第23話 再会
一月の釧路での事件から五カ月が過ぎようとしていた。
寒い季節は終わり、春も過ぎて真夏の暑さが堪える、暑さが熱さに変わる季節だ。
潜入捜査から半月が過ぎて事件が起きた。
その日、浅草ひさご通りの探偵事務所に車椅子ではあるが岡引一心が戻った。
事務所は二階でエレベーターは無い。息子と甥っ子に娘を加えた三人がかりで一心を抱いて階段を上り、静が運んだ車椅子に乗せられた。
一年余り不在にした事務所は懐かしく感じるが、いよいよ決戦だと思い緊張感も高まっていた。
その夜中だった、日付が替わって直ぐ市森から丘頭警部へ赤井川創語が自殺を図ったと一報が入ったのだった。
赤井川創語が書斎で七輪で炭を焚き一酸化炭素中毒で倒れていて、妻の沙希は救急車に乗って一緒に病院へ行ったと言う。
丘頭警部と知らせを受けた一心が赤井川宅に着いたときには、まだ創語の生死ははっきりしていなかった。
市森の話しでは、その夜も書斎に出入りしたのは創語だけで、沙希が書斎へ入ったのは夜の十一時過ぎ飲み物と夜食を持って行った時だけだと言う。
入ってすぐ沙希の悲鳴とせき込む声がして、市森が急いで書斎へ入った時には創語は椅子にもたれ掛かり沙希は床に倒れていた。ひと目で一酸化炭素だと確信し、大急ぎで窓を開けて、脈の有った沙希を先にリビングへ連れ出し、続いて創語も。それから救急車を呼んで丘頭警部に一報を入れたと言う。
沙希はリビングで意識を取戻して握っていた封書を読んで号泣し、救急車に乗る時にそれを市森に託して行ったと言う。
それに目を通した丘頭警部が驚きの顔をして一心に手渡した。
そこへ市森が「書斎の机にこれが有りました」
丘頭警部に大きな封書を渡した。
その表には《関東文芸社出版》根田健宛と書かれ、そしてメモが貼付されていて、「この小説の出版を根田に頼む」と書いてあった。
根田宛の封書の中身は「ミステリー作家のミステリーな殺人事件」と言うタイトルの原稿だった。
夜中だが丘頭警部は部下に根田に電話を入れてすぐ来るよう要請させた。
一心が、沙希が号泣したと言う手紙を開くと、そこには一心の推理した内容で、真犯人を創語に変えたものが書かれていた。確かにそれでも概ね辻褄は合う。
そして告白の後には沙希への謝罪文が続いた。
「
……沙希の恋人を殺したのは自分だ。
沙希が欲しかったのもあるが、それ以上にあの頃は、妄想を小説にするのではなく何でも実践したものを書きたいと思った。そうしないとリアリティがない。それで、空き巣、痴漢もやって強姦も一歩手前までやったし、それで強盗殺人もやってしまった。
自分が書いた初期の小説は皆沙希の恋人の取材ノートやネタ帳から書いたものだった。山笠くんがきた頃それが尽きた。
だから彼に色々やらせたし、自分も夜徘徊して情報を探し、殺人も繰返した。
沙希が山笠くんに命じたと思っていたことはすべて自分から彼に命じていた事なんだ。
彼を殺したのは、そうしないと沙希が彼を殺してしまうからだ。桂くんには将来を約束するからと言っておいて、一方で桂くんが逮捕されるように予め証拠の品を被害者のポケットに忍ばせて置いたんだ。
それもまた心美にした行為の復讐だった。
沙希がすべてを知ったら自分を殺したいと思うだろう。当然だ。
だから、自分は自分で始末することにした。
心美が沙希の娘だと知ったのは、心美を抱いてしまってから出生の秘密を聞いて施設に行き、心美が捨てられたときの持ち物を見せて貰った時だった。
その中にあったんだ、自分が学生時代に沙希にプレゼントした小さな熊の縫いぐるみ。布タグに小さく自分の名を書いておいたんだ。それを見つけて愕然とした。
申し訳なかった。
今更だが、自分の財産は沙希と心美に相続するよう遺言を書いて、弁護士に預けてある。
これまで好き勝手やらせてもらった。ありがとう。
」
一心は読み終わって、残念だと思った。推理が外れたという事じゃなくって、親が子供を守るって誰だって思ってるはずなのに、どうして赤井川は殺人までしたのか……。
そんな事で殺してたら世の中殺人だらけじゃないか? 端からミステリー書くのに実体験しなければリアリティーが出せないなんてナンセンスだろう。
有名な推理作家は想像で書いてんだろう。その想像が読者に受け入れられたら本を読んで貰えるっちゅうこっちゃないのかな?
