第133話 俺の自称婚約者と眷属達が修羅場過ぎる件

『アース様―!居るのならば、お顔を見せて下さい!アース様―!』


 俺の混乱をよそに、映像に映し出された少女は声高に叫んでいる。

 今なんつったよこの子?

 番い?

 つがい?


 ホワイ?


 俺、二歳児なんだけど?

 それに聖龍?

 龍王種?

 なんなの?どういう事?

 確かにこの子、見た感じ魔力は人間のそれとはだいぶ違う様だけど……。

 龍って人の姿になれるもんなの?

 それとも、俺みたいに憑代を使ってるのか?


 『………駄目だ、訳が分からない』


 監視室で俺は頭を抱えていた。

 これ、どうしよう?

 出ていくべきかな?


 いや、出ていっちゃだめだ。


 だって、絶対に面倒事の匂いがする。

 今まで散々いろんなことに巻き込まれた俺がそう感じたんだ。

 間違いない。

 アレは関わっちゃダメなタイプだ。

 くっそ、グウィブのやつめ、面倒事を持ってきやがって、恨むぞ……。


 『………とりあえず、アン達を呼ぶか』


 俺は思念通話でみんなに回線をつないだ。

 助けてください。




 ダンジョン監視室にて―――


 数分後、監視室には、眷属ほぼ全員が集合していた。

 アンにエリベル、ウナ、ドス、トレス。

 ぷるるにベルク、それにツムギ。

 皆深層に帰って来てたらしく、直ぐに駆けつけてくれた。

 これだけの人数がいると、この監視室も少々手狭に感じてしまうな。


 「お、お父様、聖龍が現れたというのは本当ですか!?」


 一番最初に口を開いたのはウナだ。


 『分からん。でも、少なくとも本人はそう言った』


 俺は極彩色の球体を操作し、グウィブと件の少女の映像をみんなに見えるように拡大する。

 全員が映し出された光景に目をやる。


 「……確かに、この少女から感じる魔力や魂の波動は人のそれとは異なっていますね。それに、あの白いドレスは確かにハルシャルード王国の貴族が着る服装です。しかし、国の守護龍である聖龍が国外に出るなんて聞いた事がありませんが……でも……」

 「………ん。確かに。人間に比べて魔力と魂の密度が濃い。でも、聖龍だとしたら行動が不自然」


 ウナの発言にドスが頷いている。

 そう言えば、二人はついこの間までハルシャルード聖王国に居たんだもんな。

 聖龍についても何か知ってるのか。

 エリベルの遺跡で食べた知識の中には聖龍に関する記述は殆どなかったし。

 

 『えーっと……』


 俺はちらりとエリベルの方に視線を向ける。

 説明プリーズの視線だ。

 エリベルは溜息をついて頷いた。


 「聖龍はアンタと同じ龍王種の一種よ。ハルシャルード聖王国は聖龍を守護龍――というか神の御使いとして信仰してるのよ」

 『神の使い?』

 「そう。以前、説明しなかった?この世界では、人族や動物は死ねば聖神の元へ、魔族や魔物が死ねば混神の元へその魂は送られるって」

 『ああ、そう言えば前にそんな事言ってたな』


 俺が転生者だってエリベルに明かした時に。

 まあ、その時の事は他の奴らには内緒だけど。


 「その聖神を崇める宗教を“聖神教”って言うんだけど、ハルシャルード聖王国はその総本山なのよ。まあ、宗教国家っていえば分かりやすいかしらね。んで、経典の中で聖龍は、聖神の御使いとして扱われているの。彼ら聖龍は、聖神教の聖地に住み、其処を守ってると言われているわ。まあ、実際のところは分からないけどね」

 

 それに、とエリベルは続ける。


 「私も詳しい事までは知らないのよ。私が生きてた当時から、ボルヘリック王国とハルシャルード聖王国は仲が悪くてね。私達の国は聖神や教会をそれほど重要視してなかったし」

 『そうなのか?』


 意外だな。

 前世でもそうだったが、宗教ってのは国とは切っても切り離せない関係だと思ったけど。


 「ボルヘリック王国は魔石の産出や、その加工技術でのし上がった国だからね。現実志向が強かったのよ。神に祈りをささげる時間があったら、その分、足掻いて知恵を振り絞りなさいって感じにね。魔術都市エンデュミオンやハザン帝国もその傾向が強いわね。勿論、個人的に信仰していた貴族なんかは居たし、聖神教の教会もいくつも建てられてたわ」


