥に墓を作ろう、墓石も用意しねぇとな・・・あいつ勝手に俺が庭をいじると怒るんだ・・・ふふっ・・・俺の家なのにな・・・面白ぇだろ」
「・・・」
「お前この後どうするんだ?、泊まっていくか」
「本当に表情まで柔らかくなられて・・・うぅっ・・・このジョーイフール、嬉しいですぞ!・・・いや失礼しました・・・実は私、イッヌ様に再びお仕えしたく、ここまで押しかけて来てしまいました」
「おいおい・・・俺は今何もしてねぇ、そんな奴のところに居ても仕事なんて無ぇぞ」
「そうか、屋敷は人手に渡り、別荘や資産は全部没収、爵位は剥奪か・・・」
「はい、イッヌ様、手配されておりますのでくれぐれもローゼリアには戻られませんよう・・・」
「戻る気は無ぇよ」
「お嬢様はそれは楽しそうにこの家の設計をされていました、・・・ここはお兄様のお部屋、キッチンで料理を練習するんだ、家族みんなで食べたら美味しいだろうな・・・私が結婚して家を出たら私のお部屋は子供部屋にしてもらおう・・・と」
「・・・」
「旦那様が王城に連れて行かれた後、お嬢様は体調が酷く悪化して倒れられました、恐らく自分の死を悟ったのだと思います、意識を失う前に手紙を託されました、新しい私達のお家、行けなくなって残念だ、悲しいと・・・何度も呟きながら・・・」
「・・・」
「こちらは預かっておりましたお嬢様からイッヌ様宛のお手紙です、それと、奥様が書かれた遺書も・・・」
「そうか・・・読んでいいかな」
「はい、もちろんでございます」
俺は妹からの手紙を読んだ・・・。
「ぐっ・・・うくっ・・・・」
「イッヌ様、泣きたければお好きなだけお泣き下さいませ、ここには私しかおりません」
俺はジョーイフールの前で幼い子供のように泣いた・・・長い手紙には俺への気遣いと優しさが詰まっていた、そして最後には・・・愚かな俺への感謝まで書かれていた。
(大好きな兄さん、今までありがとう、私は兄さんの妹で本当に良かったと思っているのですよ、どうか元気でね・・・シーマ・ネッコォ)
お袋の遺書も読んだ、一人で残されるであろう俺への心配と、先に命を断ってしまう弱い自分を許して欲しいと書かれていた。
「奥様の残された遺書は先に読ませて頂きました、家の事が書かれているかも知れませんでしたので・・・手紙と一緒に置いてあったイッヌ様宛の遺品は王家に接収される前に私が回収しております、それと僅かですが屋敷から持ち出せた金貨もございます」
「そうか・・・」
ジョーイフールから手渡された小さな箱の中には宝石がいくつか入っていた。
「このネックレス、確かお袋が一番大事にしてた奴だな、嫁いで来た時にも身に付けていた母親の形見だと言っていた」
コンコン・・・
「おや、こんな時間に誰だ?」
ジョーイフールと今後の事について話していたら誰か来た、なんとなく嫌な予感がするぜ、もう日も落ちて外は暗い、こんな森の一軒家に誰が尋ねて来るってんだ・・・。
ドンドン!ドンドン!
「おいおい、そんなに乱暴に叩くなよ、新築なんだぜ・・・ジョーイフール、お前あとを尾けられたようだな」
「そんな・・・っ、も・・・申し訳ありませんイッヌ様!、このジョーイフール、一生の不覚!」
「仕方ないさ、お前が尾けられるなんて余程の凄腕だろう・・・王家の影かもな」
がちゃ・・・
俺はドアを開けた、外には商人風の服を着た2人組が立っている。
「イッヌ・ネッコォ様ですね」
「あぁそうだぜ、俺はお尋ね者のイッヌ・ネッコォだ」
逃げる様子もなく素直に認めた俺に驚いているようだな。
「ローゼリアに連れ戻せって言われてんだろ?、いいぜ、大人しく行ってやるからよ」
「いえ、連れ戻せとは命じられていません」
「は?」
「王城への侵入についてはシーマ・ネッコォの指示によるものと判明、首謀者死亡の為イッヌ様が罪に問われる事はありません、残るウンディーネ家への無断侵入及びマリアンヌ・ボッチ様誘拐、傷害罪については条件付きで訴えを退けるとの事、我々はその条件をお伝えに参りました」
「条件?」
「マリアンヌ様の「許し」があるまで本人への接触を禁じます、加えて隠れ住む街の外に出る事なく謹慎せよと」
「それだけか?」
「マリアンヌ様は捕まえて罰せよと主張するウンディーネ家当主の前で頭を床に擦り付けて慈悲を乞われました」
「マリアンヌが?・・・何故だ」
「家族と財産、地位を全て失い、彼は十分な罰を受けた・・・との事です」
「そうか・・・」
あれから1年が経った。
俺に仕えたいと言ったジョーイフールは説得してローゼリアに帰した、あいつには息子が居て家もあるし下級だが貴族家の当主でもある、こんな田舎で人生を無駄に使わせるわけにはいかない。
言い聞かせるまで3日ほどかかって大変だったな、帰る時に今までの礼だと言って金貨を何枚か押し付けた。
俺は老夫婦の持っている葡萄畑で働いている、かなりの重労働で最初はきつかったが今はもう慣れた。
それから・・・時々家に様子を見に来るゴリサンに頼んで料理を教えて貰ってる、スターレットの街にある寂れた食堂は実はあの辺りでは味が良いと評判の隠れた人気店なのだそうだ。
俺は筋が良いらしいからこのまま腕を磨いてセフィーロの街に「エリィの食堂」2号店を出せと迫られて困っている。