そんな疑問を静と丘頭警部にぶつけた。
「せやなぁ、一心の言う通りや思います。赤井川はん最初っからちょっと可笑しかったのかもしらへんなぁ」
「結局、本の通りの方法で殺したのは自己顕示欲がそうさせたってことかな?」と警部。
「それもあるだろうが、俺は、どっかで誰かに止めて欲しくてヒントを出してたと思いたいけどな」
「せや、せや、そない思わんとなんややり切れんわ。なぁ桃子はん」
「あぁそう願おうよ」
「そらそぉと赤井川はんは一心に自分を尾行してと言わはったんでっしゃろ? そらどないしはりましたん?」
静に言われて思い出した。数馬と一助に尾行もさせていたのだった。
「あぁ確かにGPSの解析でも現場付近をうろついていたのは間違いない。だが、遺書に書いてあった通り彼は実行犯ではないし、主犯が現場をうろつく理由はないんだ。だから俺は偽装か本当の徘徊かと思っていたんだ。一度電話で彼にそう報告もしたんだ」
一心がそんな話をしていると病院から赤井川創語が亡くなったと連絡が入った。
翌日、飛んで来た根田に封書を渡した。
遺作となった「ミステリー作家のミステリーな殺人事件」の原稿を持って根田はすぐ本社へ走って行った。
創語の葬式が終わって数日後、沙希が一心に来て欲しいと連絡をよこした。
静と丘頭警部の三人でお邪魔した。
そして一心が「書斎で話をしませんか?」と沙希に言って揃って書斎の応接ソファに座った。
沙希は、腰掛けるとすぐに「陰で山笠に指示していたのは創語ではなく自分なんです。これから釧路の事件からみんなお話します」そう言って語り始めた。
「
そもそも私が嘗ての恋人を殺したのが創語だとネタ帳を見て気付き、それを使い切るところまで来ていたので、山笠を助手にする様に仕向けたんです。山笠は私に憧れを持っていたようで何でも言いなりでした。
佐知殺害の時は山笠とふたりで実行したんです。
佐知は嫉妬心から心美を貶めようとしていたし、私が子供を産めない身体なのに佐知は妊娠したそれが理由。
根田が私のグラスに睡眠薬を入れたのを見ていたのですぐにグラスをすり替えたんです。
根田が寝たので佐知の部屋のカードを取って山笠に佐知を担がせて非常階段から監視カメラのない社員用出入り口を通って駐車場の冷凍車へ行って水槽に投げ入れたんです。
その瞬間佐知は目が覚めたようだったけど水が凍って身動きができず苦しみながら死んでいった。
ふたりで港へ行って、山笠が遺体を下ろし、あとは業者に任せたんです。
次に、桂を若井と心美との三角関係のもつれという動機を作って殺そうと思ったけど事情が変わってしまった。けど、山笠が若井の部屋へ行ったら若井が死んでたので氷詰めにし池に浮かべようと私が思いついて実行させたんです。
ほかの殺人もそうなんですが、創語は何でも実践したものしか書かないって言ってたでしょう。なのに、それらは実践していないのに書いた。だから実践してあげたのよ。それが殺害方法を選んだ理由なんです。
越中宛に配達頼んだのも春奈に変装した私です。
彼は心美のストーカーで放っていたら何されるか分からないし、警察は事件が起きないと何もしてくれないから殺したんです。
果歩の誘拐は彼らが考えたもので、男二人は山笠に毒を用意してもらいコンビニで買ったつまみに毒をいれて貰ったんです。爆弾は私がネットで購入し男の家に送りつけました。起爆装置は山笠が持っていました。
果歩は心美が桂の恋人だと勘違いして男に襲わせようとしたから実行犯共々殺したの。
山笠さんを殺したのは、主人を殺してと頼んで断られた上、止めるように言われ、聞いてもらえないんだったら警察へ通報するとまで言われたので、桂さんに助手にしてもらうからと言って殺って貰いました。
桂も殺したかったけど逮捕させることで我慢しました。
言いましたが、夫が ’自分が指示した’と言ったのは嘘です。