 成程、国によりけりって事ね。

 ま、俺は神様なんて信じてないけどな。

 少なくとも、俺が転生したって時点でその聖神の教えとやらは間違ってるわけだし。

 居るかいないか分からない神様に祈る暇があったら、その分行動した方が何倍もマシだって言うのは同意見だ。


 「私が聖龍について知ってるのはそんなところ。ウナちゃん、何か補足があったらお願い。聖王国に居たし、その辺りにはウナちゃん達の方が詳しいんじゃないかしら?」

 

 そう言ってエリベルはウナに話を振る。

 

 「そうですね……。少なくとも、冒険者の間では聖龍は存在は知られていましたが、あまり信仰はされてませんでしたね」

 「………ん、職業柄。でも、商人なんかは信者が多かった」


 ウナの言った事をドスが補足する。

 まあ、冒険者も現実主義だろうしな。

 さもありなんって事か。


 「ですが、少なくとも聖王国の貴族や王族の間では神聖視されていたと思います。それと、莫大な寄付金を教会に積めば、聖龍に会う事も可能だとか」

 「………実際のところは不明。でも、聖王国内では、そんな謳い文句で勧誘していた信徒たちもいた」


 聖龍をダシにして寄付金を募っているのか?

 何だそりゃ?

 龍に会うのに金を払うなんて、どんな神経してるんだそいつら?


 「でも、聖龍そのものに関しては、あまり情報は得られていません。教会の信徒になればもう少し情報は集まるでしょうが……でも」

 

 そこで、ウナは言葉を区切る。


 「私は……たとえ嘘であっても、それが任務であっても、お父様以外の龍に頭を下げるなど絶対に出来ません」

 「………ん、僕も」


 そう言って二人は俺の方を見る。

 え? 何、どういうリアクション取ればいいわけ?

 見ると他のみんなも、同じような目で俺を見ている。

 なんなのよ?

 

 場の空気に耐え切れなくなった俺は、話題を振る。


 『と、ところでさ』

 「なによ?」

 『今更なんだけど、もしあの女の子が本当に龍だとして、なんでみんな人型になってることに驚かないんだ?』

 「ああ、その事。当たり前よ。龍に限らず、歳を重ねたり、強大な力を持つ魔物は人の姿を取ることが出来るの。力は制限されるけどね。魔物の中には、人の中で暮らしたいっていう変わり者も居るのよ」

 『な、成程……』

 「へぇーそうなんだー」


 俺同様、トレスも知らなかった模様。

 良かった。置いてけぼりが俺一人じゃなくて。


 『尤も、それも魔物によりけりです。少なくとも、私の種族やぷるるのような種族は、たとえ莫大な魔力を手に入れても人化することは出来ないでしょう』


 アンが補足する。

 すると、エリベルから思念通話が流れてきた。


 『ま、その点で行けばあんたは真逆よね。元人間のくせに人化したくないなんて』

 『うるさい。ほっとけ』


 わざわざ思念通話を介して皮肉を言われた。

 良いじゃんか。

 地龍に転生したのに人になるとか、俺にはそっちの方が理解できないし。

 地龍になったのなら、地龍として一生を終えるべきだろ。

 少なくとも、俺はそう思う。

 まあ、今は憑代の蜥蜴人の姿だけどさ。


 『さて、話もだいぶ脱線しちゃったけど、元に戻そう。グウィブとあの少女についてどうするかだ』

 「いや、脱線させたのはアンタでしょうに……」

 

 エリベルが呆れたように呟く。

 あー聞こえなーい、聞こえなーい。


 『そもそも、アース様?この二人はなぜここに来たのですか?』

 「あ、そう言えば私も聞いてなかったわね」

 「ぷぅー?」


 あ、そう言えば話してなかったな。

 いや、俺も分かってないんだけど。


 『いや、実際のところ俺も良く分かってないんだよ。ただ、なんとなく面倒事の匂いがしたからさ』

 「あー……、確かに」


 うんうんとエリベルが頷く。

 他の皆も同様の反応だ。


 「とりあえず、グウィブと話をしてみましょう。ベルク、回線開いて」

 「了解です」


 ベルクは極彩色の球体を操作する。

 すると、一瞬監視室全体が黄色い光に包まれた。

 何らかの魔術を発動したのだろう。


 「これで、この球体に触れて話せば、此処に居ながらグウィブに思念通話を飛ばせるようになるわ。向こうからの音声は、全員が聞こえるようにしておいたから」


 へぇー便利だな。

 と言う訳で、俺は早速極彩色の球体に触れる。


 『あー、グウィブー聞こえるかー』


 そう言って映像を見ると、グウィブが反応した。


 『おお、この声はアースか。久しいな』

 『ああ、久しぶり』


 グウィブの声は監視室に響き渡っている。

 

 『突然、地下が森になっていて驚いたぞ。一体どんな魔術を使ったのだ?』

 『あー、その事については後で説明するよ。とりあえず、今日ここに来た理由を教えてくれないか』


 前置きなしに俺は本題を聞く。

 え?もう少し会話すべきだって?

