第16話 幼女の握る物
太陽が真ん中よりも西寄りになった時間帯、護衛サン・ホセは剣術指南の命令を受けた、
プリスカとオザンナ、二人とも15,6歳、顔つきは田舎娘丸出しだけど、良く見るとそんなに造作は悪くはない、あか抜けないだけだ、
そしてもう一人がカタリーナと言う10歳のお子様、子供用の剣すら握れず、台所から丸い棒を持って来て剣の代わり、
こんな小さい子に剣術とはさすがにふざけ過ぎだろう、無視する事も出来ないし素振りでもさせておこう。
最近入って来たミヤビと言う女の指示だ、商会の中で波風を立てたくないので命令には従うが、
本来この商会の主人はレオポルト様で、実務を担っていたのは執事のオスヴァルトだった、だが最近は実務の中心があの女に移っている、
もともとはアルトナー家の奴隷だった俺にはちょっと複雑な気持ちだ。
◇
二人の娘を前に言う、
「…斧、こん棒、鎖鎌、盾ですら攻撃の武器になる、
だがお前達には基本の武器の剣、それも直刀で突き専門のレイピアから覚えてもらう」
娘達に木剣の構えから練習させた、女性らしくしなやかな身体で、流れるような突きを一刻もかからずに会得した、
“基本突きの練習でもさせておくか”
「二人、こっちに来い」
二人はポニーテールを揺らしてやって来る、小柄な二人の胸くらいの高さの木の台の上に子石を並べると、
「突きの基本は速さと正確さだ、見ていろ」
木剣をまっすぐ突きだし台の上の子石を弾き飛ばす、
「綺麗に石が飛ぶまで基本突きの練習だ、木剣の先にまっすぐ当たれば石は遠くに飛んで行くぞ、取りあえず石が飛ぶようになるまで自主練習をしておけ」
この練習は早くて数十日、半年近くかかる者もいるくらいだ、何度も台を倒し、練習用の木剣を折りやっとものになる、それが済んだら実践的な剣術を教えておくか。
◇◇
翌朝は護衛仲間のロドリゲスに叩き起こされた、
「サン・ホセ、お前何を教えたんだ!」
同僚が血相を変えて叫んでいる、
「何って、お嬢様二人には素振りと基本突きまでだ、意外にスジは良いぞ」
「そうじゃなくて、小さい子だ!」
「あれは素振りだけだ、形だけ教えておけば充分だろ……」
「良いから来い」
俺はロドリゲスに無理やりパティオに連れて行かれた。
◇
パティオでは三人の娘が談笑していたが俺達の姿を見ると並んでお辞儀をする、
「あー、一番小さい子、名前は何だったかな?」
「カタリーナです」
ロドリゲスの質問に子供特有の高い声で返事、
「それじゃカタリーナ、さっきやっていたやつをもう一度見せてくれないかな」
「石飛ばすやつ?」
「ああ、そうだ」
プリスカとオザンナが台の上に石を並べた、昨日教えた石突きか、スジが良いから二人ともマスターしたのか?
なんと小さなカタリーナは石突き台の反対側に行って“いいよー”と合図、
プリスカとオザンナは石を次々と弾き飛ばす、教えて半日でこれだけでも凄いのだが、カタリーナはお姉さん達が飛ばして来た石を空中で正確に突いている、
動いている物に剣先を当てるのはかなりレベルが高い、この子の動体視力は本物だ。
「面会に行ってくる!」
◇◇
わたしミヤビはレオポルト様とフリッカが契約を交わす場面に立ちあっていた、
「汝パオリーナよ、フリッカを主とする事を認めるか」
「はい、わたくしのご主人様はフリッカ様です」
元娼婦の首元に嵌った銀色の首輪が光って、所有権の移行が完了した、
「これで所有権は移りました、後はお願いしますねミヤビ」
そう言ってレオポルト様は部屋に戻ってしまった、
「フリッカ様、当商会の奴隷をお買い上げ頂きありがとうございました、大切に使ってくださいね」
「もちろんよ、わたし達はもう10階層に届いたのよ」
そう言ってパオリーナを引き寄せる、そんなスキンシップにも戸惑ったり嫌悪感を示したりせず、ごく自然に身体を寄せる元娼婦、
“2人で色々経験したのね”
売れた荷物持ち奴隷を見送った時にメイドが飛び込みの面会を告げる、
「護衛のサン・ホセ様が急いで話したい事があるそうです」
◇
「……そう言う訳であの三人は即戦力になる下地を兼ね備えております、ミヤビ様」
「そうなの、だったら専用の武器を用意してあげないとね、サン・ホセお勧めの武器屋さんはあるかしら? 彼女達専用の武器を作ってくださいな」
「幾つかありますが……」
結局わたしも武器屋に同行する事になった、プリスカとオザンナには短槍と直刀を二つずつ、これは一番汎用性の高い武器で既製品在庫も豊富。
カタリーナは特注のレイピア、幼い体型に合わせた剣は最初からの特注品になるそうよ。
「ミヤビ様、短槍と直刀に慣れさせたいので冒険者ギルドの修練場に行きたいのですが」
サン・ホセが訊いて来るが、武器とか戦闘系はお任せよ
◇
冒険者ギルドの修練場、初心者をいきなり迷宮に放り込んだら簡単に死んでしまうから、冒険者希望者はここで修練を積んでから迷宮に潜るそうよ、体育館くらいの大きさを想像してみて頂戴ね、
わたしは誰に言われた訳でなく黙ってキャットウォークに登った、剣士さん達は人種が違うのよね。
上から剣術の練習を見下ろしていると、突然後ろから話しかけられた、
「お嬢様、今日は見学ですな」
人の良さそうなお祖父さんだけど、タダものでない雰囲気をまとっている。
「ええ、わたしの戦闘奴隷の実力を見たくて」
「ああ、あそこの2人の女の子ですな、これは手馴れですね」
「まだまだ初心者ですよ」
わたしは苦笑しながら答える、
リップサービスが過ぎるだろう、まだ立ち合いすらしていないのに手馴れとは、
「床に線が引いてあるのが分かるかな?」
「ええ、ありますねぇ」
「あの幅が迷宮の通路の幅なのですよ」
お祖父さんは待っている間に色々な事を教えてくれた、迷宮内はもっと暗く圧迫感があり、遠くが見渡せない、
光魔法や魔具を使って魔物を警戒するのも一つの方法だが、逆に光に寄って来る魔物もいるので使い方が難しい……
剣道の胴みたいな防具だけ付けたプリスカとオザンナが出て来た、手には身長より少し長いくらいの槍を持っている、もちろん木で出来た練習用よ、
そして相手は筋肉マッチョみたいな剣士、相手が若い娘だと分ってニヤニヤ笑っている。
「おや、女の子達が出てきましたね、相手はヨハンセンですか可哀そうですね」
「練習とはいえ、いたいけな娘がいたぶられるのは辛いですね」
「いえいえ、可哀そうなのはヨハンセンの方ですよ」
ヨハンセンがまともに勝てたのは最初の数回、後は二人のお嬢様が入れ替わり立ち替わり筋肉ダルマをいたぶっている、
気が付けばお祖父さんはいなくなっていた。
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