第22話 とある宰相の憂鬱

 ボルヘリック王国。

 ファウード大陸の南に位置し、大陸最大の魔石産出量を誇るエルド鉱山を有する大国だ。

 この国で産出される魔石は純度が高く、また加工しやすいという点から、大陸中のみならず、海を越えた諸外国からも重宝されており、ボルヘリック王国を支える貴重な経済資源の一つであった。

 

 「それが、一体これはどういうことなのだ!?」

 

 彼は苛立たしく椅子の肘掛をたたく。

 エクレウス・ファン・レーベンヘルツ。

 この国の宰相であり、魔石事業における最高責任者でもある。

 そんな彼の机の上には体を埋め尽くさんばかりの書類の山。

 貴重な紙を惜しげもなく使った資料は全て重要資源である魔石に関することが記されていた。

 そう、そんな貴重な資源である魔石が、今彼の最大の悩みの種でもあった


 「やはり、この一年間違いなくエルド鉱山からとれる魔石の純度は低下しています。それも月を経るごとに加速度的に、です。」


 傍らに控えるのは若い女性だ。

 黒縁の眼鏡と、黒を基調とした制服を着こなし、まさしく秘書を体現したかのような女性だ。

 

 「そんなことは分かっている。分かっているからこそ頭を抱えているんだろう?」


 くそぅと彼は忌々しげに呟く。


 「調査隊からの報告は?」

 「同じです。依然として原因不明。エクレウス様、このままではこの国の財政が…」

 「わかっている。私以上にこの国の財政に詳しいものなどおらん。」

 

 エルド鉱山から産出される高純度の魔石。

 それがなぜか、ここ最近産出される魔石は内包する魔力が極端に少なくなっている。


 そもそも、魔石とはただの石が長い間、魔力をため込むことで変質する。

 本来であれば、そうポンポンと発掘できる筈が無い。


 だが、エルド鉱山はその魔石の変質サイクルが極端に短かった。

 例えば一定の場所から百グランの魔石を発掘しても数か月あればまた同じ量が取れるほどに。

 それ故にボルヘリック王国は大陸最大の魔石産出国となった。

 

 だからこそ、魔石の輸出に頼ってきたこの国の経済は今まさに火の車になろうとしている。


 魔石のストックがある程度はあるとはいえ、今のペースで輸出を続けていれば確実に数か月もしないうちに底をつく。

 そうなれば本格的にまずい。

 そう遠くないうちにこの国の経済は破綻してしまうだろう。

 輸出量を制限するべきか?

 いや、諸外国からの反発は目に見えているし、何よりも根本的な解決にはならない。

 たとえどんな理由があろうとも、原因さえわかればそれなりに対策が取れるのだ。

 早急に原因を解明しなければならないのに、調査隊や魔術師たちからの報告はいつも同じ。

 

 『原因不明』


 これだけだ。

 正直言ってこれでは埒が明かない。

 資料を見る限り、エルド鉱山の魔素濃度は全く変化していない。

 にもかかわらず、とれる魔石の純度、つまり内包する魔力の量は下がっている。


 「エルド鉱山の魔素の量は全く変わっていない……では、外部からか?いや、何らかの破壊工作があれば宮廷魔術師の結界にすぐに引っかかる筈……では魔素が、いや魔力がどこかに流れているのか………?」

 

 ぶつぶつとエクレウスは呟く。

 焦りだけが広まっていく。


 いや、それではいけない。

 こういう時こそ冷静にならなければ。

 自分はこの国の宰相だ。

 自分が冷静でいなければ、一体だれがこの国を支えるというのだ。

 エクレウスは深呼吸をする。

 

 「パルディーすまないが紅茶を頼む。なるべく濃い目でな」

 「………かしこまりました」


 黒縁メガネの女性は恭しく頭を下げ執務室を後にする。

 

 「さて、お茶が来るまでもう一通り資料に目を通しておくか」


 幾分冷静さを取り戻した彼は、機械のような正確さとスピードで資料に目を通していく。

 そして、その目がある一点で止まった。


 「………これは?」


 そこに書かれていたのはエルド鉱山に関するものではなく、エルド鉱山の隣に存在するエルド荒野に関しての資料だった。

 

 「エルド荒野に関する魔物の目撃情報について」

 