 引き籠りの俺に会話力なんてあると思うか?


 『うむ、実はな。この子がお前に会いたいと言ってきかなくてな』


 そう言って、グウィブは自分の背中に乗っている日傘を差した少女に目を向ける。

 

 『この子は、聖龍エルジャ・ルード。お前と同じ龍王種だ』


 うん、知ってる。

 さっきその子がそう叫んでたし。

 だが、あくまで俺は知らない体で話を進める。


 『なんでそんなやつが俺に会いたい訳?俺が人見知りの引き籠りだって知ってるだろ?』


 自分で言って悲しくなるがスルーしよう。


 『それはな……その……』


 そう言って、グウィブは口ごもる。

何となく、ばつが悪そうな表情だ。


 『以前、ちょっと龍同士の集会の様なものがあってな。その……実はその時に私がお前の事をこの子に話したのだ。記憶送信で映像も込みで。そうしたら……その…なんだ。この子がお前に……その……一目惚れをしてしまったようでな』


 …………………は?


 『それで、会わせろ会わせろと五月蠅くてな。仕方ないから、こうして連れてきたと言う訳だ』

 『いや、どういう訳だよそれ!?』


俺の意志ガン無視じゃないか!?


 『すまん』


 いや、謝られても困るんだけど!?


 『グウィブ小父様?さっきから黙ってますが、どうしたんですか?』


 日傘の少女、エルジャの声が響く。

 甘ったるい砂糖みたいな声だ。


 『あ、もしかしてアース様と思念通話で会話をしているのですか?それなら私にも回線を繋いでくださいまし。愛しいアース様のお声を拝聴したいですわ』

 『ちょっと待ってくれ。アース、この子にも回線を繋ぐことは可能か?』


 いや、何勝手に話進めてるんだよ。

 だが、そんな事はお構いなしに、エルジャは俺に向かって話しかける。

 モニター越しに。


 『お初にお目にかかりますわ、アース様!私、聖龍のエルジャ・ルードと申します。貴方に会いに馳せ参じた次第ですわ』


 「ん?何よこの子?アンタに会いに来たの?」

 

 エリベルが俺の方を向く。


 『うーん……そうみたいなんだけど……』

 『ともかく、油断は出来ません。とりあえずは相手の出方を――』


 そう言ってアンがモニターに視線を移した、その時だった。


 『アース様!単刀直入に言いますわ!ぜひ、私と番いになって下さいまし!』


 大声でエルジャがそう言った。


 「………は?」

 『………はい?』

 「………ぷるぅ?」


 エリベル、アン、ぷるるが三者三様に疑問符を浮かべる。


 『一目惚れなのです!グウィブ小父様から貴方の映像を見たその時から、私の心から貴方が離れてくれないのです。ですから、どうかその御姿を見せて下さいまし!』


 エルジャの独白は続く。

 なぜだろう。

 後ろが寒い。悪寒がする。

 ちらりと振り返ると、能面のように無表情になった眷属達が居た。

 え?なに?


 『フォード沙漠の砂塵よりも深い鱗の色、凛々しい牙と爪!その全てが、私の心をつかんで離さないのです!ですから―――』


 エルジャの俺への熱烈なアピールが続く。

 それに比例して後ろから感じる悪寒が強くなってゆく。

 

 バキャンッ!!

 グシャッ!!

 ジュウウウウウウ……。


 え?

 今なんか凄い音が聞こえたけど?

 後ろを振り返ってみると、アンが机を、エリベルが球体を、それぞれ握りつぶしていた。そして、ぷるるが座っていた場所が溶けている。

 ……え?

 どうしたの、三人とも?


 『……申し訳ありません、アース様。つい手が滑ってしまいました』

 「私も手が滑ったわ……」

 「ぷぅぅー……」


 いや、手が滑ったって……どう見てもそれ握りつぶしたんじゃ……。

 それになんか、三人とも怖いんだけど……。

 え、なにこれ?

 な、なんでアンやエリベル、それにぷるるはこんなに怒ってるんだ?

