第12話 ペットに名前って付けるけど、虫につける人って少ないよね

 それからしばらくして、


『そんじゃとりあえず、お前の住む場所は一階で良いんだな?』

『はい』


 あの後、こいつと話し合って、この蟻は一階に住むということになった。

 まあ、一階なら別にいいだろう。

 それに一応一階から五階層までは好きに使っていいとも言っておく。

 そしたら、ものすごく頭を下げてた。

 そんな畏まらなくていいのに。蟻なのに。

 基本おれは五階以上、上にはあんまりいかないし、好きに使ってもらっていいだろう。

 食べ物はどうするのかと聞いたら、自分でなんとかするとのことだった。

 まあ、壊されたとはいえ(原因おれ)、曲がりなりにも自分の巣を作って生活してたんだしな。

 そのあたりは問題ないんだろう。

 蟻は恭しく頭を下げる。


『私ごときには低層で十分です。それと地龍様』


『何だ?』


『ひとつお願いがあるのですが宜しいでしょうか?』


『モノにもよるけど?』

 

 あんまりむちゃな要求はやぁよ。

 さすがに巣を壊したり、死に掛けたりした事に対しては、多少の責任は感じてるけど、それでも限度ってもんがあるし。


『私に名前を付けていただきたいのです』


『名前?』


『はい。ダンジョンの主、すなわち地龍様に名を頂くことで、私は正式に龍様の配下とし頂くことが出来るのです』


『へーそうなん』


 んー、名前。名前ねぇ……。

 まあ、それくらいならいいか。

 まあ、何かあった時に呼ぶのにも名前が無いと不便だしな。

 ん。待てよ。

 そういえばこいつ雄雌どっちなんだ?

 それがわからないと、名前もつけようがない。

 雄にエリザベスやエカテリーナなんてつけられないし、逆に雌に太郎や又三郎なんてつけるわけにはいかないだろう。

 何?ネーミングセンスがない?

 失敬な。


『なあ、そういえばお前雄か?それとも雌か?』


『えっと、一応雌です、はい。』


 もじもじしながら蟻が答える。キモッ。

 雌か。女の子だったのね。

 まあどっちだろうと見た目わかんないけど。

 さて、名前か……。

 あ、なんかよく考えたら、面倒くさいな。

 適当でいいか適当で。まじめにやる必要もないだろ。

 蟻……、蟻か。

 英語でアント、アン……。

 よし、これでいいか。


『それじゃあ、“アン”で』


『はい!有難う御座います!』


 ぺこりと頭を下げるアン。

 次の瞬間、アンの体が光りだした。

 うお、眩しい。

 眩しいけど熱はないな。

 冷光ってやつか?

 しかし何だろう。

 名前を付けた瞬間なんか妙に疲れた気がするけど………ま、気のせいだろ。

 今日は色々あったしな。私疲れてるのよ。

 数秒間発光は続き、ようやく収まった。

 

『嗚呼、なんだか生まれ変わった気分です……』


 恍惚とした表情?を浮かべるアン。

 その体は以前とは見違えていた。

 名前付けると見た目って変わるんだなぁ。

 体は二回り近く大きくなり、牙や爪が鋭くなった。

 体色もくすんだ黒色だったのが淡い灰色へと変わり、黒蟻と白アリの中間のような姿になった。

 更に特筆すべきはその腹部だろう。

 体の半分近くもある巨大な腹部は大きく膨らみ、所々がコブのように膨らんでいる。

 コブの色は黒く、更にコブ自体がドクンドクンと脈打っている。

 うへぇ、キモ。

 

『我が主様よ、これより命をかけてあなたをお守りすると誓いましょう』

 

 アンは恭しく頭を下げ、そう宣言する。

 うーん、蟻に頭下げられても全然嬉しくねぇなぁ。

 

『お、おう。そうか、頑張れよ』


『はい。必ずやご期待に応えて見せましょう』


 なんか妙に張り切ってるし、変なことは言わない方がいいか。


『そんじゃ、俺は十三階に戻るから。上のことは任せたよー』

 

 俺の言葉にはっとした表情になるアン。

 何だろう、こいつの姿が変わってから表情や気持ちが分かりやすくなったな。


『……はい!行ってらっしゃいませ!』


 見えなくなるまでアンは俺の方を見ていた。

怖っ。

 俺は逃げるように、奥へもぐっていった。

 はぁ~、疲れた。

 何か知らないけど妙に疲れた。

 喋ったの自体、久々だったしな。

 ………しばらくは奥に引きこもっておこう。

 そして、休もう。

 そうしよう。

 休んだら久々に石像シリーズの大作にでも挑戦しようかねー。

 目の前の現実から目をそむけるように、俺は地下に潜っていった。

 しかしこの時の俺は分かっていなかった。

 目をそむけずに、こまめにアンに会いに来ていれば、少なくともあんなことになることはなかったのだ。

 そのおかげで俺は激しく頭を抱える羽目になるのだが、それはまだ先の話だ。

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