 エルド荒野。

 エルド鉱山を超えた先に存在する、ボルヘリック王国最大の荒野だ。

 そして、ファウード大陸でも指折りの魔境だ。

 そこに生息する魔物の特性故に、鉱山との境界線上には常に監視の目が敷かれている。

 尤も、監視だけ荒野に入るような馬鹿な真似は流石にしないが。


 この資料はその監視隊からの報告だ。

 本来なら彼のような役職には上がってこない。

 しかし、彼はエルド鉱山の原因究明のため、日々回される膨大な量の書類、そのほぼ全てに目を通していた。


 「これは………」


 その資料には、ここ最近のエルド荒野に出現する魔物についての情報が書かれていた。


 エルド荒野に住まう魔物は極端に少ない。

 その理由は実にシンプル。

 頂点に君臨する魔物があまりに強すぎるためだ。


 白飛龍(ホワイトワイバーン)とアクレト・クロウ。


 この二種類がエルド荒野の頂点に君臨する魔物だ。

 その強さは通常の魔物とは一線を画すといっていい。

 だがその二種の性質は全くと言っていいほどの真逆だ。


 白飛龍は比較的大人しく無害な魔物だ。食事も光合成という植物と同様の形態をとっているため、人や他種の魔物をめったに襲わない。

そのためその圧倒的な強さの割にはあまり危険視されていない。


 だが問題はもう一種の方だ。


 アクレト・クロウ。


 この魔物はその獰猛さと旺盛な食欲から第一級討伐対象に指定されている危険極まりない魔物だ。

 肉食で餌を求め、獲物の少ないエルド荒野を超え、そのすぐそばにあるエルド鉱山にもたびたびあらわれて、少なくない鉱山作業員が犠牲になっている。

 それは防衛にあたっている騎士も同様だ。

 アクレト・クロウはとにかく強い。

 防衛の精鋭騎士ですら十人がかりでやっと撃退できるほどなのだ。

 それも倒すのではない、せいぜいが追い返せるくらいだ。


 そんな魔物の巣窟のため、エルド荒野は人や魔物が寄り付かない死の魔境とされている。


 だが、しかしだ。

 

 「この一年、この二種に加えてキラーアントの目撃情報が増加している……?」


 キラーアント。

 1メルド程の体長と強靭な顎をもつ昆虫型の魔物。

 一体一体はさほど強くない。油断しなければ一般人でも武器さえあれば倒すことが出来るありふれた魔物。

だが、集団で襲ってくる習性があり、一匹見つけたら十匹はいるといわれる厄介な魔物。

 とはいえ、別に珍しくもないありふれた魔物だ。


 目撃情報が増えているのも、おそらくエルド荒野にキラーアントの巣が出来たからだろうと、資料には記されている。


 まあ、そうだろうとエクレウスも思う。

 だが彼にはそれが妙に引っかかった。


 「キラーアントほどありふれた魔物ならば、アクレト・クロウの恐ろしさは本能で分かるはず。なのに、なぜ……?」

 

 なぜ、わざわざ危険を冒してまで巣を作ったのか?


 この一点が、エクレウスには引っかかった。

 

 偶然か?それとも?


 「………わざとか?」


 ならばその理由は何だ?

 考える。

 キラーアントが巣を作るのは外敵から身を守るためだ。

 だがエルド荒野に巣を作る理由にはならない。

 アクレト・クロウにとっては良い餌だ。

 巣を作るならもっと安全で条件のいい場所はいくらでもある。

 

 では、なぜだ?

 なぜわざわざエルド荒野に巣を作った?


 「外敵から身を守る、いや、守る対象が……いる、から?」


 だが、その考えはあり得ないだろう。

 馬鹿な。エクレウスは即座に、その考えを切り捨てる。


 確かにキラーアントは魔物の中でも数少ない“共生”をする魔物だ。

 と言っても、キラーアントよりもさらに弱い蜜虫や、こぶ豚を巣の中に引き入れ、外敵から守るのと引き換えに、蜜や肉をもらう程度の共生でしかない。


 そして、エルド荒野にはキラーアントが共生できそうな魔物はいない。

 地中に巣をつくり、アクレト・クロウや白飛龍の目をごまかしても、最下級であるキラーアントでは中級の土蟲にすら狩られてしまうだろう。

 

 「では、どうして危険を承知で巣を作った?」


 なぜだ?

 

 「………ふむ」


 エクレウスはしばし黙考する。


 本来ならエルド荒野とは全く関係のない、ただの報告。

 無視しても全く構わないであろう。


 なのになぜかエクレウスには、この報告が引っ掛かった。

 しいて言うなら、ただの“勘”だ。

 理論も減ったくれもない、ただ漠然とした感情論だ。

 

 ちょうどそのとき、黒縁メガネの女性パルディーが紅茶を入れて戻ってきた。

 タイミングがいい。

 紅茶を受け取り、それを一口、口に含む。

 美味い。


 「すまないパルディー、ひとつ頼まれてくれないか?」

 「なんでしょうか?」


 彼は持っていた資料を彼女に渡す。


 「エルド荒野のキラーアントについてだ」


 不安要素は潰しておくに限る。


 例え万が一、億が一でも。


 そうして彼は今までこの国を支えてきたのだから。

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