私は心美を守りたかったし、殺された恋人の仇をとりたかった。
でも、主人を殺そうとあの日書斎を覗いたら七輪があって、……あの手紙を見てショックでした。
すべて見抜かれていたんですね。さすが小説家ですね……。
」
「いやー夫だからじゃないですか……でも、良く告白してくれましたね。俺待ってたんですよ。今なら創語が犯人という事で警察が動いているんで、あなたは自首したという事になるんでね。ねぇ警部」
一心が言った。
「奥さん、その通りよ。あなたが殺ろうとしたことを旦那さんが先回りしたと考えるにはどうしても無理が一つあったのよ。それは越中へ送る荷物を頼みに行ったのは女なの。でも春奈じゃないの。それを映像の照合で確認していたのよ。それで関係する全女性を照合したら、それはあなただった。あなたは子供を捨ててしまったと言う罪の意識に苛まれ、責任を感じて心美さんを守ろうとした。でも、余りにあなたのその気持が強すぎたのね殺害という方法以外にも守る方法はあったはずなのに。……」
警部はじっと沙希を見詰めて言い、そして今度は「例えば、……」と一心が続けた。
「例えば、すべてを創語と心美に話す。そして関係者にも言う。それだけで心美さんを狙う輩は激減するはずだろ。それに、一緒に住んだら襲われる機会も減るし、何だったら助手に仕事場へ車で送迎させたらどうだ? 殺人なんかしちゃってあなたが刑務所に入ったら心美さんはどうするの? せっかく母親が見つかったのにそれが殺人鬼だったなんて、可哀想過ぎだぞ。心美さん素直で大人しいほうだからあなたが守ってあげないと変な男に何かされたら大変なのに……」一心はそう言って丘頭警部に同意を求め視線を走らせた。
すると警部が一心を指差す
「えっ俺!」
驚く一心に、沙希が僅かに微笑んだ。
そして、
「でも、心美には私が母親だなんて言ってないし、言えません。だって、犯罪者、それも何人もの命を奪った極悪人なんですもの……」沙希はそう言ってぽたぽたと涙を零した。
一心は黙って立ち上がり書斎の居間に通じるドア開けた。
……そこには大粒の涙をぼろぼろ零しながら立っている心美がいた。
「えっ心美、どうして?」沙希が一心に視線を走らせる。
「俺が呼んだんだ。親子を対面させようと思ってさ」
沙希の目からも大粒の涙が溢れ出す。
「お母さん!」叫んで沙希のもとへ走る心美。
「お母さんなんでしょ?」そう言って心美は沙希にしがみついた。
沙希はそれを振り払って「何言ってんの違うわよ。私は、私はあなたのお母さんみたいな立派な人間じゃない」
「じゃ、じゃ、どうして泣いてんの? ねぇどうして?」心美は沙希の身体を揺さぶり食い下がる。
沙希は顔を背けて俯いたまま言葉を発しない。
その様子を見ていて一心が声を掛けようとして身を乗り出した瞬間、丘頭警部が先に声を掛けた。
「沙希さん、犯した罪は償わなくっちゃいけない。でもね、名乗りなさいよ。そして、二十八年前のことをきちんと謝って許してもらう事が、今、あなたが一番先にすべきことじゃないの? 違うかしら?」
真に一心が言おうとした事を警部が代弁してくれた。
沙希は黙って肩を震わせている。
……
しばしの沈黙を破って沙希が心美の方へ身体を向け頭を下げて言った。
「ごめんなさい! 心美、あなたを捨てたのは私なの……本当にごめんなさい!」
そして嗚咽しながら土下座する沙希。
「お母さーん!」
心美が沙希の肩を抱きしめて顔を背中に埋めるようにして泣き続ける。
一心も丘頭警部も涙を押さえられないでいた。
悔し涙だった。赤井川創語の狂気が沙希を狂わせてしまった。殺された奴らもみんなだどこかが狂ってる。
ひとりでもまともな奴がいたら、こんな殺人事件は起きなかったはずだ……。
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