 

 『アース様!どうか、私の愛を受け入れて下さい!』

 

 ズドオオオオオオオオオオオンッッ!!!


 轟音が監視室に鳴り響く。

 見れば、アンの目の前の机が砕け散っていた。

 寒い。

 なぜだろう?

 監視室の温度が氷点下になったかのように寒く感じる。


 『もう、我慢の限界です……』


 つかつかとアンはこちらへ近づき、俺から極彩色の球体を奪い取る。

 そして―――。


 『いい加減その耳障りな雑音を止めて頂けませんか、聖龍エルジャ・ルードとやら』


 アンは音声ボリュームを最大限にして回線を繋げる。

 エルジャにも聞こえる様にしたようだ。

 って、おいっ!?何、やってんのお前!?


 『……む?なんですか、この無礼な声は?』


 映し出されているエルジャが不愉快そうに顔を歪める。

 だが、そんな事はお構いなしにアンは続ける。


 『無礼なのは貴女です。いきなりやって来て、アース様に会わせろ?番い?冗談も甚だしい。敵か味方も分からないような輩の前に、アース様が姿を現す必要がどこにあるのでしょうか?さっさとお帰り下さい。目障りです』


 言葉の端々に苛立ちと嫌悪感をにじませながらアンは言い放つ。

 

 『なっ……なんですって……誰ですか、アナタは?わ、私を龍王種が一角“聖龍”と知っての無礼ですか!?』

 『私の名はアン。アース様の眷属の一人です。もう一度言います。貴方の様な訳の分からない輩に、アース様を会わせるわけにはいきません。お引き取り下さい。

 ――帰れ』


 最後の一言だけは、特に感情をこめてアンは言った。


 『なっ、た、たかが眷属風情が……聖龍であるこの私に向かって……』

 

 うわーめっちゃ怒ってる。

 溢れだした魔力で森の木々がざわめいている。

 ていうか、エリベル達もアンの事を全然止めようともしない。

 むしろもっとやれみたいな表情だ。

 なんで?

 

 『会わせなさい!私をアース様に会わせなさい!でなければ、聖龍の力と恐ろしさをその身を持って味わう事になりますわよ!』


 なんか言ってることが三下っぽいぞ聖龍。

 それに対しアンは鼻で笑う。


 『もし、どうしても会いたいと言うのであれば、貴女の後ろに私達のダンジョンへ通じる転移門があります。そこを通れば、アース様の居る場所まで辿り着けます。まあ、尤も、貴女如きに攻略できるような粗雑な作りにはなっていませんがね』

 

 いや、なんでそんな相手を挑発するような事を言うの?

 そして、何でみんなはそれを止めない訳?

 映像を見ると、エルジャは少し考えたのちに口を開いた。


 『い、良いでしょう!私がアース様にどれだけふさわしい存在なのか、その力を示して見せますわ!アンとか言いましたね。その名、覚えましたからね!』


 『私は貴女の名前など、憶えたくもありません』

 「私も」

 「ぷうー」

 

 アンの発言にエリベルとぷるるも頷く。


 『ぬぎぃぃ……お、覚えていなさい!直ぐに、ダンジョンを攻略してそちらに出向きますわ!私に無礼を働いた事!必ず後悔させてあげますわ!』


 そう言って、エルジャは中層へつながる転移門へと向かってゆく。

 え、あれ?

 なんか、変な方向へ話が向かってないか!?

 俺は慌ててエリベル達の方を向く。


 『な、なあ?何かこれおかしな方向に話が――』


 「ベルク、中層ダンジョンのトラップの全面開放をして頂戴。あと、環境エリアの制御をこちらに―――」

 『子蟻達及び、ユグル大森林の魔物達に告げます。今すぐ戦闘準備を整えて中層ダンジョンに集合してください。繰り返します、今すぐ戦闘準備を整えて中層に―――』

 

 あれ、ちょっと?

 何で二人ともそんなやる気満々なの?

 俺の方など見向きもせずに、二人は淡々と中層の解放準備を行っている。

 他の皆も二人に協力的に作業を進めている。

 

 『…………え?なにこれ?どうなんの?』


 俺のその呟きは、誰にも聞こえる事無く喧騒の中に掻き消えた。

 

 こうして、中層ダンジョンに初めての挑戦者が訪れる。

 その挑戦者は、聖龍エルジャ・ルード。

 龍王種が俺達の中層ダンジョンへと挑む。


 ………どうしてこうなった?




 あとがき

 中層ダンジョン「……ようやく仕事の時間っすね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る