マリアンヌには手紙を書いた、読まれたかどうかは分からねぇが、訴えを退けてくれた礼と俺のやった馬鹿な事への謝罪をした、まぁ、こんな事で許してくれるとは思ってねぇがな。
「坊ちゃん、セフィーロの街の中で売りに出されてる宿屋買いましょうよ、そこの1階を食堂に改装して・・・」
「待て待て!、俺は葡萄畑の仕事が忙しい、店やってる暇なんて無ぇぞ、それにお前は3日おきにここに来てるが自分の店は大丈夫なのかよ」
「私が留守の時は嫁と嫁の親父・・・義父がやってますよ、元々義父は私の料理の師匠だから私が作るより客の評判がいいんです」
「・・・」
「お嬢様、お手紙が届いているのですが・・・」
「カーラさん、ありがとう」
「旦那様からは読みたくなければ読まなくてもいいと・・・」
「え、誰から?」
「クソ野郎・・・いえ犬畜生・・・失礼・・・イッヌ様からです」
「・・・」
「どうします?、私は読まずに破り捨てる事をお勧めします」
「・・・読んでみるの」
ぺりっ・・・
ぱらり・・・
「どうでした?」
「・・・酷い事をしてごめんなさいって書いてあった、それから・・・今は葡萄畑で真面目に働いてるって、その葡萄で作ったワインが美味しいから今度送る、直接送られても気持ち悪いだろうからローゼリアの王都で市販品を取り扱っている商会に頼んで送ってもらう・・・だって」
「・・・あのクソ野郎、改心したのでしょうか?」
「お姉様から聞いた話だと王家の影がしばらく監視してるそうなの、その人達の報告だと毎日真面目にお仕事してるんだって」
「私はまだ許せません、お嬢様の身体にあのような刻印を・・・」
「私はもう気にしてないよ、でも結婚は無理そうだよね、私って「傷物」らしいから」
「誰がそのような事を!」
ゴゴゴゴ・・・
「この前の夜会で私に話しかけてきた令嬢・・・」
「すぐに旦那様に報告してウンディーネ家からも抗議を!」
「わぁぁ!、カーラさん、私は平気だからもういいの、うちはお金持ちだからパトリックが私を一生養ってくれるって、それに・・・私、お洋服のお店をやりたいなぁ、ずっと夢だったの、このお家で養ってもらえるなら好きな事がしたいの、私が作ったお洋服を並べて売るの、どうかな?、素敵だと思わない?」
「え・・・お嬢様・・・あの・・・アーノルド様はどうされるのでしょう?」
「ノルド様?、・・・どうされるって何の話かな?」
「いえ、アーノルド様のお相手というか・・・婚約の件は」
「ノルド様なら上級貴族の誰かと結婚するんじゃないかな、すごいお金持ちらしいから放っておいても結婚したい令嬢が群がって来ると思うけど」
「(お嬢様・・・私、本気でアーノルド様がお可哀想になって来ました・・・)」
「どうしたのカーラさん、私何かおかしな事言ったかな?」
「いえ・・・なんでもありません・・・」
あれから長い時間が流れた、俺はセフィーロの街で雇われ料理人をやっている。
ゴリサンが目をつけていた宿屋は10年ほど前にドック・フューチャという魔導士が買った、彼がオーナーで俺は店長兼料理人という立場だが経営は好きにやっていいという契約だったから二つ返事で話を受けた。
店の名前は「アップルツリー」内装もシーマが生きていたら喜びそうな洒落たものにした、「エリィの食堂2号店」という名を推していたゴリサンはシバいて黙らせた・・・というのは冗談だ、食通の間では有名な「エリィの食堂」の名前に頼らず俺だけの力でどこまで出来るかやってみたかった。
今や「アップルツリー」は街の人間のほとんどがここで食事するようなレストランに成長した、併設している宿屋の従業員5名は俺が面接して雇った、時々レストランに入って手伝って貰っている、王都からこの街までの道が整備されつつあるから最近は宿の客が増えてきた。
カラン・・・
「やぁ、リゼちゃん、いらっしゃい」
「・・・ディアズ店長、また来たよ、・・・ミートソースパスタと、持ち帰りでチーズピザをお願いします」
ドック・フューチャの友人、リーゼロッテ・シェルダンはこの店のパスタがお気に入りらしく時々店にふらりとやって来て美味そうにパスタやピザを食べ、ワインを買って帰る。
サラサラの銀髪に青に近い灰色の瞳をした幼女だ、俺は一目で彼女が誰の娘なのか分かった、シェルダン・・・か。
あの夜会でマリアンヌは筋肉モリモリマッチョ男に迫られて怯えてただろ・・・どうやって気弱なマリアンヌを落としたんだか・・・だがもう俺にはどうでもいい事だ。
「はい、お待ちどおさま、デザートの葡萄は私からのサービスだよ」
「わぁ・・・ありがとう」
「最近オーナーが来ないんだよ、リゼちゃん何か知ってる?」
「忙しいだけだと思うよ・・・あ、そういえばこれからここに観光客が増えそうだから宿屋の規模を拡張しようかって言ってたよ」
「今の従業員だけじゃきついなぁ、それなら誰か人を雇わないと・・・」
俺の店は美しい街の小さなレストランだ、常連客との何気ない会話が心地いい、趣味の延長で始めたのに売り上げは順調だ、しかもオーナーは大金持ちだから店が潰れる心配は無い。
俺みたいな悪人がこんな平穏な生活をしていいのだろうか・・・そう思う時もあるが・・・まぁ人生なんて何が起きるか分からねぇ方が面白いだろ。
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